相談相手
「相談相手」というお話です。
----------↓
プロバスケットボールの、マジック・ジョンソン氏の心に響く言葉より…
「お前には無理だよ」と言う人のことを聞いてはいけない。
もし、自分で何かを成し遂げたかったら、できなかったときに、他人のせいにしないで、自分のせいにしなさい。
多くの人が、僕にも「お前には無理だよ」と言った。
なぜなら、彼らは成功できなかったから。
途中であきらめてしまったから。
だから、君にもその夢をあきらめてほいんだよ。
不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだよ。
けっしてあきらめては駄目だ。
自分のまわりをエネルギーであふれた、しっかりした考え方を持っている人で固めなさい。
自分のまわりをプラス思考の人で固めなさい。
近くに誰か憧れる人がいたら、その人のアドバイスを求めなさい。
君の人生を変えることができるのは君だけだ。
君の夢が何であれ、それにまっすぐ向かって行くんだ。
君は、幸せになるために生まれてきたんだから。
『働く理由 99の名言に学ぶシゴト論』(戸田智弘)ディスカヴァー
----------↑
出来なかった人に相談しても、意味がないですよね。
自分の目標とすることを達成した人に相談しましょう!
もちろん、そういう人は、まず間違いなく、ポジティブな考え方をされています。
----------↓
プロバスケットボールの、マジック・ジョンソン氏の心に響く言葉より…
「お前には無理だよ」と言う人のことを聞いてはいけない。
もし、自分で何かを成し遂げたかったら、できなかったときに、他人のせいにしないで、自分のせいにしなさい。
多くの人が、僕にも「お前には無理だよ」と言った。
なぜなら、彼らは成功できなかったから。
途中であきらめてしまったから。
だから、君にもその夢をあきらめてほいんだよ。
不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだよ。
けっしてあきらめては駄目だ。
自分のまわりをエネルギーであふれた、しっかりした考え方を持っている人で固めなさい。
自分のまわりをプラス思考の人で固めなさい。
近くに誰か憧れる人がいたら、その人のアドバイスを求めなさい。
君の人生を変えることができるのは君だけだ。
君の夢が何であれ、それにまっすぐ向かって行くんだ。
君は、幸せになるために生まれてきたんだから。
『働く理由 99の名言に学ぶシゴト論』(戸田智弘)ディスカヴァー
----------↑
出来なかった人に相談しても、意味がないですよね。
自分の目標とすることを達成した人に相談しましょう!
もちろん、そういう人は、まず間違いなく、ポジティブな考え方をされています。
社会起業家
「社会起業家」というお話です。
----------↓
今ソーシャルプレーナーが世界の潮流になっている。日本では社会起業家と呼ばれる。世界的に有名なところでは、バングラデッシュの貧困を救い、ノーベル平和賞を取ったモハメド・ユノス氏である。
日本における社会起業家の代表は、葉っぱビジネスを立ち上げた徳島県、上勝町の横石知二氏だ。詳しくはインターネット上にたくさんの情報があるので、是非参考にして欲しい。
社会起業家とは、一言で言えば「社会の問題を解決するために起業する人達」だ。つまりビジネスをすればするほど、社会に貢献する仕組みをつくった人達である。
ちなみに横石さんのつくった葉っぱビジネスは、次のような点で社会貢献している。というより社会を変えている。(社会起業家のことを社会に変革を起こすチェンジメーカーと呼ばれる)
1、生涯現役社会をつくっている。
2、雇用を創出している。
3、医療費を下げている。
4、税収を増やしている。
5、過疎化に歯止めをかけている。
何と言っても年収700万円以上を取るお婆ちゃんが、ぞろぞろいるのが驚きだ。
そして彼女達が、パソコンを自由自在に扱っているのが、素晴らしい!
