右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」
十五年前に救急車で運ばれた病院へ

高次脳機能障害とは、けがや病気により、大脳に損傷を負うことで、物忘れが多くなったり、集中して物事に取り組めなかったり、自分で計画を立てることができない、興奮して暴力的になったりと症状が出る障がいのことだと言う。これらの症状は、いつも出ているわけでなく、脳が疲れると症状が出やすいようだった。

 

家にもう一人男が住んでいるという妻。

家族に乱暴する彼の正体は、俺自身だった。

 

image

 

(これ、うちだよな。目が据わった男。これは俺じゃない。誰だ? こいつ?)

 

(俺? いやいや、俺はこの光景を全く覚えていない)

 

(この映像は作り物? いや、これ、やっぱり俺?)

 

この映像を見た俺は、半パニック状態になった。

 

「黒木先生、夫は、このときのことを覚えていません。まるで二重人格のようなんです」

 

妻は、ノートを見ながら、さらに話し始めた。

 

「この症状が出るときにどんな行動をしていたのかノートにまとめたんです。お酒を飲んだときと睡眠不足のときは酷いことがわかりました。そんなことってありますか?」

 

「高次脳機能障害の症状は、家にいるときに出ることが多いので、医者が診察で気がつくのは難しいんです」

 

「そうですよね。頭を使いすぎて頭が疲れている夜が多いので……。家で誰かが気がつくしかないと思います。ただ、夫はまるで別人のようになるので、私は同じ人だと思うと、到底生活ができそうにないので、マイケルって呼ぶことにしています」

 

「そうですか……よくここまで、気がつきましたね」

 

「私は、夫とは結婚しましたが、マイケルと結婚したわけじゃないので、マイケルには出て行ってほしいと思っています。だんだんと酷くなっていって、マイケルが出てくる時間が長くなってきているんです。どうしたらいいんですか?」

 

妻は、黒木先生に詰め寄っていた。

 

俺の記憶がない時間が増えているということは、家族との時間をマイケルが過ごしていることになる。マイケルの気持ちもわからなければ、マイケルが何をしたかも知らない。

 

警察が家に来たことは、あとから妻に強く言われたので、断片的だけど記憶にあるようなないような。マイケルがしたことに憤りを感じただけでなく、ぶっ飛ばしたくなった。

 

「家族を殺す気? あなたが正気に戻ったときに全員いなかったらどうするの?」

 

妻は、俺にマイケルがしたことの責任がとれるのかとよく聞いてきた。

 

マイケルが出現したときの最悪なシナリオの話を黒木先生にもしていた。

 

俺自身、知らない間にマイケルがそんなことをしていたことを知り、とにかく怖く、そして悲しくなった。

 

そして、アンプティサッカーも休みがちになっていった。

 

このまま自分はどうなっていくんだろう。ただただ将来が不安だった。

 

家族の元を離れしばらく実家に帰ることにした。

 

思い出そうにも、大脳を損傷していたことで、記憶する機能が欠如していた俺は、思い出せなかった。

 

妻が訴えるもう一人の俺・マイケルの怖さは、紛れもない事実として俺の心に刺さった。出て行くしかない。

 
 

 

 


image

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

 

 

 

 

 

 

 


右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」
十五年前に救急車で運ばれた病院へ

高次脳機能障害とは、けがや病気により、大脳に損傷を負うことで、物忘れが多くなったり、集中して物事に取り組めなかったり、自分で計画を立てることができない、興奮して暴力的になったりと症状が出る障がいのことだと言う。これらの症状は、いつも出ているわけでなく、脳が疲れると症状が出やすいようだった。


