右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」
十五年前に救急車で運ばれた病院へ
高次脳機能障害とは、けがや病気により、大脳に損傷を負うことで、物忘れが多くなったり、集中して物事に取り組めなかったり、自分で計画を立てることができない、興奮して暴力的になったりと症状が出る障がいのことだと言う。これらの症状は、いつも出ているわけでなく、脳が疲れると症状が出やすいようだった。
家にもう一人男が住んでいるという妻。
家族に乱暴する彼の正体は、俺自身だった。
(これ、うちだよな。目が据わった男。これは俺じゃない。誰だ? こいつ?)
(俺? いやいや、俺はこの光景を全く覚えていない)
(この映像は作り物? いや、これ、やっぱり俺?)
この映像を見た俺は、半パニック状態になった。
「黒木先生、夫は、このときのことを覚えていません。まるで二重人格のようなんです」
妻は、ノートを見ながら、さらに話し始めた。
「この症状が出るときにどんな行動をしていたのかノートにまとめたんです。お酒を飲んだときと睡眠不足のときは酷いことがわかりました。そんなことってありますか?」
「高次脳機能障害の症状は、家にいるときに出ることが多いので、医者が診察で気がつくのは難しいんです」
「そうですよね。頭を使いすぎて頭が疲れている夜が多いので……。家で誰かが気がつくしかないと思います。ただ、夫はまるで別人のようになるので、私は同じ人だと思うと、到底生活ができそうにないので、マイケルって呼ぶことにしています」
「そうですか……よくここまで、気がつきましたね」
「私は、夫とは結婚しましたが、マイケルと結婚したわけじゃないので、マイケルには出て行ってほしいと思っています。だんだんと酷くなっていって、マイケルが出てくる時間が長くなってきているんです。どうしたらいいんですか?」
妻は、黒木先生に詰め寄っていた。
俺の記憶がない時間が増えているということは、家族との時間をマイケルが過ごしていることになる。マイケルの気持ちもわからなければ、マイケルが何をしたかも知らない。
警察が家に来たことは、あとから妻に強く言われたので、断片的だけど記憶にあるようなないような。マイケルがしたことに憤りを感じただけでなく、ぶっ飛ばしたくなった。
「家族を殺す気? あなたが正気に戻ったときに全員いなかったらどうするの?」
妻は、俺にマイケルがしたことの責任がとれるのかとよく聞いてきた。
マイケルが出現したときの最悪なシナリオの話を黒木先生にもしていた。
俺自身、知らない間にマイケルがそんなことをしていたことを知り、とにかく怖く、そして悲しくなった。
そして、アンプティサッカーも休みがちになっていった。
このまま自分はどうなっていくんだろう。ただただ将来が不安だった。
家族の元を離れしばらく実家に帰ることにした。
思い出そうにも、大脳を損傷していたことで、記憶する機能が欠如していた俺は、思い出せなかった。
妻が訴えるもう一人の俺・マイケルの怖さは、紛れもない事実として俺の心に刺さった。出て行くしかない。

本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。












