錦帯橋 | 九代目七右衛門の徒然日記

錦帯橋

今日は午後から錦帯橋に行ってきました。昨年の4月12日にお花見に行って以来、久々の錦帯橋です。広島方面から一般道で行くには、2号線を行くと信号も多いし混むので、和木町の関々トンネル(せきせきとんねる)を通っていくと近くて早いです。距離は2kmくらい近く、時間はかなり違うと思います。2号線から和木方面に入って山の中に入っていくと、まず「和木トンネル」があります。昨年の4月25日に開通したばかりで、トンネル長242m、車道幅7m(上下各1車線)、歩道幅:2.5mです。
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トンネル出口から見た小瀬川です。左には竹林があり、右の山の上にはホタルの里があります。雰囲気の良いところです。山口県の山間部のガードレールはなぜか黄色に塗装されています。
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このトンネルを出てすぐを左折すると、山口県道1号線(関々バイパス)に入り、山道を上っていきます。峠の一番上に関々トンネルがあります。
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こちらは2005年11月18日に開通したもので、延長889m、幅員7mです。
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トンネルを出たところから岩国市に入ります。
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錦川、新幹線の新岩国駅、山陽道の岩国インターなどが一望できる景色のよい道です。
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トンネルから3kmほどで、錦帯橋に到着しました。河原が無料駐車場になっています。
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駐車場から見た錦帯橋です。
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錦帯橋は錦川に架けられた木造の5連のアーチ橋で、日本三名橋や日本三大奇橋に数えられています。


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ここから団体さんの集合写真を撮るようです。
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2001年秋から2004年にかけて、26億円をかけて橋体部分の架け替え工事が行われたそうです。手前は一番新しく、
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奥の方はだいぶ飴色に変わっていました。2~3年でもこんなに色が違うのですね。アーチの木造部分は釘をほとんど使わず巻き金鎹(かすがい)で組んでいます。「組み木の技法」と呼ばれる建築方法で、抜群の強度があると言われています。以前、木組みの一部を抜くと橋が解体すると聞いたことがありますが、本当なのでしょうか?。
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階段を上がって、橋を渡ってみる事にしました。
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1922年(大正11年)には国の名勝に指定されたそうです。
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受付で300円払って、橋に向かいました。
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入場券と、パンフレットとガイドマップをもらいました。橋の長さは、橋面にそって210m、直線で193.3m、幅5m、橋台の高さ6.64mだそうです。継手や仕口といった組木の技術によって造られており、杭州の西湖にある「錦帯橋」をモデルにして、児玉九郎右衛門の設計により、1673年(延宝元年)に完成したのですが、翌年の1674年(延宝2年)、洪水によって流失してしまったそうです。そこで橋台の敷石を強化して再建したところ、この改良が功を奏して、276年間に渉って流されずにきたそうです。
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橋の上からは屋形船や鵜飼船が見えました。
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ロープウェーで上がると岩国城があります。
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大勢の方がわたっていましたが、歩くたびに木のきしむ音がして気持ち良かったです。
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錦川はその名の通り、とても澄んだ川でした。
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橋を渡って反対側に行くと、吉川史料館がありました。
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けっこう見どころがたくさんあるようです。
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佐々木小次郎の銅像がありました。佐々木小次郎のツバメ返しは錦帯橋のたもとで編み出されたと小説には書かれているのですが、当時、錦帯橋はまだなかったそうです。銅像はとても良い男でした。奥には花菖蒲が咲いていました。
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川のほとりには遊歩道が出来ています。昨年、花見をしたのはこのあたりだったと思います。
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ここから見た錦帯橋も綺麗です。
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鵜飼船がありました。中には薪が積んでありました。
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反対側から岩国城をバックに撮った写真が多いのですが、こちらから写真を撮ると、青空をバックにすることができます。
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木組みが美しいです。
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橋のたもとには槍倒し松(やりこかしまつ)という松がありました。
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昔、諸国の大名が他藩の城下を通るときは、行列の槍を倒すのが礼儀となっていたのですが、大藩が小藩の城下を通るときは、儀礼を守らず槍を立てたまま威風堂々と通ったそうです。岩国藩が六万石の小藩であるため岩国藩の武士達はこれを見て憤慨し、かなり成長した横枝の張った松の木をわざと橋の頭に植え、大藩と言えどもどうしても槍を倒さなければ通ることができないようにしたとの事でした。
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何度見ても美しいカーブです。
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橋と言うよりも神社等の細工のように見えます。
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見た目よりも急です。
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両側からくさびが打ってありました。
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それにしても、橋の両側にある土産物店は、あまり橋とは似つかわしくない感じでした。世界遺産に申請活動をしているそうですが、もう少し気を使った装飾にしてほしいものです。
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