ずっと前のわたしは

 

泣いていて

 

いまのわたしも

 

泣いている

 

さらにもっと前のわたしは

 

泣くこともできずに

 

こわさを

 

奥の奥へしまい込んだ

 

いま

 

泣いている

 

わたしの涙は

 

ずっと前のわたしの涙とは

 

違って

 

愛をうけとり

 

さらにもっと前の

 

傷も

 

一緒に

 

洗い流すことが

 

できる

 

あたたかい涙

 

大変な

 

ことの先には

 

すぐに

 

ではなくても

 

きっと

 

どこかで

 

癒しに

 

つながる

 

できごとがある

 

自分さえ

 

あきらめなければ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とっても

 

よく晴れたある日

 

世界は

 

まだ

 

寝静まっていて

 

わたしも

 

うとうとしていたけれど

 

鳥や

 

虫は

 

起きていて

 

歌ったり

 

跳ねたり

 

している

 

さあ

 

起きて

 

わたしも

 

世界も

 

着がえよう

 

 

住む場所が

 

その人をつくる

 

水が合う

 

合わないと

 

昔から言うように

 

その土地に流れている水が

 

その人のからだの

 

半分以上を

 

つくるからなんだろう

 

わたしたちは

 

住む場所を

 

自由に

 

選ぶことができる

 

ということは

 

わたしたちを

 

形作る

 

水も

 

選べるって

 

ことなのかもしれない

 

でも

 

水だって

 

誰の一部になってもいい

 

っていうわけではないだろう

 

その辺は

 

やっぱり

 

水が合う人の

 

一部分になりたいだろう

 

 

 

 

猫が帰ってきた

 

おかえりとわたしが言うと

 

猫はそれにはこたえずに

 

いつもより

 

大きな目で

 

するどく

 

見つめてくる

 

相手はなんといっても

 

目力強度500

 

見つめ合うだけで

 

すべてを

 

読み取られている

 

感覚がするけれど

 

逸らしたら負けな

 

氣がするから

 

見つめ返す

 

しばらくすると

 

へっ

 

しょうもないね

 

 

言ったかどうかは

 

わからないけれど

 

猫は

 

どこかへ

 

去っていく

 

またきてね

 

 

 

 

速く走る

 

それは

 

小学校の運動会だけでなく

 

いつの時代も

 

かっこいい

 

だって

 

わたしたちは

 

ナウマンゾウの時代から

 

速く走ることで

 

踏まれずに

 

いのちを

 

永らえてきたのだから

 

いまだって

 

熊がいたり

 

蜂に追いかけられたり

 

いつなんどき

 

全力疾走する

 

必要があるとも

 

限らない

 

とはいえ

 

最近

 

全力で

 

走ったのは

 

いったい

 

いつのことだったろう