大糸線 平岩駅 大所川発電所
平岩駅(ひらいわえき)で15分の待ち合わせがありました。雨も小降りになってきたので、外に出てみました。
駅舎です。1995年(平成7年)7月12日に水害
により、駅構内および姫川に掛かる橋梁が流出するという災害が発生し、列車の運行が休止状態になってしまいました。1996年(平成8年)1月16日からは、平行する国道148号の復旧に伴い、不通区間のバス代行輸送を開始し、1997年(平成9年)11月29日に、約2年4か月ぶりに全線復旧し運行を再開しています。この日の水害では、私の実家と、小谷村にある祖母の実家も被害にあったという苦い思い出があります。
駅前には白馬温泉の先、当分の間通行止めという看板がありました。災害からずっと開通していないのでしょうか?
平岩駅は、蓮華温泉行きバスの乗換駅であり、白馬岳登山の入り口です。蓮華温泉まで21.6㎞という看板がありました。
駅から出て左に行くと、大所川橋という橋がありました。この道は旧148号線で、上に見えるのが新しい国道です。その奥にはまだ雪をかぶった白馬岳と蓮華岳の下の方が少し見えました。
大正12年(1923)12月に運用開始したという古い水力発電所です。
認可最大出力8400kW、常時出力:3300kW、最大使用水量:7.37立方メートル毎秒、有効落差:146.36メートルという規模です。
大糸線 キハ52気動車
糸魚川駅からは大糸線のキハ52気動車
で南小谷に向かいました。キハ52には旧国鉄時代の色の3種類の気動車が(5月16日の記事参照
)あります。糸魚川駅の改札を入ると、キハ52の標準色(オレンジ、クリーム色)と、首都圏色(オレンジ)が止まっていました。
今まで乗ったのはこのどちらかだったのですが、今日乗るのは、横須賀色(紺色とクリーム色)でした。
2番ホームに行くと、横須賀色が止まっていました。他の暖色系2色と比べると引き締まった感じです。
定刻通り6時4分に糸魚川駅を出発しました。糸魚川駅は売店はまだ営業しておらず、近くにコンビニもないため、今までは駅のホームでカロリーメイトを買って食べていたのですが、今日は途中でパンを買ってきたので、ホットコーヒーを買って朝ご飯にしました。
糸魚川駅 史跡相馬御風宅
ここで36分間の待ち合わせがあるので、いつもだと海を見に行ったり
、前回は天津神社
を見に行ったりしていたのですが、雨の中を動くのも億劫だと思い、駅前をぶらぶらしていました。
駅前広場に石碑があるので見てみると、相馬御風と書いてありました。
相馬御風は、早稲田大学校歌「都の西北」、日本初の流行歌「カチューシャの唄」、童謡「春よこい」など、今も日本中で愛されている名曲の作詞者で、糸魚川出身だそうです。
相馬御風にちなんだ何かがあるのかと思い、駅にあった地図を見てみると、駅前のアーケードから少し入ったところに「相馬御風生家」というのがあるようなので行ってみる事にしました。
アーケードのタイルにも道順が書いてあったので、すぐにわかりました。
相馬御風宅は昭和27年12月10日、新潟県の史跡として指定されたそうです。御風が日本文学界の発展と良寛研究に尽くした業績を永久に保存するため、家屋を当時の姿のまま残していると書いてありました。
入館時間は午前9時から午後4時までで、入館料は100円だそうです。入館したい人は向かいの建物を訪ねて下さいと書いてありました。相馬伴治と書いてあったので、御子孫の方でしょうか。
御風(本名相馬昌治)は、明治16年7月10日、新潟県糸魚川町大字大町(現在の糸魚川市大町2丁目)で、糸魚川町長も務めた父徳治郎と母チヨのひとり息子として生まれたそうです。相馬家は代々社寺建築を生業とした旧家で、相馬家一族による建築物は糸魚川市内に数多く見られるとの事です。
