健康幸せ活き活き習慣 -41ページ目

思考が現実になる

「思考が現実になる」というお話です。

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ウエイン・W・ダイアー氏の心に響く言葉より…

知恵の王子からのメッセージ。

「あなたの考えるように、そのようにあなたはなるであろう」

いいことを考え、よいことが起こると期待している心には、よいことを引きつける一種の磁場が働く。

よいことを期待している気分でいると潜在意識は、終局的によいことに連なるチャンスだけをつかえるようにあなたを導いてくれる。

豊臣秀吉やロックフェラーのような大成功者から、われわれの周囲によくある中成功者、小成功者にいたるまで、そういう人の周囲には、必ず人生の明るい面により敏感だという要素がある。

『“勝ちぐせ”をつけるクスリ』(渡部昇一訳)三笠書房
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引き寄せの法則やザ・シークレットなどで紹介されていることではありますが、これは事実だと思います。

だから、常にネガティブな考え方しかできない人は、ネガティブな人生を引き寄せてしまうのだと思います。

なりたい自分になるためには、なりたい自分になったように考え行動する。

これだけではないでしょうか!?

人生は頼まれごとをするところ

「人生は頼まれごとをするところ」というお話です。

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小林正観さんの心に響く言葉より…

ガンを宣告され、毎日さまざまな健康法、食事療法を5年間続けてきた、という方がおられました。

その結果、ありとあらゆる頼まれごとをすべて断って、自分の健康をとりもどすことを第一として生きてきた。

しかし、5年経ったところでふと「私は何のために体を治そうとしているのだろうか」と思ったそうです。

頼まれたことをすべて断って生きてきたのですから。

元気になったらやるけれども、元気になるまでは病気のせいで引き受けられない、と5年間思い続けてきた。

その結果、何のために生きているのかわからなくなった。

その時にたまたま私の講演会においでになって、「人生は頼まれごとをすること」という話をきっかけに、これからは自分が何をしたいかではなく、もういつ死んでもいいから頼まれごとをして喜ばれるという人生に切り替えよう、と決意なさったそうです。

自分の病気を治してから頼まれごとをやろうと思っていたけど、それでは今この瞬間を生きていることの意味がぜんぜん無いではないか、と思い、次の日から頼まれたことをやり始めたのです。

毎日病気を治す健康法のために費やしていた時間やお金を、頼まれごとをするために使い始めた。

そして、それ以来すでに3年経ちますが、その後忙しくて、一度も病院へ行っていないそうです。

とてもお元気そうでした。

ちなみに、この方は最近ホノルルマラソンに参加し、完走しました。

誰もが「奇跡」と驚いています。

もし神という存在が上から見下ろしていたとすると、その人が病気であるかどうかは関係がない。

喜ばれる存在をまったくやっていない5年の間は、神はこの人を応援支援しようとは思わないのかもしれません。

その人がどんな病気を背負っているかではなくて、喜ばれる存在であるかどうかを神は見ているらしく、病気であろうがなんであろうが、その与えられた状態のなかで、喜ばれるようにと思って生きていたら、神は、この人をもうちょっと長生きさせようかな、と思うのではないでしょうか。

なぜならこの人が生きていることが、周りを喜ばせているのですから。

私たちの人生は、長生きすることがテーマなのではありません。

生きている間にどう喜ばれるか、だけです。

喜ばれることだけをやっていれば、神仏が支援の側にまわる可能性がある。

限られた条件のもとで、たとえば病院のベッドの上にいても、お見舞いに来てくれた人に、不機嫌にならずに笑顔で穏やかに応対して、その人をホッと安心させて帰ってもらうことができたら、それだけで喜ばれたということです。

そういう一瞬一瞬の積み重ねをやっていけば、それ以外のことは考えなくてよいらしいのです。

ある一点について問題をどうにかしよう、とか、ある人に好かれたい、とか、この商品を営業努力によって売りたい、と思って努力するよりも、神や宇宙を味方にして今この瞬間を生きていくことのほうが、実は早道なのかもしれません。

『楽しい人生を生きる宇宙法則』講談社
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これ、正に、宇宙の法則そのものですね。

何のためにあなたは生きているのか?