そして今では、日本一美しいと言われる里山が出来上がっている。
わが国は、いけいけどんどんで高度成長して来たが、どうやら経済成長だけでは、人間は幸せになれないことに気づいている。国民幸福度ランキングで、GDP上位の国はほとんどランキング外だ。
モハメド・ユノス氏や、横石知二氏の成功のキーワードは、女性の力である。
ご存じのように女性の多くは、ボランティアが大好きだ。女性の中にある母性がそうさせるのであろう。とにかくお世話好きという素晴らしい能力を備えている。
どんなに逆立ちしても男はかなわない。
最も歴史を持つ社会起業家は、ナイチンゲールと言われる。
その女性の持つボランティア精神とビジネスをうまく融合させたのが社会起業家である。
資本主義社会では、何と言っても経済活動が最優先だ。そのために企業がある。
しかし今までの企業はどうしても企業発展のみが最優先課題であり、社会の問題を解決することまで気が回らない。と言うより余裕がない。
社会の問題を解決するところと言えば、行政だ。しかしご存じのように行政は「お役所仕事」という言葉に代表されるように、はなはだ非効率である。
まして縦割り行政とやらで、その非効率さが限界まで来ている。巨額の財政赤字がそれを物語っている。
それを補完する形で、いろんなボランティアが活動している。
しかしボランティア活動を続けるにおいて最も大きな課題となるのは、資金の問題だ。それを企業に対して寄付を求めるとか、あるいは人々に対するチャリティーをお願いするという形になる。つまり財布を企業や人々に依存することになる。あくまで依存体質のボランティアでは長続きしない。
それを見事に解決するのが、社会起業家である。経済的に自立したボランティア団体と言ってもいいだろう。若者の間でも、この社会起業家に対するまなざしが熱くなっている風潮は大変好ましい。
見山敏
----------↑
「葉っぱビジネス」のアイデアは、素晴らしいですね。
過疎地のお年寄りが、近くの野山で採取できる葉っぱを、都市部の高級料亭の料理の盛り付けに活用するというアイデアです。
まさに、今、日本が必要としているビジネスモデルだと思います。
こういう発想の社会起業家が増えていくことを願っています。
----------↓
今ソーシャルプレーナーが世界の潮流になっている。日本では社会起業家と呼ばれる。世界的に有名なところでは、バングラデッシュの貧困を救い、ノーベル平和賞を取ったモハメド・ユノス氏である。
日本における社会起業家の代表は、葉っぱビジネスを立ち上げた徳島県、上勝町の横石知二氏だ。詳しくはインターネット上にたくさんの情報があるので、是非参考にして欲しい。
社会起業家とは、一言で言えば「社会の問題を解決するために起業する人達」だ。つまりビジネスをすればするほど、社会に貢献する仕組みをつくった人達である。
ちなみに横石さんのつくった葉っぱビジネスは、次のような点で社会貢献している。というより社会を変えている。(社会起業家のことを社会に変革を起こすチェンジメーカーと呼ばれる)
1、生涯現役社会をつくっている。
2、雇用を創出している。
3、医療費を下げている。
4、税収を増やしている。
5、過疎化に歯止めをかけている。
何と言っても年収700万円以上を取るお婆ちゃんが、ぞろぞろいるのが驚きだ。
そして彼女達が、パソコンを自由自在に扱っているのが、素晴らしい!
そして今では、日本一美しいと言われる里山が出来上がっている。
わが国は、いけいけどんどんで高度成長して来たが、どうやら経済成長だけでは、人間は幸せになれないことに気づいている。国民幸福度ランキングで、GDP上位の国はほとんどランキング外だ。
モハメド・ユノス氏や、横石知二氏の成功のキーワードは、女性の力である。
ご存じのように女性の多くは、ボランティアが大好きだ。女性の中にある母性がそうさせるのであろう。とにかくお世話好きという素晴らしい能力を備えている。
どんなに逆立ちしても男はかなわない。
最も歴史を持つ社会起業家は、ナイチンゲールと言われる。
その女性の持つボランティア精神とビジネスをうまく融合させたのが社会起業家である。
資本主義社会では、何と言っても経済活動が最優先だ。そのために企業がある。
しかし今までの企業はどうしても企業発展のみが最優先課題であり、社会の問題を解決することまで気が回らない。と言うより余裕がない。
社会の問題を解決するところと言えば、行政だ。しかしご存じのように行政は「お役所仕事」という言葉に代表されるように、はなはだ非効率である。
まして縦割り行政とやらで、その非効率さが限界まで来ている。巨額の財政赤字がそれを物語っている。
それを補完する形で、いろんなボランティアが活動している。
しかしボランティア活動を続けるにおいて最も大きな課題となるのは、資金の問題だ。それを企業に対して寄付を求めるとか、あるいは人々に対するチャリティーをお願いするという形になる。つまり財布を企業や人々に依存することになる。あくまで依存体質のボランティアでは長続きしない。
それを見事に解決するのが、社会起業家である。経済的に自立したボランティア団体と言ってもいいだろう。若者の間でも、この社会起業家に対するまなざしが熱くなっている風潮は大変好ましい。
見山敏
----------↑
「葉っぱビジネス」のアイデアは、素晴らしいですね。
過疎地のお年寄りが、近くの野山で採取できる葉っぱを、都市部の高級料亭の料理の盛り付けに活用するというアイデアです。
まさに、今、日本が必要としているビジネスモデルだと思います。
こういう発想の社会起業家が増えていくことを願っています。
本当の自信
「本当の自信」というお話です。
----------↓
今日は、自信の作りかたを
シェアしたいと思います。
その前に、まず
自信とは?
