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園田信のブログ

小説家・ヒーリングカウンセラー園田信のオリジナル小説を公開して行きます。また、日常で気になったあらゆるコンテンツへの感想などを書いて行こうと思っています。 

 「まあ、い、いいや。

 それじゃあ、とりあえずあのテルヤマってオトコに訊けば何かわかるかもしれないってことだよな?」
 「うん、多分。
 だってそうよねえ?

 ヒカルさんが『失踪した最後の場所』と、彼女がホンジョウさんに残した『ヒントと思われる場所』の両方で偶然彼を見かけたってことは・・・、それってどう考えてもそれが単なる偶然じゃないって、そういうことでしょう?」
 「ああ、確かに。
 今日俺たちがここに来た収穫って言やあ、まちがいなくそういうことになるかもな。
 まあ、俺に取っては・・・、例の写真の一件も大きな収穫だったことにはちがいないけどね」

 「ねえ? ホンジョウさん?」
 「えっ?」
 「あのテルヤマってオトコのことなんだけど・・・」
 「ああ」
 「とりあえず、ちょっとわたしの方に任せてもらえないかなあ?」
 「はあ?

 任せるって? 
 どういうこと?」
 「だから・・・、わたしにちょっと、個人的にアプローチさせてもらえないかなあ? ってことよ」
 「ええ?

 うん、まあ、それはいいけど」
 「だ、だから・・・、だからその、さっき言ったことやっぱ撤回するとさあ。

 つまりその・・・、た、タイプなのよ」
 「タイプ?」
 「そうよ。
 彼、わたしのタイプなの! だから!」
と、わたしはホンジョウさんに意味もなく八つ当たりするかのようにそう言う。
 「ああ、なんだ。

 そう言うこと? 
 わかった。
 じゃあまあ、任すよ。
 とりあえずオマエに」
 「うん。

 そうして。
 なんかわかったら、こっちからすぐ知らせるから」
と言ってわたしはきまり悪そうに彼から視線をはずす。

 「そう言やあ、マキ?」
 「えっ?」
 「オマエ・・・、ハマグチとは別れたんだっけか?」
 「ええ? 
 ああ、アイツ? 

 アイツは・・・」
と言って口ごもるわたしは、実はなんとそのハマグチとこの夏、また例によってずるずるとよりが戻っていたのだった。


 それに関しては、どうも我ながら情けないとは思うのだが・・・。
 今年の確か7月も後半あたりだったか・・・、突然あのハマグチからメールがあり、それもいきなり「ミユキとは別れた」みたいな内容がそこには書かれており、わたしもいい加減、ふざけるな! なんて思いつつ、しばらくはそのメールに対し無視を決め込んでいたのだったが・・・、それからも何度もどうでもいいような内容のメールが彼から送られて来るようになり、その後もしばらくはしかとし続けた8月も終わり近く、あれは、言い訳するならば、連日の猛暑から思考が停止していたせいもあったのだろう・・・、度重なる彼の誘いにこのわたしもつい魔が差してしまったというか・・・、なんとなくふたりで飲みに行こう、なんてことになり、そしてその夜、例によって酔った流れで・・・、そんなていたらくからのこの馴れ合いの現状に至るわけである。
 正直、彼の浮気なんてのは、当時に始まったわけでもなかったわけで、 今更わたしとしてももう別に彼の取った行動をあえて責めるとか、それにこだわって悩むとか、もうそんなこことも特になかったというか。
 もしかしたらこれって、わたしが食生活で肉やジャンクフードを止めたせいで、オトコへの執着もなくなった? って・・・、そういうこと? 

 なんて思ったりなんかして。
 実際のところ、わたしとしてはもう他人の態度や行動なんかによって自分が変にマイナスの影響を受けたくないというか、もうそんなことはいい加減どうでもいい。
 過去のことや今更どうにもならないことにくよくよと悩んでみてもしょうがない・・・、って言うか、ある意味いたく当たり前でいてなかなか出来ない、そんなことが現実に自分に出来きてしまっているこの現状に正直驚いていた。
 恋愛に関して、ある意味、わたしは(ヒカルさんの言っていた)いわゆる悟りの境地? みたいなところにまでたどり着いてしまった・・・、なんてことなのかもしれない。

 とは言えそれもまあ、たまたま他に好きなオトコが出来なかったことによる寂しい自分を正当化していただけ? なんて風にもまた冷静に思ったりもするわけで。
 とりあえずまあ、こんな状況におけるわたしの・・・、そんな潤い不足で乾きぎみの自分を癒してくれる、ベタに言っていわゆる心のオアシス(ダサ!)? なんて対象としてのテルヤマノボルの登場ってことなのだろう・・・、多分。



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 「ああ、彼女はわたしの元会社の同僚のワカバヤシさん・・・、それでこの方は、以前仕事の関係で知り合った、ジュエリーデザイナーのコウノ先生」
と言うホンジョウさんの紹介に、
 「どうも」
と、はもるようにしてわたしとそのサキエ先生は同時に頭を下げる。
 「ああ、マキ。 
 ほら、オマエも知ってるだろう? 俺が以前に婚約指輪のつもりで作ってもらったあの指輪」
 「えっ?
 あ、ああ」
 「そう、あれはさあ、俺が彼女に特別に頼んで作ってもらったんだよ」
 「ああ。

 あれ?」

 「そう。
 そう言えばサキエさん、実はあれ・・・、結局のところ婚約指輪ってことにはどうにもならなかったみたいでして。
 まあでも、それを渡した相手の彼女は、指輪のことすごく喜んでくれたんで」
 「あら、そうだったの?」
なんて言いつつ、今度はそのサキエ先生が、
 「そうそう、ちょうどよかった。
 こちら紹介するわね」
と言い、どうやら横の連れのオトコをわたしたちに紹介するつもりのようだ。
 「彼ね~、テルヤマノボルさんっていってね。

 実はこの近くの工房でジュエリーを作ってるアーティストなんだけど・・・」
そう紹介されそのテルヤマというオトコは、やたらと礼儀正しくわたしたちに深々と頭を下げた。

 随分と若そうなのに・・・、やけにいんぎんな身のこなしだ。

 ホストでもやってたのか? バイトかなんかで・・・。
 「ああそれでね、実はあのホンジョウさんに作って差し上げたあの指輪なんですけどね・・・、あれ、正直言うと・・・、実際は彼の作品だったっていうか。
 わたしの方からは、おおざっぱなディレクションを与えただけで、後はその大きさやデザインのテイストまで、彼のインスピレーションをもとに作られたものだったのよ。
 わたしが言うのもなんだけど、このテルヤマさん、ジュエリーデザインに関する天性の才能みたいなものがあるみたいでね」
と(依頼内容のまるふりに、なんのうしろめたさも感じていないかのように)言うサキエ先生の絶賛に、
 「いえいえ、また先生、そんな」
そうテルヤマはオーバーリアクションで謙遜の意を示す。


 「そ、そうだったんですか? 
 いやあ、あの指輪は・・・、なんていうかなあ?

