〇タイトル

track1 少年と黒い右腕

第一巻 p5~59

 

〇資料

最初のページ (p5)

カラー見開き (p6~7)

 

〇分析

★最初のページ
いき‐づ・く【息衝く】 [動カ五(四)]
1 息をする。生きている。「大都会の片隅でひっそりと―・く」「現代に―・く古典」
2 ため息をつく。嘆く。 「昼はも嘆かひ暮らし夜はも―・き明かし」〈万葉集・八九七〉
3 苦しそうに息をする。あえぐ。 「いと御腹高くて、―・き臥し給へり」〈宇津保・国譲下〉
 
・久保は「代名詞 + らは + みな」という表現を多用する。第1巻の巻頭ポエムも「それらは みな」とある。
 
ワンピースの最初のページに雰囲気が似ている。→(1999年前後の)週刊少年ジャンプ編集部の影響か。

・因みに久保帯人と尾田栄一郎は仲が良くない。2017年11月のラジオ番組で久保は「自分のデビュー作の読者アンケートの順位が、尾田さんの作品よりも1つ下だったんですよ。そのときから、尾田さんのことは嫌いなんです」と語っている。
 
 
★見開きの扉絵 
・構成は上下に幕が配置され、上下の幕のはざまにキャラが描かれている。上下に幕が描くことによって「物語の開幕」を表現しているように感じられる。

・本作のメインキャラ4人が右から左への順(主人公→ガンマ→スミス→ウルフィーナ)に書かれている。この順はキャラが初登場する順番と一致している。これは日本の漫画が上から下へ、右から左への方向に則って読み進められていることを計算していると思われる。

・ウルフィーナより左にtrack25で登場するジェミニ博士が配置されているが、このキャラはウルフィーナの初登場の後に登場する。彼女も含めれば「主人公→ガンマ→スミス→ウルフィーナ→博士」という順序となる。
 
・メインキャラ4人と博士の他に5名のキャラが描かれているが、そのキャラが本作で登場しているのか否かは意見が分かれる。
背を向けた黒人はパウンダー(バルムンク・サーカス団のナンバー3)か。しわのある老人はキャルダーに似ている外見だが、髪がピンク色である。他の三名は不明。
 
 
★p8
・本作の通貨はニート。NEETという単語は1999年頃に英国で生まれ、2004年頃に日本で普及した。労働の賃金の基盤となる通貨に、労働とは対極の存在であるニートが用いられているというのは非常にユニークであると言える。通貨ニートとNEETが同じ発音なのはおそらく偶然だろうが、以下で述べる理由から作者があえてNEETを通貨名として採用した可能性もゼロではないだろう。
1999年7月に英国の政府機関Social Exclusion Task Forceは調査報告書『Bridging the Gap』を発表し、その調査報告書には「not in education, employment or training」という箇所があった。NEETはこの箇所のイニシャルに由来するが、ゾンビパウダーの第一話がジャンプに発表されたのは1999年7月であり、時期が一致している。
 
・10ニート札のデザインから判断してニートはアメリカドル札に由来している。このように本作の世界観は2000年代初頭の米国がモデル。
 
・久保は「!」だけの吹き出しを多用する。この傾向は「BLEACH」でも同様。
 
・「分かってるって姉さんにはバレねぇようにだろ」というセリフを通して姉(シェリル)の存在を暗示しているが、これは巧みな前振りだと言える。三流の漫画家だと、ガンマがエルウッドの自宅に入ったシーンでシェリル初登場という展開にしがち。それだと、シェリルがぽっと出すぎて、読者が作中のキャラに共感しにくい。
 
・この一ページだけで、以下の点が表現されている。
一、本作での通貨がニートであること
一、少年(エルウッド)と地元ギャングの首長(キンクロ)の名前
一、キンクロが髪が変な黒人を手下にしていること
一、少年が金を稼ぐ或る卓越したスキルを持っていること
一、少年が姉にそのスキルのことを隠していること
一、そのことに少年が一種の後ろめたさを感じていること
久保は自然体な台詞回しだけでこれほどの情報を読者に伝えている。第一話の掴みとして申し分ないだろう。
 
