1938.6.21-26(昭和13) 国民精神総動員都市教化講習会(於神戸市・湊東区荒田町永昌寺)


湊区は先年以来,道添同区長の熱心なる躬行示範,そのよき補佐役たる矢野嘱託等の指導により区民一致の整然たる歩調は,まづ区民の指標たる区是を定め,全面的教化活動の基幹たる教化協同会が誕生し,次で町会,部,組の組織が整ひ,〓て末梢細胞として五乃至七戸を単位とする隣保班が結成せられて,全区教化網の完備を告げたのは,今次事変の直前であった。

 

自治制五十年の警鐘と共に,国民精神総動員実践網設定の急が叫ばれ全国都市を挙げて町会の整備乃至は末梢細胞組織の急が要求せらるゝ時,これに先だつこと一年,かゝる組織の整頓を見つゝあったことは,全国都市の魁として何人も容認せざるを得ざる所である。

 

本会が今次第四回の都市教化講習会を特にこの地に選んだのは,この生ける現実を眼前に展開せしめて,理論即実際の妙諦を発揮し,その効果の百%を期待したのであった。

 

ただ本稿を終った頃,不幸にも未曾有の水魔が神戸市を襲ひ,惨害甚だしとの悲報が得られたが未だ詳報に接しない,眞に痛心の極みである。

1938(昭和13)「隣保組織の普及強化を提唱」『神戸市公報』607,164-165.

本市社会教育課に於ては時恰も市制発布五十年に当るに際し市民自治協和の徹底を計るべく,左の隣保組織要綱を発表し積極的に之が指導に乗出すことゝなった。

一,趣旨
都市生活の著しい弊として近隣親和の美風を欠き同一町内に居住しても相知る機会を得ないといふ実情にある場合が極めて多い。私共はこゝに思ひを致し町内挙って些しのかけへだてもなく相呼び相応じ共に楽しみ合って日々の生活を送ることが出来たならば如何に幸福であるか日常生活の〓は倍加し,そこに美はしい理想の町が建設されるであらうと,此の共同社会生活の有難さにしたることを目標として永年精進して来たのであるが其の努力に伴ふ実績は未だ十分なりとは言ひ得ないのである處がこゝに最近両三年に亘って実施した数次の選挙粛正運動竝に防空演習特に国民精神総動員によって都市教化の普及徹底上根本問題たる隣保組織の必要なることを痛感するに至ったのである。
 隣保とは向三軒両隣又は向三軒両隣の関係に於て堅く結ばれる自然の組合を指して言ふので今回この隣保を更に組織化してその互助相扶の精神を生かし町の幸福をはかり,之を広く区市一円に及ぼして〓〓〓〓の実を挙げ明朗大神戸の建設に偉大なる力を発揮せしめんとして隣保組織を提唱する次第である。

二,組織方法
 1隣保は左図の如き体系に〓つて町会地域毎に組織するものとす。
 2隣保は向三軒両隣(五,七軒)又は向三軒両隣の関係に於て組織するものとす。従って一隣保内の家庭数は一定せざるも大体十戸以内を適当とす。
 3隣保は町会の部又は組の区分に従ひ各々其の地域内に於て組織するものとす。即ち二若くは二以上の部又は組に跨って編成せざる様なすこと。尚部又は組の区分なくして隣保多数に及ぶ町会に在りては適宜部又は組の区分をなすこと但しこの場合隣保十個以上より成る部又は組をなるべく編成せざるを可とす。
 4隣保は「○○町会○○部第○組○隣保」の名称を附するものとす。但し標識として左図の如き門標を用ひること。
 5隣保には必ず世話係を置くものとす。但し標識として左図の如き門標を用ひること,尚別表の如き名簿を作成して町会(部又は組)及区に備ふること。

