人文科学を軽視しているとこうなるという具体例。

「歴史は雑学」と切り捨てた時点で大澤昇平氏の教養の低さは隠しえない。

<都合の悪いことが起こると、「AIの過学習」とAIのせいにする。あれ、AIは救国の道程ではなかったのだろうか? 支離滅裂な謝罪の雑文に、見るべきところは何も無い。>という締めの文章に同意する。

 

https://bunshun.jp/articles/-/17518

https://web.archive.org/web/20191207101136/https://bunshun.jp/articles/-/17518

 

私はあるサークルに入っている。そのサークルはあるベンチャー企業のインターン生の方を中心に7名で構成されていて、今のところビジネスや普段の学生生活に関して議論をしたり、意見・情報交換を行ったりといった活動をしている。サークルは座談会を何度か開いているが、その座談会のときに或る女性メンバーの方が興味深いサイトをサークル内で紹介していた。

 

NPO法人プロトン医学研究所 

https://npo-ipms.or.jp/

 

その女性メンバーの方は水を重点的に研究することに肯定的な意見を持っており、そのサイトに目を通してこの医学研究所を認知した私も、水への研究に対して興味を持った。このサイトは酸素水や血液クレンジングなどを謳う胡散臭いものではなく、むしろ「水」という観点から科学を社会のために役立たせたいという高い意志が感じられるものだった。サイトのデザインも見やすく、好感の持てる外観であった。余談かもしれないが、ところどころにチャーミングな誤植が見受けられるのも印象的であった。

 

https://i.imgur.com/LLZImfs.jpg (魚拓

 

今年の秋、遠出して或る公園で友人と楽しい時を過ごしたのだが、よくよく考えるとブラックな広告があった。

 

https://i.imgur.com/tLVfUvZ.jpg (魚拓

 

「あったか、公園お弁当」とは「温か、公園お弁当(あたたかい公園のお弁当)」という意味なのだろうが、「あっ」という部分が(おそらくフリー素材の)ギザギザの吹き出しで囲まれているため、「あっ!高、公園お弁当」と読めてしまう。この広告をみて「あっ!なんて高いんだ、公園お弁当」と誤読してしまう来客がいたとしても無理はないだろう。そもそも、この弁当は1080円という安くはない値段なのだから。

引っ越しを検討→物件を探す→物件の中にIHクッキングヒーターとの文言が→IHについて調べる→Wikipediaのページにたどり着く→「船瀬俊介がIHのリスクを指摘」と記述されている→Wikipedia内で船瀬俊介の記事を見る→船瀬俊介が陰謀論者であることを知る→船瀬俊介のサイトを見る→BLEACHのロゴが借用されていることに気づく

 

という流れです。久保帯人氏に許可を取っていないのなら大問題ですね。

 

https://web.archive.org/web/20191027140600/http://funase.net/

 

NHKスペシャル 新・映像の世紀 第3集「時代は独裁者を求めた」を見たが、テーマ曲がやけに印象的だった。

YouTubeでこの曲を探してみると、「パリは燃えているか」という曲が見つかった。

 

動画 https://www.youtube.com/watch?v=6QdCsxw16Tg

 

YouTubeのコメントでも絶賛の声が多く寄せられた。

その中でもウィッチさんのコメントが素晴らしかった。

 
すっごく共感できる。
民主主義に絶望した果に国家社会主義を掲げた人が謳う浪漫にその身、運命、国、更には未来を乾坤一擲たる思いで託した民衆たち。
思想も何もなく、ただ守りたいものを守るために震えた細い手で銃を握った兵士たち。また、そのために限りのない強大な暴力を手に入れて、それを当然に行使した政治家。
そして、それらによって瓦解した世界を埃まみれのパンを手に憂いを帯びた目で見つめる子供たち。
戦時という区切られた期間の中を生きた人間たちの狂わしいほどの想いを群像的に表した作品だと思う。恐怖と狂気の中に芽生えた憎悪、そして浪漫という混沌とした世界を彷彿とさせる曲は、これまでも、そしてこれからも存在しないだろう。
 
ウィッチさんのこのコメントは文学的であり、YouTube視聴者の間でも話題になっていた。
個人的には冒頭の「すっごく」という部分の話し言葉の自然さと「民主主義に絶望」以降の的確にして硬質な文章の顕著なコントラストが特徴的だと感じている。
 