 ちょっと不思議なパワー? みたいなものを持っていたっていうか・・・、なんかちょっと特別な感覚がありましたよ、確かに」
とホンジョウさん。
 「ありがとうございます」
 「ああ、ホンジョウさん。

 また何かジュエリーのご希望があったら、直接彼に依頼してあげてね?」
 「あ、ああ。

 はい」
 「ああ、これ。

 よかったら、よろしくお願いします」
と言ってテルヤマは彼の工房の地図が載ってると書かれたハガキサイズのブローシャーをわたしたちふたりに手渡してきた。
 「ああ、ど、どうも」
と言ってわたしたちはそれを素直に受け取る。
 「それじゃあまた。
 わたしたちはこれからちょっと、打ち合わせがありますので」
と言って、サキエ先生とテルヤマはわたしたちから数メートル離れた奥のテーブルへと席を移動した。

 「おい? マキ? 
 どうした? 

 なんかボーッとしてるけど・・・」
 「えっ? 
 あ、ああ・・・。
 ってねえ、ホンジョウさん? 
 これはもしかしたら・・・、何かのヒントになるかもしれない、ヒカルさんの失踪に関する」
 「えっ? 
 な、何が?」
 「うん。

 それが・・・、今のホンジョウさんの知り合いのサキエ先生って人が連れてたテルヤマってオトコのことなんだけど」
 「ああ」
 「あの人わたし・・・、何処かで見たことがあると思ってたら・・・、それがあの、あのヒカルさんが失踪した日にわたしたちが最後まで一緒にいた軽井沢の神山珈琲館ってカフェでのことなんだけど・・・、わたし、あの彼のこと目撃してるのよ。

 そのまさにあの日、彼女がいなくなったあの瞬間に、あの場所で」
 「か、彼って?
 ええ? 

 う、嘘だろ?」
 「間違いない・・・、そう絶対に間違いないと思う」
 「いやでもオマエ、むこうはそのこと、何も気づいてなかったのか?」
 「さあ、それはどうかな?」
 「何?

  じゃあその時、話とかは別にしてないってこと?」
 「うん、全然」
 「そ、そうなんだ・・・。

 って、それでよく憶えてたなあ、オマエ?」
 「うん・・・、まあ、それがなんていうか、ちょっとその時の彼のオーラがちがってたっていうか? 
 わたしにもよくわかんないんだけど・・・、なんでだかずっと彼のことが気になってて」
 「ああ、まあ、オマエ好みのアーティスト風イケメンだもんな、アイツ」
 「ち、違うわよ!
 そ、そうじゃなくて」
とホンジョウさんにいきなり自分の図星を指摘され、わたしは不覚にも赤く火照っている自分の両頬を自覚する。



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 「嘘じゃねえよ。

 だから俺だって驚いたっていうか・・・、しかも俺、このことはあんまり他のヤツには話してないんだけど・・・、俺の母親って以前に一度、家出してた時期があってね」

 「家出?」
 「ああ。

 それがまあ、たまたまっていうか、ちょうどヒカルさんが生まれた時期とも重なってた・・・、なんてことにも俺、偶然その時に気づいちゃってね。
 正直なところ、もうどうしたもんか? 

 なんて自分でもよくわかんなくなっちゃってさあ。
 それであの日は確か、なんか用事があるとか言って・・・、逃げるようにして帰っちゃったんじゃなかったかなあ?」
 「うん、確か、ヒカルさんもそんな風に言ってたと思う」
 「へえ~。

 って、いやあ、でもそうだったんだ? 
 じゃあヒカルさん、俺の妹じゃなかったってことなんだよな?」
 「あっ、う、うん。

 まあ、そ、そういうことになるよね」
 「そうかあ。
 いやあ、それはちょっと・・・。

 なんかホッとしたっていうか。

 俺もそのことがずっと引っかかってたからさあ。
 でまあ、だからといってそれを彼女に話すのもなんか気が引けるし・・・、なんて思ってたら、いきなりの失踪だろう?。
 もう俺も、本当わけわかんなくなっちゃってね」
 「う~ん。

 まあ、そりゃあ無理もないわねえ。 
 って言うか、それにしてもその写真の人がまさかホンジョウさんのお母さんだったとはねえ」
 「はあ?

 じゃなかったら、なんで俺がそんなに動揺するんだよ? 
 それがこの話のキモでしょ~が?」
 「うん、まあ。

 てか、普通はいきなりそんな展開だとは思わないでしょ?」
 「まあ、それもそうだけどさあ」

 「ねえ、でもホンジョウさん? 

 ちなみに、そのこと・・・、実家のお母さんとかに話してないの?」
 「えっ?
 ああ、うん・・・。

 まあ、俺もいい加減、どっかのタイミングで訊いてみようかとは思ってたんだけど・・・、それもまあ、俺としてはもう過去のことはどうでもいいっていうかさあ。

 ああでも、そのことでもしかしたら今回のヒカルさんの失踪について、なんかわかるかもしれないしなあ。
 でも、それが、なんかそういうのって・・・、ちょっと親には訊きづらいっていうか」
 「うん。

 わかる。
 わたしも同じ立場だったら訊きづらいかも」
 「だろ?」
 「そうね。
 でもさあ・・・、とりあえずよかったよね? 
 ホンジョウさんのお母さんが、ヒカルさんのお母さんじゃなくてさあ」
 「えっ?