自分以外のために生きているのです。

それを確信できたとき、神が見方をしてくれます。

それが、宇宙の法則です。

信じるか、信じないかは、あなた次第です。・・・が、

私は信じています。

胆識

「胆識」というお話です。

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何かを行う時、とりわけ重大な決断をする時には、とても大切なことがある。

ただ単に、今からやろうと思っていることを知っていると言うレベルでは、
行動を起こさないことである。

単に物事を知っているだけのレベルを「知識」と言う。「知識は力なり」と
ある哲学者が言ったが、今では知識だけでは、何の力にもならない。

Googleなどで検索すれば大概の知識はわかる。スマートフォンの出現によって
世界中の図書館を、常時携帯しているような時代が来た。

だからいろんな知識を覚えることが秀でていた今までの学校秀才は、意味を
なさないものとなる。

知識に経験が加わった状態を「見識」と言う。あの人は見識があるというのは,
まさにこのことを言う。 ただ物を知っているだけの人よりはるかに、その人の
意見を聞くことは参考になる。

しかし、それだけで踏み出してはならない。

本当にあなたがやろうとしていることに、知識もあり、見識まで昇華されており、
その上、何がなんでもやりとげる、不退転の決意をしているかどうかである。

肚をくくっているかである。これを「胆識」という。

見山敏
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あなたは、不退転の決意を持って行動したことがありますか?

お恥ずかしい話ですが、私は、ほとんどありません。

「知識」→「見識」→「胆識」

見識までは、ありますが、残念ながら、胆識には届いていない状況です。

「胆識」を持ちたいと思います。

ネガティブな感情を断ち切るのは、ポジティブな感情である。

「ネガティブな感情を断ち切るのは、ポジティブな感情である。」というお話です。

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ジグ・ジグラー氏の心に響く言葉より…

「近いうちに、仕返ししてやるからな」という言葉を、私たちはよく口にする。

こう言って相手を脅かしたり、また実際に仕返しにおよぶこともある。

問題は、他人に仕返しをするという考えでいるかぎり、決して相手の先には行けないということだ。

まだ、ベルリンの壁が存在していた頃のこと。

ある日、何人かの東ベルリン市民が、当時反目しあっていた西ベルリン市民にちょっとした“贈り物”をすることにした。

ダンプトラックにごみやレンガ屑、石ころ、廃材、その他ありとあらゆるがらくたを積み込むと、壁の向こう側に運んでいって荷を下ろしたのだ。

当然、西ベルリン市民は激怒して、“仕返し”をすることにした。

このとき幸いそこにいあわせた一人の賢い人が怒る人びとの間に割って入り、正反対の提案をした。

その結果市民たちは、ダンプトラックに食料(東ベルリンでは不足していた)、衣類(これもまた不足)、医療品(これはもっと不足)、その他の生活必需品を山のように積み、境界を越えて東ベルリン側に入ると、注意深くすべての積荷を下ろした。

そしてこうメッセージを残した。

「それぞれができる範囲で与え合うことです」

西ベルリン市民は教育者で指導者でもあったブッカー・T・ワシントンの、「私に憎しみを抱かせることで私の心を狭くし、魂を堕落させる人間を、私は許さない」という信条を文字通り行動に移したのだ。

東ベルリン市民が必要な品々を贈られたとき、感謝の念と同時にどんな気持を味わったかを考えると、思わずにやりとしてしまう。

自分たちのとった態度にいくぶんばつの悪い思いをしたのはまちがいない。

人をやりこめたいときは親切で、悪に対して同種のお返しをするなかれ。

心を大きく持つことだ。

人に与えてもなくならないもの、それはあなたの言葉、笑顔、感謝の気持である。

『逆境は成功のもと』日経BP
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ネガティブな感情を断ち切るのは、ポジティブな感情である。

