この犬は数週間通ったが、発作がやんだだけてなく、私に噛み付くのではないかと飼い主を恐れさせていた神経質な症状も克服した。
![]()
![]()
![]()
![]()
動物をヒーリングすると、飼い主までヒーリングされていたらしい。
スピリチュアルヒーリングはすごいね。
この犬は数週間通ったが、発作がやんだだけてなく、私に噛み付くのではないかと飼い主を恐れさせていた神経質な症状も克服した。
![]()
![]()
![]()
![]()
動物をヒーリングすると、飼い主までヒーリングされていたらしい。
スピリチュアルヒーリングはすごいね。
動物好きな人のオーラはオレンジ色の光で満ちている。
。。。
オーラの色も色んな情報が含まれていて、
オレンジ色を強く持っている人は純粋なエネルギーの人が多い。
人には皆、強みがある。
同じオレンジでも、意味も様々。
動物たちはその中でも、惹きつけられるオレンジを見つけられるんですね![]()
来月初めに日本に大きな天災が起きるらしいです。
私も以前に、その噂の原因になった漫画を読みました。
最近なって、噂を信じた方からどこへ逃げれば良いか?と相談を受けました。
その方は家族で避難するつもりだとおっしゃいました。
日本への旅行を取りやめる外国人もいるようです。
私の無責任な予想によると、
その日の夕方、
ほっと安堵している大勢の人を感じます。
大きな宣伝はしていませんが、
ミディアムシップの依頼を頂きます。
依頼者のお気持ちが辛すぎて、
感情的になりそうになることもありますが、
気を引き締めて、
天国の方へと集中します。
その方は、
依頼者さんに寄り添い、
愛をたくさん伝えてきます。
私に会う前に天国の方に伝えた言葉を、
返事として私に伝えてこられました。
私としては天国の方の言葉を伝えたに過ぎませんが、
依頼者さんが
「それは、ここに来る前に私が天国のあの人にかけた言葉です」
と教えて下さいました。
肉体は見えないものになっていますが、
貴方を大切に思う存在は確かにいつもいます。
ゆっくり休める日がないまま、月末になってしまいました。
最近はデモンストレーションの練習をオンラインでやりました。
練習は本当に楽しい。
ミディアムシップが楽しいからより当たり前かな。
デモは霊界だけでなく、オーディエンスがいるから成り立つ。
だから、
たった一つや二つ、ほんの少しのエビデンスが違うからと、
受け入れないのは、
実は霊界に失礼だとよく思う。
随分前に、
イギリスのミディアムのデモを見に行った時、
一つのミディアムシップで該当者がない時があり、
時間をおいて1人の方がひょっとしたら自分の知り合いかも…??と手を挙げていた。
そして、
そのデモの帰り道、
一緒に帰っていた知人が
「あのデモ、私の知り合いだった」
と、
その時になって、
謎のしたり顔でカミングアウト。
ミディアムシップを学んでいるのに、
どうしてそんなことできたのか?
今でも忘れられない驚き🫢
その方は、いつも「私の霊能力はすごい」アピールをしていたけど、
ちょっとズレてるなぁと私は思っていた。
そうこうしているうち、「スピリチュアリズム は時代遅れだ」などと言って、
その方は学びを辞めてしまった。
おそらく、どこかで、
エビデンスの必要ないチャネリングか何かで、
その人間関係の内で私はすごいアピールを今も続けているように思う。
物体のすべて物体は全て幽体を持っている。
霊にとり、その目に映るすべてのものには明るさと透明感とがある。
皆さんの霊友達の家は、皆さんの家に重なっていると言えるほど身近に存在している。
そこに空間と言うものは存在しない。
霊のすべての境域はお互いに滲透し合っているのである。
これはすべて波長の問題である。
あなたの目に幽界が見えるか霊界が見えるか。
それはあなたの発動する波長の能力いかんによる。
あなたは死ななければ内的世界に入っていけないと言う事は無い。
もし霊が皆さんの家屋入ったとすれば、現実の壁や家具は目に入らない。
その幽体ないし、エーテル体が見えるだけである。
それは霊は第3次元で生きていないからである。
霊にとって物質は存在していないのと同じこと。
存在しているのは、霊的物質のみ。
霊の目に見えるのはそれである。
これは風景の場合も同じ、霊に意識されるのは、風景の幽体の部分である。
人は地上生活中に、人格の力と魂の偉大さをよく開発しておかなければ、天界に入ってからも、その視力と環境の点で、限界が出てくるのものである。
地上では、成功は知的な知識いかんにかかっている。
しかしながら、他界での成功は、生命的経験や魂の知識の深さ、又高い波長にどれだけ感応できるか、これいかんにかかっている。
これらのことは、その霊が器の大きさを増すこと、及び霊の謙虚さ、これによって達成される。
何人かの人が田園を歩いているとしよう。
彼らの目にはほとんど何も映らない。
彼らの心が周囲に何の反応も示さないので、自然の美しさに気づかないのである。
他の人が同じ道を歩くしよう。
彼は石垣や野のさまや、小鳥の姿に、光と影の作る綾にことごとに心を踊らせる。
彼は肉眼でものを見ているだけではない。、
霊眼によってもものを見ているのである。
心の中に目を移してみよう。
目を閉じ、内に思いを向けてみよう。
やがて内界に真実なものの姿が映ってこよう。
意識の世界と申すか、そのような世界に気づき、思いの向け方によって、それが変化していくことに気づくであろう。
美しい思いを抱けば、内に光る光は輝きを増す。
醜悪な思いを持てば、内の世界はくすんでしまう。
そのように霊の世界とは、自分の魂の反映、そのようなものなのである。