 ま、まあ、そ、そうだね。
 いや、でも本当ありがとう、そのこと教えてくれて」
 「ああ、いや、そんな。

 ど、どういたしまして」
 
 と、そのことがホンジョウさんにとってクリアになったところで、それが今回の事件とは特に関係がありそうでもなかったわけで・・・。

 わたしたちふたりはそれからしばしの沈黙後、我に返ったようにして再びヒカルさん失踪のヒント探しで頭を抱えることとなった。
 と、その時だった、わたしのすぐ後からいきなり誰かがホンジョウさんに話し掛ける声が聞こえてきた。

 「こんにちは、ホンジョウさん。
 お久しぶりです」
 「あれ? 
 こ、こんなところで・・・、き、奇遇ですねえ?」
なんて言いつつホンジョウさんは中腰になりながら頭を下げている。
 わたしがサッと後ろを振り向くと、そこには50代半ばぐらいだろうか? エメラルドブルーの派手なドレスのワンピースを着た、いかにもお金持ちのおばさま? といった感じの女性とその連れと思われるポニーテールのアーティスト風な若い男性・・・?

 って、あれ? 

 こ、この人って・・・?

 と、それはなんとあの時・・・、あのヒカルさんが失踪した神山珈琲館にいた、あの・・・、例のわたしがやけに気になっていた優男のイケメンに違いなかった。
 ええ~~~!

 嘘でしょ。

 こんなことって・・・、普通じゃあ、ありえない・・・、よね。



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 その後、わたしたちはブレインストーミングの要領でヒカルさんとこのエリアやこの店などとの関連性を探り出そうとしばらく語り合っていたのだが、正直そこではふたり、それ以上のヒントらしきものは何ひとつ思いつくことも出来ずに・・・、結果として、共に自身のクリエイターとしての限界みたいなものを実感しつつ、不機嫌にお互いの顔を見つめ合っていた。

 「ねえ? 
 ホンジョウさんちょっと痩せた?」
 「えっ? 

 ああ、確か・・・、3キロぐらいかな?
 って俺さあ・・・、実は最近肉食を止めててね。
 ああ、で、そうそうそれ、ナカバヤシの影響もあって。
 って、ナカバヤシが肉食止めたのって確か、オマエの影響じゃなかったっけ?」
 「ええ?

 ああ、うん。

 そ、そうだけど」
 「そう言やあ、なんかオマエもちょっと雰囲気変わったもんな」
 「そう? 
 どんな風に?」
 「いや、前よりなんか丸くなったっていうか。 
 ああ、丸顔って意味じゃなくてね。

 雰囲気が柔らかくなったっていうかさあ」
 「ええ?

 そ、そうかなあ?」
 「うん。
 最近は俺、ジャンクフード全般も止めたんだよね。
 ほら、ちょっと前に俺セブンイレブンの菓子パンの焼きたて直送便シリーズにはまっててさあ。
 毎日のようにあれ、買っては食ってたんだけど、最近じゃあもう全然だもんね」
 「へえ〜、なんか不思議なもんよね、こっちのシェアハウスでもわたしが肉止めるって言ったら、すぐにナカバヤシさんとトオルもじゃあ俺たちもって、すぐにその話に乗ってきちゃってさあ。
 まさかそれが、ホンジョウさんにまで行ってたとはねえ」
 「だよな。
 俺もなんか急だったんだよ。

 なんかそれ、いいかもってすぐにベジーライフ始めちゃってさあ。
 ああ、でもそれってベジーってことじゃないか? 魚は食うから」

 「ねえ? 
 わたしが肉食止めたのって、あの失踪の前日に、ヒカルさんが肉食止めたって聞いたからだって知ってた?」
 「はあ?

 う、嘘? 
 そうだったの?」
 「うん、あの日の前の晩に、彼女と話したことって・・・、なんか意味があるんじゃないかってずっと考えてたせいで、わたしまでそんな風になっちゃったっていうのかなあ。
 でもやっぱ、それって意味があったってことだよね?」
 「まあ、確かに・・・、結果的にはそういうことになるよな」


 「そう。

 それでね・・・、わたしホンジョウさんにひとつだけヒカルさんに関することで言わなきゃってずっと思ってたことがあって」
 「えっ? 
 な、なんだよ? 急に」
 「うん・・・。

 ああでもこれ、今まで誰にも言ってないし、これからも言うつもりないっていうか・・・、それにこれホンジョウさんのプライバシーに関わることだからって、ヒカルさんにも口止めされてたことなんだけどね」
 「く、口止め?

 って・・・、だ、だからなんだよ、それ?」
 「うん。

 でも彼女があの日、このことをわたしに話したってことは、きっとこんなタイミングでわたしからこれをホンジョウさんに伝えてほしいって・・・、そう彼女が考えてた? なんて思っちゃったりもしてね」
 「わかったよ。

 だから、なんなんだって? 
 もったいぶるなよ」
 「うん・・・」

 それからわたしは、ホンジョウさんにヒカルさんが言っていた例の「フォトフレームの中に写っていたオンナの人」に関する話をした。
 するとやはりホンジョウさんは「ヒカルさんの予想通りの勘違いをしていた」とのリアクションだった。

 「そうだったんだ。
 ヒカルさん・・・、そんなこと言ってたんだ」
 「うん。

 それで?
 ホンジョウさん、やっぱりその人をヒカルさんのお母さんって・・・、そう思ったってことでしょ?」
 「そりゃあそうだろ? 
 その写真の中でそのオンナの人が、彼女そっくりの赤ん坊を抱いてるの見たら誰だってそう思うよ」
 「まあね、やっぱ、そうだよね。
 ああ、でもね、でもなんで・・・、その写真とホンジョウさんが?」
 「えっ? 
 オマエ、そこまで聴いてわかんなかったの? 
 オマエさあ、小説家だろ?」
 「ええ? 
 な、なんなのよ?」
 「だから・・・」
と一瞬ためらうように軽い咳払いをしてホンジョウさんは、
 「そのオンナの人ってのは、俺の・・・、つまり、俺の母親だったんだよ」
と言ったのだった。

 「う、嘘?」



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 「びっくりしたー! 