 
★p9
・「A.E.719年 8月2日 3:16pm ウイスター州南部 ブルーノート」→時刻と位置情報の提示。
 
・効果音の書き方はBLEACHと似ている。ただし、おそらくBLEACHのように筆ペンではなくサインペンのようなもので描かれている。
 
・ガシャンという効果音をバックに、主人公を背中からの構図で描写している。
 
 
★p10
・バスを降りたばかりの主人公の姿を正面から描写→前ページとの連続性より、主人公の正面と裏の両方を描けている。
 
・久保はデッサン性の高いリアルな絵柄のコマと、ギャグ色の強いコミカルな絵柄のコマの両方を描く。ゾンビパウダーの頃の久保はギャグ色の強いコミカルな絵柄のコマでは、口を描かずに眼だけを描くことが多かった。最近の久保はコミカルな絵柄のコマでも口を描くことが多い。
 
・本作品の主人公であるガンマの性格を一言で表現するのは容易なことではない。しかし、ガンマが服をバスに引っ掛けられるというギャグシーンは、ガンマが「凄まじい身体能力を持っていて周囲の一般人を驚かせるような性格」と「ときたまコミカルな言動をするような微笑ましさ」の両方を持っていることを示しているように感じられる。
 
 
★p11
・店のスタッフは黒人男性である。「本作の世界観は西部劇に近い」と主張する者は多いが、西部劇で主に舞台となっていたような時代(19世紀後半や20世紀初頭など)は黒人の社会進出が余り進んでいなかったことや、本作には多様な人種のキャラが登場することなどを踏まえると、本作の世界観は2000年代初頭の米国がモデルになっていると判断するのが妥当であろう。
 
・「死者の指輪」とガンマが言うシーンにおけるガンマの顔は清々しさを感じさせる。
 
 
★p12
・よく見ると2コマ目以外にも1コマ目にエルウッドが居るのがわかる。エルウッドが酒場に潜伏している理由は次のページで分かる。
 
・自然な会話文から「死者の指輪」の説明がされている。
 
 
★p13
・エルウッドは掏摸(すり)で金を稼いでいた。「エルウッドの金を稼ぐ或る卓越したスキル」とは掏摸のことだった。
 
・1~7コマ目まではコミカルに描かれており、8~9コマ目は比較的シリアスに描かれている。
 
 
★p14
・「残念賞」というほのぼのさ→ガンマは掏摸対策をしていた模様。
 
 
★p15
・5コマ目で描かれているエルウッドの手だけを見てガンマは何かを察する。
 
 
★p16
・1~4コマ目から感じられるのはガンマの子供っぽさ・陽気さである。
 
・音符のかかれたコマからもガンマの子供っぽさ・陽気さが窺える。
 
 
★p17
・姉登場。「ありがとう。でも今日は体調がいいの」といったセリフから姉が心臓を患っているということが暗示されている。
 
・エルウッドの「ハイこれ今日の分の薬!」という発言から考えて、キンクロ一味に入ってスリを教わった理由としては薬代を捻出するためというのも考えられる。
 
・姉の口調は女言葉。自然な感じの上品さ。
 
 
★p18
・「芥火ガンマ」と自己紹介しているシーンではガンマの人柄の良さがわかる。
 
・「何か聞き覚えのある名前だな」とエルウッドが首をかしげる理由は本話の後半で明かされる。
 
 
★p19
・1コマ目の風景描写で時間帯が夜になっていることを表現。
 
・2コマ目に寝室があるが、姉のいる寝台の隣にエルウッド用と思しき寝台がある。ということは、エルウッドは未だに姉と一緒に寝ていることに・・・。
 
・エルウッド「よっぽど口にあったんだな」→ガンマ「(料理のうち)お姉さんが作ったのは?」→エルウッド「スープだよ」→ガンマ「やっぱりな あのスープは最高だった あとはスープのおまけだな」→エルウッド「チクショー」とあるが、エルウッドが悔しがっているのはガンマが「意地でもエルウッドをほめまい」と意地悪したからである。
 