一部に
ウィッチ
民主主義に絶望した果てに国家社会主義を掲げる←そんな史実はありませんが
資本主義に絶望した果てに国家社会主義を掲げるの間違いでわ?
といった頭の悪そうな返信もあったが、このコメントをした方は20世紀の歴史に関して表層的な部分しか見えていないのだろう。
 
ドイツやイタリアでファシズム(国家社会主義)が根付いた背景には世界恐慌による民衆の困窮があった。
しかし、当時民主主義を採用していたドイツ(ワイマール共和制)やイタリア(国王の権限が強い立憲君主制)は「持たざる国」であり、米英仏のように植民地が豊富とはいえず、民衆の困窮を救えないままだった。
やがて、一部の政治家は「民主主義では国民を救えない。国内の民衆を団結させて国民を救おう」と考えるようになり、ファシズムが国民の支持を受けながら国内に浸透していった。
この方はナチスが民主政治下で合法的に権力を握っていったという歴史的事実を見落としているのかもしれない。
 
勿論、世界恐慌が資本主義下で発生したのは事実であり、ウィッチさんのコメントをより精緻なものにブラッシングするならば、「民主主義と資本主義に絶望した果てに国家社会主義を掲げる」といった表現になるだろう。
 
ここで述べたファシズム発祥の経緯は「NHKスペシャル 新・映像の世紀」でも取り上げられており、本シリーズ未聴の方は「NHKスペシャル 新・映像の世紀」シリーズを是非ご覧になってみてはいかがだろうか。シリーズ第3集の概要を見るのも良いかもしれない。
 
 
第3集の概要
 
 
 

 

 

豪州の中心部にあるウルルが恒久的に登山禁止となった。

ウルルの存在を知ったきっかけは中学の英語の授業で教科書にウルルに関する英文を読んだことだった。

今回のニュースで私は初めて先住民(アボリジニ)のanangu人がウルルを所有していることを知った。

 

 

https://www.afpbb.com/articles/-/3251440

 

〇タイトル

track3  スミス

第一巻 p87~107

 

〇分析

★p87

ガンマとエルウッドを載せたバスを狙う悪党(アッシュ・ドウター強盗団の関係者)たち。スミスが後ろ姿で登場。作中では単に「指輪」だけで「死者の指輪」を指すシーンがかなり多い。

 

★p88

扉絵。大胆な背景の白さが特徴的。

 

p89

バスがグリッジェラーに到着。エルウッドが「この街に『死者の指輪』が!」と叫ぶ。ガンマの言う「情報」とはtrack2での伝言を指す。「ま…まてよ!その相棒っての一体どんな奴・・・」とエルウッドが訊いているが、このシーンはスミスの正体に関する巧みな前フリになっている。

 

★p90

・バスでアナウンスの男(運転手も兼ねている)が「それでは皆さん」と言っているが、「それでは」という語句から考えてバスを運行しているオーティス・リムジン・バス若しくはこの運転手はアッシュ・ドウタ―強盗団の支配を受けていると思われる。

 

・アッシュ・ドウター(ash daughter)は「灰の小娘」という意味。この意味はtrack8を読むまで読者には分からない。

 

★p91

1コマ目でガンマはさりげなくエルウッドを守っている。8コマ目で複数の銃口を突き付けられて、エルウッドが冷や汗をかいている一方、ガンマは冷静である。3コマ目の足は強盗団の戦闘員。9コマ目の足はバックリィ。このページだけで分かるように久保の漫画には足だけが描かれたコマが多い。

 

★p92

アッシュ・ドウター東地区幹部のバックリィ登場。乗客から「死者の指輪」を強奪すべく、バスを襲撃した。1コマ目をよく見ると、p90でアナウンスをしていた男が強盗団の戦闘員をバックに腕を組んでいる。また、気づきにくいかもしれないが、4コマ目には黒髪の女性の奥に銃口を突き付けられた男性一名が描かれている。

 

★p93

安定のドン。久保はドンという効果音を多用する。

 

★p94

ドドドドドドドドド。久保はp90、p93などのようにこの効果音も多用する。

 

★p95~96

ガンマは強盗団に「お前らが今までに集めた死者の指輪をよこせ。さもなくばお前ら殺す」と言い、バックリィを蹴り倒す。エルウッドは心中文で「どっちが強盗だかわかんねーよ」とツッコミを入れる。ガンマが強盗団を圧倒する中、「はーい、そこまで!あとは僕が引き受けるよ」と不穏な吹き出しが。

 

★p97

スミスがガンマの背中を撃つ。何故もともと相棒同士である二人が格闘しているのかはtrack4で分かる。

 