御風は、明治・大正・昭和の三代にわたり叙情歌人、詩人、随筆家、小説家、自然主義評論家、作詞家と、文芸全般にわたって活躍したそうです。
また、収蔵されていた資料は糸魚川歴史民俗資料館に保存し、調査・研究や展示等に利用しているとの事でした。
入口には「振る舞い茶会」というポスターが貼ってありました。バタバタ茶は、糸魚川地域に古くから伝わる「たて茶」のひとつで、この風習を受け継ぎ、広めるために活動している「バタバタ茶の会」という団体があり、会では、より多くの皆さんからバタバタ茶を味わっていただくため、6月から10月の第一水曜日にここ相馬御風宅で「振る舞い茶会」を開いているそうです。このバタバタ茶については、相馬御風も一人雑誌「野を歩む者」の中で、「私達のまちに昔からタテ茶という珍しい風習がある。今なお最良風習となっている。私はこの風習を大に宣伝したく心がけている。」と述べているそうです。
通りに戻ってくると、バンビーノという洒落たカフェがありました。
アーケードの途中に糸魚川てくてく地図のいう手書き風の地図があったので見てみました。糸魚川では塩の道を別名「白馬通り」というそうです。
急行「きたぐに」で白馬に帰省
明日、明後日と会社が停電で休みになったので、白馬に帰省しました。仕事が終わってすぐに社宅に帰って、シャワーをあびて出発。夕食は広島駅の「つけ麺本舗 ばくだん屋 広島駅新幹線口店」で食べました。ばくだん屋のつけ麺は広島名物で、腰のある麺と、少し辛めのたれがポイントです。辛さは0から20倍まで選べますが、わたしは辛いのが苦手なので1倍にしました。
新大阪からは今回も急行「きたぐに」に乗りました。
(過去記事は昨年5月20日
、今年の3月13日
、4月3日
、5月16日
)
前回、前々回と寝台車に乗ったので、今回は節約して自由席にしました。
今までは休前日の利用だったので、自由席もわりと人が多かったのですが、今回は平日ということもあってか、お客さんは少なかったです。自由席は1つの車両に2~3人程度の乗車率でした。
ボックス席ですが、通常の列車と比較してかなり広く、ヘッドレストも高いです。靴を脱いで足を投げ出すと、けっこう快適に眠る事が出来ます。
反対側の座席に足を投げ出して、ボックス全体を使って熟睡する事ができました。
国道148号線 小谷道路整備凍結解除の動き
今日の毎日jpに「国交省の国道148号工事凍結 見直し作業最終段階」という記事が掲載されていました。国交省が3月、建設費に比べて効果が小さいとして、全国18路線の工事凍結を打ち出したうちのひとつ、白馬村から糸魚川に抜ける小谷道路の凍結が解除されそうとの事でした。記事の一部を引用します。
工事が一部凍結されている小谷村の国道148号(小谷道路 4.6キロ)を巡り、国土交通省の凍結の見直し作業が最終段階を迎えた。16日には北陸地方整備局の事業評価監視委員会が、凍結解除の判断材料にするため現地を視察。地元村長から意見を聴取した。22日に新潟市である同委員会で、凍結解除の是非が決まる見通しだ。工事は既存道の急カーブや狭い道幅の解消などを目指し、88年に開始。進ちょく率は総額225億円の事業費ベースで83%。現在、未着工区間の残りの約1.2キロで道路拡幅などが凍結されている。県や小谷村などの沿線自治体は、抗議や凍結解除の要請を続けている。16日は同委の新潟大副学長の永山庸男・委員長代理ら委員2人が現場を視察。同整備局の担当者から、S字カーブでトラックのすれ違いが困難▽冬場は雪で急こう配の坂を上れない--など現状の説明を受けた。さらに永山代理らは小谷村役場を訪れ、小林三郎・同村長と太田紘煕・白馬村長から意見を聞いた。小林村長は、冬場のスリップ事故で緊急車両やスクールバスの通行に支障が出ていることなどを挙げ、「あと1.2キロ。住民が安心して通行できるよう再開してほしい」と要請した。また太田村長は、小松空港(石川県)経由で訪れるアジアからのスキー客が、通行を不安視していると説明。「工事凍結は地元の観光業に大変な影響がある」と訴えた。国交省は3月、建設費に比べて効果が小さいとして、直轄国道18路線の工事凍結を打ち出した。しかし地元の反発や国会議員の陳情などを受けた金子一義国交相は、委員会による再評価で凍結の解除を判断する考えを示している。事業のコスト削減などの改善点を盛り込んだ上で、大半が凍結解除される見通しだ。