いったいどういう意味なのでしょうか?
字を見てみると、
わかりますが、
「自分を信じること」
ですよね。
辞書で調べてみても、
“自分で自分の能力や価値などを信じること”
ということで、
自分以外の他の人、
他人は一切関係のないものなのです。
だけど、ほとんどの人は、
自信がつく要因として、
他の人よりも優れているかどうか?
という点が、
自信につながると考えているような
気がします。
例えば、こんな感じ。。
算数のテストは他の人より点数が高いから、
僕は算数には自信がある。
私は、モデルの平均身長と平均体重が
同じだから、スタイルには自信がある
僕の収入は日本人の平均年齢よりも、
だいぶ高いから自分は仕事ができると思う
というように、周りの人に比べて、
自分は***の点で優れているから、
それには自信がある
というような、自信の持ち方をしている人が
ほとんどだと思うのです。
残念な事実
上には上がいます。
誰かと比較することで築いた自信は、
さらに、上の人が出てくることによって、
一瞬で崩れさってしまいます。
本当の自信、
っていうのは、他人とは何の関係も
ないものなのです。
折れない自信の作り方
あなたが、誰かを信頼したり、
信用するのは、どういう時でしょうか?
おそらく、約束を守る人、
言葉と行動に一貫性がある人、
など、じゃないでしょうか?
これと同じように、
自分自身を信じるために、
つまり、自信をつけるためには、
自分自身との約束を守りつづけること、
によって、築きあげる事ができるのです。
・毎朝のジョギング
・1日8時間のピアノ練習
・週に3冊の読書
などなど、
自分がやる!と決めて、
それを続けること、
つまり、自分との約束を守り続けることが、
本当の自信を身に付ける方法なんです。
たとえ、他人と競争するような種目であっても、
自分自身との約束を守って、
やるべき事を続けていけば、
絶対に自信というのは、
芽生えてきますよね。
自信とは、自分を信じること。
他人は一切関係ありません。
自分を信頼するために、
あなたは、自分自身と
どんな約束をしますか?
ー飯村匡博
----------↑
他人と比べて得られる自信は、偽物の自信。
過去の自分と今の自分を比べて得られる自信が、本当の自信。
ってことですね。
間違わないようにしたいものです。
自信は、自分一人で培うものです。
----------↓
今日は、自信の作りかたを
シェアしたいと思います。
その前に、まず
自信とは?
いったいどういう意味なのでしょうか?
字を見てみると、
わかりますが、
「自分を信じること」
ですよね。
辞書で調べてみても、
“自分で自分の能力や価値などを信じること”
ということで、
自分以外の他の人、
他人は一切関係のないものなのです。
だけど、ほとんどの人は、
自信がつく要因として、
他の人よりも優れているかどうか?
という点が、
自信につながると考えているような
気がします。
例えば、こんな感じ。。
算数のテストは他の人より点数が高いから、
僕は算数には自信がある。
私は、モデルの平均身長と平均体重が
同じだから、スタイルには自信がある
僕の収入は日本人の平均年齢よりも、
だいぶ高いから自分は仕事ができると思う
というように、周りの人に比べて、
自分は***の点で優れているから、
それには自信がある
というような、自信の持ち方をしている人が
ほとんどだと思うのです。
残念な事実
上には上がいます。
誰かと比較することで築いた自信は、
さらに、上の人が出てくることによって、
一瞬で崩れさってしまいます。
本当の自信、
っていうのは、他人とは何の関係も
ないものなのです。
折れない自信の作り方
あなたが、誰かを信頼したり、
信用するのは、どういう時でしょうか?
