「テルヤマさん?
実はわたし・・・、あなたのことを以前一度見かけたことがあるの」
「ええ?
ど、どういうこと?」
「うん、そのう・・・、あれは・・・今年の3月頃のことなんだけどね。
軽井沢にあるカフェで、神山珈琲館ってお店があるんだけどね、そこでわたし・・・、あなたがそこに居たのを見たのよ」
「か・・・、軽井沢?
軽井沢って。
ぼくは今年の3月頃、軽井沢なんかには行ってなかったけどなあ」
とテルヤマはそんなわたしの目撃説をあっさりと否定する。
「本当?」
「本当も何も。
いや、ちょっと・・、なんか変ですよ? ワカバヤシさん。
ちなみにその軽井沢でなんかあったんですか?」
「えっ?
い、いえ、それは・・・」
「他人のそら似ってヤツじゃないかなあ?
それともあれ。 ドッペルゲンガー?」
と無邪気に答えるテルヤマを見るにつけ、わたしはさっきまでの自分の直感に自信が持てなくなってくる。
「それよりワカバヤシさん、今度機会があれば・・・、ぼくのアトリエの方にも是非遊びに来てくださいよ?」
と言ってテルヤマは、いきなり彼の両掌でわたしの(ブレスを着けた)左手を握った。
「えっ?
ええ、も、もちろん、喜んで」
そう答えながらわたしは思っていた・・・、ヒカルさんの失踪の件はしばらくは忘れることにしよう。
そんなことより、とりあえず今は彼とわたしの恋バナの方が最優先に決まっている。
そしてそんな(このわたしには正直滅多に訪れることのない)切なくも甘いロマンスの世界にどっぷりと浸ろうとする自分を正当化しようとしていた。
と、それからすぐにその日のパーティーも無事お開きということになり、わたしは、
「すぐそこまでテルヤマさん、送ってくるから」
そうルームメイトふたりに言い残し、テルヤマを連れ立ちシェアハウスを後にする。
リビングを出る際にチラッとリビング中央のソファ席を覗くと、ミユキの腕は既にホンジョウさんの胴回りに絡み付いており、それはその夜の後の展開をより確実なものとしてこのわたしに連想させた。
そして、わたしとテルヤマはふたりほろ酔い気分でちょっとだけ足をもつれさせながら、電灯の薄ら明かりに照らされるせせらぎの歩道をシモキタ方面へと歩いていた。
あのミユキみたいにわたしももっと図々しく、自分の気持ちに素直になれればいいのに・・・、なんて横を歩くテルヤマの腕に触れることも出来ない自分を情けなく思いつつ、見上げた夜空は立ち込める雲で覆われ、十三夜の月はその片鱗の光すら見えない始末。
いや待てよ、時間的に言って空にはもう月がないってことかも? なんて改めて思い返していたその時だった。
「ワカバヤシさん、もうこの辺で」
「えっ?」
「ああ、この先を行ったすぐの所からぼく・・・、タクシーで三茶に出ますんで」
「ああ、そ、そう」
「じゃあ」
と言って立ち去ろうとするテルヤマに、
「ああ、あの・・・、今日はわざわざ・・・、こんな所まで来てくれてありがとう。
それに、こんな素敵なものまでいただいちゃって」
となんとか引き止めようと彼に声を掛けるわたし。
「いえ」
「だってなんか・・・、テルヤマさんってあんまり食べたり、飲んだりもしないんだもん。
なんかちょっと悪くて」
「そ、そうでしたか? 自分的にはけっこう食べたような・・・。
ああ、すごく美味しかったですよ、どの料理もみんな」
「でも・・・」
と、いきなりだった。
テルヤマは風のようなしなやかな仕草でわたしの唇にそっと口づけると、
「じゃあ、これで」
と言ってわたしにあの天使のような顔で微笑んだ。
そんな彼の突然の行動にわたしは一瞬動揺しつつも、すぐにその(行動の)裏側にある彼の欲望の欠片にこのわたしも触発され、
「そんなんじゃ、全然ダメ・・・」
と言って彼の顎をわたしの両手で包みこむと、今度はわたしの方から彼に思い切り激しいディープキスを仕掛ける。
テルヤマは一瞬のけぞるように怯んだが、すぐに彼の方からも熱い舌をわたしの舌に絡ませてくる。
それからわたしたちふたりはそれぞれの腕をお互いの背中にきつくからませると、頬に心地よい秋風を感じつつ時間が止まったような抱擁の数秒間に浸る。
わたしの閉じられた瞳の裏側では、真珠色に輝く十三夜の月光のベールがわたしたちふたりをうっすらと照らしつけるのがわかった。
するとその直後だった、わたしの下腹あたりに彼の何か固くなったもの? があたってくるのがわかり、その存在にまさに反応するかのようにわたしの中の何かがとろりと蕩けそうになったその瞬間、いきなりテルヤマはわたしから離れると、
「じゃ、じゃあこの辺で。
こ、このままだと帰れなくなりそうだ」
と肩で息をするようにそうつぶやいた。
「えっ? そ、そうなの?」
と言って何かをおねだりする子供のような目つきでわたしは彼を見る。
「ワカバヤシさん、今日は本当にありがとう。
そ、それじゃあ近いうちにまた」
そう言って彼はわたしから逃げるようにして立ち去って行った。
ええ? 嘘?
ほ、本当に帰っちゃうの?
と心の中でそう叫びながらもわたしは、暗がりの中急ぎ足で立ち去る彼の後ろ姿を見送っていた。
そしてわたしはその時初めて気づくのだった、自分の周りでこれまでずっと響き渡っていただろうせせらぎの音色に。
是非とも続けてプチッっと!! よろしくお願い申し上げます!
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