【連載14】異変 この人二重人格なんです

「そこに立っていたのは、目がギラギラした別人のような夫」お酒を飲んでなくても飲んでいるみたいになるこの症状って

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」

 

 




異変  この人二重人格なんです

結婚してから半年。アンプティサッカー日本代表合宿から帰って来て、余韻に浸りながら日常を過ごしていた。ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。夜八時過ぎ、インターホンのチャイムが何度も何度も鳴り響くリビング。夫の帰宅時は鍵があるのでインターホンが鳴ることはない。宅配かと思い、足早にインターホンに応答すると、そこに立っていたのは、目がギラギラした別人のような夫だった。

ガチャガチャ……ガチャガチャ……。鍵が開いていないドアは開くはずもないのに、無理矢理開けようとして、諦めて、カバンを覗き込んだ。玄関のインターホンを何度も覗き込む挙動不審な動きは、酔っ払いそのもの。

「開けてくれ〜(ガチャガチャ、ガチャガチャ)。何で開けてくれないんだ!」

大きな声が近所に迷惑だと思い、急ぎ玄関に行き、鍵を開けた。

「ちょっと、声を小さくして!」

倒れ込むように玄関に入ってきた。次の瞬間、ガラガラガッシャーン!玄関に置かれていたガラスの置物は床で粉々になった。

「誰だ! こんなとこに置いていたのは。置いた奴が悪い」

と、義足で不安定な身体を支えるために手をつく場所を探しながら、呂律が回らない口が悪態をつく。

「お酒を飲んでるでしょ。迷惑かけるほど飲むってサイテー」

「俺は、飲んでない」

と、呂律の回らない口で言い張る夫。

「嘘ついてもしょうがないでしょ」

とあきれた声の私だったが、全く認めない夫に、最後は吐き捨てるように、

「馬鹿じゃないの」

と言ってしまった。次の瞬間、夫は別人のように言葉を浴びせてきた。

「俺は飲んでないって言ってる。それが信じられないのか」

義足の夫は、ふらふらして自分で勝手に転倒した。義足を外して、自分の身体を支える医療用のクラッチは、次の瞬間、凶器になった。

「俺は、飲んでない!」

ガッシャーーン! まさかのアンプティサッカー競技で使っている、自分の身体を支えているあのクラッチで目の前の机をたたき壊したのだ。こんな性格だったんだ、と人間性を疑った。この日は、距離を置くしかなかった。

翌朝、さらなる衝撃が私を襲った。二度と同じことのないようにという思いで、正気になったところで、前日の出来事を問いただした。

「なんで飲んで帰ったの? 机が壊れているのを見てどう思うの? これまで競技をしてきて、クラッチを凶器にするとかスポーツ選手としてあり得ないと思わない? こんなことされたら、このまま一緒にいられないでしょ」

何も言わない夫……。

「何か言いなさいよ」

「俺、覚えてない」

「覚えてないほどお酒を飲むってサイテー」

「俺、覚えてないけど、飲んでない」

「まだ、飲んでないって言うんだ」

「でも、飲んでない」

お酒を飲んだのに嘘をついているのか、ただ覚えてないだけなのか……。しかし、その後も連日のように同じようなことが起こりはじめた。家の中では生きた心地がしなくなっていた。お酒を飲んでいるからこんなことが起こるんだと思った私は、家中のお酒、ビールや一升瓶、ウイスキーや料理酒まで、すべてを集めて、封を切ると流し台にすべてを注いだ。流しが急性アルコール中毒を起こしそうだなと思いながら。

これで、家で飲むことはないと安心した。一方で、会社帰りに飲んで帰ると、家の中は地獄絵図になる。飲まなくても済むようにと、夫の帰宅と合わせて、夫が勤務する会社の前で待ちぶせした。

連絡しても連絡しても連絡がつかない。おかしいなと思ったら夫が出てきた。その瞬間、何かがおかしいと気がついた。

「お酒飲んだ?」

「会社で飲むわけないじゃん…※★◆▽…」

お酒を飲んでないけど、お酒を飲んでいる感じではある。呂律が回らず、足下がふらふらしている。お酒を飲んでなくてもお酒を飲んでいるみたいになることに気がついた。次の日も次の日も残業で、帰りが遅くなったとき、この症状が顕著に出ることがわかった。そうなると連日、家の中は怒鳴り合いで、生き地獄だった。


本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
https://life.gentosha-go.com/articles/-/13431?page=2