・7コマ目から絵柄がシリアスに。
 
 
★p20
・エルウッドは掏摸の手口がプロに仕込まれたものだと気づく。
 
・地元を根城にしている武装窃盗団の名前はグレイ・アンツ(gray ants)。
 
・最後のコマでの左手のデッサン性は高い。
 
 
★p21
・キンクロ一味はエルウッドがガンマを家に招いたことを「エルウッドは賞金首を独り占めにしようと企んでいる」と思い込む。
 
 
p22
・4コマ目のガンマの顔下部の描写には文字が一切書かれていない。このコマのお陰で間がうまく取れている。
 
 
★p23
ガンマはp15でエルウッドの手に傷が刻まれているのに気づくが、ガンマは他にもエルウッドの体の各部分(足、肩)に傷が刻まれていることを指摘する。ガンマはエルウッドに「このままでは姉を救う前にあいつら(キンクロ一味)に殺されるぞ」と警告する。6コマ目のガンマのまなざしは「弱者や虐げられる者への憐憫を感じさせる痛ましき視線」といえる。
 
 
★p24
キンクロ一味はエルウッドの家を襲う準備をする。
 
 
★p25
・1コマ目も文字を一切書かずに時間帯が早朝になっていることを表現。
 
4つ目のコマで顕著だが、初期の久保は背景が黒一色の際は、普段黒で描かれる部分に灰色のトーンを貼る傾向にある。
 
 
★p26
バズーカでキンクロはエルウッドの家の壁を破壊する。
初期の久保はコマを長方形中心で引く傾向があるが、このページではコマの段が斜面となっている。
 
 
★p27
2コマ目は台詞の発言主の違いが吹き出しのフォントの違いだけで表現されていて分かりやすい。
 
 
★p28
・1~2コマ目のシェリルの吹き出しから分かる久保の特徴は、吹き出しがコマの枠を超えることがある点、「はあ」などのようにオノマトペ的な台詞はフォントではなく手書きされる点である。
 
・気づきにくいかもしれないが、5コマ目のエルウッドは冷や汗をかいているシルエットで描写されている。
 
 
★p29
6コマ目の指名手配書はp21の1コマ目のものと相違する。
 
 
★p30
・1コマ目に「S0級犯罪者(エスゼロ級クリミナルと読む)」「賞金額は9億6千万ニート」とある。
 
・6コマ目でキンクロはエルウッドを脅しているが、よく見るとキンクロの指が大きすぎるようにも感じられる。
 
 
★p31
シェリルが弟を救うためにキンクロに花瓶を当てつける。久保は血をトーンではなく黒(べた塗)で表現することが多い。
 
 
★p32
シェリルが弟を信頼していることがわかるシーン。
最後のコマは「ドン」という効果音に被弾による出血が重なっているため、見やすいとは言えないコマ。
 
 
★p33
2コマ目のシェリルのデッサンについてだが、左脚がやや長めな印象を受ける。
 
 
★p34
久保はバトルシーンで眼を⦿と書くことが多い。三つのコマ全てでキャラの眼が⦿のように描かれている。
筆文字で「あああああああああああ」と背景を手書きで埋めるのも久保の特徴。
 
 
★p35~37
バトルシーン。キンクロは手下(髪が変な黒人)の体を振り回してエルウッドのナイフ攻撃から自分の身をガードし、エルウッドを追い詰める。
 
★p38
どうでもいいことだが、1コマ目で奴隷がドレイと書かれているのが気になる。ドレイより奴隷のほうが分かりやすしダサくないと思うのだが・・・。もしかしたら「ドレイ」という「グレイ・アンツにまつわる特殊な設定」があったのかもしれない。
 
★p39
「あたりまえだ…ブタに人間の言葉がわかってたまるか」はエルウッドの憤りが伝わる秀逸な台詞。1コマ目でエルウッドの影はトーンで描かれているが、久保は影を細い線で表現することが多い。
 
★p40
効果音の書き方がユニーク。効果音「ゴドォン」と台詞が上下2コマをまたいで描かれている。「ゴドォン」の書き方が独特過ぎて2コマ目の右側にガンマが描かれているのを気づくのが遅れるかも。ただそれでも「ゴドォン」のゴがトーンで描かれており、久保が読者の見やすさに配慮していることが読み取れる。
 
★p41
ガンマの正面が見られるのは次のページになってから。つまり再登場から2ページ読まないとガンマの正面が見られないように計算している。このページではガンマはシルエットや脚のみが描写されている。
 
★p42
ガンマはキンクロの指名手配書を掲げながら「賞金8000ニート D1級犯罪者 ムジャータ・キンクロ」と告げる。→一方のガンマは「S0級犯罪者 賞金額は9億6千万ニート」
格の違い。
 
