①ソース源だよエアグラウンディング


今日の関西はこの時期らしい

梅雨空です


こんな日も気持ちいいー



この時期のグラウンディングは

やっぱりアジサイですね



というわけで頼光寺


源 頼光を知ってるひとは

まあ少ないでしょうね


頼朝は?


そりゃー知ってますよね

あの鎌倉のやつです


では頼朝に繋がる源氏の故郷は?


東国ではありません


いまの兵庫県川西市と

猪名川町あたり

猪名川の河辺郡


昔はこの辺りを

摂津とよんでいました

河辺郡です


いまの高槻辺りの

大阪北西部から

三田市や神戸市にかけてが

摂津です


いまの摂津市は摂津では

ありませんよ

ディスるわけではありません


明治になり

猪名川で摂津を分断し

兵庫と大阪に切り分け


摂津のど真ん中の川西が

摂津の名前を何回申請しても


兵庫県は

全く認めず…


まあ初代が伊なにがし

日本人のようなひとたちですから


嫌がらせです

たんなるね


源氏の普系は21ありますが

そのひとつ頼朝を生んだのが


清和天皇から分かれた

清和源氏


清和天皇の第六皇子

貞純親王の子である

経基王(六孫王)が

臣籍降下により

源姓を賜り源経基となります


これが清和源氏の始まりです



中級貴族であった経基の子

源満仲(多田満仲)

藤原北家摂関政治の確立に協力し

中央における武門としての

地位を築き


摂津国川辺郡多田の地に

武士団を形成します


そしてこの満仲の長子が

頼光


清和源氏本家摂津源氏です


満仲が統治する国を選ぶのに

970年住吉三神に尋ねます


するとお前が

ここ住吉から矢を放ち


落ちた所を

お前のものにするがいいと


そして矢が落ちたのが

ここ矢問です



その先にあるのが

満仲を祀る多田神社



清和源氏の菩提寺は満願寺

学問所は中山寺です


そもそもこのエリアは

住吉の土地でした


海の神住吉がなぜこんな

山奥を持っていたのでしょう


それは木です

和歌山の紀州(木州)もそうですが

山と海は川で繋がります


木を切り出し

猪名川で大阪まで


木を流しその河口付近で

船大工を集め船を造っていました


もともとは

稲野もしくは猪名野を

伊那の神が治めていました


そこの支配権を住吉三神から

認められたのが

清和源氏の始まりです


おまけにこの地には

銀山銅山があり


行基菩薩が

奈良の大仏さんを創るのを


サポートしたのも

ここの銅山です




②ソース源だよエアグラウンディング

続くです