【連載18】警察が家にやってきた

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」
十五年前に救急車で運ばれた病院へ

高次脳機能障害とは、けがや病気により、大脳に損傷を負うことで、物忘れが多くなったり、集中して物事に取り組めなかったり、自分で計画を立てることができない、興奮して暴力的になったりと症状が出る障がいのことだと言う。これらの症状は、いつも出ているわけでなく、脳が疲れると症状が出やすいようだった。

警察が家にやってきた

この頃の夫は、連日のように高次脳機能障害と思われる症状が出ていた。ちょっとしたことでイライラしていて、暴言が止まらなかった。

イライラしているときに、

「もう! しっかりしてよ!」

と、きつく言ったときのこと。その直後、平手で私の顔をはたいたのだ。夫の左手薬指にあった結婚指輪が私の右目に直撃した。妊娠後期だった私は、頭が真っ白になったが、とっさに何をされるかわからない、と思い、お腹の子と息子を守らなければと、息子の部屋に続く廊下に陣取り、ここから先に夫が侵入できないようにした。

「これ以上何かしたら、警察を呼ぶ!」

私が叫んだことに驚いた夫は、自分で警察に電話をはじめたのだった。

「妻が暴れてます。警察に連絡をすると言うので、連絡しました」

「!? それは違うな。支離滅裂じゃない」

あまりに不可解なやりとりに、先ほどの緊迫感はどこかへ行き、途中で私が電話を代わった。

「大丈夫です。ご心配おかけしました」

と警察官に言ったものの、

「そうはいきません」

と言われ、数分後に緊急車両のけたたましい音とともに、マンションにパトカーがやってきた。

「ピンポーン」

警察官が数人立っている。モノモノしい雰囲気で、事情聴取が始まった。

ここ数か月、残業が続いていて、急に怒り出す症状が出ていること。この症状は、高次脳機能障害から来ることを説明した。夫が警察に電話したのは、私が警察に電話をすると言ったことが引き金になり、夫がパニックを起こし、警察に電話をしたのではないかと説明した。

「連れて行くこともできますが。奥さん、どうされますか?」

警察官に言われた一言ではっとした。連れて行ってもらったからと言って、このことは解決しない。解決する方法ではない。少し考えたが、このままの状態で解決もできない。夫にこのことを自分自身で認識してもらわなければ何も始まらない。

「夫の実家から両親に来てもらいます。自分でこのことを認識するまで、実家に帰ってもらうことにしようと思います」

こんな些細なことで、警察を出動させてしまったことが申し訳なかった。ただ、この緊急事態を最悪な事態にならないように、瞬時に判断して行動してくれた警察官の皆さんに何度も何度もお礼を言った。

「未然に防ぐ。それが警察の役目なので」

「本当にすみません」

「奥さん、困ったらいつでも連絡してください」

警察官の言葉に涙が止まらなかった。

このことがあった翌日、夫は、高次脳機能障害であることを自覚し、会社を辞めた。

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本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
https://life.gentosha-go.com/articles/-/13725?page=2