三,隣保指導
 1我国古来の美風たる隣保相扶の精神を一層涵養助長するに足る隣保への実現に努むるものとす。
 2国民精神総動員の趣旨に立脚して「小我を捨てゝ大我に就くの精神」を一層各戸に徹底せしむるに足る隣保への実現に努むるものとす。
 3社会教化の徹底は固より地方自治の振興に異常の力を発揮するに足る隣保への実現に努むるものとす。
 4上位下達,下情上達の機関としても十分其の機能を発揮し得る隣保への実現に努むるものとす。
 5青年団,処女会,母の会,少年団其の他各種団体の共同社会生活訓練の道場としても十分其の目的を達成し得る隣保への実現に努むるものとす。
 6理想の町―区―市―国を建設することを目標として,より健全なる隣保への実現を期するものとす。
 7有事に際しては防火防空防護網組織としての機能を十分発揮し得る隣保への実現を期するものとす。

四,隣保運営
 隣保運営の中心は「隣保は常に仲よく致しませう」の標語を凝視めて進む中に自ら生れ来る申合せを実行するにあるのである。従って実行申合事項を予め計画する必要は認めざるも強ひて実行事項例を示せば左記の通りである。
 
 一,日常生活
 A偕和
  1参詣参拝に誘ひ合ふ

  2時々懇談の会を開く
  3慶事の喜びを共にする

  4命日参拝
  5共同購入

  6生活改善の申合せ
 B相扶
  1子守託児

  2留守居の依頼
  3就職斡旋

  4弔時の手伝
  5不幸な際の手伝

  6雑役奉仕
  7子供の躾と復習時間の申合せ

  8共同清掃
  9共同衛生
 
二,銃後事項
1出生軍人の武運長久祈願
2同遺家族の慰問扶助
3出征者への慰問状
4防空防護の努力
5物資愛護国産品愛用の一致協力
 

昭和12年8月24年閣議決定『国民精神総動員実施要綱』

一,趣旨
挙国一致堅忍不抜ノ精神ヲ以テ現下ノ時局ニ対処スルト共ニ今後持続スベキ時艱ヲ克服シテ愈々皇運ヲ扶翼シ奉ル為此ノ際時局ニ関スル宣伝方策及国民教化運動方策ノ実施トシテ官民一体トナリテ一大国民運動ヲ起サントス

二,名称
「国民精神総動員」

三,指導方針
(一)「挙国一致」「盡忠報国」ノ精神ヲ鞏ウシ事態ガ如何ニ展開シ如何ニ長期ニ亘ルモ「堅忍持久」総ユル困難ヲ打開シテ所期ノ目的ヲ貫徹スベキ国民ノ決意ヲ固メシメルコト
(二)右ノ国民ノ決意ハ之ヲ実践ニ依ツテ具現セシムルコト
(三)指導ノ細目ハ思想戦,宣伝戦,経済戦,国力戦ノ見地ヨリ判断シテ随時之ヲ定メ全国民ヲシテ国策ノ遂行ヲ推進セシムルコト
(四)実施ニ当リテハ対象トナルベキ人,時期及地方ノ情況ヲ考慮シ最モ適当ナル実施計画ヲ定ムルコト

四,実施機関
(一)本運動ハ情報委員会,内務省及文部省ヲ計画主務庁トシ各省総掛リニテ之ガ実施ニ当ルコト
(二)本運動ノ趣旨達成ヲ図ル為中央ニ民間各方面ノ有力ナル団体ヲ網羅シタル外廓団体ノ結成ヲ図ルコト
(三)道府県ニ於テハ地方長官ヲ中心トシ官民合同ノ地方実行委員会ヲ組織スルコト
(四)市町村ニ於テハ市町村長中心トナリ各種団体等ヲ総合的ニ総動員シ更ニ部落町内又職場ヲ単位トシテ其ノ実行ニ当ラシムルコト