おそらく、約束を守る人、
言葉と行動に一貫性がある人、
など、じゃないでしょうか?
これと同じように、
自分自身を信じるために、
つまり、自信をつけるためには、
自分自身との約束を守りつづけること、
によって、築きあげる事ができるのです。
・毎朝のジョギング
・1日8時間のピアノ練習
・週に3冊の読書
などなど、
自分がやる!と決めて、
それを続けること、
つまり、自分との約束を守り続けることが、
本当の自信を身に付ける方法なんです。
たとえ、他人と競争するような種目であっても、
自分自身との約束を守って、
やるべき事を続けていけば、
絶対に自信というのは、
芽生えてきますよね。
自信とは、自分を信じること。
他人は一切関係ありません。
自分を信頼するために、
あなたは、自分自身と
どんな約束をしますか?
ー飯村匡博
----------↑
他人と比べて得られる自信は、偽物の自信。
過去の自分と今の自分を比べて得られる自信が、本当の自信。
ってことですね。
間違わないようにしたいものです。
自信は、自分一人で培うものです。
自分の心を磨く
「自分の心を磨く」というお話です。
----------↓
渡部昇一氏の心に響く言葉より…
講談社を創業した野間清治が、ある民衆教育団体の主催する講演会を聞きに行ったときのことである。
そこにはあらゆる職業、あらゆる地位の男女の聴衆がいた。
大学生も小学生もいた。
紳士もいたし、粗末な身なりの労働者もいた。
富める者も貧しき者も、学者も無学者もみんなが座っていた。
講演する人も、いろいろな階層を代表するようにさまざまだった。
しかし、有名な実業家が立って話すと、サラリーマンや大人は熱心に聴くけれど、子供や学生は退屈した顔をしている。
大学教授の講演はインテリ層には受けているが、老人、婦人の頭の上は通り越しているようだ。
野間は講演をずうっと聴いていたが、全聴衆を引きつけるような人はいまだ登場していなかった。
やがて演壇に有名な僧侶が立った。
彼が二言三言話すと満場がしんとなって、小さい子供までがその言葉を聞き逃すまいと一所懸命聴いている様子だった。
その僧侶は、たとえ話や逸話を使いながら仏教の教えを面白おかしく話していた。
野間は「これだ!」と思った。
万人向けの雑誌を創る鍵はここにあるとひらめいたのである。
たとえ話や逸話ならば誰でも聞く。
これこそまさに江戸時代の「心学(しんがく)」の本領である。
「心学」というのは特定の人に話すわけではなく、教える人が
「自分の家に話を聞きにきなさい。
誰でもかまいません。
武士でも町人でも、老人でも子供でも女でもかまいませんよ」
といって集めて、面白い話、たとえ話、みんなが納得すること、道歌などを聴かせていたのである。
つまり、いつの時代であれ、すべての人が話を聴くのは、たとえ話、偉い人の逸話などの面白いもので、しかも為になる話だったということなのである。
思想史の中では軽視されているといっていいが、日本を変える大きな力となったものに「心学」がある。
江戸時代に発達した心学は、仏教であろうが神道であろうが、儒教であろうが、心を磨く材料になるものはどんどん使えばいいと考えるユニークな思想であった。
この心学こそが、日本で生まれた真に日本的な思想であると私は思っている。
心学が最も大切にするのは「自分の心を磨く」ということであって、そのための材料になるものであればなんでも構わないから取り上げる。
宗教のように「最初に教義ありき」ではなく、「最初に心ありき」なのである。
つまり、心学は普通の宗教とは逆に人間中心であって、そうであればこそ、どんな偉大な宗教の思想も自分を磨くための材料になってしまうのである。
人間の心が銅の鏡であるとすれば、仏教も儒教も神道も、それを磨く「磨き砂」となるわけである。
このような心学の考え方は、日本の江戸時代が生んだ「人間主義」の思想といっていいと私は思っている。
『「仕事の達人」の哲学』致知出版社
----------↑
「自分の心を磨く」ことがとても少なくなってしまった今の日本には、この「心学」のような考え方が必要な気がしてなりません。
宗教を超えた教えですね。
人が人として、生きていくためのよりどころとなるものだと思います。
これは、お金や物では、幸せを実感できないことに気がついた人々が、徐々に「心の時代」が来たと感じ始め、頼るところの一つだ、と思います。
