「サイケデリックスと文化-臨床とフィールドから-」という本のなかで、蛭川立先生がシャーマニズムの分類や分化、周囲の社会構造との関係についてまとめていたので引用します。↓
(前略)本論文ではこの分類を使用せず、もっと単純に、変性意識状態に入る職能者をシャーマン、入らない職能者を祭司と、仮に定義することにする。また、シャーマンのうちで、とくに、脱魂するが憑霊しないものを脱魂型シャーマン、憑霊するが脱魂しないものを憑霊型シャーマン、両方を行うもの、または両方とも行わないものを、中間型シャーマンとよぶことにする。もちろん、このような分類はあくまでも便宜的なものである。宗教的職能者の正しい分類を行うことや、「真正の」シャーマンを定義することは、本論文の目的ではない。そうではなく、ここでの目的は、仮にこのように定義された諸職能者が、どのような物質を含む薬草を使用し、どのような体験をするのか、そしてそれが社会の中でどのように位置づけられているのかを明らかにすることである。(中略)
脱魂型シャーマンの四分の三が向精神性植物を使用しているのに対し、憑霊型シャーマンで向精神性植物を使用しているのは六分の一にとどまる。逆に、憑霊型シャーマンの約三分の一が酒を使用するのに対し、酒を使用する脱魂型シャーマンは五分の一である。また、ほとんどの祭司は、向精神性植物も酒も使用しない。
このことは、シャーマン的な変性意識状態、特に脱魂体験(≒体外離脱体験)と、向精神性植物の薬理作用が密接な関係を持っていることを示唆している。
中略
祭司はどちらかといえば社会的地位の高い男性で、憑霊型シャーマンはどちらがといえば社会的地位の低い女性である。このことは、祭司主導型の宗教が支配的な社会にあって、憑霊型シャーマニズムが、社会的地位の低い人々、とくに女性たちによる社会的反撃の一形態なのだという、ルイスのモデルを裏付けているといえる。これに対し、脱魂型のシャーマニズムは社会的階層の分化しない社会で、男性によって担われることが多い。
···「シャーマニズムと向精神性植物使用の通文化比較」 蛭川立
元友人がいつか言っていたように、祭司は孔子タイプですね。一方でシャーマニズムの態度は老子や荘子に近そうです。(傍線部参照)···加藤常賢氏の研究によると善柔人という体のクニャクニャな人のうち貴族的地位の者は儒者、民間の者が老荘思想を形成したとあります。
私の宇宙人体験に照らし合わせると、ワームホールをくぐったりするのは脱魂型、宇宙人が物理学的な宇宙の見解を降らせたり、気付いたら書いていたとかは憑霊型でしょうかね。このように、シャーマニズムに照らし合わせて荘子の思想や宇宙人交流👽を考えていくのもいい案だと思いました。(↓参照)
https://ameblo.jp/97116455/entry-12842022850.html
何より、私はあの星田での充実した日々を宇宙人交流により取り戻し続きをやりたいと思いつつあります。↓
https://ameblo.jp/97116455/entry-12821107243.html
因みに体外離脱は脱魂型なんですね。その辺は体外離脱と宇宙人交流の比較に役立ちます。
この本は、他の論文も非常に私にはためになったしオススメです。