といった内容でした。確かにこの道は、私が小さい頃は冬季や雨降りの日には通行止めになることが多く、順調なら30分ほどで行ける糸魚川ですが、はるか遠くに思えたものです。あと1.2kmで快適に糸魚川まで行ける事が出来るのならば、1日も早い凍結解除と工事再開をお願いしたいものです。
白馬リゾートウェディングのお知らせ
白馬村では、村内にある挙式の出来る12施設が集まり白馬リゾートウェディングとして結婚式のプランづくりをしています。その12施設でつくる白馬リゾートウェディングデスクが8月30日、合同ウェディングフェア「第6回白馬キューピットフェスティバル898」を白馬五竜エスカルプラザを主会場に開催するという記事が6月13日の大糸タイムスに掲載されていました。
メイン企画は白馬村にちなんで、89,800円で挙げる「天空の花園ウエディング」。白馬Alps花三昧の会場、白馬五竜アルプス平の大自然の中でたくさんの花に囲まれて、人前結婚式を希望するカップルを募集しているそうです。
<日時>2009年8月30日(日)11時
<場所>白馬五竜 標高1515メートルの山野草園
<挙式料>ハッピーナンバー「はくば」にちなみ¥89,800
(新郎新婦の衣装&ヘアメイク込み料金となります。)
当日、エスカルプラザではウェディングフェアやスイーツフェアも同時開催されるそうです。新郎新婦、ご親族、ご友人の皆様と白馬村で結婚式を挙げてみては如何でしょうか?
松本信用金庫白馬支店で山野草の絵画展開催中
6月5日の大糸タイムスに、松本信用金庫白馬支店のロビーで6月19日まで、和田野在住の津野隆之さんが描いた山野草の絵画展が開かれているという記事が掲載されていました。
これは松本信用金庫白馬支店が「Alps花三昧」のプレイベントとして企画したもので、「やさしく描いた白馬の野の花」をテーマに、色鉛筆画十数点が展示されているそうです。津野さんによると、色鉛筆画は、繊細で柔らかいタッチと鮮やかな色使いが出来るのが特徴といい、山野草がもつ優しい質感を表現するのに最適の画材だそうです。
津野さんは白馬村公民館の生涯学習講座の講師や、大北公民館大会での絵画教室もされているそうです。松本信用金庫白馬支店の近くを通ったら、是非寄ってみて下さい。
錦帯橋
今日は午後から錦帯橋に行ってきました。昨年の4月12日にお花見に行って以来、久々の錦帯橋です。広島方面から一般道で行くには、2号線を行くと信号も多いし混むので、和木町の関々トンネル(せきせきとんねる)を通っていくと近くて早いです。距離は2kmくらい近く、時間はかなり違うと思います。2号線から和木方面に入って山の中に入っていくと、まず「和木トンネル」があります。昨年の4月25日に開通したばかりで、トンネル長242m、車道幅7m(上下各1車線)、歩道幅:2.5mです。
トンネル出口から見た小瀬川です。左には竹林があり、右の山の上にはホタルの里があります。雰囲気の良いところです。山口県の山間部のガードレールはなぜか黄色に塗装されています。
このトンネルを出てすぐを左折すると、山口県道1号線(関々バイパス)に入り、山道を上っていきます。峠の一番上に関々トンネルがあります。
こちらは2005年11月18日に開通したもので、延長889m、幅員7mです。