家にもう一人男が住んでいるという妻。家族に乱暴する彼の正体は、俺自身だった。




自覚


自己中心的で乱暴なマイケル

うちは俺と妻と息子の三人暮らし、のはずだった。なのに、妻は不可解なことを言い出した。


「うちにもう一人男の人が住んでいて、四人暮らしって知ってる?」


「え、何それ?」


「私は、その男の人をマイケルって呼んでるんだけどね」


妻が言うには、マイケルという男が家にいるそうで、その男の性格を語り始めた。


「マイケルは、自己中心的でね。声はすごく大きいし、言葉遣いはめちゃくちゃ汚いし、極めつけは、家具を壊すし、家族に危害を加えるとんでもない奴なんだよね」


「誰だよそれ」


俺は、そのマイケルという奴が一緒に住んでいることを知らない。


「ねえ、この動画見てよ!」


「なんだよ。面倒臭いなぁ。後にして」


「え〜、ここにマイケルが映っているんだよね」


「それってゴーストかよ。そういうの、やめろよ」


最近の妻は、いつもメモをとっていたし、スマホをいつも持ち歩き、何かと動画を撮っては、撮った動画を俺に見せようとしていた。俺が相手にしなかったことを不服に思った妻は、次なる行動に出た。


月一回の脳神経外科の受診日に、俺と一緒に行くと言い出したのだった。妻は、俺を差し置いて、ノートとスマホを持って主治医に見せていた。


「黒木先生、コレを見てください」


「これはなんですか?」


「夫が、夜遅く仕事から家に帰って来たときのようすです」


そして、先生に見せるフリをして、俺にもその動画を見るように言ってきたのだ。


しぶしぶ見たその動画に映っていたのは、家の中なのに、俺じゃない男が映っていた。 


https://life.gentosha-go.com/articles/-/13872



image

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

 

 

 

 

 

 

 

【連載18】警察が家にやってきた

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」
十五年前に救急車で運ばれた病院へ

高次脳機能障害とは、けがや病気により、大脳に損傷を負うことで、物忘れが多くなったり、集中して物事に取り組めなかったり、自分で計画を立てることができない、興奮して暴力的になったりと症状が出る障がいのことだと言う。これらの症状は、いつも出ているわけでなく、脳が疲れると症状が出やすいようだった。

警察が家にやってきた

この頃の夫は、連日のように高次脳機能障害と思われる症状が出ていた。ちょっとしたことでイライラしていて、暴言が止まらなかった。

イライラしているときに、

「もう! しっかりしてよ!」

と、きつく言ったときのこと。その直後、平手で私の顔をはたいたのだ。夫の左手薬指にあった結婚指輪が私の右目に直撃した。妊娠後期だった私は、頭が真っ白になったが、とっさに何をされるかわからない、と思い、お腹の子と息子を守らなければと、息子の部屋に続く廊下に陣取り、ここから先に夫が侵入できないようにした。

「これ以上何かしたら、警察を呼ぶ!」

私が叫んだことに驚いた夫は、自分で警察に電話をはじめたのだった。

「妻が暴れてます。警察に連絡をすると言うので、連絡しました」

「!? それは違うな。支離滅裂じゃない」

あまりに不可解なやりとりに、先ほどの緊迫感はどこかへ行き、途中で私が電話を代わった。

「大丈夫です。ご心配おかけしました」

と警察官に言ったものの、

「そうはいきません」

と言われ、数分後に緊急車両のけたたましい音とともに、マンションにパトカーがやってきた。

「ピンポーン」

警察官が数人立っている。モノモノしい雰囲気で、事情聴取が始まった。

ここ数か月、残業が続いていて、急に怒り出す症状が出ていること。この症状は、高次脳機能障害から来ることを説明した。夫が警察に電話したのは、私が警察に電話をすると言ったことが引き金になり、夫がパニックを起こし、警察に電話をしたのではないかと説明した。

「連れて行くこともできますが。奥さん、どうされますか?」

警察官に言われた一言ではっとした。連れて行ってもらったからと言って、このことは解決しない。解決する方法ではない。少し考えたが、このままの状態で解決もできない。夫にこのことを自分自身で認識してもらわなければ何も始まらない。

「夫の実家から両親に来てもらいます。自分でこのことを認識するまで、実家に帰ってもらうことにしようと思います」

こんな些細なことで、警察を出動させてしまったことが申し訳なかった。ただ、この緊急事態を最悪な事態にならないように、瞬時に判断して行動してくれた警察官の皆さんに何度も何度もお礼を言った。

