こけ玉のブログ

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不惑の年などもうとうに過ぎたのに、いまだに自分の道も確立できていない。
そんな男の独り言。


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今回は国内の患者数が50名ほどという極めて稀な疾患である。

この疾患は1949年にアレキサンダー氏によって報告された。

当初は乳児期に発症するけいれん、頭囲拡大、精神運動発達の遅れを中心に、10歳に満たずに亡くなってしまう非常に予後不良の疾患と考えられていた。

診断は脳の病理組織で行われ、死亡した後でないと確定診断のつかない難しい疾患だったのである。

しかし、2001年にベルナーらから患者の90%以上にGFAP遺伝子に異常があることが報告され、それ以降ようやく遺伝子検査による確定診断が可能となった。

すると、この疾患には成人以降に発症し、進行も比較的緩やかなケースが存在することが明らかになったのである。

診断法が確立されるまでに実に50年以上もの年月がかかり、それによって実は新たな患者層の広がっていたことが明らかになったのである。
 
 
 
成人期にも患者層の広がりが見つかったことで、現在この疾患は以下の三つの型に分類され、診断は各症状とMRI検査にてこの疾患が疑われると遺伝子検査が行われるという。

日本では約50名の患者さんが昨年7月の時点で確認されている。

新生児から60~70歳の年配者まであらゆる年齢で発症する可能性があり、起因に関連する体質、食事、環境は今のところ確認されていない。

診断法がようやく見つかり、その疾患の広がりが明らかになってもまだ疾患そのものの解明は進んでいないということである。

① 大脳優位型(全体の約半数)
乳児期発症で、けいれん、頭囲拡大、精神運動発達の遅れを主症状とする。

② 延髄・脊髄優位型(全体の約1/3)
学童期あるいは成人期以降の発症で、嚥下機能障害、手足の運動機能障害、立ちくらみ・排尿困難などの自律神経機能障害などを主症状とする。

③ 中間型(全体の約1/5)
上記両型の特徴を認める。
 

原因はGFAP遺伝子の異常と考えられている。

この遺伝子は脳の「アストロサイト」という細胞を支える働きを持つという。

この「アストロサイト」が機能障害を起こすことで発症するのだが、「アストロサイト」の役割は脳の神経細胞や血管などと情報伝達を行うことで脳の機能を制御することである。

中枢神経系統のどこの「アストロサイト」が機能障害を起こすのかで、大脳優位型か延髄・脊髄優位型か、あるいは両方の特徴を持つ中間型か、に分かれるのである。

なお、発症年齢別の分類法もある。
 
 
いずれ、上記の分類を見ても類推できるように、発症年齢が若ければ若いほど予後が非常に悪く、新生児での発症では2年ほどで死に至るケースが多いという。

ちなみに、頭囲拡大とは水頭症のことである。

脳は脳脊髄液という液体の中にある。

脳脊髄液は常に新しい液が作られると同時に吸収もされており、常に適切な量に保たれている。

しかし、何らかの原因で脳脊髄液が過量に作られるとか、吸収がうまくいかないような状態になれば、脳脊髄液が溜まり続ける。

すると頭蓋内の圧力が高まり、その圧力に押され頭囲が拡大していくのである。

そうした脳への圧迫自体もまた脳の機能障害を引き起こすこととなる。

なので、溜まりすぎた脳脊髄液を腹腔内へ逃がしてあげるシャント術という治療がとられる。
 
 

ところで、遺伝子疾患となると、気になるのは遺伝するのかどうかということ。

この疾患の場合、常染色体の優性遺伝なので、両親どちらかに症状があれば50%の確率で子供は異常遺伝子を保有することになる。

一方で大脳優位型のほとんどのケースと、延髄・脊髄型の約半数の患者さんのご両親はGFAP遺伝子に異常がない。

つまり、この疾患全体の60%強の患者さんの両親にはGFAP遺伝子の異常はなく、突然変異での発症となるということ。

これは何を意味するかというと、もし自分の子供にこの病気が発症したとしても、遺伝子検査をして夫婦とも異常がなければ次に生まれる子が発症する可能性は極めて低いということである。

