九代目七右衛門の徒然日記 -8873ページ目

全日本スキー選手権大会モーグル競技in白馬さのさかスキー場

技術選観戦の後は、全日本スキー選手権大会モーグル競技を観戦するために、私の元ホームゲレンデである白馬さのさかスキー場に行きました。

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スキースクールで様子を聞くと、当初1時40分決勝開始の予定だったのですが、天候が悪かったのでスタートを遅らせ、3時頃スタートになったとの事でした。
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来場客はみんな観戦に行っているからか、正面のカービングゲレンデとモーグルコースには殆ど人がいませんでした。
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第2リフトを上がるとセパレートされたニューパラダイスゲレンデのコースが見えてきました。
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リフト上部から、2重にセパレートされたコースが見えました。
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着いたのが午後2時半頃だったのですが、決勝のインスペクションの最中で、競技開始は午後3時からとの事でした。間にあって良かったです。
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第5リフトの上から見た競技バーンです。
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インスペクションとは言え、選手たちは本番さながらのジャンプをしていました。ここが第2エアーです。
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そしてここが第1エアーです。
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リフトの頂上付近からは青木湖が綺麗に見えます。
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奥に見えるのが正月にみんなで行ったヤナバスノーパークです。
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雪質はザクザクの春雪だったのですが、一般ゲレンデも上手い人が大勢滑っているせいか、コブが揃っていてとても気持ち良かったです。広島ではなかなかお目にかかれないコブ斜面のロングコースを思い切り滑る事が出来ました。ちょっと無理をしすぎて、下に着くころには呼吸困難状態でした。(笑)
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世界選手権で準優勝した伊藤みき選手の幟がありました。
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2重にセパレートされた内側はプレス専用のようで、高そうなカメラを持ったカメラマンの方々が、選手を追っていました。
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ゴールエリアとジャッジ席です。
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ゴールエリアから見上げたコースです。このバーンを猛スピードでジャンプとターンをしながら降りてくるのですから凄いものです。
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テントの下ではスタートに備えて選手たちがアップを行っていました。
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まだ3時まで時間があったのでもう1本上がってみました。このゲレンデアからは我家が見降ろせます。中央の集落の右手前が我家です。
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アップにするとこんな感じです。
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3本目のリフトに乗っている最中にインスペクション終了のコールがかかりました。
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今度はリフトの反対側に降りて観戦する事にしました。
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こちらは、左のバーンより少しコブが深く、硫安が撒いてあるのか少し硬くて、さっきまでよりスピードを出して滑る事が出来ました。
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私は第2エアーの横で観戦しました。上村愛子ちゃんは出てないものの、世界選手権銀メダリストの地元白馬村の西伸幸や、長野オリンピック金メダリストの里谷多英選手、世界選手権銀メダリストの伊藤みき選手など有名選手がたくさん出ていました。優勝は男子が西伸幸選手、女子が伊藤みき選手でした。
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最後にカービングゲレンデを3本滑ってから帰りました。
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正面には地元の上村愛子ちゃんと西伸幸さんを称える横断幕が掲げてありました。
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八方インフォメーションセンター

技術選観戦の帰り道、昨年、八方バスターミナルに完成したばかりの八方インフォメーションセンターに寄ってみました。
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隣にある八方尾根観光協会の体育館が技術選の本部になっていました。ここで開会式が行われたようです。
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インフォメーションセンター入口には「有難う八方50年」のしめ縄が飾ってありました。
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入った右側がインフォメーションコーナーになっていて、中央にはインターネットパソコンが置いてありました。技術選観戦の興奮がまだ冷めやらぬ状況だったので、このパソコンで自分で自分の記事にコメしてしまいました。
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左側はバージンカフェになっていました。派手な赤い入口に「VIRGIN CAFE」と書いてありました。
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2階で国立公園写真展をやっているというので上がってみました。
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2階もバージンカフェです。
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ゲレンデ側がガラス張りになったフロアに、たくさんの写真が飾ってありました。
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美しい風景画ばかりです。わたしもこんな写真を撮ってみたいものです。
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私みたいにやたら撮るのではなく、写真家の方々は一瞬のシャッターチャンスのために大変なご苦労をされているのだと思います。同じアメブロのホワイトデポ鈴木馨二さんのブログを見ると、その御苦労が良くわかります。実にシブい方です。