 もう、いきなりなんだから。
 全然気づかなかった」
 「そう? 
 でもここ・・・、いいだろ?
 実は、俺もつい最近発見したんだけどね」
 「へえ〜、そうだったんですか。
 確かに溝の口とか、わたしもあんまり来ないから。
 こんなとこあったんですねえ。

 全然知らなかった」
 それからわたしたちは和やかムードでしばらくお勧めのサバランの美味しさやお互いの近況などについてのたわいもない話に花を咲かせた後で、ところで・・・、とばかりに、わたしの方からヒカルさんの話題を彼に振ってみることにした。

 「ねえホンジョウさん? 
 ちなみにわたしに連絡してきたって・・・、やっぱり・・・、ヒカルさんのことなんでしょう?」
 「えっ? 
 あ、ああ、まあ・・・、そ、そうだな」
 「そう。
 で、ホンジョウさんはやっぱり何か知ってるってこと? 
 彼女のこと」
 「いや、それが・・・、俺もヒカルさんの行方については今のところ何もわからない。
 彼女の失踪について、ナカバヤシから聞いた時には正直、俺もびっくりしてね。
 その後、彼女宛に何度も電話やメールをしてみたんだけど、いっこうに全然繋がらないまま。
 まあ、それで・・・、あれから俺んところにも世田谷警察から何度か連絡があって、2ヶ月前ぐらいだったかなあ? 彼女についての簡単な調書を書くためにって呼び出され、まあそれで俺も行って来たよ」
 「そう・・・、そうなんだ。
 それで?」
 「ああ。

 それで、訊かれたのははっきり言って大したことじゃない。
 簡単な彼女の履歴なんかに関する確認程度のことでね。

 まあ、それはそれでいいんだけどね」
 「えっ? 

 何? 他にも何かあるの?」
 「ああ。
 まあね」
 「な、何よ?」

 「うん、それが実はさあ・・・、今日の・・・、ここのことなんだけど」

 「ここって? 
 このお店のこと?」
 「まあ、お店っていうか・・・、このエリアっていうのかなあ? 
 実は俺、なんでだかはよくわかんないんだけど、警察には話さなかったことが、ひとつだけあってね」
 「ひとつだけ話さなかったこと?」
 「ああ。

 それは・・・、実はヒカルさんから、彼女が消えたって言われてたその日に、俺の携帯宛に1通の変なメールが入ってたんだよ」
 「メール? 
 って、嘘? 

 ど、どんなメール?」
 「まあ、そう焦るなよ」
と言ってホンジョウさんがわたしに見せてくれたメールは、確かにそう、あの日ヒカルさんから彼宛てに送られたものにまちがいはなく、そしてその内容はと言うと・・・。

 「な、何これ?」
 「な。

 ちょっとわかんないだろ?」
と、その文面は、

 『ふぃ俺んテ』

 と言ったもので、おそらく何かの変換ミスかのようで・・・・、そのふぃおれんてって・・・。
 「えっ? 
 ああ、フィオレンテ。 
 そのフィオレンテって・・・、つまりここってことか?」
 「ああ、俺もずっと、しばらくはそのことに気づかなくてね。
 それでまあ、気にはなりつつそのまま自分の中だけに封印してたんだけど、確か先週の終わりぐらいだったかな? 

 そう、なんかいきなりその単語の意味について考えるようになって・・・、それでサイトで調べたりしてたらここの場所がそのフィオレンテだって。
 いや、マジで本当にたまたま偶然に発見してさあ。
 それで、さっそくひとり、この辺まで来てぶらぶら歩いてたら、それもまた偶然、なんとなく外の看板が目に入り、この店を発見したっていう・・・、まあ、そんなわけなんだけどね」
 「そうだったんだ?」

 「ああ、それでほら、あの白い建物があるだろう?」
 「えっ?」
 「あれはどうやら、何かの礼拝堂? みたいなものらしく。
 まあ、誰でも中に入れて、祈りや瞑想が出来るらしいんだけど・・・でまあ、なんとなく俺も入ってみたんだよ。

 そしたら、それがもう凄いパワーでさあ、あの中が」
 「凄いパワー?」
 「いや、だから気の感じっていうの? 
 とにかくオマエも入ってみればわかるよ」
 「わかるって?
 そ、そうなんだ」
 「だからなんだっていうんじゃないんだけどさあ。
 なんか俺、ここにはきっと何かあるんじゃないかって? 
 漠然とだけどただそんな気がして」
 「な、何かあるって?

 な、何が?」
 「いや、だから俺にもそれは、まだわかんないんだけど」
 「そ、そう。

 な、何か・・・ってわけね?」
 「ああ、悪い。
 いい加減なことでオマエを呼び出したりなんかして。
 でもこれはまあ、単なる直感って言われるかもしれないけど・・・、ここには何か、おそらく、いや、間違いなくヒカルさんの失踪に関係する何かが関係している。

 そんな気がするんだよ・・・、この俺には」
 そうホンジョウさんは熱く語り尽くすと、目の前の冷めたコーヒーを一気に飲み干した。



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 あれから半年、わたしがホンジョウさんに会わなかったのは、彼が彼の同僚でわたしのルームメイトでもあるナカバヤシさんとの重要なプロジェクトに専念していたことを聞いていたからであり・・・、とは言うもののヒカルさんがあんなことになってしまって以来、そのことをあのホンジョウさんと話せていないことについて、正直なところわたしはずっと気になっていた。
 ところがなんと、昨日、そのホンジョウさんから突然の電話があり、

 「今日の夕方でも、もし都合がよければ会えないか?」

などと誘われ、わたしとしても、

 「実はわたしも、ちょうどホンジョウさんと1度会って話したかった」
なんて具合に、急遽ミーティングが設定されることとなった。
 ヒカルさんがあの時話していた内容からすると・・・、今年になって彼とヒカルさんは、確かたった1度しか会ってないはず。
 とは言え、お互いまちがいなく引かれ合っていたであろうあのふたりのことだ、ヒカルさんの失踪についてホンジョウさんなら、わたしの知らない何かをもっと知っている。
 おそらくは、そのことでわたしに・・・、ということではないか?

 携帯画面の時計を見ると、既に2時を回っていた。
 約束の3時半に溝の口ってことは、もうそろそろ支度をして出かけてもいい頃合いだ。
 なんて思いつつ、ところでなんでまたホンジョウさんはわたしと会うのにわざわざ溝の口なんて場所を指定してきたのだろう? 
 「ちょっと近くで用があったから?」
 なんて彼は言っていたが、どうもその時の彼の言い回しが変に気になったというか、何か別の含みでもあるかのように思えたのは気のせいか?

 溝の口の、ええと・・・、フィオレンテの丘? その「星の館」? 

 って何処? 

 と、わたしはぶつぶつとひとり言をつぶやきながらMacBookを開きつつ、グーグル検索でその場所を検索し、ああ・・・これのこと? 