それにしても突然変異での発症がこれほど多いとは・・・。
 
 

起因に関連する体質も食事も環境もなく、遺伝子の突然変異で発症するのだとしたら、これはもう本当に誰も責めることのできない運命としか言いようのない疾患である。

話はちょっとずれるが、私たちの周りには健康上あまり勧められない食べ物は結構ある。

そして、そういうものに限って大量のCMが流されたりもする。

何を食べるかは基本的に自分で選ぶのではあるが、同時に私たちの消費行動はCMに大きく左右されることもまた事実である。

そうでなければCMを流す意味がないからだ。

だとすればあまり勧められない食べ物につい手を伸ばしてしまう責任は100%自己責任なのだろうか。

タバコにある程度規制がかかっているのと同様に、多食で健康を害する恐れがある物はCM回数に限度を設けるとか、多少の規制をかけた方がいいかもしれない。

せっかく防げる病気なのであれば。
 
 
 
話を戻そう。
 
この疾患には有効な治療法はまだない。

痙攣を生じる場合には抗てんかん薬を処方するなど、いわゆる対症療法的な治療が中心となる。

運動機能障害には力が入らない、手足の突っ張り、バランスがとりにくいなどの症状があるが、個人差がある。

適切なリハビリテーションと、必要に応じた補助具の使用、むせなどの嚥下障害がある場合には食事内容の工夫も必要である。

現場では医療人が頑張っているのだろうが、何とか根本治療が見つかってほしいものである。

日本でいえば発症率わずか0.000039%の疾患だが、突然変異で自分も含め、誰にでも起こりうること。

早く疾患の解明が進み、治療法や予防法が確立されて欲しいものである。
 
 
 
 
 

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以前、「文庫X」として話題になった清水潔氏の「殺人犯はそこにいる」を取り上げたことがあった。

本書は、その清水氏が注目したもうひとつの事件、「桶川ストーカー殺人事件」について彼の調査を元に書かれたものである。

「桶川ストーカー事件」は度々テレビの検証番組でも取り上げられているが、本書を読むとこの事件での警察のやり方がその番組の内容以上にあまりにもひどいことが分かる。

本書を取り上げるのは、テレビでは伝えきれていない事件の実態を知ってもらいたいということと、それと共にマスコミと警察との関係のことである。

安倍政権が長期化する中で、彼に忖度するのは官僚だけではなく、マスコミの忖度もひどくなってきている。

権力とマスコミが結びつくことの恐ろしさは戦時も経験したはずなのに、また同じ過ちを繰り返すのか。

今一度、その恐ろしさを確認してみてほしい。
 
 