そもそも、宗教とは、自分を成長させてくれるものだと、私は思っています。
どうしても、宗教という言葉のイメージをマスメディアが一方的に悪い方向へ誘導しているようで、宗教を毛嫌いする人が多いですが、本来は、人が生きていくため、人が成長するため、幸せを実感するために、なくてはならないものだと思います。
そんな風に考えるようになって、よい宗教か、悪い宗教かを見極める一つの基準を見つけました。
それは、その宗教が必要以上のお金や物を信者に要求していないかどうかです。
この点だけを注意して、いろいろな宗教の主張していることに、耳を傾けてみるのも、いいことではないかな、と思います。
さらに「自分の心を磨く」ことができる機会に巡り会えたらいいですね。
----------↓
渡部昇一氏の心に響く言葉より…
講談社を創業した野間清治が、ある民衆教育団体の主催する講演会を聞きに行ったときのことである。
そこにはあらゆる職業、あらゆる地位の男女の聴衆がいた。
大学生も小学生もいた。
紳士もいたし、粗末な身なりの労働者もいた。
富める者も貧しき者も、学者も無学者もみんなが座っていた。
講演する人も、いろいろな階層を代表するようにさまざまだった。
しかし、有名な実業家が立って話すと、サラリーマンや大人は熱心に聴くけれど、子供や学生は退屈した顔をしている。
大学教授の講演はインテリ層には受けているが、老人、婦人の頭の上は通り越しているようだ。
野間は講演をずうっと聴いていたが、全聴衆を引きつけるような人はいまだ登場していなかった。
やがて演壇に有名な僧侶が立った。
彼が二言三言話すと満場がしんとなって、小さい子供までがその言葉を聞き逃すまいと一所懸命聴いている様子だった。
その僧侶は、たとえ話や逸話を使いながら仏教の教えを面白おかしく話していた。
野間は「これだ!」と思った。
万人向けの雑誌を創る鍵はここにあるとひらめいたのである。
たとえ話や逸話ならば誰でも聞く。
これこそまさに江戸時代の「心学(しんがく)」の本領である。
「心学」というのは特定の人に話すわけではなく、教える人が
「自分の家に話を聞きにきなさい。
誰でもかまいません。
武士でも町人でも、老人でも子供でも女でもかまいませんよ」
といって集めて、面白い話、たとえ話、みんなが納得すること、道歌などを聴かせていたのである。
つまり、いつの時代であれ、すべての人が話を聴くのは、たとえ話、偉い人の逸話などの面白いもので、しかも為になる話だったということなのである。
思想史の中では軽視されているといっていいが、日本を変える大きな力となったものに「心学」がある。
江戸時代に発達した心学は、仏教であろうが神道であろうが、儒教であろうが、心を磨く材料になるものはどんどん使えばいいと考えるユニークな思想であった。
この心学こそが、日本で生まれた真に日本的な思想であると私は思っている。
心学が最も大切にするのは「自分の心を磨く」ということであって、そのための材料になるものであればなんでも構わないから取り上げる。
宗教のように「最初に教義ありき」ではなく、「最初に心ありき」なのである。
つまり、心学は普通の宗教とは逆に人間中心であって、そうであればこそ、どんな偉大な宗教の思想も自分を磨くための材料になってしまうのである。
人間の心が銅の鏡であるとすれば、仏教も儒教も神道も、それを磨く「磨き砂」となるわけである。
このような心学の考え方は、日本の江戸時代が生んだ「人間主義」の思想といっていいと私は思っている。
『「仕事の達人」の哲学』致知出版社
----------↑
「自分の心を磨く」ことがとても少なくなってしまった今の日本には、この「心学」のような考え方が必要な気がしてなりません。
宗教を超えた教えですね。
人が人として、生きていくためのよりどころとなるものだと思います。
これは、お金や物では、幸せを実感できないことに気がついた人々が、徐々に「心の時代」が来たと感じ始め、頼るところの一つだ、と思います。
そもそも、宗教とは、自分を成長させてくれるものだと、私は思っています。
どうしても、宗教という言葉のイメージをマスメディアが一方的に悪い方向へ誘導しているようで、宗教を毛嫌いする人が多いですが、本来は、人が生きていくため、人が成長するため、幸せを実感するために、なくてはならないものだと思います。
そんな風に考えるようになって、よい宗教か、悪い宗教かを見極める一つの基準を見つけました。