★p98

4コマ目と5コマ目をよく見るとガンマとスミスの顔に汗の記号が描かれていると分かる。実はこの台詞は周囲を欺くための芝居。

 

★p99~101

エルウッドを人質にされ、敵に大人しく捕らえられるかのような状況になるガンマ。バックリィが「償わせて」を三度繰り返しているのを見て笑ってしまった。

 

★p102

用済みとみなしてエルウッドを射殺しようとするバックリィ。しかし、エルウッドに向かって放たれた銃弾をガンマは片手でキャッチする。

 

p103

ガンマの圧倒的な強さが読み取れる。

 

★p104

3コマ目で本来透けるはずのない牢屋の鉄格子が分かりやすさのために透けて描かれている。エルウッドに傷を心配されて「あ?別にこのぐらい何でもねぇよ」と照れるガンマに好感を持つ読者もいるのでは。

 

★p105~106

スミスが牢屋の前に登場。牢屋付近に敵キャラが一人やってくる。スミスは彼に話しかけ、死者の指輪の在処を探る。

 

★p107

スミスが彼を射殺する。2コマ目でエルウッドがなんでと驚いている一方、ガンマは落ち着いた表情。スミスはガンマとエルウッドに銃口を向けるが、ガンマは依然として冷静な表情を崩さない。

 

 

★総評

track2の内容と合わせて今回の話をよく読めばスミスの正体は察しがつくのではないだろうか。ただ、「p98の4コマ目と5コマ目におけるガンマとスミスの顔に汗の記号が描かれていること」に気づかないとスミスの正体を見破るのは難しいだろう。

 

 

 

ゾンビパウダー解説 track4

 

 

 

 

〇タイトル

track2 Baptism of Fire

第一巻 p61~85

 

〇資料

扉絵(p62)

 

 

〇分析

★p61~62
・バスに乗るガンマとエルウッド。二人はエルウッドの故郷のウイスター州南部から同州ウォルトンヴィルへ向かっている。track1(第一巻p11~12)にあったように「死者の指輪を全部で12個集めればゾンビパウダーが手に入る」ということが確認されている。ゾンビパウダーは第一巻p5で「死者を蘇らせ、生者を不死にする悪魔の秘薬」と説明されている。
 
・エルウッドは「そういえばあんたはどうしてゾンビパウダーを?やっぱりおれみたいに誰か生き返らせたい人が?」と訊くが、ガンマは「バカ言うな。俺はゾンビパウダーを使って不死の体を手に入れるんだ」と応える。
 
・単行本のタイトルはBaptism of Fireだが、ジャンプ掲載時は「洗礼」となっていたという情報がある。ソースをご存じの方がいらっしゃれば、私の方までお願い致します。
 
Baptism of Fireは「炎の洗礼」という意味。炎はガンマを象徴的に指している。このタイトルの元ネタは聖書由来の英語の慣用句に由来する。聖書用語の場合、Baptism by fireともいう。
 
 
★p63
・二人は一晩かけて目的地ウォルトンヴィルに到着し、ホテルに入る。時刻は午後0時15分。
 
・ガンマがエルウッドにゾンビパウダーの解説をしている。ガンマの解説は抽象度が高く難解だが、簡潔に言えば以下になるだろう。
「ゾンビパウダーは命の薬」→投与された者に生命を授けるという意味か。
「生を齎す」→死者に振りかけると蘇生するのはゾンビパウダーそのものが一種の生命体だからか。
 
★p64
解説が難解なことをガンマは察した。3コマ目のエルウッドの顔や4コマ目のガンマの顔から分かるように初期の久保はコミカルな絵柄の時は口を描かない場合が多い。前ページの4コマ目・5コマ目のエルウッドの顔も同様である。
 
★p65
・ガンマはエルウッドにホテルの室内で待機するよう指示するが、エルウッドは子ども扱いされたと感じてムキになり、無理やりガンマに同行することになる。2コマ目でガンマの吹き出し内に「しまった」とあるのは、ガンマがエルウッドに「コドモ」と言ってしまったがために、エルウッドをムキにさせてしまったことを後悔したため。
 
・CD屋の名前「CLASS-6」はclassicsの諧謔。英単語classicは形容詞や名詞として使われる。
 
★p66
3コマ目に敵キャラ2人(p168によれば、ダニエルとディラン)が描かれている。5コマ目にはエドヴァルド・グリーグといったクラシック作曲家の名前も見受けられる。グリーグは北欧のショパンと言われているが、ショパンは「病弱」で有名だった。もしかしたら作中の病弱なキャラを暗示しているのかもしれない。
 