「犯人はそこにいる」の足利事件も、桶川ストーカー殺人事件も、権力とマスコミとのつながりの深さゆえに真実が闇に葬られる危険性があった。

桶川ストーカー殺人事件は衝撃的な事件だった。

事件は当初、派手でブランド好きで、風俗店で働く女子大生と、風俗店経営の男の間での、男女関係のもつれによる事件と報道されていた。

しかし、FOCUSによる報道で徐々に警察の怠慢さがその背景にあることが分かってきた。

テレビでは、警察は最終的に実行犯とそれを指示したストーカーの兄を逮捕し、公文書偽造の罪で3人の警官を懲戒免職し、他の15人を処分して事件を収束させた。

しかし、本書を読むと警察は最初からまともな捜査をしようとしてはおらず、どうも犯人をまともに捕まえる気もなかったようだ。

まるで事件そのものを組織的にお蔵入りさせようとしているかのような対応だったのである。

もちろん所轄署の警察官による公文書偽造の事実も、事件当初から把握されていた。

もし清水氏が被害者である猪野詩織さんの友人と出会うことがなかったなら、

もし清水氏が警察発表の情報だけを後追いで報道するような記者だったなら、

この事件は当初のように「派手でブランド好きの風俗店で働くような女子大生が、男女関係のもつれで殺された事件」として処理されただけでなく、

もしかしたら実行犯すらつかまっていなかったかもしれない。

もちろん公文書偽造という警察官による犯罪も隠蔽されていたことだろう。

そして、それはその警察官がその後も仕事に従事し、その後も市民の声を無視し続けることで、再び同様の事件が起こった可能性があったことも意味する。

また、遺族にとっては娘に間違ったレッテルを貼られたまま、長きにわたって世間からの心無いバッシングにさらされたことだろう。

そして何より、主犯と思われる小松和人を野放しにし、さらにストーカーの被害者を増やしてしまったかもしれない。

なぜなら小松は詩織さんと出会う前にすでに二人の女性にもストーカー行為を働いており、うち一人の女性は自殺行為をするまで追い込まれていたのである。

彼が再び同じことを繰り返したであろうことは容易に想像できる。

再現VTRでは描き切れていない警察の闇と、

日本で一流と呼ばれるマスコミ各社と警察との異常な関係が、

真実をゆがめ隠蔽し、「偽りの真実」を流布させる元凶となっている事実がそこにある。
 
 
 