★p43
ガンマの背中には黒い蝶が描かれている。この黒い蝶は本作でガンマのシンボルとして使われている。
 
 
★p44
・2コマ目でキンクロの台詞は「狙って」を「ネラって」と書かれている。久保は漢字表記が普通な語句をカタカタで書くことによってキンクロのダサさ・雑魚さを表現しているのかもしれない。
 
・ガンマは、p9の最後のコマで描かれている「髑髏が描かれた細長い繭」を開いて自身の刀を取り出している。4コマ目は「髑髏が描かれた細長い繭」が開いているシーンが描写されている。3コマ目の効果音「バチン」はガンマが「髑髏が描かれた細長い繭」を開くために手の或るボタンを押しているのを意味しているのではないか。「髑髏が描かれた細長い繭」はp58の6コマ目にも描かれている。
 
・サシ:【名詞】(俗語で)二人で、一対一で
 
 
★p45
・バス―カを持っているのにガンマが出した武器は刀。キンクロは「ラリってんのか」と驚愕する。ガンマとキンクロはカウント3で決闘することを決める。
 
・ラリる:【動詞】薬物でハイな状態になる
 
 
★p46~48
陳腐な展開では主人公側がカウント3になるまで攻撃を抑えているのに、敵側がカウント2で攻撃しだすというパターンになるのだが、本作において、敵側に当たるキンクロはカウント3を守った。しかし「サシでの勝負」を宣言しておきながら、何と取り巻きにガンマを乱射させた。なおキンクロは取り巻きに「ぶち殺せ」と命令しただけで自分では何も攻撃を仕掛けていない。
 
 
★p49
なんとガンマはカウントを1、2、3、…29、30とずっと数えており、キンクロ一味が乱射している最中も全く攻撃していなかった。そのことに驚いたキンクロは後ずさりするが、キンクロの背中には蟻のマークが描かれている。黒い蝶と蟻の対比を通して両者の格の違いを暗示している可能性がある。
 
 
★p50~54
取り巻きはガンマのチートさに圧倒され敗走し、キンクロはバズーカをガンマに放つも、あっけなくガンマに斬殺される。エルウッドはガンマがキンクロを圧倒するシーンを目の当たりにして「この人はこの銃弾の大陸をたった一本の剣で生き抜いてきたのか」と傍観する。本作のモデルとなった2000年代の米国は日本では想像できないレベルの銃社会なわけだが、ガンマの握る「剣」には「凡庸な無法者が使うバズーカ砲」を遥かに上回る戦力があると表現されている。
 
 
★p55
・姉の死を目にして暗い表情を浮かべるエルウッド。それを後ろから眺めるガンマ。久保は通常トーンを貼らないキャラであっても、このコマのように或るキャラを強調したいときはトーンを貼ることがある。
 
・ガンマはグレイ・アンツのアジトにあった現金を見つけ、エルウッドに渡すが、エルウッドは「盗金は要らない」と拒む。スッとエルウッドがガンマに現金を差し出すコマのガンマの顔はコミカルだが、p10で述べたように口が描かれていない。
 
・そもそもキンクロから逃げるようエルウッドに助言したり大金を与えようとしたりするのはガンマがエルウッドなどの弱者へのいたわりを持っているから。ガンマのその姿勢はtrack20の「デカすぎる力はテメー(バルムンク)の為に使えば『狂気』をもたらす…けどな…弱っちい連中のために使えば…『力』のままでいられるんだよ」という台詞に表れている。
 
 
★p56~58
エルウッドは「死者の指輪を探す旅に俺を連れて行ってくれないか」とガンマに頼む。ガンマはエルウッドの本気度を試すような問いを繰り返すが、ガンマはエルウッドの「姉を生きらせたい」という願いの真剣さを認め、死者の指輪を探す旅にエルウッドを連れていくことにする。
 
 
★p59
エルウッドは出発に際して、頭の被り物を姉を弔うための十字架に備えた。そして「行ってくるよ お姉ちゃん まっててね 絶対に生き返らせてあげるから!」と明るい表情で告げ、旅立っていった。十字架には「安らかに眠れ」とラテン語で刻字されている。