五,実施方法
(一)内閣及各省ハ夫々其ノ所管ノ事務及施設ニ関連シテ実行スルコト
(二)広ク内閣及各省関係団体ヲ動員シテ夫々其ノ事業ニ関連シテ適当ナル協力ヲ為サシムルコト
(三)道府県ニ於テハ地方実行委員会ト協力シテ具体的実施計画ヲ樹立実施スルコト
(四)市町村ニ於テハ総合的ニ且部落又ハ町内毎ニ実施計画ヲ樹立シテ其ノ実行ニ努メ各家庭ニ至ル迄滲透セシムルコト
(五)諸会社,銀行,工場,商店等ノ職場ニ就キテハ其ノ責任者ニ於テ実施計画ヲ樹立シ且実行スルコト
(六)各種言語機関ニ対シテハ本運動ノ趣旨ヲ懇談シテ其ノ積極的協力ヲ求ムルコト
(七)ラヂオノ利用ヲ図ルコト
(八)文芸,音楽,演芸,映画等関係者ノ協力ヲ求ムルコト

六,実施上ノ注意
(一)本運動ハ実践ヲ旨トシテ国民生活ノ現実ニ滲透セシムルコト
(二)従来都市ニ於ケル知識階級ニ対シテハ徹底ヲ欠く憾アリシヲ此ノ点ニ留意スルコト
(三)社会ノ指導的地位ニ在ル者ニ対シ其ノ率先躬行ヲ求ムルコト
 

1937(昭和12)「国民精神総動員実施要綱」『都市問題』25(5),156.

運動の目標
 「挙国一致」「盡忠報国」の精神を鞏うし堅忍持久総ゆる困難を打開して所期の目的を貫徹すべき国民の決意を固め,之が為必要なる国民の実践の徹底を期す,実践事項は右の目標に基き日本精神の発揚による挙国一致の体現並に非常時財政経済に対する挙国的協力の実行を主として之を定め事態の推移並に地方の実状等を考慮して適当に按排す

実施期間
(一)本運動は情報委員会,内務省及文部省を計画主務庁とし各省総掛りにて実施に当る
(二)本運動の趣旨達成を図る為中央に有力なる外廓団体の結成を図る
(三)道府県に於ては地方長官を中心とし官民合同の地方実行委員会を組織する
(四)市町村に於ては市町村長中心となり各種団体等を総合的に総動員し更に部落町内又は職場を単位として実行に当る

実施方法
(一)内閣及各省は所管の事務及施設に関連して実行する
(二)広く内閣及各省関係団体に対し其の事業に関連して適当なる協力を求む
(三)道府県に於ては地方実行委員会と協力して具体的実施計画を樹立実行す
(四)市町村に於ては綜合的に各部落又は町内毎に実施計画を樹立して其の実行に努め各家庭に至る迄滲透する様努む
(五)諸会社銀行,工場,商店,等に於ては夫々実施計画を樹立し且実行する様協力を求む
(六)各種言論機関に対し協力を求む
(七)ラヂオの利用を図る
(八)文芸,音楽,演芸,映画等関係者の協力を求む
 

1938(昭和13)「国民精神総動員実践網要綱」『都市問題』27(1),98.

国民精神総動員中央連盟では,その実践活動の基幹となるべき「国民精神総動員実践網」の組織要綱を,過ぐる自治制発布五十周年記念日を機として発表し,その全国的実施を期し,とりあへず都市に於けるそれを確立すべく運動を開始してゐる。右実践網はその運用によって総動員運動の実践を完からしめんとするものであるが,他方市町村に於ける自治行政の恒久的補助機関たらしめんことを所期してゐる。即ち「地理的沿革に基く住民の集団的結束を固め,我国古来の旧慣たる隣保協同,相互教化の美風を発揚し,以て此の時局に対処すると共に,地方自治運営の根基を鞏固ならしめ」る。


これが具体的機構としては,町村にありては部落の区域に五戸乃至十戸よりなる伍人組,什人組を,都市にありては町内会の区域に五戸乃至二十戸を以てする隣組,隣保班(町内会の区域大なる場合はその上に連合組を置く)を設置し,そしてこの細胞組織の運用によって運動の徹底,隣保相扶,自治協同の実を挙げんとするものである。従って自治行政の立場よりも注目を要すると思はれるので,こゝにその組織を紹介する。