猪野詩織さんは1999年10月26日、埼玉県桶川市の桶川駅前で大学に行こうとしていたところで、彼女自身は見も知らぬ男によって刺されて殺された。

清水氏が、一様に口が重い被害者の友人・知人の中で、取材に応じてもいいと言ってくれた島田さんに出会ったのは事件から数日後のことだった。

島田さんから開口一番、

「詩織は小松と警察に殺されたんです」

と聞かされるのである。

島田さんが語る小松の異常さについての詳細はぜひ本書をお読みいただきたい。

きっと、読むだけで猪野詩織さんや、島田さんらの恐怖を感じることができるだろう。

事件を時系列で簡単に追ってみよう。
 
 
1月6日
ゲームセンターでプリクラの故障がきっかけで詩織さんと小松は知り合う。

当初はドライブやディズニーランドに行くなど普通の交際だったが、乱暴な運転、度を越したプレゼント攻撃が始まる。

あまりに続くプレゼント攻撃に、その受け取りをやんわり断ると突然怒り始めるなど、小松の異様さが気になり始める。

自分に対しても偽名を使っていたことに気づく。

3月20日
小松が豹変する。

小松のマンションに遊びに行った際、部屋の中に隠されていたビデオカメラを詩織さんが見つけ、そのことを訊ねたことで激怒し、脅し始める。

6月14日
小松に別れることを宣言する。

小松のような男と付き合っていたことを親に知られたくなかった詩織さんは、交際をばらすと脅され、小松に従っていた。

しかし、極度の束縛と、友人らへの脅し、興信所を使った日常の監視などに耐え切れなくなり、ついに別れを決意し、親にも事情を説明することにした。

小松は詩織さんを詐欺容疑で訴えると脅す。

6月15・16日
上尾署に相談に出向く。

脅迫の証拠となりうる音声テープなども持参するも、「事件にはならない」と突っぱねられる。

7月13日
詩織さんを誹謗中傷するビラが近所や大学近辺、駅構内、父親の会社付近に大量に張られる。

詩織さんは告訴することを考えるが、警察からは「よく考えた方がいいよ。みんなの前で全部話さなければならなくなるし、時間かかるし、面倒くさいよ」と冷たい対応。

7月29日
告訴がどうにか受理される。

8月23日
父親の勤務先と東京の本社に父親を誹謗する手紙が大量に送られてくる。

その手紙を見て、上尾署の担当者は「これは良い紙を使っていますね。手が込んでいるなあ」と笑って答えるだけ。

9月21日
上尾署の担当者が猪野家を訪ね、理由を明かさずに告訴の取り下げを勧める。

担当者は「告訴するならまたいつでもできますよ」というが、実際は一度告訴を取り下げると、同じ事案では再び告訴を出すことはできない。

猪野家は拒否する。

10月16日
深夜、猪野家の前に二台の車が止まり、大音量で音楽を鳴らし、エンジンの空ぶかしを行う。

ナンバーを控え警察に訴えるも、その後対応した形跡なし。

10月26日
桶川駅前で詩織さんが刺される。
 
 
こうして猪野詩織さんは出会って9ヶ月ほどで、おそらく小松の指示によるであろう者の手によって命を絶たれた。

もし警察が積極的に介入していたとしても、殺されていた可能性もなくはないかもしれない。

しかし、少なくとも、御遺族や島田さんの口から「詩織は小松と警察に殺されたんです」という言葉は出なかったと思われる。

小松が狡猾なのは、直接暴力を振るわないというところである。

脅すにしても抽象的な表現を使うことが多い。

以前付き合っていた女性を自殺へ追い込んだ話なども織り交ぜ、精神的に詩織さんを支配しようとしたのだ。

一般人の目から見ても、明らかな脅迫行為と思われるが、警察は民事不介入を口実に何ら対応しなかったし、告訴を受理した後も、具体的な行為があったにも関わらず、全く動こうとしなかった。
 
 

事件直後の記者会見では詩織さんの服装などが必要以上に事細かく警察から報告された。

「黒いミニスカート」「厚底ブーツ」「プラダのリュック」「グッチの時計」。

この流れから詩織さんは「ブランド依存症の女子大生」というイメージが世間一般の人に刻み込まれた。

しかも後に「風俗店で働いていた」という情報も加わり、「風俗嬢の女子大生」というレッテルも張られる。

しかし実際は、もともと詩織さんはそれほどブランド物に興味はなく、告訴した時点で小松からの贈り物はすべて宅配便で送り返しており、彼女が身につけていたのはコツコツと自分で買い揃えたものだった。

しかも使い込まれて傷のついたものだったという。

見た目にも派手さはなく、いたって普通の女子大生だったそうだ。

風俗店で働いていたと言っても、親戚が営むスナックで懇願されて1週間だけ手伝っただけのものだった。

スナックが「風営法」の管轄なので、「風俗店で働いていた」という情報が流されたようだ。

そして警察はそのようなレッテルを張られて報道されることを知りつつ、ただ傍観したままだったのである。

まるでそれを意図していたかのように。
 
 

警察はミスリードをするだけではなく、嘘の報告もした。

「警察官が猪野家を訪ね告訴を取り下げるよう勧めた」という件では、

「そのような警察官はいない」との警察幹部のコメントを受け、

清水氏は当初、記事に告訴取り下げを勧めたのは「ニセ警官」によるものと書いた。

しかし、詩織さんのご両親への取材が実現した際、何気ない会話の中で上尾署の担当者が実際に家に来て告訴の取り下げを勧めた事実が明らかになったのである。

明らかに警察が嘘をついたのだ。

結局これがこの事件の肝となる部分だった。

もし、猪野さんのご遺族が取材に応じていたならば、何かのきっかけでもっと早く事実が明らかになったかもしれない。

しかし、この事件では「ご遺族を守る」という名目で警察官が猪野家に張り付き、マスコミとの接触が絶たれていた。

このあたりにも警察の巧妙さがうかがわれる。
 
 
 
警察は「ご遺族を守る」と言って、マスコミとご遺族との接触を断つ一方で、

事件の捜査経過などは全くご遺族にも伝えていなかった。

なので、猪野さん一家は清水氏からの情報で死亡時の状況や小松の人物像などを初めて知ることができたのである。

清水氏は独自の調査で犯行の実行犯や小松の兄という人物に探していた際、非常に違和感を持ったという。

このような事件の場合、取材先に多少なりとも警察の影が見えるのが常なのに、この事件に関しては全く警察の影が見えず、「警察はいったい何をしているのか」と思ったという。

