Ψ(さい)のつづり -80ページ目
アクエリアス時代の
予習を
ヨシュアが
用意してくれたんだ
ずっと昔の
風に乗って
さんずいの
木に目がある
南に
3年間限定で
金星期の者たちが
予告編を
駆け抜けた
もちろん
そうとは知らずに
地の時代にあった
その楽園は
当然
地の時代と無縁というわけには
いかなかったし
すこしの
ねじれと
苦しさは
否めなかった
自由と引き換えに
引き受けた重みによって
ちょっと
左にかしいだりもした
だからそこで過ごした
3年間は
毒にも
薬にもなりえたんだ
そこを出た後
ある者は
現実世界になじめなかったし
ある者は
厭世観を持ってしまった
もともとあまり深く考えない質の方が
出てからの生活をうまく乗りこなせたんだ
とはいえ
すぐにある程度の
成功をつかむものも
多かったし
斜に構えるのも長い長い人生の一時期のことで
太陽期
火星期
木星期
土星期と進んでいく中で
何らかの
力を受け取り
自分らしさを
開花させていくものも
多いだろう
まだまだ
これからが本番だから
結果なんて
神のみぞ知る
ねえ
ヨシュア
あなたは
木になって
ときどき
地上をみにきているんでしょう
これからの
わたしたちに
注目していて

はかりが大きく傾くとき
調整が入る
バランスは
なによりも
大事
バランスそのものが
大事なわけではなく
バランスがうみだす
美しさが
大事だから
なにもせず
そっと
はかりを揺らさないように
生きればいいわけじゃない
動きがないのは責め苦
ときには
振り切ったっていい
ときには
ちょっとした
かたむきを
戻せないまま
進むことだってある
それでも
反対がわの
はかりがあるっていうことが
わかっているだけで
歯止めがきく
そのことが
調和をうむ
そして
美しい
秩序には
愛がある
愛がない秩序は
ただの
呪縛

りすや
ハムスターは
わっかを上手にまわして
くるくる
ぐるぐる
走るよ走る
とぶように
すごい勢いで
走っているけど
結局は
同じところにいる
走るのを
やめても
わっかがとまるだけで
やっぱり
同じところにいる
ああ
別に全力で走らなくったって
よかったんじゃない
だって
つかれはてても
まだ
同じ場所にいる
その様子を
外から
ねこちゃんが
ひそかに
狙っているかもしれない
あそびで
ちょこっと
やってみる
なら
まわりもみえるから
いいけれど
それが
ムキになって
かたいれ
かただし
全力疾走
あらいやだ
かたやぶり
枠の外へ出ていこう
外から眺めたら
わっかの中の
全力疾走の
自分が
滑稽に見える
わっかの中で
迷ったり
考えたり
小さい小さい
悪戦苦闘
七転八倒
金輪際
さようなら
ありがとう
地球は広い
宇宙も広い
もっともっと
広がるよ
わたしと
わたしの
可能性

さあ出ておいで
なんて
むりやりに
ひっぱりださなくても
いい
長い長い時間をかけて
磨かれた石が
大切にかくされていた
ファラオのお墓が
突然
人の目にふれるように
時期が来たら
そのときがきたら
大地母神への
愛があふれだして
ことのはの
舟に乗り
大海原へ
漕ぎだして
世界中に届き
美しい
ガイアを
宇宙の星々が
誉めそやす
そんな星に
何度も
生を受け
山盛りの至らなさと
おそろしいほど身勝手な時期も
生かしてもらったこと
ありがたくて
涙があふれるけれど
その感謝を伝える言葉は
まだみつからない

ここではないどこかへ
とか
もっともっとよくなろう
上へ上へ
とか
思いすぎていると
いまいるところ
いまある暮らし
いまあるしあわせ
いまある豊かさ
ここにしかないもの
そういったものすべてへの
感謝に欠けていたことに
氣付かされる
毎日寝る場所があって
毎日食べるものがあって
レコードやCDをもっていなくても
毎日きくことができる美しい音楽があって
だれかが育てた美しいお花が売られていて
それを買って家でいけることができて
郵便を受け取ったり
出したり
そういった手作業もまだまだあって
庭でスズメが草の実をつつき
シジュウカラがネクタイしめてやってきて
久しぶりにかわいらしい声を
きかせてくれたり
ヒバリが空で歌い
ウグイスは
歌の練習に余念がない
みんなちゃんとちゃんと
自分のやるべきことを
やっている
私はどうなんだろう
さくらが満開で
一年分の穢れを一掃し
空氣を一新する
さくらもここのさくらと
別の土地のさくらは
全然違う顔をしている
でも惜しげもなく
その花を
散らすのは
同じ