 とそのホンジョウさんが指定してきた待ち合わせ場所「星の館」を特定し、そこへの地図をプリントアウトする。
 そして四つ折りにしたそのコピーを無造作に自分のバッグに入れた。

 田園都市線溝の口駅南口のエスカレーターを下り、そのまま右手に見えるドラッグストアを越え、突き当たった広い道路を横断し左折。

 それからしばらくまっすぐに歩いていると、その「フィオレンテの丘らしきエリアへと続く」との看板が角に立つ坂道が右手に見えた。
 これか・・・。
  と、わたしはその坂道を一歩一歩踏みしめるようにして登りつつ、なんのこの程度の坂、なんて思いながらも息が切れてくる自分の日頃の不摂生を反省しながらも、あれ? でもなんかちょっとここ、キレイ・・・、とその坂を囲むように点在するイタリアン風のレストランやカフェ、蕎麦屋などの建物の気の効いた小綺麗なデザインにちょっと感動し、へえ〜? 溝の口にこんなところがあったんだ・・・、と改めてわたしはちょっとワクワクしながらも何処か異空間へでも来てし まったような不思議な感覚に襲われていた。
 と、坂の右側、ランプ棟の側面に『星の館、すぐそこ。営業中』と言うサインの看板が設置されているのを発見し、うん、まちがいなさそう・・・、とほくそ笑みつつそのまま進むと、どうやらその少し先の右側にある見るからに高級そうなマンションにその「星の館」と言うカフェはある、とのこと。

 マンションのエントランスを入り、インターフォン近くに表示された案内通りにその部屋の番号をプッシュすると、
 「どうぞ」
という無機質な女性の声の返事と共にガラスの扉がスーッと開く。
 キレイな生花と見るからに本物? みたいな絵画や彫刻が、入ってすぐのエントランススペース四方、中央に飾られており、改めてその演出の心遣いに感動を覚える。
 目的の「星の館」はそこからもうひとつ上の階にあるらしく、エレベーターでもう一階だけそのフロアまで上がり、そこからちょっとした渡り廊下を歩き、その突き当たりまで行ったところにそのサロン風カフェの入り口があった。
 天井の高い店内は正面全体がガラス張りのサンルームのような作りとなっており、外の庭の木々の緑が正面及び左側面全体に見渡せる。
 そしてその庭の左手奥にある小高い丘のてっぺんに、白いドームの不思議な建築物が夕日をバックに幻想的なたたずまいを見せている。
 わたしはその建物がすぐ横に見えるガラスの壁面際に設置されたテーブルの席に座ることにする。

 「いらっしゃいませ」
とシェフのような白い割烹着姿の女性が注文用のメニューを持って来るなり、サッとわたしの目の前にそれを差し出す。
 「あっ、ど、どうも」
 「こちらのサバランがこの店のお勧めです」
と言って彼女はメニューの中のケーキの写真を指差しながらわたしにそう言った。
 「はあ。

 ああ、でも確かに美味しそう」
 「それと、これはサービスの食前酒です」
と言って彼女は、氷が浮かぶ梅酒のような液体の入ったテイスティング用ミニグラスをわたしの目の前に置く。
 なんかいい感じじゃない・・・、と早くもご機嫌になっていたわたしは、
 「じゃあ、そのサバランと、ええと、ホットコーヒーいただけますか?」
と素早い決断でそう注文を済ます。
 値段もそれほど高いってわけでもなく、これはリピートしたくなるわなぁ、とここを教えてくれたホンジョウさんに感謝だ、なんて思った矢先、
 「よお? 
 すぐわかった? 

 ここ」
と言って、わたしの後方より突然ホンジョウさんが姿を現した。



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 「そう、嗜好品ってのはつまり・・・、日常的にじゃなくて、たまに楽しむから初めて嗜好品なんであって、それをやたら毎日のように習慣的に楽しむっていうこと自体が、そう、そもそも根本的なまちがいなんじゃないかって。
 まあ、そんな当たり前のことが、この過剰で飽食の時代だからこそ、わたしたちは麻痺してわからなくなってきちゃったんじゃないかっていうね」
 「へえ? 

 まあ、確かになんでも習慣化しちゃうと、そもそもそれ自体に対する感動ってもんがなくなるってのは、あるよね?」
 「ええ。

 わたしの場合、それらの楽しみっていうのを、現実としてたまにだけ味わって行く過程の中で、徐々にそれらがほとんど必要となくなり、中にはそれって全くいらないもの? 

 なんて気づくようにもなったりして。
 そう、最近ではお酒やケーキなんかも、自分からはまず買って食べたりはしなくなったし」
 「はあ。
 まあ・・・、それは確かにちょっと凄い話なんだけどさあ。

 なんか、それって・・・、わたしからすると、人生の中の”楽しみそのもの”みたいなものがなくなる? なんて思えてきちゃっって・・・。

 それってちょっと、わたしには無理かなあ?」
 「んん。

 ああ、そう言えば、そうそう。

 最近わたしね、人生におけるすべての諸悪の根源ってものが、いわゆる人間の持っている『執着』・・・、だってことに気づいちゃったのよ」

 
 「しゅ、『執着』?」

 「うん。

 だって人が何かをどうしても欲しいって気持ちさえなくなれば、戦争も暴力も不安も、何かへの恐れそのものさえも・・・、世の中に存在するマイナスな、ほとんどすべてのものがなくなるって・・・、それ、知ってました?」
 「ええ? 
 ま、まあ確かに、そ、それもわかる気はするけどさあ」
 「ひとつだけ・・・、そのたったひとつの考えだけを人類が捨てることが出来れば、この地球上における、そのほとんどすべての問題は解決するんですよ。
 それって凄くないですか?」
 「いやあ・・・、まあ、それは確かに、それはそれで凄いとは思うけどさあ? 
 って、それでまあ、ヒカルさんとしては『ホンジョウさんへの執着』? なんてものも捨てられたと? 
 そうおっしゃりたいわけかな?」

 「ええ? 