実践網の組織

(一)町村の部
(イ)町村に於ける実践網の単位は凡そ五戸乃至十戸よりなる伍人組,什人組等の実践班とす。
(ロ)伍人組,什人組等の実践班には世話人を置き,世帯主及主婦随時会合す。
(ハ)部落に於ては其の代表者を中心として毎月全戸の常会を開催し世帯主を主として主婦及家族参会す。部落に於ては必要に応じ臨時実践班の世話人会を開くものとす。
(ニ)町村に於ては毎月町村長を中心として各部落の代表者及町村内指導者の常会を開催す。


(二)都市の部
(イ)都市に於ける実践網の単位は凡そ五戸乃至二十戸よりなる隣組,隣保班等の実践班とす。
(ロ)隣組,隣保班等の実践班には世話人を置き世帯主及主婦随時会合す。
(ハ)町の区域を以て町内会を組織し,町内会長を中心として毎月実践班の世話人及町内指導者の常会を開催す。
(ニ)市に於ては市長を中心として毎月町内会代表者の常会を開催す。
(ホ)六大都市其の他区の設置ある市に於ては区は区長を中心として町内会代表者,市は市長を中心として区の代表者の常会を毎月開催す。
(ヘ)実践班と町内会との間に組(仮称),町内会と区との間に部(仮称)を置くことを得。

 (三)其の他
(イ)大町村は都市の例に依ることを得。
(ロ)官公衙,学校,法人,会社,工場等は実践班の一戸と見做し部内に於ては各々常会を開催する。
(ハ)ビルヂング,アパート等にありては其の実情に応じ適宜実践班を組織するものとす。
 

「神戸市湊区の/教化施設視察報告/都市教化の現地講習を了へて」『教化運動』1938(昭和13)年7月11日(第206号,5ページ)

 

本会主催の国民精神総動員都市教化講習会は別項の通り,昨月廿一日から廿六日に至る六日間,神戸市に於て開催されたが,屡報の通り神戸市別けても湊区は先年以来,道添同区長の熱心なる躬行示範,そのよき補佐役たる矢野嘱託等の指導により区民一致の整然たる歩調は,まづ区民の指標たる区是を定め,全面的教化活動の基幹たる教化協同会が誕生し,次で町会,部,組の組織が整ひ,〓て末梢細胞として五乃至七戸を単位とする隣保班が結成せられて,全区教化網の完備を告げたのは,今次事変の直前であった。

 

自治制五十年の警鐘と共に,国民精神総動員実践網設定の急が叫ばれ全国都市を挙げて町会の整備乃至は末梢細胞組織の急が要求せらるゝ時,これに先だつこと一年,かゝる組織の整頓を見つゝあったことは,全国都市の魁として何人も容認せざるを得ざる所である。

 

本会が今次第四回の都市教化講習会を特にこの地に選んだのは,この生ける現実を眼前に展開せしめて,理論即実際の妙諦を発揮し,その効果の百%を期待したのであった。

 

ただ本稿を終った頃,不幸にも未曾有の水魔が神戸市を襲ひ,惨害甚だしとの悲報が得られたが未だ詳報に接しない,眞に痛心の極みである。

「隣保組織を整備し/五人組制度結成/兵庫県で協議会開催」『教化運動』1938(昭和13)年5月11日(第199号,5ページ)

 

自治制発布五十周年を記念するとともに今後一般の飛躍を期する為市町村に隣保組織の整備をはかることゝなり,去月三十日兵庫県県会議事堂でその協議会が開かれた。主催者の県からは安岡総務部長をはじめ地方,社会教育の各課長,市町村側からは西宮,明石の市当局,代表的の町村長および学校長,古川町村長会長,〓尾同副会長ら十余名出席,県当局より隣保組織の原案を説明しこれに対して意見を求めたがいずれも原案で適当とする旨の意思表示があったので近く市町村長に通牒を発し七月末までに組織を完了することになった。

 