「未然に防ぐ。それが警察の役目なので」

「本当にすみません」

「奥さん、困ったらいつでも連絡してください」

警察官の言葉に涙が止まらなかった。

このことがあった翌日、夫は、高次脳機能障害であることを自覚し、会社を辞めた。

image

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
https://life.gentosha-go.com/articles/-/13725?page=2

 

 

 

 


819(土)に行われた
広島国際大学のオープンキャンパスに
私谷口正典も参加させていただきました‼️



大学受験に向けて
どのようなことが必要か
どんな雰囲気なのか
を最終確認で来られてる方が
多かったように思います。

説明会場では、みなさんから
積極的に話しかけてくれて
アンプティーサッカーの
デモンストレーションも行っていただきました。

義足体験ブースでは
実際の受業の雰囲気や
交通手段など聞く方や、
入院患者に対して
どのようにアプローチして
一緒に良いもの作り上げていくかなど
具体的な話しも入れて質疑応答がありました。

私も僭越ながら
モデルタレント活動、
授業での被験者のお話し
アンプティーサッカーのお話し
をするととても良い話しだと共感してくれて
私も勇気とやる気をいただきました。




たくさんの学生が社会に出て
私たちのような義足ユーザーの人が
困ることがない技術が進歩していってくれるといいですね。


 

 

 

 

【連載17】「警察を呼ぶ!」の妻の一言に…「高次脳機能障害」の夫がとった行動

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」
十五年前に救急車で運ばれた病院へ

高次脳機能障害とは、けがや病気により、大脳に損傷を負うことで、物忘れが多くなったり、集中して物事に取り組めなかったり、自分で計画を立てることができない、興奮して暴力的になったりと症状が出る障がいのことだと言う。これらの症状は、いつも出ているわけでなく、脳が疲れると症状が出やすいようだった。

「これまで、一人暮らしが多かったんですかね。この症状に気がつかずに十五年も生活してきたんですね。奥さんよく気がつきましたね」

医師の言葉から、今まで起こった不可解なことがすべてつながり、納得できた。緊張感と危機感しかなかった数か月間、残業で疲れた脳が急激に暴走して、暴言や暴力までになったということがわかった。

さらに、これまでの夫の不思議な行動を黒木先生に話してみた。

「違うかもしれませんが、アンプティサッカーの練習の集合時間に遅刻をするんです。好きなことでも遅刻するということもありますか?」

「そうですね。高次脳機能障害は、段取りが不得意なので遅刻をする人は多いと言われています」

「もしかして借金、お金の管理とかできないことありますか? カードを限度額まで使って、いろいろ足すと五百万円の借金があるんですが」

「そうですか……」

少し、間があった。

「後でわかるケースが多いんです。実はカードの残高は、手元にお金があるときと違って、通帳を見ないとわからないので、いつのまにか借金が膨らんで気がつくという話は高次脳機能障害ではよくある事例だといいます……。そうですか、そんなこともありましたか」

黒木先生の顔が少し深刻に見えた。私はこれまであったあり得ない出来事を続けて聞いた。

「税金や病院の支払いの督促状をそのままにしていたんですが、これも高次脳機能障害ですか?」

「今までの話は、すべて高次脳機能障害の症状から起こっていますね」

「そうなんですか……」

自分から質問したにもかかわらず、急な返答に、頭の整理がつかなかった。ただ……、解決の糸口が見えたかもしれないと思ったのだった。課題があるときには、必ず原因がある。その原因を見つけなければ、課題は解決できない。仕事で学んできたこの考え方からいくと、原因がわかれば解決できるはず。

このときの私は、このあと次々に起こる難題のことなど知りもせず、簡単に解決できる課題だと思っていたのだ。その後、研究対象を見るように夫を観察し、不思議な症状が起こるときは、記録をつけはじめた。めちゃくちゃたくさんのことをノートに記した。

 

image

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

https://life.gentosha-go.com/articles/-/13725
 

 

 

 

 

 

 


