Little Friends -601ページ目

「北斗星」の旅路~噴火湾をゆく⑤

(続き)北海道にはあまり史跡がなく、歴史好きにはつまらない土地だが、調べてみればさまざまな歴史の薫りがする。

北海道の開拓事業を行った人の中には、坂本竜馬の甥の坂本直寛という人もおり、彼の組織した北光社が開拓したのが今の北見市だ。北見には「北光社」という地名が残っている。彼は自由を希求した竜馬の遺志を継ぎ、のちに自由民権運動にも力を注いだ。

ちなみに、ホワイトチョコなどで有名な「六花亭」の、ふきのとうの包装紙を描いた画家坂本直行氏は、直寛の孫にあたる。

ほとんどの人が朝食をすませた車内は、夜行明け独特のけだるい雰囲気が流れる。

そんな中、JR北海道の車掌から、「北斗星」オリジナルグッズ販売のお知らせが流れた。以前はJR東日本も行っていたが、今はJR北海道だけのようだ。

車掌はグッズ片手に車内を一巡したあと、ミニロビーの一角にグッズの入ったスーツケースを持込み、グッズショップを店開きする。

販売品目は、オレンジカード、「北斗星」のヘッドマークやエンブレム入りのキーホルダーや小銭入れなど。

本州ではオレカなど使わなくなったが、これは立派な台紙のついたお土産用で、「北斗星」の図柄だ。(続く)

「北斗星」の旅路~噴火湾をゆく④

(続き)線路と国道が海岸にへばりつくように並走し、小さな駅の前後にだけ、わずかな平地と小さな集落が広がる。

慣れない夜汽車の旅でよく眠れなかった人は、そろそろ眠くなる頃だ。

そういう時は、二度寝に限る。どうせ、札幌まであと3時間近くかかるのだ。

「北斗星」では、寝台を座席として利用する客は乗せないから、札幌に着くまで安心して寝ていられる。

食堂車の帰りに、ミニロビーでひと休みしてから「ロイヤル」に戻った。食堂車から届けられた北海道新聞を読みながら、サービスのモーニングコーヒーを飲む。

自宅では味わえない、優雅な朝の時間だ。

洞爺8時59分着。サミットの行なわれる洞爺湖は、この駅からバスが出ている。

本州内での停車駅は少ない「北斗星」だが、道内では主な特急停車駅にはこまめに停る。

でも、ほとんどの客は函館と札幌で降りるようで、途中駅で降りる人は少ない。

洞爺を出ると、15分ほどで伊達紋別に到着。

アイヌ語の「タテモンペツ」が由来なのではなく、ここは八雲同様、明治になってから開拓された土地で、開拓にあたったのは仙台伊達家の分家、亘理藩。ゆえに伊達という地名で、市名も伊達市だ。(続く)

閑話休題~「北斗星」の旅路

「北斗星」の旅路、書いても書いても終わらない。

ここまで24本書いて、まだ終わらない。

長々と書くから終わらないのは承知しているが、思い出も思い入れもある列車だし、普通のガイドブックやテレビ番組とは違う、「北斗星」の素顔を書こうとしたのだが、あれもこれも欲張りすぎて、このようなことになっている。

正直、最近仕事が忙しく、いつもは書きだめ派の僕が、ブログを書くのもままならない。

書くのが苦痛では、ブログの意味がない。テキトーにはしょってしまおう、と何度か思ったのだが、ここまで書いたのに、尻切れトンボもシャクだ。

「北斗星」は、北海道人にとっては特別な列車だ。
連絡船を乗継ぎ、じっと絶えながらたどり着いた東京まで、今までにない快適さで、初めて乗換えなしで直結したのが「北斗星」だ。

北海道人には気軽に乗れるような列車でもないが、北海道と本州が陸続きになった象徴でもある「北斗星」。

ペタ返しもままならなくて申し訳ないが、札幌到着までもう少し、なんとか「北斗星」の旅路を完結させたい。

がんばるぞ、と力むような内容ではないが、自分の墓標を刻むくらいのつもりでがんばろうと思う。

あと少し、我慢されたい。