隣保組織はわが国古来の美風である隣保団結の精神を発揚し互助相扶の郷土生活を営むためのいはゆる五人組制度であって,このたび県が実施しようとする組織の〓〓は市においては市,区,町,部,組,隣保の系統〓〓とし町村においては町村,部落(大字,町),組,隣保の系統としいづれも隣保は五戸乃至十戸の隣人によって結成するもので各隣保には世話係をおき各戸の連絡に当らせ,必要に応じ適時会合を催し生活改善,教育教化,経済更生,自治行政の幇助選挙粛正など社会百般の事柄について協議懇談をとげ力を合せて実行に移してゆく。また組は数個の隣保をもって組織しこれに組長,副組長をおき部落と隣保間の連絡を円滑にし必要に応じては組内隣保の共同施設を講じてゆく,さらに部落では区長が主催者となって毎月一回以上日を定めて常会を催しこれには各種団体の幹部と各戸から一名以上が必ず出席して諸般の事項を懇談するといふ仕組である。

 

神戸市湊区においてはすでに二年前より隣保組織を整備してゐて好成績を収めてゐるが県下全般にわたってこの組織が完成すれば自治体の基礎はいよいよ鞏固を加ふるとともに社会各般の施設にも好影響をおよぼすものとして当局者は非常な期待をかけてゐる。

「教化都市の魁/神戸市湊区の実情を探る」『教化運動』1938(昭和13)年4月11日(第196号,5ページ)

神戸市湊区と云へば,都市教化の先進地として,近時各方面注視の的となり,その百%に整備せられたる細胞組織と,これが運営による全区和楽の現実とは遠近各都市に異常の衝撃を與へつゝあったが,今やその響きは益々拡大せられ,近く大神戸全区に渡って教化網が布かれやうとしてゐる,而も独り神戸市のみではなく,これに倣って兵庫県下の各都市も一斉に起ち上る態勢をを整へてゐるのだ。

かくて湊区が全国都市に直接間接に与へた示唆,少なくとも他に魁けたかゝる施設が,時代の要求を充すに足る一あって二なき最善の方途を示す活模範としての役割を演じつゝある矢先,大大阪市でも亦大東京市でも,今懸命の努力を町会の整備に注ぎつゝある。独り町会の整備では満足せず,東京市ではやがて整頓せらるるであらう町会の下に,末梢細胞としての隣り組が町々の隅々までも布かれやうとしてゐる。近世数十年,時代は進んで絢爛の都市文化を生んだ,だがその文化は都市民から郷土を奪ひ,隣人親睦の情誼を失はしめた。

即ち今都市文化への警鐘はたゞ「隣りと親しめ」と云ふことなのである,而してそれは数十年数百年の昔,我々の祖先が等しく歩んで来た美はしい道であったのだ,教化方策の復古へ!それが又最も新しい方策として今の世に重要せらるゝ。湊区を先達とする多くの大都市の進路も亦窮極する所これ以外にはないのだ。昨今国民精神総動員が実践の伴はない空疎な宣伝に終り勝ちだと非難する前に,お互に向ふ三軒両隣との関係を更めて見直す必要があらう。今更めて湊区の状況を一瞥して見やう。

 一,日本精神を区政に顕現するを以て信條とす

「神戸市の湊区はよくやってゐるさうだ,誰もが最も苦悩とする都市教化の困難性を克服して明朗区政建設の一途に邁進してゐるさうだ」近頃かうした話を随所に聞くが,その湊区だとて初めから平和郷でもなく,況やうまく行ってゐると云ふ今日だとて区民悉くが決して神仏の化身とは云はれない一萬一千に余る多くの世帯が,何れも皆日々歓喜〓舞して,町の隅々に至るまで此の世の楽土を実現してゐると考へるならば,さう云ふ空想に近い考えを持つ方が無理と云ふよりも無茶だと批評せねばならぬ。たゞしかし多くの都市に比較して,未だ誰もが開かない新分野を拓いて居り,先進の名に恥じないだけの美はしい業績をあげて特異の彩を放ってゐるのだ。

