負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -62ページ目

閑散期

先日、一作品を書き上げた。

これで、しばらく、私が参加できるようなコンクールはなさそうだ。

まあ、これから、田植えとか、いろいろ、雑用はある。

 

何もなくなると、先行き不安になる。

 

小林麻耶さんののブログに一休さんの言葉がある。

 

大丈夫。心配するな。なんとかなる。

 

 

だといいけどなー、と心配する。

 

 

 

さて、今回の作品は結果が意外に早く発表される。

よくある、予選があるタイプ。

演奏コンクールでは、一般的なようだ、

応募者が多ければ、やはり、そこでふるいにかけられるのは当然。

 

過去の応募数からすると、今年は、多そうだ。

厳しいかもしれない。

 

まさに、心配してもどうにもならない。

ああすれば良かった、こうしなければ良かった。

と、思う自分がいる。

だから、作曲をするにあたって、自分の手を離れたら、一切見ないようにしている。

 

立場を変えて、リスナーの立場になれば、いくらでも批判するところはある。

それは、好み。きりがない。

だから、見直さない。

 

 

一休さんのことば、

 

大丈夫。心配するな。なんとかなる。

 

 

そう思わなきゃ仕方がない。

努力をが必ずしも報われるわけではない。

努力が報われるのも「運」だとおもう。

 

ひどい言い方をすれば、報われる運が見えなければ、

努力は苦悩でしかない。

 

苦悩にならない努力ができれば楽しんだろうけどね。

 

さあ、

 

果報は寝て待て。

 

 

 

 

結果発表・・・・

某コンクールの結果が予定していたよりずいぶん早くやってきた

 

郵便屋さんが、ドアをたたく。

出ていくと、郵便物が大きすぎて郵便受けに入らないとのこと。

A4サイズより少し大きい。

 

差出人を見ると、

半年前に、某作曲コンクール、入賞したときの

 

ひょーしょーじょー

 

なつかしい、パンアメリカン航空の日本支社長風に

 

 

そのあとに、なんか、郵便受けにポトリ。

郵便屋さんが配達忘れに気が付いたんだろう、5分くらいあと。

 

うん?

まだ発表日まであるはず。

と思っていた某コンクールの発表。

結果は可もなく不可もなく、最悪の結果にはならなかったが、

今回は、最低でも、滑り込んでもらえれば、

 

そのとおり。

 

歌曲や合唱曲は何曲も書いたけど、

自身の詩をテキストにした曲の受賞は、久しぶり。

 

テキストとして選ぶ詩は、没後50年を超えた、著作権料のかからない、一般に知られる著名な詩人からが、世間一般に圧倒的に多い。

 

今回は、曲を世に出すというより、詩を世に出したいということが目標。

 

以前、合唱曲のテキストとして描いていたものを大幅改正した。

その詩で受賞できたことが大変うれしい。

 

 

日本的題材を使うことが多いここ数年。

曲が日本的であるがために、題名だけは、仏教、神道などから派生するイメージを題名にしていたが、

歌詞がある、歌曲や合唱曲はいくら著作権が切れた詩であろうと、オリジナルの題名をとる。

 

こんかいは、元々自分が書いた詩だから、内容をどう変えようが、題名を変えようが

 

自由だ―――――――

 

久しぶりに、大学院で学んだ成果が出せた。

 

評価はどうあれ、私らしい作品だと自負できる。

 

これが、いい結果につながれば。

 

西城秀樹さん死去

西城秀樹さんが亡くなられた。ご冥福をお祈りいたします。

 

連日各社が追悼映像を流しているようだ。

私たちは、ずばりその世代だろう。同級生の女の子には大勢いたことだろう。友達の男性でさえファンだった記憶がある。

 

自分とほとんど年が同じ世代の著名人がなくなるというニュースを近年よく目にする。

ああ、自分もそういう年なんだと身につまされる。

 

 

きょう、次の作品の応募発送の準備をした。

大した結果も自身の人生に残せていない。

あとどれだけ、自分には余命があるかわからないが、

生きた証が残せるのだろうか。

残せたに越したことはないが、それより、自身の生きた結果に納得して死にたい。

 

サラリーマンで過ごした思い出は嫌な記憶しかない。

なんのために働いたのか、何も自分に納得したものが残らなかった。

 

西城秀樹さんのあの頑張りを見てきたいま、

人生を今一度考えさせられる。