白馬村オリンピック記念館

技術選の観戦後は、ジャンプ台の下にある「白馬村オリンピック記念館」に行ってみました。
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オリンピックの翌年に来て以来、10年ぶりです。
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向かいにある白馬村観光局で100円の入場券を買ってオリンピック記念館に向かいました。
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入口です。
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玄関正面には上村愛子ちゃんのポスターが飾ってありました。
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館内に入った正面も愛子ちゃん一色でした。
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右に行くと当時村長が着ていたという役員の公式ウエアとオフィシャルグッズがありました。
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スノーレッズのぬいぐるみです。当時まだ2歳だった娘に一番小さいのを買ってあげたのを思い出しました。その娘も今年はもう中学生になります。
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その奥は大活躍したジャンプ陣のコーナーです。
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当時の板とウエアが展示してあり、モニターからは実況中継の様子が流れていました。
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入口側の壁には古いスキーから新しいスキーまでスキー板の変遷が展示されていました。オリンピックの頃はまだノーマルスキーが主流でした。
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2階は資料室との事で、階段を上がってみました。
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壁には公式ポスターが飾られていて、
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ショーウインドウの中には当時の新聞記事が入っていました。
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2階の窓からジャンプ台が見え、技術選会場の片付けをしていました。私が館内を見ている間に、何事もなかったように元通りのジャンプ台に戻っていました。
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帰り道に、名木山ゲレンデ下のメーカーテントに再び寄ってみました。選手たちは中でお昼御飯を食べているようでした。
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両サイドにメーカーテントがずらーっと並んでいます。
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中でもひときわ目立っていたのがアトミックのテントです。赤いテントの前に、ニューモデルのアトミックの板が並んでおり、足を止めて見ていく人が大勢いました。
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全日本スキー技術選手権大会決勝 急斜面不整地小回り

早お昼を食べて、スキー技術選の急斜面不整地小回りの観戦のために白馬ジャンプ競技場に行ってきました。ジャンプ台の駐車場に車を止めて上に上がってみると、すでに大勢の人が集まっており、大きな歓声が上がっていました。
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12時丁度に競技が始まりました。
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スタートは順位の下位の方からです。
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私は高校の先輩、渡辺一樹さんの応援団の後ろに陣取りました。電車通だったので行き帰りの電車でよく顔を合わせましたし、部室が隣同士だったので、部活の前後でも顔を合わせる事がありました。今では雲の上の人になってしまいました。
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花形種目なので、滑り終わるとガッツポーズをみせる選手が多かったです。
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滑り終わった選手はここから出てきます。
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有名選手が出てくると、わぁーと人だかりになっていました。
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最初の場所は遠くて見にくいので、スタジアム側に移動する事にしました。スタジアムの上から見ると、悪天候にもかかわらず、とても大勢の人が集まっているのに再び驚きました。
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全長120m、最大斜度37.5度の急斜面というかなりの急斜面ですが、選手たちは華麗な滑りで降りてきます。
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雪質はザクザクのようで、かなりスキーの板が埋まって見えました。
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ゴールエリアの真横まで移動しました。
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スタジアム側も上の方まで人で埋まっていました。
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ジャッジ席とプレス席が見えました。スキーグラフィック発行のDVDを予約済みなので、ここから撮った映像が月末には手元に届きます。
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のこり30人になったところで、フォアランナー「リッチー・ベルガー!」のコールがあり、会場が大きく沸きました。
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切れのある素晴らしい滑りでした。
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上位30人となると、点数もどんどん上がっていき、280点台も出るようになりました。やはり得点が高かったのはトップ争いをしている柏木義之選手と井山敬介選手でした。この二人の滑りの時には会場が大きく沸いていました。トップは柏木選手でした。いつもの八方の技術選のパターンだとこの種目が最後なのでここで優勝者が決まり胴上げとなるのですが、今回は種目順の変更で、終了するとすぐに、次の種目フリーの会場のアナウンスがあり、みんな一斉に移動していきました。
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家に帰ってからスキージャーナルモバイルを見ると、男子は柏木義之選手がこの後行われたフリーでもトップの得点をマークし、4大会ぶりに王座奪還を果たしたとの事でした。昨年のチャンプ井山敬介選手は2位。そして、12月23日に琴引スキー場でお世話になった地元白馬村の丸山貴雄選手が3位に入っていました。女子は地元白馬村の松沢聖佳選手が、技術選の聖地・白馬八方尾根スキー場に戻っての8連覇を達成したそうです。おめでとうございます!