 ま、マキさんたら。

 ま・・・、マキさんは意地悪なんだから。
 すぐそっちの話題に持って行こうとして」
 「え~。

 だってもう、ヒカルさんだって、全然そのことについて話してくれないしさあ。
 ちょっと水臭くない?」 

 それからヒカルさんは、もう寝てしまったの? と思わせるぐらいに、しばらくの間一切物音も立てずに沈黙し・・・、そして再び突然思い出したかのようにこう語り始めた。
 「ホンジョウさんに関して、実はわたしにはよくわからないんだけど・・・、彼が少し前に1度カウンセリングに来た時に、彼をひとり、ちょっとばかりリビンングに待たせてしまったことがあって。
 それでその時に、これもまあ本当にたまたまだったんだけど・・・、彼があるフォトフレームの写真を偶然見てしまったようで・・・、ってああ、そのフォトフレームに映ってたのは、わたしがまだ生まれて間もない頃にわたしによくしてくれたあるオンナの人の写真だったんだけど・・・、とにかく、その写真を彼が偶然見てしまって以来・・・、っておそらくその時以来だと思うんだけど、彼の態度が変わってしまったっていうか。

 多分その人、彼の知り合いだったんじゃないかな?」
 「えっ? 
 何? 

  何? その写真って?」
 「ええ。

 その写真は、わたしのリビングにある冷蔵庫の上にあったフォトフレームに入った写真のことなんだけどね。
 わたしとしては・・・、その写真が、まあ、なんて言うか、自分の母親って誤解されるのが面倒だな、なんて思って・・・、ああ、その彼女が赤ん坊のわたしを抱いて写ってる写真だったもんでね。
 それでつまり、彼がカウンセリングに来てた時に、なんとなくそう思ってわたし、伏せておいたのよ、そのフレーム。
 でも、それからホンジョウさん・・・、多分それを見たんじゃないかな?」
 「えっ?

 な、なんで。

 ああ、まさかそれが、立てられてそこに置いてあった・・・、ってこと?」
 「ええ、そのまさかでね。

 わたしがちょっとその部屋を離れていた間のことだと思う。

 それで、なんか・・・、それからその日、ホンジョウさん・・・、なんか様子がちょっと変になって。
 それから逃げるように帰っちゃったの」
 「帰った?

 まあ、逃げなくても、ねえ。
 ああ、それでヒカルさん、そのことをホンジョウさんには?」
 「いえ・・・、それっきり」
 「嘘? 
 な、なんで?

 なんでそれでいいわけ?」
 「ああ、だからさっきも言ったでしょう。

 ってああ、マキさんが言ってたのか?
 そう、だからわたしはもう、彼に対していわゆる『執着』はないって」
 「ああ、なるほど。

 って言うか、やっぱそこに落ちてたんだ」
 「別に・・・、そ、そういうわけじゃないけど。
 ってああ、でもマキさん、この話、絶対にホンジョウさんには言わないって約束してくれませんか?
 こんなレベルの話であっても、全て基本クライアントのプライバシーに関わるものなんで」
 「ああ、そ、そうなんだ。
 わ、わかったけど・・・、さあ」



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 あの日の前日、わたしたち3人の宴会終了後、わたしとヒカルさんのふたりはすぐに2階の寝室へ戻ると、そのまま着替えもせずにベッドに横になったのだが、消灯後も昼寝のせいもあってかどうしてもふたりなかなか寝付けず、他愛もないことを語り合っていたのを憶えている。

 「ねえ、ヒカルさん? 

 もう寝てる?」
 「んん?

 いえ、まだ」
 「そう。
 なんかわたし・・・、寝むれなくなっちゃみたいでさあ。
 身体は酔ってるんだけど、なんか目ばっかり冴えちゃってるみたいで」
 「ああ、なんかわたしも」
 「だよね。 
 ああ、ねえねえ、なんかこういうのってさあ、修学旅行とかみたいじゃない?」
 「修学旅行?」
 「ほら、こんな暗闇で告白ごっことか、やらなかった?」
 「ああ、そんなことも、なんかあったような」

 「そうだ、ねえ・・・、ヒカルさんってベジタリアンだっけ?」
 「ええ? 
 それってまたなんでいきなり? 
 ってでもまあ、魚はけっこう食べるんだけど最近肉はほとんど食べないかな。
 ああ、だからってベジーってわけじゃないんだけど」
 「そう・・・、肉は食べないんだ?」
 「ええ、わたしイタリアン好きの割には肉はそれほど好きじゃなかったっていうか、まあそれも特に今年になってからの話なんだけどね」
 「今年?」
 「ええ、多分今年になって、わたしのまわりの波動が大きく変わり始めて・・・。
 すごく大きな変化が起こり出していて。
 ああこれ、前にも言ったと思うんだけど・・・、すごくなんか・・・、いわゆる宇宙意識からのメッセージみたいなものがわたしの中に下り易くなってるみたいで・・・、ってなんて言っていいのかな?
 そう、それで食に関してもそのことの影響みたいなものがすごく顕著になってきたっていうか。
 とにかく自分の進化のために悪いものは身体に取り入れちゃダメだって、そういつも言われてるような感じになってきて」
 「言われてるって? 
 それ、その神様みたいなものにってこと?」
 「ええ。
 ってああ、ごめんなさいね、変なこと言っちゃって。
 でもね、確かにこのメッセージは、ある一定のグループの人たちには届いてるみたいなの」
 「ある一定のグループ?」
 「うん。

 そうねえ、いわゆるその・・・、次元昇華をリードしようとしているグループっていうのかなあ」
 「ジゲン? 昇華?」
 「ええ、まあ・・・、それはいいんだけどね」
 「次元って・・・。

 ああでも、そう言えばヒカルさんってちょっと痩せたもんね?」
 「ええ、今年になって3キロぐらいは着実に」
 「へえ、3キロも?


 ねえ? 

 でもさあ、肉って・・・、なんで食べちゃダメなのかな?」

 「えっ?

 ああ、うん。

 別にみんなが絶対に食べちゃダメとか、そういうんじゃなくて・・・、ただわたしには以前からそれに関しての罪の意識みたいなものがあったっていうのかな。

 これって、いわゆる宗教的な理由っていうんじゃないのよ。

 あくまでも個人的な感じ方?

 だって、牛や豚も犬や猫と同じ哺乳類じゃない? 
 犬や猫なんかを殺したら冷酷で酷い人って言われるのに、平気でみんな牛や豚を・・・、それが殺されてるのを知ってて食べてるって・・・、なんか最近ちょっとちがうんじゃないかなって」
 「ああ、まあ、確かにそう言われたら・・・、そ、そうだよね? 
 ほら、なんだっけ? 最近の・・・、コーヴだっけ? 