それは、その宗教が必要以上のお金や物を信者に要求していないかどうかです。
この点だけを注意して、いろいろな宗教の主張していることに、耳を傾けてみるのも、いいことではないかな、と思います。
さらに「自分の心を磨く」ことができる機会に巡り会えたらいいですね。
忘れるために夢中になる
「忘れるために夢中になる」というお話です。
----------↓
宇野千代さんの心に響く言葉より…
■私はいつの場合でも、自分に興味のあること、したいことを追い求めて忙しく生きてきた。
余りに忙しかったので、過ぎたことをくよくよしている暇はなかった。
思い出したくないことはつぎつぎ忘れさってしまった。
この忘れ去るという特技が、自分自身を救う一種の精神的治療法になったような気がしている。
■忘れるといことは新しく始めるということです。
心を空っぽにするから新しい経験を入れることが出来るのです。
いくつになっても人生は今日がはじまりである。
■人間らしい感覚を忘れ去るほどの忙しさ、このやりきれない忙しさが、私を救ってきたのだと思います。
一身上のことでくよくよする時間がない、ということです。
私にも、考えようと思えばくよくよする種はあります。
しかし、そんな悩みは忙しさのために、大風に吹きまくられた紙屑のように、眼にもとまらないのです。
■一歩踏み出せば凡(すべ)てが愉しい。
いつでも私は、そのときの生活に夢中になった。
そしてどうしても、どんなことがあっても、生きていたいと思った。
夢中で生きることが生きて行く目的であったからである。
「私は生きている」という発想から「私は生かされている」という発想に転換するとき、周囲をとりまく自然の不思議さ、ありがたさに気がつくのである。
■人間は過去に生きるのではない。
新しい明日に向って生きるのだ。
私は、悲しみから心をはなし次の行動に向って心を動かす。
こうするのだと思った瞬間に、さっと体はその通りに動く。
いや、動くのではない。
もう踏み出しているのであった。
『宇野千代 幸福の言葉』海竜社
----------↑
この(嫌なことを)「忘れる」ためのコツは、「夢中になる」ことです。
自分の好きなことに、夢中になって生きている人は、過去の嫌なことを考える暇もなく、潜在意識の中にポジティブな影響を与え続けることができる人です。
「忘れるために夢中になる」ことをお勧めします。
----------↓
宇野千代さんの心に響く言葉より…
■私はいつの場合でも、自分に興味のあること、したいことを追い求めて忙しく生きてきた。
余りに忙しかったので、過ぎたことをくよくよしている暇はなかった。
思い出したくないことはつぎつぎ忘れさってしまった。
この忘れ去るという特技が、自分自身を救う一種の精神的治療法になったような気がしている。
■忘れるといことは新しく始めるということです。
心を空っぽにするから新しい経験を入れることが出来るのです。
いくつになっても人生は今日がはじまりである。
■人間らしい感覚を忘れ去るほどの忙しさ、このやりきれない忙しさが、私を救ってきたのだと思います。
一身上のことでくよくよする時間がない、ということです。
私にも、考えようと思えばくよくよする種はあります。
しかし、そんな悩みは忙しさのために、大風に吹きまくられた紙屑のように、眼にもとまらないのです。
■一歩踏み出せば凡(すべ)てが愉しい。
いつでも私は、そのときの生活に夢中になった。
そしてどうしても、どんなことがあっても、生きていたいと思った。
夢中で生きることが生きて行く目的であったからである。
「私は生きている」という発想から「私は生かされている」という発想に転換するとき、周囲をとりまく自然の不思議さ、ありがたさに気がつくのである。
■人間は過去に生きるのではない。
新しい明日に向って生きるのだ。
私は、悲しみから心をはなし次の行動に向って心を動かす。
こうするのだと思った瞬間に、さっと体はその通りに動く。
いや、動くのではない。
もう踏み出しているのであった。
『宇野千代 幸福の言葉』海竜社
----------↑
この(嫌なことを)「忘れる」ためのコツは、「夢中になる」ことです。
自分の好きなことに、夢中になって生きている人は、過去の嫌なことを考える暇もなく、潜在意識の中にポジティブな影響を与え続けることができる人です。
「忘れるために夢中になる」ことをお勧めします。