当初よりストーカーがらみであることは明らかで、小松が経営する風俗店も監視されていたが、その監視体制がばれて、取り逃がしてしまうのである。

その後、清水氏が苦労して突き止めた実行犯が潜んでいるマンションの存在を教えても、200人態勢を敷きながら、かなり遠くの位置でぶらつくだけでいつになっても捕まえようともしなかった。

そうした警察の不思議な対応の謎が、後に「告訴状の改竄」という犯罪の隠ぺいのためであることが明らかとなっていくのである。
 
 
 
告訴の取り下げを勧めたものの、猪野家から拒否された警察の担当者は「告訴」の字に上に線を引いて「被害届」に書き換えたのだ。

一般人には「告訴」も「被害届」もあまり変わらないように思われるが、告訴は捜査する義務が生じ、未解決であればいつまでも記録に残る。

一方、被害届は捜査するかどうかは警察の判断によるので、未解決の事案としての記録には残らないのだという。

そしてもし犯人が捕まり、裁判が始まれば告訴状も公的文書として提出されるので、改竄した事実が明らかとなってしまうのである。

だから、警察としては犯人に捕まって欲しくなく、事件をうやむやにしてしまいたかったのだろう。

このあたりの犯人逮捕に向けた警察ののらりくらりとした対応については、テレビの検証番組ではほとんど取り上げられていない。
 
 
 
捜査に携わった人のうち、どこまで真相が知らされていたのかは分からないが、疑問を持つ捜査員はいなかったのだろうか。

そして、事件の真相を知らされた時、彼らは何を思っただろうか。

足利事件で、冤罪でつかまった菅家さんは「隠れ家に大量のロリコン物のアダルトビデオを隠し持つ、無職の独身男」という誤ったレッテルが張られた。

詩織さんのケースも同様に、なぜこうも易々と間違ったイメージが作られるのだろう。

それは記者クラブというシステムにあると清水氏は語っている。

記者クラブは警察だけでなく、公的機関や業界団体などに構成されているシステムである。

大手メディアにしかその加盟は許されておらず、そして加盟していない報道機関の個別の取材には機関の側は一切応じないというシステムである。

記者クラブには専用の部屋を与えられ、光熱費も出してもらっており、事実上の便宜供与を受けているのである。

よく「捜査関係者の話」がニュースでも出てくるが、正式なコメントでなくともポロッとこぼしたことが大々的に取り上げられれば、あっという間に警察が作りたい人物像を広めることができるのである。

「持ちつ持たれつ」の関係が構成されるこの記者クラブというシステムは、外国のジャーナリストからも非常に評判は悪く、批判を受けている。

警察を始めとして公的機関の御用報道機関と化している記者クラブというシステム。

ぜひマスコミには「持ちつ持たれつの関係」など投げ捨て、「社会の木鐸」としての役割を思い出してほしいものである。
 
 
 
桶川ストーカー殺人事件は「ストーカー規制法」が制定されるきっかけとなった事件だった。

しかし、この規制法がなくとも本事件の場合は名誉毀損や脅迫行為があったので、その気になれば早くから警察の介入は可能な事案だった。

事実、猪野詩織さんが警察に相談しに出向いた際、最初に対応した若い警察官は「これは恐喝だよ」と言っている。

しかし、上司がそれを抑え込んだのである。

「ストーカー規制法」という法的根拠があれば訴える側も警察に相談しやすくなるし、警察にも強制力が働くので、この法律が制定されたことは非常に意味のあることだと思う。

しかし、そのために払われた代償は非常に大きい。

そして、問題はいくら法整備やシステム構築がなされても、警察がその法律をきちんと執行しようとする姿勢や、被害者の声を受け止める気持ちがあるのかどうかが大事なのである。