白馬帰省 雪降り 爺さんの手紙

ハピアの買い物が終わって実家に戻ると、雪はさらに激しく降ってきました。屋根の上は降り始めてから1時間も経たないのに真っ白になっていました。
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地熱があるはずの庭も白くなっています。
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写真を撮っていると爺さん(父)が外に出てきました。家の前にあるポストに手紙を出すためです。
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爺さん(父)は手紙を書くのが好きで、1日に何通も手紙を出しています。返事が来るのが待ち遠しくて、郵便配達が来るのを毎日とても楽しみにしています。出す年賀状も毎年2000通くらいで、表書きも添え書きも手書きです。夏ごろから年賀状を書いています。
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白馬帰省 Aーcoopハピアへ買い物

今晩はお客さんが2組7名いるので、婆さん(母)と一緒にAーcoopハピアに買い出しに出かけました。外にでると雪が降り始めていました。行く途中、白馬ジャンプ台にまわってみました。今日は全日本スキー技術選手権大会の決勝で、白馬ジャンプ台ラージヒルのランディングバーンを使って、急斜面不整地種目が行われるはずなので、様子を見るためです。ランディングバーンは赤いネットを張って準備がしてありましたが、人影は見られませんでした。技術選の関係者らしい人が居たので聞いてみると、上部がガスっているので、本来最終種目のはずである急斜面不整地を12時から先にやり、その後リーゼンを上がってフリーをやるとの事でした。早お昼を食べて観戦に行くことにして、ジャンプ台を後にしました。
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名木山ゲレンデ下にあるメーカーのテントです。
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選手たちがウォームアップしているのが見えました。
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ハピアに到着しました。
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ハピアの駐車場から白馬ハイランドスキー場が見えるのですが、白馬村のスキー場で唯一今季の営業を終了していました。
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白馬名物「はくばの豚」です。
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美味しそうです。今夜は白馬豚のとんかつにするそうです。
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ハピアの名物は業務用の食品です。いろんな物のジャンボ版がたくさんならんでいます。
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帰り道、白馬駅前の信号待ちです。
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このブログでも紹介したありがとう八方50年の横段幕や上村愛子ちゃんのパネルが見えました。
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白馬帰省 家の中とまわりの様子

囲炉裏の火は消してあり、鉄瓶が下ろしてありました。
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爺さん婆さん(両親)とお茶を飲んだ後、家のまわりをぐるっと回ってみました。

家の裏側です。北側なので屋根の上にはまだ雪が残っていました。九代目七右衛門の徒然日記

家の裏から土蔵の方向を見たところです。

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家の西側です。家の外の便所(右手)の屋根にも雪が少し残っていました。
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白馬帰省 南神城~自宅