 あの日本のイルカ漁を批判してた映画? 
 アカデミー賞まで取ったヤツ。
 確かにイルカを殺して食べるのはわたしもどうかとは思うけど。
 考えてみりゃあ、牛や豚だって、同じ哺乳類って意味じゃあ同じだもんね。

 知性のレベルがちがうっていうのだって、じゃあ、頭いいヤツだけ生き残ればいい? みたいなナチの思想になっちゃうしね」
 「そう。

 結局、みんな人間の都合のいいように解釈してるだけで、都合の悪いことはただ見ない様にしてるだけなんじゃないかって。 
 まあ、あまりそういう風に考えすぎるのってのもどうかとは思うし、人間だって所詮、弱肉強食の世界を生きる動物とも言えるわけなんで・・・。

 でもまあ、わたしの場合、まずはとりあえず肉を食べるのを止めてね。

 それから・・・、その後やっぱり一番身体に悪そうって意味でジャンクフードをいっさい食べるのを止めたのね。
 それでもって、ついでに甘いものも極力控えるようになったら、知らないうちになんだかどんどんと身体が変わってくるのがわかってきて」
 「へえ。 
 なんか、その、す、凄いね。

 そうなんだ?」
 「そう。

 それでわかったのは、身体だけじゃなくて気持ちや心までもが、その影響で大きく変わり始めて」
 「精神的にも?」
 「そう。

 ほらやっぱり人間って、精神は肉体の奴隷になりがちっていうか・・・、健全な精神は、健全な肉体に宿る? みたいに身体が変われば欲望も変わり、欲望が変われば人間それそのものが、もう別人に変われる、なんてことをつくづく最近実感してて。
 そう、それでわたしが最近思い始めてるは・・・、自分は今後嗜好品の奴隷になるのだけはもう止めよう・・・、ってことかな」

 「し・・・、嗜好品?」



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 それにしてもヒカルさん、こんな所からひとりでいったい何処へ行ってしまったというのだろう? 

 わたしたちに何も言わずに散歩? 

 なんてのもどう考えてもあり得ないだろうし。
 知り合いにでも突然会って、急用が出来たかなんかで、わたしたちには何も言わずにその誰かとそのまま一緒に帰った? なんてことも考えにくい。
 まあ、とは言えそれぐらいしか考えられないよなあ、なんてわたしが途方に暮れボーッとしながら窓際の方を見ていると、その窓際近くに座っていた見も知らぬ若いオトコといきなり目が合ってしまったのだが、そのオトコの眼光の鋭さに圧倒され、すぐにサッと視線をそらす。
 ポニーテールの髪にモノトーンカジュアルな装い・・・、年のころは30そこそこといったその彼は、正直トウキョウでもあまり見かけないくらいのイケメンだった。
 その時、わたしは何故かヒカルさんがいなくなったことなどすっかり忘れてしまったかのようにそのオトコのことがやたらと気になりだしてしまい、視線をそらした後にもしばらく彼の気配を自分の頭の先に追っていた。

 やばいなあ、あの人マジでわたしのチョータイプだわ・・・。

 「マキ? 
 何、ボーッとしてんの?」
 「えっ?」
と、わたしが顔を上げるとそこにはチハルが、”もう完全にお手上げ”なんて言いたげな脱力しきった眼差しで立っていた。
 「ねえ、マキ、あの人・・・、何処にもいないよ。
 どうする?」
 「あの人? 
 あ、ああ・・・、ひ、ヒカルさん。
 う、嘘、マジで?」
 「何ボーッとしてんのよ 、マキ。
 それよりアンタ、なんか心当たりとかないの?」
 「えっ?

 ああ、うん、全然」
と気づけばさっきのイケメンの姿も一瞬の内に何処かに消えていた。
 嘘、さっきまでそこにいたのに・・・。

 「ん? 
 どうかした?」
とわたしの不信な態度に気づいたチハルがそう尋ねる。
 「えっ?

 ああ、な、なんでもない」
とその瞬間だった、わたしは何故かヒカルさんは今遥か遠くの何処かへと行ってしまい、おそらくはもう、わたしたちのところへ戻って来ることはない・・・、そんななんの根拠もない確信が自分の頭の中によぎるのを感じていた。

 そしてその日、わたしの予感通り、ヒカルさんは失踪した。


 その痕跡を何一つわたしたちのもとに残さぬままに・・・。

 それから約半年が過ぎた今になっても、依然として彼女の行方はわからぬままだ。
 2010年9月28日火曜日午後2時40分。

 外はまだ日中だと言うのに薄暗く、昨日より降り続いている雨は止む気配もいっこうにない。
 今日は朝からずっと家にこもりきりで、冷蔵庫のありもので作ったみそ汁と炊き込みのじゃこ飯をさっき腹に流し込んだ後、またパソコンに向かい小説の続きを書いている。

 軽井沢でのあの日、神山珈琲館でわたしとチハルのもとから姿を消したヒカルさんについては、その後わたしたちが直接警察に捜索願いを出したこともあってか、それから何度も長野県警へと足を運ぶこととなり、捜査の経過についてもいちおうある程度の情報は聞かされていたのだが、結局その後なんの手がかりも見つからぬまま現在に至っているとのこと。
 わたしはあの日以来ずっとあのヒカルさんの一件が頭から離れず、そのせいもあってか? わたしの2作目の小説の内容もそれまで想定していた架空の主人公によるファンタジックなラブストーリーから、ヒカルさんをモデルとした主人公によるセミドキュメンタリータッチのミステリー小説へと大幅に変更されることとなった。
 そして今現在、その現実におけるひかるさんの捜査の行き詰まりとも平行するようかのようにわたしの小説も行き詰まり、ひいてはその負のスパイラルに巻き込まれたかのようにわたし自身の人生そのものも行き詰まる・・・、そんな状況にわたしは追い込まれていた。

 それにしても、わたしにはあの日の彼女の失踪がどうしても理解できなかった。
 事故? 誘拐? もしくはなんらかの他の事件に彼女が巻き込まれた? ぐらいにしかどう考えても思えなかったわけで・・・。

 つまり彼女がなんの理由もなくわたしたちに何も告げずに突然何処かへと姿を消すなどということは、普通では到底ありえない。
 そしてそのことは何度も警察にも話したし、自分の頭の中で何度となく整理してはみたものの、結局はなんの解決の糸口も見つからぬまま・・・。