【連載16】「会社に行くなら出て行って!」夫を説得し、病院に行かせるも…2

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」

しばらくして夫が帰ってきた。

「診断書をもらってきたよ」

帰ってきた夫にどうしても聞きたいことがあった。

「メモは見せたの?」

「見せたよ」

ちょっと言いにくそうに口を開いた。

「先生にメモのことを聞いてみたんだけど、二重人格!? そんなアニメみたいなことあるわけない、って。奥さんドラマかなんか見すぎじゃないの? って言われた」

私は、この言葉に憤慨した。

「家族が生き地獄を味わってるんだよ。家族の声に何かないかって思わないってどういうこと?」

「でも、それだけ言われたんだよ」

「これだけ観察して、身を挺して病院に行ってもらったのに『アニメ? ドラマ?』そんな言い方をする病院には二度と行かなくていいよ! 事故のあと、救急車で運ばれたのは総合病院だったよね。その病院に行かないと始まらないわ」

夫の説明不足かもしれない、と思い、今度は、私も一緒に病院に行く決心をした。アニメみたいなことはない、と医師は言ったものの、診断書は書いてくれていた。

“脳挫傷の影響があるため、残業ができない”

書くことは書いてくれていたんだ。

十五年前に救急車で運ばれた病院へ

「そうですか。やっぱりありましたか」

十五年前、夫が救急車で運ばれた病院の脳神経外科医、黒木先生の言葉に一瞬、なんて言った? と聞き返したかった。脳神経外科の主治医、黒木先生に会うのが、この日初めてだった私は、結婚したこと、妊娠していること、そして、夫は家に帰ると呂律が回らない、足下がふらふらする、家での暴言、暴力などの状況を説明した。黒木先生は椅子をクルッと回転させると、

「当時の診断書を見てみましょう」

と十五年前のデータを電子カルテから表示した。

「これは当時の頭のCT画像です。当時、脳挫傷があって、右の側頭部と頭のてっぺん部分の頭頂葉が損傷していて、画像にも白く映っています。この部分が治ることはありません」

続いて、電子カルテに書かれていた言葉を追った。

“高次脳機能障害の疑い”

この言葉がすべてだった。

「当時すでに高次脳機能障害の疑いがありましたね」

「呂律が回らない、足下がふらつく、暴言、暴力も高次脳機能障害によるものだと思われます」

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
https://life.gentosha-go.com/articles/-/13572?page=2

 

 

 

 

 

 

 


【連載15】「会社に行くなら出て行って!」夫を説得し、病院に行かせるも…

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」

「会社に行かないで!」

結婚してから一年以上経過し、妊娠五か月だった私は、この状況を脱しなければと、夫に詰め寄った。

「会社に行かなきゃいけないんだ」

なぜか会社に行くことに執着する夫の目を盗んで、夫が持っていた家の鍵を取り上げた。

「会社に行くなら、出て行って! この家に帰ってこないで」

と言うしかなかった。夫は、この家を出ていくことはないという確信のもと、私の言うことを聞いてほしいと思っての行動だった。ただし、これまでの経緯から、夫に危害を加えられる可能性があると思った私は、鍵を取り上げた後、食卓テーブルを挟んで、夫との距離をとり、お腹の子を守って臨んだ。

「鍵を返せよ。会社に行けない。遅刻する」

「きょうは会社を休んでほしい」

「休むわけにはいかない」

「会社に行って残業したらおかしくなってる。会社に行くなら、この家に帰ってこないで」

何周かテーブルを回る光景は、ちょっと笑いが出そうになるくらい不思議なものだっただろう。いくら私が妊婦でも、夫は義足。私が勝つことくらいわかっていた。攻防の末、夫は根負けした。

「わかった。会社を休むよ」

私の指示通り、夫は、その場で会社の上司に休む連絡をした。この日、会社を休んででも夫に行ってほしい場所があった。

結婚前から、夫が覚えていない事故当時の出来事をいろんな人に取材をして、ブログにしていた。そのときの事故では、脳挫傷があり、二週間も意識不明だったことがわかっている。呂律が回らない原因が、アルコールではない、と知ったとき、脳梗塞を患った人が呂律が回らなくなる症状があることを思い出したのだ。