南神城を降りると、雨みがやんでいたので歩いていくことにしました。中学3年間と高校の3年間通った道です。久しぶりに歩きました。

姫川源流です。雪に覆われていて福寿草はまだ咲いていないようです。
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佐野沖の真っ直ぐな道です。正面の山の一帯がクロスカントリー競技場「白馬スノーハープ」となっています。
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後ろを振り向くと白馬さのさかスキー場のカービングゲレンデが見えます。今日は全日本スキー選手権大会のモーグル競技が開催されます。
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スノーハープの入口です。
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雪不足のため、3月8日で営業が終了したという貼り紙がしてありました。
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スノーハープを過ぎると田んぼの中の一本道を歩いていきます。まだ3月中旬なのに、4月上旬くらいの雪の解けぐあいで、あぜ道が見えていました。
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我が家が見えてきました。正月以来。2カ月半ぶりです。本当はこのまま坂道を上がっていくのですが、少し遠回りして家の正面の方に回ってみました。
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屋根の上には全く雪がありません。
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雪解け水が溜まった田んぼの中に、我が家が逆さに映っていました。
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あぜ道にはふきのとうが顔を出していました。
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このぐらいがちょうど食べごろです。天ぷらやふき味噌などにすると、独特の苦みがあって美味しいです。
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家の正面です。昨年左三分の一を葺き替えた茅葺き屋根の色もだいぶまわりに馴染んできていました。
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最近このアングルで写真を撮ったり、絵を描いてくれる方が増えています。
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田んぼの中の道を上がっていきました。
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ここの田んぼに溜まった水の中にも我が家が映って見えました。
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庭の畑にはまだ少し雪が残っていました。
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中央に、雪の中に埋めてあった大根を掘り起こした跡が見えます。
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この手前のあたりです。
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庭の雪はほとんど解けていました。
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正月、家内と従兄弟が作ってくれた「屋根雪注意」の看板です。茅葺き屋根を葺き替えたばかりの部分は、茅の油分で雪がすぐに落ちてきていたそうです。
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庭から見た田んぼと畑です。
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全日本スキー選手権大会モーグル競技が行われる白馬さのさかスキー場のニューパラダイスゲレンデです。リフト沿いにコースセパレートしてあるのが見えました。
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家にはいると白馬の爺さん(父)と婆さん(母)が、「電話をすれば迎えにいってやったものを!」と言っていましたが、ひさしぶりに駅からゆっくり歩いて、いろんなところを見ることができて良かったです。

白馬帰省 糸魚川~南神城

急行「きたぐに」の車内は深夜は明かりを落として、アナウンスもなかったのですが、5時過ぎに富山をすぎたところで照明が明るくなり車内アナウンスが入りました。暴風雨のため列車は22分遅れており、糸魚川に5時半に到着予定でしたが5時50分頃になるとのことでした。糸魚川に着くと、あいかわらず土砂降りです。「きたぐに」は終点の直江津に向かって走り去って行きました。
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糸魚川から大糸線の南小谷行きディーゼル列車(ワンマンカー)に乗り換えました。
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電車の中はスキーヤーや家族連れでいっぱいで、立っている人もいました。
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平岩駅で17分の待ち合わせ。まだ、雨が降っていましたが、トイレに行く人や自動販売機でジュースを買う人など乗り降りがありました。ここまで来ると、山には雪が見えてきました。手前に見えるのは鉄道のラッセル車です。
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南小谷駅で松本行きにで乗り換えました。
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信濃森上駅を過ぎたところから見た白馬岩岳スキー場です。だいぶ茶色い土が見えています。
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白馬駅手前の松川鉄橋から見た八方尾根スキー場です。雪不足と言われながらもまだまだ下の方までしっかり雪はついているようです。
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白馬駅でほとんどの乗客が降りていきました。飯森駅の手前から見た白馬五竜スキー場です。今日はここで第34回白馬五竜スノーフェスティバルが開催されます。
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下車駅の南神城に到着しました。
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急行「きたぐに」で白馬に帰省

この週末は白馬に帰省です。夜9時半に広島を出発し、新大阪を11時半発の急行「きたぐに」に乗りました。
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車内はこんな感じで普通の列車より天井が高くなっています。網棚から上の空間がとても広いです。登山客などが大きなザックを乗せることへの配慮でしょうか。
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大阪は土砂降り。白馬は雪になっていてくれることを祈りつつ眠りにつきました。