 そう、でもただひとつだけ・・・、あの日の前日の夜。

 リビングの宴会が終了した後の寝室で、ヒカルさんとわたしふたりだけで話したその会話の内容が、何故かどうしても気にかかっていた。

 あの夜に、彼女がわたしに言った言葉・・・。

 何かの話題についての・・・?
 そしてきっとそこには、この失踪に関する何らかのヒントが隠されているのではないか? 
 そう思っては、その内容を何度も繰り返し頭の中で思い出そうと試みてみるのだが、その度ごとにいつもその思考は混沌とし、煙に巻かれ、記憶の渦の中へと消えて行った。



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 翌朝10時半過ぎ頃にようやく二日酔いの頭を叩きながら起き出したわたしとヒカルさんは、その後順に顔を洗って歯を磨くと、ふたりとも髪もまともに乾かさずに寝ぼけ眼のまま1階のリビングフロアに下りた。

 「おはよう!」
そうさわやかに言うチハルは朝から元気いっぱい、暖炉への薪を入れながらこちらに手を振る。
 このオンナ、昨日の酒は全然残ってないのか?
 やはりなめられん。
 「おはよう。
 ねえチハル、それにしてもアンタ随分元気ねえ?」
 「そう? 
 ああ、そうそう、近くに美味しいコーヒー屋さんがあるからさあ。
 どう? 朝食も兼ねて」
 「いいね。
 りょ~かいです」
とはもるように言ったわたしとヒカルさんは正直二日酔いのせいでややテンション低めだったのだが、目の前のチハルのパワーに圧倒され、なんとかふたり気合いを入れ合いながら、すぐに着替え出かけることにした。

 チハルの別荘を後にそそくさとゲレンデに乗り込んだわたしたちは、ほんの5分ほどでそのコーヒーが美味いと言う神山珈琲館に到着。
  さすがにこの辺は土地も安いのか、そのやたらと広い店内のセンターには馬鹿でかい観葉植物を囲んでの円形の大きなカウンターテーブルがあり、窓際 には4人がけのテーブルが数卓、そしてその反対側キッチンスペースの手前には横長のカウンターがある、なんて具合の店舗構造で天井もやたらと高く豪華な喫茶店と言うよりはギャラリー? 美術館? そんな印象の珈琲店だった。

 わたしたちは店に入るなり中央の円形カウンター席に横並びに座り、しばらくの間わたしとヒカルさんはキョロキョロと物珍しそうにその広い店内中を見回す。
 と、ふたり偶然にもほぼ同時のタイミングでその一角に置かれた巨大なアメジストのジオードのような置物に目が止まった。
 「凄いね? 
 あれ」
と言ったわたしに、
 「ええ、わたし・・・、ちょっと見て来てもいいですか?」
と言ってヒカルさんはメニューに目も通さずにそのままそのアメジストの方へと歩いて行ってしまう。
 「ああ、あれでしょう? 
 なんか店長の神山さんが言ってたんだけど、ブラジルから直接航空便で取り寄せた貴重なクリスタル原石なんだって」
と言うチハルに、
 「へえ?」
とわたしはそれに目が釘づけになったまま何故か両目の焦点がずれ込み、視界がぼんやりとしてくるのを感じる。
 「それよりもほら? 注文どうする? 
 あたしはお勧めのモーニングセットにするけど」
 「あ、ああ、じゃあわたしも。
 ヒカルさ~ん? モーニングセットでいいよねえ?」
とわたしがアメジストに張り付いたまま離れようとしないヒカルさんにそう声を掛けると、
 「え、ええ。
 私もそれでお願いします」
とこちらも振り向かずにそう答えるヒカルさん。

 「あの人、ああいうの好きそうだもんね?」
 「うん、まあ、彼女ヒーラーだしね」
 「ねえ、ちなみにヒーラーってなんなのよ?」
と息を殺すような声でチハルがわたしに耳打ちをしてくる。
 「ええ? 
 それは・・・、ってわたしもその辺は実はあんまり詳しくなくて。 
 ああ、でもほら、霊気って聞いたことあるでしょ?」
 「レイキ?」
 「そう、なんかほら? 気功とかヨガとかでもよく言われる、空間に浮遊しているエネルギーみたいなものを使って癒すっていうやつ・・・、多分」
 「へえ〜。
 それってちょっと・・・って言うか、大分怪しいけど。
 で? それが凄いんだ?」
 「いや、わたしはまだやってもらったことないから」
 「ええ? 
 だってアンタら、友だちなんでしょう?」
 「まあ、それだからなおさらっていうのもあるかなあ? 
 逆にやってもらいずらい? みたいな」
 「はあ。
 そんなもんなんだ?」
とチハルは基本どうでもいいと言った具合にそう答える。

 すると、気づけばヒカルさんの姿が見えなくなっていた。

 まあ、おそらくトイレにでも行ったのだろう? 
 なんて、わたしとチハルはしばらくの間適当なおしゃべりをしながらヒカルさんが戻るのを待っていたのだが、それから30分以上経っても彼女は(わたしたちのいる)こちらの席へ戻ってくる気配もなかった。

 「ねえ? あの人・・・、遅いよね?」
とチハルも不信に思い出したのだろう。
 「うん。
 確かにちょっと遅過ぎだよね。
 わたしちょっと見て来るね」
と言ってわたしは席を立ち、キッチンスペース横の女子トイレのドアをノックしようとしたのだが、見ればそのサインはブルー。
 すぐにそのドアを開け中を確認したとろころ、やはりそこには誰もいない。
 それからすぐにわたしはヒカルさん宛に携帯で電話をかけてみたのだが、「おかけになった電話番号は、電源が入っていないためかかりません」とのアナウンスが耳元で響くだけだった。
 でまあ、しょうがなくわたしはとりあえずヒカルさん宛に、
 『チハルとずっと待ってるんで、すぐに連絡ください』
 との内容のメールを彼女宛に送信した。
 と、横を足早に歩くチハルが見え、
 「ちょっとあたし、外の方見て来るから。
 ここで待ってて?」
と言って突然何処か宛でもあったのか? そのまま店外へと出て行ってしまい、テーブルに戻ったわたしは、ひとりそこで冷めたコーヒーを前に手持ちぶさたのまま取り残されることとなった。



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