たわごと、不調和、粗野で荒々しい世界を通り抜けて、上へ上へ霊界へと、もっと調和と優しさの世界へと思いを向けなされ。
そこに調和の境がある。
その世界は、雰囲気そのものが音楽、住人の着衣も美しい調和とメロディーで振動している。
少しでもその辺がわかっていただけるかな?
その聖音に同調できれば力が湧いてこよう。
これは肉体への贈り物にとどまらず、また魂の糧。
その音は地上で聞くより鮮明に正確に響き、その音を耳にすれば、人は力が湧いてくる。
そこにあるのは調和、純潔。そして愛である。
たわごと、不調和、粗野で荒々しい世界を通り抜けて、上へ上へ霊界へと、もっと調和と優しさの世界へと思いを向けなされ。
そこに調和の境がある。
その世界は、雰囲気そのものが音楽、住人の着衣も美しい調和とメロディーで振動している。
少しでもその辺がわかっていただけるかな?
その聖音に同調できれば力が湧いてこよう。
これは肉体への贈り物にとどまらず、また魂の糧。
その音は地上で聞くより鮮明に正確に響き、その音を耳にすれば、人は力が湧いてくる。
そこにあるのは調和、純潔。そして愛である。
思想も現実も耳に聞こえるもの、皆さんには面白いと思われようが、生命の生産の段階では、思想も波動だからである。
内的な世界では、霊界のあらゆる段階では、助力霊は自分の師弟の発した思想を直ちに受信する。
皆さんの思想を皆さんの守護霊は実際に耳に聞くのである。
しかし事実は、霊媒のエーテル体の喉と声帯を使用しているのである。
確かに直接談話の声は耳に聞こえ、肉体の喉は使用されていないが、発声のためには霊媒のエーテル体が必要なのである。
従って、ある程度の霊媒の精神の色がつけられるのである。
人はすべて法の支配下にある。
人はまさにその置かれている場が自分に相応しいものであり、それは自分で選び取ったものである。
「冗談ではない、こんな人生を私は選んだ覚えはない」と、その人は言う。
それは我の声であって、本当の自我、つまり内在の霊は、本人に何が必要であるかを知っているものである。
誰しも人は完全であるとか、真白な紙のようだと思うことはない。ただ、何事も勉強が肝心とだけ申しておこう。
一つや二つの染みで、くよくよする必要はない。
人間の心には愛がある。
この見えない力は、一切の染みを消す力である。
霊性進化の究極の目的は個人の鍛錬にある、その鍛錬によって神の愛を放つ一個の強力な中心となること、ここにある。
したがって、霊性進化の徒は自己を振りかざす華やかさを求めない、ひたすら自己を通じて、愛の息が外へいのちとなり
でていく、これだけである。
長南年恵(おさなみとしえ)は1863年に山形県鶴岡市に生まれた。
長南家は南総里見八犬伝の里見家に仕えた一族で、先祖は菅原道真と伝えられている。
物理化現象、何もないところから金属や液体などが現れる現象を起こした。
特に何もない空中から水を引き寄せ、その霊水であらゆる病を治した霊水治療がよく知られている。
人の心を惑わすということで、鶴岡署に収監されたが、何も食べず通常通り過ごした。
大阪でも逮捕された、心霊裁判では密栓した瓶に霊水を出し、無罪になる。
その霊水は裁判官が喜んで持ち帰ったと言われている。