謹賀新年の挨拶はさておき、2026年は少年漫画『BLEACH』の完結10周年に当たる年である。
『BLEACH』は2001年に連載が始まり、2016年に最終話を迎えている。
作者の久保帯人先生によれば、連載終了の一年ほど前にジャンプ編集部との間で打ち合わせが行われ、そのとき「第1話の発表から丁度15年が経つタイミングで最終話を掲載すること」が決まったという。
同時期に週刊少年ジャンプで連載されていた作品に『NARUTO』がある。この漫画も1999年に連載が始まって2014年に最終話を迎えており、連載期間が15年ほどとなっている。
ここで、わたくしA倉R郎は一つのルールを提唱したい。
それは「少年漫画の15年ルール」というもので、「少年漫画はどんなにページ数の多い長編作品であっても15年以内に連載を終了する」というルールである。
少年漫画は読み切り作品、短期集中連載される作品、長期連載される作品に大別される。
読み切り作品も、短期集中連載の作品も、長期連載の作品も、それぞれ特徴や魅力などがある訳だが、長期連載の作品には或る種のリスクがある。
それは、何らかの事情で作品の連載が打ち切りになってしまったり、作品が完結する前に作者の寿命が尽きて作品が未完になってしまったり、作品の連載が完結する前に読者が亡くなってしまうリスクである。
これらのリスクを浮き彫りにした出来事がある。
『BLEACH』の連載が終わって3か月が経った頃、久保帯人先生はネット上で情報提供を呼び掛けた。
漫画『BLEACH』久保帯人、探していたファンレターの差出人見つかる “余命1年半”の少年友人から
経緯を簡単に記すと、『BLEACH』の連載の真っ最中に、余命一年半の読者が久保先生にファンレターを書いた。その読者の死後、その読者の知り合いが久保先生にそのファンレターを送った。久保先生は『BLEACH』の連載が終わった後も、そのファンレターのことが忘れられず、その読者やファンレターの差出人(その読者の知り合い)に関する情報を募集したという流れになる。
その後、ファンレターを送った差出人が見つかり、久保先生やスタッフらは情報提供の件について感謝の意を示しているが、いずれにしても、その読者は『BLEACH』の最終話を読めないまま生涯を終えている。
もちろん5年ほどの連載でも15年ほどの連載でも25年ほどの連載でも、作者や読者の寿命というリスクは無視できない訳だが、私が10年や20年ではなく15年という数字を採用しているのには理由がある。
それは、少年が少年のうちに連載が完結するギリギリの年月が15年ほどだからである。
例えば、或る子供が4歳や5歳のときに『BLEACH』の連載が始まったとする。
その場合、前述した余命一年半の読者のように自身の寿命が尽きたり視力を永遠に失ったりしなければ、その子供は19歳か20歳ぐらいで『BLEACH』の最終話が読めることになる。
これは『NARUTO』であっても同様であり、連載期間が15年ほどであれば、初めて作品に出合ったときに4歳や5歳だった少年は二十歳(はたち)を超える前に少年漫画の最終話を読めるのだ。
だが、もしも連載期間が20年を超えてしまうと、どうなるだろうか。
或る読者が10歳にもならない年齢のときに、その連載漫画の第1話が発表された場合、その読者が最終話を読めるのは20代後半あたりとなる。20代後半にもなれば配偶者や子供がいても全然おかしくない年齢である。
仕事や家庭などで子供時代よりもしばしば忙しい年齢になってから最終話が発表されても、「人生で初めて第1話を読んだときの感性や気持ちで、その最終話を読むこと」は既に不可能となってしまっている。
結局のところ、4歳や5歳という少年が二十歳を過ぎて大人になってから「少年」漫画の連載が完結するのか、それとも4歳や5歳の少年が大人になる前に「少年」漫画の連載が完結するのかという違いは余りにも大きいのだ。
因みに、「少年漫画の15年ルール」は少女漫画などにも適応できるかもしれない。
少女漫画に関して私はほぼほぼ無知なのだが、かなり前から『ガラスの仮面』という作品の存在は知っている。
たったいま『ガラスの仮面』について調べると、この漫画は1975年に連載が始まり、50年以上たっても連載が完結していないと分かった。
「10歳ごろに『ガラスの仮面』の第1話が連載されているのを読んで『ガラスの仮面』の連載を追うようになった少女は還暦になっても未だに最終話を読めていないのか」と気づいた私は言葉を失ってしまった。
『ガラスの仮面』の恐ろしさを考えれば、三年以上の長期休載等がない『名探偵コナン』や『ONE PIECE』が可愛く思えてくる(尤も、この二つの作品にしても、寿命や失明などの理由で、江戸川コナンらが黒の組織を倒してゆく過程や「ひとつなぎの大秘宝」の正体を永遠に読めないことが確定してしまった人々が少なからずいる訳だが)。
長いあいだ漫画を連載していると、主人公サイドのキャラ以外の登場人物に関しても回想シーンなどで深く掘り下げたくなってしまう(もっともっとその登場人物について描きたくなってしまう)という漫画家は珍しくないという。
また、長期連載は大人気作品であることが多く、商業的な理由から連載が引き伸ばしの対象となってしまうことも多い。
そういった事情も理解は出来るのだが、いったん本編を完結させたあとにスピンオフとして、その回想シーンなどを描くといった手段もあるし、最終話を待ち望んでいる読者を何十年も待たせるというのは可能な限り避けるべきだと思う。
なお、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』などのように一話完結型の連載漫画の場合は、15年以内に連載を終えるべきだとは考えていない。「連載開始時にメインの読者層が20歳以上だった長編漫画」などについても同様である。
漫画ではなく戯曲となってしまうが、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749~1832)は世界文学の最高傑作の一つとされる『ファウスト』を後世に遺している。
だが、この作品は完結までに膨大な年月がかかっている。
ゲーテは1770年代に初稿『原ファウスト』を書いたが、そのときは作品を完成させることが出来ず、『ファウスト』が完結したのはゲーテが82歳で死ぬ直前のことだった。
このように、完結までに長い時間がかかっていることは、その作品が駄作であることを意味しないのだが、ゲーテに対して「君が構想している『ファウスト』は素晴らしい作品になる。君は『ファウスト』を書き進めるべきだ」と助言したフリードリヒ・フォン・シラーは『ファウスト』の完結を知ることなく死去している。
本来のメイン読者層が少年や少女でないジャンルの漫画ひいては文学作品であっても、連載期間や完結までの期間が長すぎると、このシラーのような事態が続出することとなる。
これらのことを踏まえたうえで言うが、少年漫画や少女漫画はなるべく15年以内に完結させるべきだし、少年漫画や少女漫画の制作に関わる者は子供が子供のうちに作品が完結するよう最大限、努力すべきだと私は強く考える。