現区長の道添哲夫氏が神戸市社会教区主事と云ふ多年の栄職からこの区の行政の枢軸を掌るべく命ぜられたのは三年前であるが,この頃までの既往十数年,区内の有力者の間にも,各種団体の間にも絶えざる相克摩擦が繰返され,ために区政の円滑を欠き心ある人々をして顰蹙せしめつゝあったと云ふ。故に人呼んで難区と称するこの区に長たることを命ぜられた道添氏に対し側近知友は勧むるに,これを受諾せざるの賢明なるを以てしたのであったが,道添氏の信念は夙に一実不動のものが培はれてゐた。「自治行政の根本は教化にあり,教化は我が国是,この国是たる教化を以て,区民の和を図ることに成功すれば凡ては解決する区政刷新の実は明確なる指標を中心としての『和』の達成によって立ち所に〓るであらう」即ちこの信條に燃ゆる新区長は,難区に選ばれたことを却て無上の幸とさへ感じたのであった。

 

かくて道添新区長は就任の直後区内の町会長を始め区内の有力諸氏を招き,順々として,その胸奥より燃え出づる烈々の赤心を傾けて,一区一家への道を説き,『和』の完成のために暫らく自分の為す所に一任せられたいと提議したのであったが,誰一人異議を述べる者もなく,挙げて新区長に一任することになしたのであった。

 

 二,活動母体としての教化協同会と全区民の指標「湊区是」

 

「一区一家」の完成へ!それは区民の相互教化練達による全的協同体の結ばれることである。それには先づ以て対立抗争の禍因を取除く方法が必要だ。昭和十一年三月春季こうれい祭の当日,区内の諸団体凡ての機関の幹部及び有志者,篤志者を網羅して湊区教化協同会が結成せられ,区長自ら会長として区政刷新の参謀本部たらしめたのは実にその必要からであった。爾来この団体の〓〓営々としてうまざる働きは,日を遂うて次第に区民に明朗の清気を流入し,幹部の融合協同を促進して,心から区長の方針を援くることゝとなり,目指す「和」への力強き歩みを続けたのであった。而してその和の前には高く掲げられた全国民の指標があった事は既に述ぶる通りである。湊区是五ケ條こそ即ちそれに外ならない。

 

//

湊区是

一,日夕皇室をヲ敬ヒ神仏ヲ礼拝シ報恩崇祖ノ美風ヲ顕揚スベシ

一,互ニ其ノ長所ヲ発揚シ共存共栄ノ精神ヲ貫徹スベシ

一,各々階級会派ヲ超越シ協同社会ノ実現ヲ期スベシ

一,大和民族ノ大精神ヲ発揮シ区即家庭ノ実ヲ挙グルベシ

一,情ヲ経トシ文化ヲ緯トシ理想郷土ノ建設ニ邁進スベシ

//

 

 三,整然たる一貫の細胞組織/古来の美風を再現する隣保班

 

区是とこれを区民日常生活の実践に移さしむるため機関たる教化協同会の活躍は確かに幹部の協同と区民の理解を高めたが,一萬一千の世帯,その最後の一戸に至るまで教化の温い手を延すには,網が餘に大きすぎる。その昔我々の祖先は五戸,十戸の世帯を一団とする組を作って禍福,利害,休戚を分ち合ひ,義務と責任を共同の名に於て換つた。宛然一家の如き隣保協同の美風は,その精神に於て今日の市制の学ぶ所であり乍ら顧みられざること既に久しく,百害百弊はその忘失に起因してゐることを看取した区長は,現下の実情に即応した方法によって,往昔のこの伍什人組織の美点を移し植ゆるとに懸命の労力を捧げたのである。五戸乃至七戸の世帯を一団とする隣保班の組織はかゝる観点によって進められ,既に客夏七月事変勃発の前後に於て略完了を告げてゐた。一萬一千七十の世帯が五戸,七戸相集まって二千有余の隣保班となり,五班,七班相集まって二百五十余の組を結成し,更に五組乃至七組相寄って三十五の部に集約せられ,遂に九つの町内に統べらるゝ組織,まことに整然たる一貫の組織である(別表参照)この隣保を解説して次の様に曰ふ。

 

 四,眼前に展開する区政刷新の事実と高調する区民の理解

 

昨夏大体の設備を終ったこの組織は,今次事変を契機としてその強化に一段の拍車を加へ前記の数字を以て,真に全区のうち一戸をも余さざる迄に完備したのであったが,たゞ組織あって施設なきは世の通弊とする所,この区の組織には,必ず一集団に