★p67
・「視聴」とはおそらく「伝言のやり取り」という意味。5コマ目をよく見ると「GAMMA.A 名管弦楽曲集:C.T.スミス指揮 リーンズベリー女…」とある。
 
★p68
ガンマはエルウッドに「ここで待ってろ」と凄みを効かせて指示する。
 
★p69
エルウッドはムキになり、「誰が待つかっての。かえろかえろ」と言う。それを見た敵二人がエルウッドに罠をかける。
 
★p70
敵二人はエルウッドの善意に付け込んでCD屋の裏にエルウッドをおびき寄せる。スミス(ガンマの相棒。姿を現すのはtrack3)はガンマに「―で『指輪』を一つ見つけたよ。8月3日から5日までぼくはグリッジェラーにいるからきみが間に合えばそこで落ち合おう」とメッセージを送る。
 
落ち合う:【動詞】約束をして、一つ所で出合う
 
★p71
・3コマ目の「お仲間さん」は一瞬エルウッドのことだと勘違いしてしまいがちだが、エルウッドはムキになってすぐに待てと言われた場所から離れてしまっているため、スミスを指す。
 
・ガンマは呆れた顔で「バカやろ・・・ここで待ってろと言っただろうが」と呟く。その台詞の「ここで待ってろ」には圏点が付いている。
 
★p72~75
・敵二人はエルウッドを射殺しようとしている。敵二人は自分の仲間がガンマに殺されたことでガンマに恨みを持っているが、ガンマは自分らとまともに戦って勝てる相手ではないので、ガンマの仲間であるエルウッドを殺すことに決めた。エルウッドは「なんだよそれ!?あいつの仲間だから俺を殺す!?それってただの逆恨みじゃないか!ムチャクチャだ!」と抗議するが、敵は「シロートみてえなクチきいてんじゃねぇぞ。仲間が恨まれれば自分も狙われる。自分の買った恨みが仲間の死を招くこともある。それがこの世界の常識だろ」と叫ぶ。
→「この世界」には圏点が付けられている。本作の世界観のモデルとなった2000年代のアメリカ同様、ガンマらの暮らす社会は表社会と裏社会の距離感が近いのだろう。少なくとも現在の日本ほど治安は良好ではない。
 
★p76
ガンマ登場。4コマ目の右側のシルエットはガンマ。
 
★p77~80
ガンマが敵二人を撃破する。p80をよく見るとガンマの刀はジェットの推進力のようなものが使えるとわかる。
 
★p81
4コマ目において、中央のガンマはシリアス、右の敵(ダニエル)は悲鳴を上げながら必死で逃走という状況のなか、左のエルウッドは一人唖然としている。エルウッドだけ微妙に絵柄のムードが合っていない印象を受ける。
 
★p82
ガンマが来るのが僅かでも遅かったらエルウッドは死んでいたという今回の一件。それを軽く流そうとするエルウッドをガンマは責める。1コマ目が急過ぎずノロ過ぎない絶妙な間となっている。
 
p83
エルウッドをたしなめるガンマ。3コマ目の中央部にガンマとエルウッドが描かれているが、よく見ないと見落としてしまいがち。4コマ目に血が見える。
 
p84
ガンマが「俺との旅を続ける限りお前(エルウッド)も命を狙われる。それでも旅を続けるか否か選択するチャンスを与える」とエルウッドに言うのはエルウッドの将来を懸念しているからこそ。
 
p85
急にシリアス展開になりかけたと思ったら突然のギャグ。最後のコマの「俺のサイフを返せ!」「油断も隙も無い」(原文は手書きの片仮名)には笑ってしまった。
 
 
★総評
CD屋や伝言代というのが時代を感じさせる。インターネットがそこまで浸透していなかった当時、自分の好きな音楽を聴きたい場合はCD屋でCDを買うしかなく、相手に極秘のメッセージを送るときも今回のような伝言業者に頼るしかない場合もあったのだろう。ネットの時代に生まれた自分の快適さを感じた。
また、この回を読み、久保のリアリズム精神も感じた。ジャンプ漫画の敵(特に雑魚な敵)キャラは外見や言動で残忍さ・気持ち悪さを前面に出すことによって、「作者が読者側を(そのような悪役を倒す)主人公サイドに感情移入させるための道具」として用いられがちである。しかし、今回の敵(ダニエルとディラン)は犯罪者ではあっても一般市民に性格が近いキャラだといえる。
このような自然さがゾンビパウダー全27話から読み取れると私は考えている。