恨み辛み、憎しみ、憎悪、嫉妬、などなど、ネガティブな感情をお互い断ち切りたいと思うなら、愛と感謝の心、つまりポジティブな感情を表現することです。

暴力を制するのは、より強大な暴力ではなく、愛と感謝の心だと信じてます。

魂の約束

「魂の約束」というお話です。

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醍醐千里氏の心に響く言葉より…

この世でたった一人の大切なあなたへ

【魂の約束】

私たちは生まれるとき、神様から魂をいただきました。

みんなその魂を、自分の真ん中においています。

魂は磨けば磨くほど光ります。

漢字の練習を一生懸命しました。

魂は昨日より光ります。

電車でおじいさんに席をゆずりました。

魂は昨日より光ります。

弟におやつをあげました。

魂は昨日より光ります。

今日はごめんねが言えました。

魂は昨日より光ります。

あの人にありがとうが言えました。

魂は昨日より光ります。

努力をすることや、誰かや何かに優しくすることは、魂を磨きます。

けれど 、努力をすることや、優しくすることだけではなく、 楽しいこと、うれしいことも、 魂を光らせることが分かりました。

友だちと楽しく大笑い。

魂は昨日より光ります。

誕生日のプレゼント。

魂は昨日より光ります。

楽しいことやうれしいことも魂を磨くと知って、 私はなんだかホッとしました。

ある日、そうじをさぼって友だちと遊びました。

友だちと楽しく大笑い。

けれどその日、自分の中の魂を見て驚きました。

あんなに楽しく笑ったあとだったのに、 魂は、光るどころかくもっているのです。

ある日、友だちからネックレスをもらいました。

お店から盗ってきたネックレスだと言います。

ほしかったものなので、 よく考えもせずにそれを受け取りました。

   その夜、魂を見てみたら、その日もまた魂は、 昨日よりくもっていました。

ある日、一人が言いました。

「ねぇ、あの子、気に入らないよね?」

あっという間に、その子はひとりぼっちになりました。

私は、その子をひとりぼっちにさせる側にいました。

その輪の中で私には、急に仲間が増えました。

新しくできた仲間とともに、 おもしろおかしく過ごしました。

そんな日々を送る中、 私は久し振りに、自分の中の魂を見てみました。

私の魂は真っ黒になっていました。

私は、自分の魂の色を見て、 とてもおそろしくなりました。

楽しいこと、うれしいことの中にも、 魂をくもらせること、 魂を濁らせることもあると分かりました。

楽しいこと、うれしいことには、 2種類あると分かったので、 これからは、 気をつけていかなければならないと思いました。

毎日魂を磨き、 毎日魂の様子を見ているうちに、 私は不思議なことに気がつきました。

磨いたつもりのない日でも、 魂の輝きが、増しているときがあるのです。

そういう日の一日を振り返ってみると、 その日は、きれいな花を見たり、美しい夕焼けを見たり、 そういう日だったことが分かってきました。

映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたり。

そういうことでも魂を、磨くことができるのです。

楽しいことやうれしいこと、 目にした景色や、聞こえてくるメロディ、あたたかな言葉。

その日その日のなんでもないことも、 私の魂を磨き続けてくれたのです。

できるだけ魂を光らせようと、毎日を送っていましたが、 ある日、私は少しだけ疲れてしまいました。

夢の中で私は、神様に会いました。

夢の中で私は、神様に聞いてみました。

神様、私はいつまで魂を磨けばいいのですか。

私の魂は、いつ完璧に美しくなるのですか。

神様は言いました。

あなたは、あなたの最後のひと呼吸まで、 魂を磨き続けなさい。

みんなその約束をして、地上に生まれているのですよ。

でも、神様、磨き終わらないうちに、 最後のひと呼吸がきたら、 どうすればよいのですか。

心配しなくて大丈夫。

あなたの魂は、最後のひと呼吸のとき、 必ず、最高の光を放ちます。

神様、私にはその自信がないのです。

あなたは、毎日魂を磨いています。

だから大丈夫。

最後のひと呼吸のとき、 魂はそれまでで一番美しい姿を見せてくれます。

何も心配いりませんよ。

あなたの魂は毎日、昨日より輝きを増しているのです。

ときどき、自分の魂を、離れたところから見てごらんなさい。

あなたの魂があなたの体を越えて、 まわりに光を与えていることにも、 気づくことができるでしょう。

このごろでは、あなたの魂の輝きで、 道を明るくする人も増えてきました。

さぁ、戻って、魂を磨いてきなさい。

毎日を楽しくうれしく感謝の気持ちで送るのですよ。

そうするとあなたの魂は、キラキラと光を強くしていきます。

あなたがここに来るのは、まだまだずっとずっと先。

あなたの人生を、楽しんでいらっしゃい。

あなたがどんなに素晴らしい魂を持って、ここに帰ってくるか、 私はそれを楽しみにしています。

目が覚めた私は、 それまで気づかなかったことに気づきました。

昨日より今日。

今日より明日。

私の魂は輝きを増し続け、毎日新しく生まれ変わります。

そして必ず、その日の魂が1番光る魂。

少しの努力、優しい気持ち、そして うれしいこと、楽しいこと。

日々の中に散りばめられた美しいもの。

神様との約束を思い出したので、 私は、なんにも心配しないで、 毎日を送っていくことができそうです。

なんにも心配しなくても、 私の魂は、昨日より光ります。

光り続けます。

『魂の約束』サンマーク出版
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あなたは神様を信じますか?

私は、最近、このブログを書くようになってから、信じるようになりました。

魂を磨くとは、本心で生きるということだと理解しました。

私利私欲を捨て、他のために生きる心が本心です。

本心の対極に、邪心があります。

邪心は、私利私欲の塊です。「魂」(たましい)ではありません、「塊」(かたまり)です。

本心で生き、徳を積むことで、財物では得られない、貴重なご褒美をいただくことができます。

魂を磨き、本心で生きましょう!