もしかしたら、夫は脳に何かしら問題があって、こんなことが起こっているのではないだろうかと疑い始めたのだった。「会社に行かないで」の言葉のあとに続いた言葉は、

「会社に行くなら脳神経外科で診断書をもらってきて。会社にその診断書を持って行かないなら絶対に会社に行かせない」

問題を解決できない状況を続ければ同じことが起こる。問題を解決しなければこの生活は続けられない。この生活を守るためには、絶対に引かない。いや、引いてはいけないと思っていた。このときの私は、人生がかかっていたからこそすごい剣幕だった。診断書を書いてもらうため、夫は、近くの脳神経外科を受診した。夫は一人で行くの一点張りだった。ここはメモを渡して任せることにした。

「夜になると別人のように暴言、暴力で、まるで二重人格のようです」

私の心の叫びをメモにして、夫に託した。

「これを先生に見せてね」

こうして脳神経外科に送り出した私は、リビングにへたり込んだ。

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
https://life.gentosha-go.com/articles/-/13572

 

 

 

 

 

 

 


【連載14】異変 この人二重人格なんです

「そこに立っていたのは、目がギラギラした別人のような夫」お酒を飲んでなくても飲んでいるみたいになるこの症状って

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」

 

 




異変  この人二重人格なんです

結婚してから半年。アンプティサッカー日本代表合宿から帰って来て、余韻に浸りながら日常を過ごしていた。ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。夜八時過ぎ、インターホンのチャイムが何度も何度も鳴り響くリビング。夫の帰宅時は鍵があるのでインターホンが鳴ることはない。宅配かと思い、足早にインターホンに応答すると、そこに立っていたのは、目がギラギラした別人のような夫だった。

ガチャガチャ……ガチャガチャ……。鍵が開いていないドアは開くはずもないのに、無理矢理開けようとして、諦めて、カバンを覗き込んだ。玄関のインターホンを何度も覗き込む挙動不審な動きは、酔っ払いそのもの。

「開けてくれ〜(ガチャガチャ、ガチャガチャ)。何で開けてくれないんだ!」

大きな声が近所に迷惑だと思い、急ぎ玄関に行き、鍵を開けた。

「ちょっと、声を小さくして!」

倒れ込むように玄関に入ってきた。次の瞬間、ガラガラガッシャーン!玄関に置かれていたガラスの置物は床で粉々になった。

「誰だ! こんなとこに置いていたのは。置いた奴が悪い」

と、義足で不安定な身体を支えるために手をつく場所を探しながら、呂律が回らない口が悪態をつく。

「お酒を飲んでるでしょ。迷惑かけるほど飲むってサイテー」

「俺は、飲んでない」

と、呂律の回らない口で言い張る夫。

「嘘ついてもしょうがないでしょ」

とあきれた声の私だったが、全く認めない夫に、最後は吐き捨てるように、

「馬鹿じゃないの」

と言ってしまった。次の瞬間、夫は別人のように言葉を浴びせてきた。

「俺は飲んでないって言ってる。それが信じられないのか」

義足の夫は、ふらふらして自分で勝手に転倒した。義足を外して、自分の身体を支える医療用のクラッチは、次の瞬間、凶器になった。

「俺は、飲んでない!」

ガッシャーーン! まさかのアンプティサッカー競技で使っている、自分の身体を支えているあのクラッチで目の前の机をたたき壊したのだ。こんな性格だったんだ、と人間性を疑った。この日は、距離を置くしかなかった。

翌朝、さらなる衝撃が私を襲った。二度と同じことのないようにという思いで、正気になったところで、前日の出来事を問いただした。

「なんで飲んで帰ったの? 机が壊れているのを見てどう思うの? これまで競技をしてきて、クラッチを凶器にするとかスポーツ選手としてあり得ないと思わない? こんなことされたら、このまま一緒にいられないでしょ」

何も言わない夫……。

「何か言いなさいよ」

「俺、覚えてない」

「覚えてないほどお酒を飲むってサイテー」

「俺、覚えてないけど、飲んでない」

「まだ、飲んでないって言うんだ」

「でも、飲んでない」

お酒を飲んだのに嘘をついているのか、ただ覚えてないだけなのか……。しかし、その後も連日のように同じようなことが起こりはじめた。家の中では生きた心地がしなくなっていた。お酒を飲んでいるからこんなことが起こるんだと思った私は、家中のお酒、ビールや一升瓶、ウイスキーや料理酒まで、すべてを集めて、封を切ると流し台にすべてを注いだ。流しが急性アルコール中毒を起こしそうだなと思いながら。