世話係をおき,各組織〓を通じて,月例常会を開催するを必行事項としてゐる常会の名称は別表示す通りであるが,常会の連続はやがて,熱心なる世話係を生み,世話係の活動は住民の理解と自覚を深めて,日に月に全区教化の実を示すに至ってゐる。しかも尚未だ之を理解せざるものあらば,区長自ら挺身し訪れて烈々の言を以て導くのであった。かくて隣保班の徹底は銃後各般の方面に対して異常の好結果を〓らしてゐることは云ふまでもない。具体的に挙げ得らるゝ事項にして,聞くもの何人も〓〓を禁じ得ざる刷新の業績,わけても事変下銃後の諸問題に関連する諸施設の中にも他の以て範とすべき美事も四,五にして止まらないが,紙面の都合上遺憾ながら後日に之れを割愛するであらう。

 

世に批評は多し,或は人各々見る所を,異にするあり,湊区に対しても亦何らかの異論があるかは知らぬ。しかし,如上の現実に対して,我々は絶護の言葉を呈するに吝であってはならないと思ふ。都市教化の先覚として,汎く世に紹介するのは実にこの為である。

 

若し夫れ,自治制発布五十年を迎へて,各市競ってその全面的行政刷新の実を挙げむとするならば組織の整備と相俟って,燃ゆるが如き信念を以て臨む首脳者と,これと協力する幹部一致の歩〓がなければならぬ。

 

我々は湊区の業績に示唆する無言の教訓の中に,他の何事にもまさる尊きものをその一点にも見出すことが出来る。(四.八)

「末梢教化組織と常会を枢軸とする実践網の徹底へ」『教化運動』1938(昭和13)年4月21日(第197号,3ページ)

 

国民精神総動員中央連盟では,総動員運動の徹底を期するため先に家庭報国実践要項を調査発表し,次で社会風潮の一新に関する調査を決定したが,更に全国市町村に普く実践を強化すべく,三月以来実践網設定に関する委員会を設け,内閣,文部,内務,農林各省の関係官,及び有力数団体の斯道の経験深き人々凡そ二十名を委員に委嘱し,中川,月田理事担任の下に数度の委員会を開いて討議を重ね,遂に佐々井信太郎,林清,小林内務事務官,清水文部書記官,古谷本会幹事の六氏を小委員にあげて慎重審議した結果,この程成案を得,理事会の最後決定を経て発表した。

その要項は左記の通りで,全く本会年来の方針たる教化の末梢組織の整備と,教化常会の運営によりて之を徹底せしめるものであって,実践主点を既設各組織の活用におきその拡大強化を期せんことを目的としてゐる。即ち地方教化網の完成は今や切実に要求せられて居るのである。

実践網要綱

一,実践網設定の趣旨
国民精神を総動員して挙国一致,皇道〓〓の実を挙げ,国民生活永安の基礎を確立する為には,全国民をして〓に政府の意図する所を理解せしめて之が具現を期し,又国民の志望する所を遺憾なく上達せしむるの要あり。即ち茲に国民精神総動員実践網の完備を図り,縦の伝達系統を明らかにし,横に地理沿革に基く住民の集団的結束を固め我が国古来の旧慣たる隣保協同,相互教化の美風を発揚し,以て此の時局に対処すると共に地方自治運営の根基を鞏固ならしめんとす。

二,実践網の組織
(一)町村の部
(イ)町村に於ける実践網の単位は凡そ五戸乃至十戸よりなる伍人組,十人組等の実践班とす。
(ロ)伍人組,十人組等の実践班には世話人を置き,世帯主及主婦随時会合す。
(ハ)部落に於ては其の代表者を中心として毎月全戸の常会を開催し世帯主を主として主婦及家族参会す。/部落に於ては必要に応じ随時実践班の世話人会を開くものとす。
(ニ)町村に於ては毎月町村長を中心として各部落の代表者及町村内指導者の常会を開催す。