2016年5月にも東京都小金井市でストーカーによる女子大生刺傷事件が起きた。

事前に何度も「殺されるかもしれない」と相談を受けていながら数々の不手際を繰り返し、結局事件発生に至ってしまったのである。

被害者は20か所以上も刺され、一時は意識不明の重体となったが、幸いなことにどうにか回復し、一連の事件についてコメントを発表するまでに回復できた。
(そのコメントはこちら https://www.bengo4.com/c_1009/n_5482/ )

自分はこのコメントを読んで驚いた。

事件後、意識が戻った被害者に対しての警察が行った事情聴取では

「本当に『殺されるかもしれない』と言ったのか」

と繰り返し訊ねられたというのである。

警察としては「殺されるかもしれない」という言葉が出ていなかったなら、警察に手落ちはないと言いたかったのかもしれない。

相談の際の担当者が、もしかしたらそんな言葉は聞いてないなどと言ったのかもしれない。

いずれ、担当者個人にしろ、警察組織全体にしろ、責任回避をしようとする言動には本当に怒りを感じる。

彼らが掲げる「正義」とは一体何なのだろう。

警察にとって都合の悪い事実が明らかになった時、それをあえて正々堂々と公表し、事件解決に真摯に取り組んでこそ、真の信頼を勝ち得るのではないだろうか。
 
 
 

本書で、清水氏たちが張り込みを続け、実行犯らの隠れ家を特定するくだりなどは、まるでサスペンス物を読んでいるかのような緊迫感あふれる内容になっている。

ぜひともご一読をおすすめしたい。
 
 
 

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今、自民党は総裁選を行っており、

 

その中で安倍さんは

 

「憲法改正の発議をしない国会議員は怠慢だ」

 

と言っているらしい。

 

これは自民党の国会議員に限らず、

 

憲法擁護の立場を取る国会議員全員を貶めることで、

 

自分の主張を正当化しようとしているのだろう。

 

しかし、その憲法には99条というものがあり、

 

「大臣や国会議員は憲法を擁護する義務を負う」

 

と謳われている。

 

まずは本来守るべき自らが憲法を壊そうとする、憲法違反の行為を行っていることを自覚すべきである。

 

もちろん、いくら素晴らしい憲法といえども、

 

LGBTをめぐっての婚姻の規定など、時代に合わなくなった内容というものはあろう。

 

では、誰が憲法改正を主張すべきか。

 

やはり国民である。

 

国民の中から自然発生的に要望が出てきたものに関して議論を進める。

 

それが王道だと思う。

 

安倍さんも国民の一人だが、今は国民の代表者として憲法を擁護すべき立場にある人間だ。

 

 

 

確かに一般国民の中にも憲法改正の賛成派は存在している。

 

しかし、主にそれらは政治主導によって徐々に形成・育成されてきた声である。

 

中国の横暴なやり方など国際情勢も絡んできたことは間違いはないが、

 

やたら対立を煽る中で意図的に醸成されていったこともまた事実である。

 

 

 

なぜ9条を変えたがるのか。

 

彼らの主張は大きくは二つ。

 

一つは「自衛隊違憲論」に終止符を打つというもの。

 

もう一つは国際社会の中で集団的自衛権行使の役割を担うというもの。

 

 

 

「自衛隊違憲論」は確かにあり、

 

文言を厳密に解釈すれば確かに違憲の存在かも知れない。

 

しかし、憲法は自衛権の放棄まで宣言はしていない。

 

苦しい言い訳かもしれないが、専守防衛の役割として厳然として「自衛隊」を存在させてきた。

 

それでいいではないか。

 

 

 

自衛隊以外にも憲法の条文と現実が一致していないことはある。

 

第25条の「全ての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」はその最たるものだ。

 

現実には「水際作戦」と称して申請すら受け付けられないケースもある。

 

生活保護受給の権利を持つ人のうち、

 

どれほどの人が受けられているかという補足率ではたった2割である。

 

非正規雇用を増やす社会構造を作り、

 

経済の二極化を押し進め、

 

生活保護レベルの層を増やしたのは誰か?