錦川、新幹線の新岩国駅、山陽道の岩国インターなどが一望できる景色のよい道です。
トンネルから3kmほどで、錦帯橋に到着しました。河原が無料駐車場になっています。
駐車場から見た錦帯橋です。
錦帯橋は錦川に架けられた木造の5連のアーチ橋で、日本三名橋や日本三大奇橋に数えられています。
2001年秋から2004年にかけて、26億円をかけて橋体部分の架け替え工事が行われたそうです。手前は一番新しく、
奥の方はだいぶ飴色に変わっていました。2~3年でもこんなに色が違うのですね。アーチの木造部分は釘をほとんど使わず巻き金鎹(かすがい)で組んでいます。「組み木の技法」と呼ばれる建築方法で、抜群の強度があると言われています。以前、木組みの一部を抜くと橋が解体すると聞いたことがありますが、本当なのでしょうか?。
入場券と、パンフレットとガイドマップをもらいました。橋の長さは、橋面にそって210m、直線で193.3m、幅5m、橋台の高さ6.64mだそうです。継手や仕口といった組木の技術によって造られており、杭州の西湖にある「錦帯橋」をモデルにして、児玉九郎右衛門の設計により、1673年(延宝元年)に完成したのですが、翌年の1674年(延宝2年)、洪水によって流失してしまったそうです。そこで橋台の敷石を強化して再建したところ、この改良が功を奏して、276年間に渉って流されずにきたそうです。
大勢の方がわたっていましたが、歩くたびに木のきしむ音がして気持ち良かったです。
佐々木小次郎の銅像がありました。佐々木小次郎のツバメ返しは錦帯橋のたもとで編み出されたと小説には書かれているのですが、当時、錦帯橋はまだなかったそうです。銅像はとても良い男でした。奥には花菖蒲が咲いていました。
川のほとりには遊歩道が出来ています。昨年、花見をしたのはこのあたりだったと思います。
反対側から岩国城をバックに撮った写真が多いのですが、こちらから写真を撮ると、青空をバックにすることができます。
橋のたもとには槍倒し松(やりこかしまつ)という松がありました。
昔、諸国の大名が他藩の城下を通るときは、行列の槍を倒すのが礼儀となっていたのですが、大藩が小藩の城下を通るときは、儀礼を守らず槍を立てたまま威風堂々と通ったそうです。岩国藩が六万石の小藩であるため岩国藩の武士達はこれを見て憤慨し、かなり成長した横枝の張った松の木をわざと橋の頭に植え、大藩と言えどもどうしても槍を倒さなければ通ることができないようにしたとの事でした。
それにしても、橋の両側にある土産物店は、あまり橋とは似つかわしくない感じでした。世界遺産に申請活動をしているそうですが、もう少し気を使った装飾にしてほしいものです。
白馬は6月が端午の節句
6月5日は、一か月遅れの端午の節句
でした。白馬では端午の節句に家の入口に菖蒲(ショウブ)と蓬(ヨモギ)を飾って、厄除け・魔除けをするという習慣があります。今年も各所に飾ってお節句を迎えたようです。白馬の爺さん(父)から当日の写真が送られてきました。まず、玄関、

爺さん婆さんは夜は菖蒲湯に入った事と思います。
茅葺き屋根の補修が終わりました
5月15日から始まった茅葺き屋根の補修
が21日に終わり、白馬の爺さん(父)から写真が送られてきました。(正確に言うとデジイチ
のCFカードが送られてきました。)

この日は前日とは打って変わって、快晴のようでした。西側です。
下の写真は頭を30゚右に傾けて見て下さい。なぜか傾いた写真でした。(笑)
例年、100万円前後かかる
のですが、今年は暖冬で降雪が少なかったこともあり、33万円で済んだとの事でした。それにしても茅葺き屋根の維持にはお金がかかります。











