これで、家で飲むことはないと安心した。一方で、会社帰りに飲んで帰ると、家の中は地獄絵図になる。飲まなくても済むようにと、夫の帰宅と合わせて、夫が勤務する会社の前で待ちぶせした。

連絡しても連絡しても連絡がつかない。おかしいなと思ったら夫が出てきた。その瞬間、何かがおかしいと気がついた。

「お酒飲んだ?」

「会社で飲むわけないじゃん…※★◆▽…」

お酒を飲んでないけど、お酒を飲んでいる感じではある。呂律が回らず、足下がふらふらしている。お酒を飲んでなくてもお酒を飲んでいるみたいになることに気がついた。次の日も次の日も残業で、帰りが遅くなったとき、この症状が顕著に出ることがわかった。そうなると連日、家の中は怒鳴り合いで、生き地獄だった。


本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
https://life.gentosha-go.com/articles/-/13431?page=2

 

 

 

 

セルジオ越後氏が講演、地域の結びつきとスポーツの大切さ強調



広島県大竹市本町のアゼリアホールにおいて、

8月16日午後2時から、

サッカー解説者のセルジオ越後氏(78)による

講演会が開催されました。





このイベントには小中学生や保護者、一般の来場者を含む約100人が参加しました。


主催者は大竹ライオンズクラブであり、地域の人々に教育とスポーツの結びつきについて考える機会を提供しました。

講演では、セルジオ越後氏は

子どもたちの教育において

地域社会の関わりと助け合いの大切さを強調しました。


また、サッカーを含むスポーツは

教えるだけでなく、

子どもたちの成長を見守ることも

大切だと語りました。


彼は自身の経験をもとに、

スポーツを通じて得られる価値や

人間形成の重要性について熱く語りました。


講演会の後半では、

アフィーレ広島AFCの奈良原選手とともに

私谷口正典もステージに登壇し、

アンティサッカーのデモンストレーションを

披露しました。


アンティサッカーとは、足の切断や麻痺がある人がする障がい者サッカーです。その魅力や意義についてもしっかり語りました。


講演会の司会進行の三宅氏は

感動したとお話ししていました。



セルジオ越後氏の

貴重なお話しを拝聴できたこと、
さらに私にも登壇する機会をいただけましたこと、
本当にありがとうございました。





 

 

 


【連載13】健常者スポーツと障がい者スポーツの違いって

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」

健常者スポーツと障がい者スポーツの違いって

しばらくして、夫はアンプティサッカー日本代表候補として合宿に参加することになった。

「日本代表合宿ってどこであるの?」

「関東みたい」

「面白そうだから、私もついて行って良いかな?」

「え? 一緒に行くの?」

「ダメ? 一眼レフ持ってるしさ、カメラマンとか言い方あるじゃん」

「一応、協会には言ってみるけど」

かなり無理を言って、私も日本アンプティサッカー協会の日本代表強化合宿にカメラマンとして参加した。メキシコW杯を目指した強化合宿だったが、サッカー経験がない夫にとっては難しい内容だった。チームプレーの戦術は難しそうで、身体で覚えるようにがんばっていたことが印象的だった。

一番印象に残ったのは、クラッチを使った三十メートル走だった。このとき、誰よりも速く走ると宣言していたが、本当に誰よりも速い結果を出していた。全国の選手と一緒に汗をかき、苦しんだり、笑ったりする姿を見て、スポーツって本当にいいな、と感じたのだった。

メキシコW杯への切符を手に入れることはできなかったが、アンプティサッカーを競技として楽しみはじめたようだった。彼との将来については、とにかく考えて考えて、なかったことにすることも想像してみた。でも、アスリートとして「逃げる」という自分が許せず、人生の勝負をしてみることにした。

 

image

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。

https://life.gentosha-go.com/articles/-/13431