 

 

第53条は「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」とある。

 

昨年春に野党からの要求を受け、安倍さんは国会を招集しなければならなかった。

 

しかし、彼は森友・加計問題の追求を避け、国会召集を伸ばしに伸ばし、9月に招集したと思ったら冒頭解散するという暴挙に出た。

 

確かにいつまでに招集しなければならないとか、

 

招集はしても審議しなければならないとかの文言はない。

 

それは「招集したら審議するのは当たり前」だったからだろう。

 

 

 

このように憲法にそぐわないことはある。

 

しかし、自衛隊の存在には「自衛権に基づく専守防衛に限ったもの」という解釈が既になされている。

 

あえて憲法を変えなくとも運用は既に出来ているのである。

 

改善すべきは条文の正しい運用すら出来ていない現実の政治だろう。

 

 

 

「国際社会の中で集団的自衛権行使の役割を担う」というのは、

 

つまりはアメリカの要求に応えて、一緒に海外で戦うということだ。

 

一体いつまでアメリカの顔色を伺ってばかりいるのか。

 

同盟関係が当たり前のようになっているが、世界196カ国中、非同盟諸国は118カ国で、会議へのオブザーバー参加を含めると134カ国にもなる(2009年時点)。

 

非同盟であることは世界の趨勢でもあるのだ。

 

歴代の自民党は、在日米軍の存在を肯定するために「米軍に守ってもらっている」と言い続けてきた。

 

しかし、当のアメリカの軍幹部が否定している通りに、在日米軍は日本のために駐留しているのではなく、この場所が自国の戦略的に都合のいい場所だから駐留しているだけである。

 

それに、二つ目の理由付けは単にアメリカ言いなりというだけでなく、

 

専守防衛にとどまらないさらなる軍事力強化が日本の軍需産業が望むことでもあるからだろう。

 

防衛的な軍事にとどまらず、攻撃的な軍事力を持つともなれば、その利益はとどまることを知らなくなる。

 

「抑止力」は儲かるのだ。

 

 

 

 

私たちは日本から戦争を仕掛けることはないと思っている。

 

中国や北朝鮮から仕掛けられることを恐れている。

 

だが、仮に向こうの立場に立った時、果たして日本に攻撃を仕掛けることが国の存続や発展にとって有効だと思えるだろうか。

 

もちろん、「脅威は全くない」などと言うつもりは毛頭ない。

 

スキのない専守防衛はすべきだろう。

 

しかし、一方で現在は経済関係が密接に絡み合っている。

 

一国の経済悪化が多くの国に影響を与える仕組みになっている。

 

東日本大震災の時には中国経済にも少なからず影響を与えたのだ。

 

確かに中国にとって尖閣諸島は欲しいところに違いないし、何とか手に入れようといろいろ画策してくるではあろう。

 

だからこそ守るための準備は必要である。

 

先の大戦のように全面戦争を覚悟して仕掛けてくることはないだろう。

 

 

 

先ごろの米朝関係を見ても、経済的制裁が十分に機能して危機回避へと向かった。

 

一筋縄ではいかない北朝鮮なのでまだまだ予断は許されないが、軍事力強化が緊張関係を増長させたことは火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

総裁選では安倍さんは新たな文言を加えることで9条の骨抜きをしようとし、

 

石破さんは堂々と文言を変えようという。

 

いずれにしても9条を変えようとしている。

 

どうも自民党は戦争をやりたい人ばかりになってしまったようだ。

 

本当に戦争に反省し、

 

その教訓を胸に戦争のない平和を望むのならば、

 

海外での軍事力行使を可能とし、

 

軍事力を強化させるための9条改正は必要ない。

 

緊張を増長させない外交力こそが必要だろう。

 

自分はそう思う。

 

 

 

 

 

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