(二)都市の部
(イ)都市に於ける実践網の単位は凡そ五戸乃至二十戸よりなる隣組,隣保班等の実践班とす。
(ロ)隣組,隣保班等の実践班には世話人を置き世帯主及主婦随時会合す。
(ハ)町の区域を以て町内会を組織し,町内会長を中心として毎月実践班の世話人及町内指導の常会を開催す。
(ニ)市に於ては市長を中心として毎月町内会代表者の常会を開催す。
(ホ)六大都市其の他区の設置ある市に於ては区は区長を中心として町内会代表者,市は市長を中心として区の代表者の常会を毎月開催す。
(ヘ)実践班と町内会の間に組(仮称),町内会と区との間に部(仮称)を置くことを得。

(三)其の他
(イ)大町村は都市の例に依ることを得。
(ロ)官公衙,学校,法人,会社,工場等は実践班の一戸と看做し,部内に於ては各々常会を開催す。
(ハ)ビルヂング,アパート等にありては其の実情に応じ適宜実践班を組織するものとす。

(三)実践網の運営
(一)市区町村に於ける官公衙,学校,各種委員等は互に緊密なる連絡を保ちて指導に当り,実践網の中枢たる市区町村長に協力するものとす。
(二)各種団体は夫々本来の使命に従ひ,本運動に協力すべきものとす。又本運動の徹底を期する為特定の団体,実践の基幹たる場合は市区町村長と緊密なる連繋を保ち実践網の活動を強化せしむるものとす。
(三)市区町村に於ける各種団体及び委員は特に各別の会合を行ふ必要ある場合の外,当該市区町村の常会に合流するものとす。
(四)常会は上意下達,下情上達の施設たると共に実践事項の徹底に最も重要なるを以て毎月必ず之を開催し,又必要に応じ其の都度之を開くものとす。
(五)常会に於ては定時の厳守,出席の励行に最も力を用ふるを要す。
(六)常会の開催時刻は日没後一時間半の頃とし会議は二時間を適当とす。

四,常会例
常会は地方の情況に応じ適宜決定するを可とするも,例示すれば左の如し。

 一 開会

 一 遙拝又は拝礼

 一 国家斉唱

 一 勅語奉読

 一 市区町村是又は誓詞斉唱

 一 前会以降の通達並に会務報告

 一 協議

 一 実行事項の決議

 一 講演,訓話

 一 拝礼

 一 閉会

五,附記
以上の趣旨を徹底するためには全国の常会指導者を訓練する為道府県及び六大都市の指導者は中央に於て,市区町村の指導者は各道府県に於て,夫々適当なる期間講習会を開催する要あり。
 

東京大学大学院に在籍していたのは1999年から2007年まで。

 

体調を壊して,最後の3年間は休学してしまい,

何のために在籍しているのか分からなくなってしまうなど,

どうして,もっと,院生への特権を利用しなかったのか,

と「在野」になって,つくづく思う。

 

院生の特権のひとつに「図書館の利用」権というのがある。

 

総合図書館のほか各学部の図書館の「書庫」に入る権利が与えられる。

これには感激した。なんて贅沢なこと!

これは図書館が「院生」を信用していなければできない。

 

そのほか,送料は自費だけれども,

他大学等にしか所蔵がなければ「相互貸借」という制度を利用できたし,

論文だって,所蔵を探し出してくれて,「文献複写」という制度もあった。

 

実にありがたいシステム。

 

当時と比べて,院生の図書館での特権は,変わってきているらしいけど,

使える人は使ったほうがいいと思う。

 

たまたま,いまは茨城県つくば市に住んでいて,

そこには「筑波大学」という歴史のある大学があり,

学外の一般人にも図書館の利用が認められ,

論文の複写もできるし,

手続きをふめば,本を借りることもできる。

 

それに,つくば市中央図書館の窓口を通じて,

相互貸借することもできる。

#25年前にはできなかった,と思う

 

自分のテーマに関する「専門図書館」というのがあって,

必要な文献をメールで複写依頼することもできる。

 

昔と比べて,「在野」に優しくなってきたかな。