宝塚歌劇団の演出家である植田景子氏が自分のInstagramに、「私の周りにあるリアルではなく、メディアによって脚色された上部の虚構でしかない。事実でない事が、さも事実のように世の中に広がっていく怖さと、何も言えない虚無感…。」などと投稿した。

 演出家の前で、いじめ(相手が嫌だと感じることを継続的に行ったらいじめとなる)や後輩への暴言を吐くわけがないだろう。亡くなった人と同期の人のインタビューなども放送されて実態が明らかになりつつあり、劇団員全員とスタッフを対象に聞き取りも始まったというのに、表面しか見てこなかった演出家がこのような発言をすると、自分をおとしめることになる。気持ちはわかるが、身内が何とかかばおうとしてはいけない。だから、他人の第三者委員会に任せることが重要だと言われているのである。

 演出家というものの認識や感性に驚いた。

 

〈追記:11/22日〉会見後に雪組生と新理事長、プロデューサーが集まって話し合いが行われ、幹部が「いじめはあったのでしょう。一昨日の会見では言いませんでしたけど」、「今回の件を認めれば、これまで起きていた全てを認めることになる。宙組の上級生だけでなく、生徒全員を守るための判断だった」などと話したことがわかった。演出家だけが蚊帳の外にいて、願望に基づいた不適切な批判をしている。早く撤回し、マスコミではなく劇団を批判して、劇団の改善に努めたほうがよいだろう。

〈追記:23日〉労働基準監督署が22日に歌劇団に立ち入り調査を実施。植田氏は、労基に抗議でもしたほうがよいだろう。

 ニュースでは、常に政治家たちの不祥事を伝えている。会見を見れば傲慢な態度ではぐらかしてばかり、国会を見ると詭弁と責任逃ればかり。日本社会をよくするために、「権力と金」というエサで悪い人たちを集めて社会から切り離そうという壮大な計画のようにさえ思えてくる。しかし、集まった人たちが苦しい生活を送っている国民からも金(税金)を集めて自由に使い(機密費など)、毎月高収入を得ている。普通に考えれば、許されないことだろう。

 一体だれが政治家を選んでいるのだろう。不思議なことに、それは国民だ。政治家たちもこれを根拠にしてやりたい放題やっている。選挙になれば、笑顔で「お願いします」と連呼し、握手をして回る、いわゆる感じのいい人に国民の多くは投票する。当選直後から態度が傲慢になることも理解できずに。人脈や頼まれて投票するような性質のものではないはずである。(多くの)国民って、本当に不思議だ。

 また、政治家は選挙で選ばれるので、政治的経験や資質、能力は関係ない。お笑い芸人やスポーツ選手でもなれる。そのしくみも腑に落ちない。さらに言うなら、国連での会議なども、口喧嘩や茶番にしか見えない。

 一般市民のための政治、平和のための政治から離れるようなしくみになっている。

 世界の政治のしくみは、過去の有名な専門家が提唱したのだろうが、本当にこれがベターなものなのだろうか。提唱者は理想を基に書いたのだろうが、欠点が想像できなかったのだろうか。全く異なる新しい発想のしくみが求められている。

 羽生結弦氏が離婚するという。

 旧ツイッターや会見などで、現状を説明して配慮をお願いしたり、ネット上で根拠のない誹謗中傷や悪口を書かれたら法的に対処する、などといったアナウンスを1度もすることなく、いきなり「離婚」とはどうも腑に落ちない。

 プロに転向する時の説明もそうだが、私は彼の言動にはいつも違和感を感じてきた。まじめで意志が固いのだが、不器用というか論理構成が下手で、表現も苦手だ。あまり適切な行動や説明ができずに、いつも損をしている感じがする。

 有名人なので一般人のような生活は無理だろうが、他の芸能人や有名人と同じ程度に家族のプライバシーを守りながら生活するための手段はたくさんあるだろう。他の有名人ができているのだから、彼のみができないはずがない。対処の仕方が悪いだけであろう。自分だけで何とかしようとせず、ほぼ普通に生活をしている多くの芸能人や有名人達からアドバイスを受けて対処すれば、それで問題は解決する。彼以外の有名人は、妻や子供と共に日常生活を送っているのだから。

 だから私がこのニュースを聞いて最初に思ったのは、何か夫婦間の問題があり、それは言いにくいからマスコミのせいにしたのか、あるいは奥さんは納得しておらず自己中で頑固者の勇み足ではないかということだ。いずれにせよ、これからの彼の長い人生を考えると、彼には相談相手やいろいろとアドバイスをしてくれる人が必要だと思う。

 なぜ歳をとるにつれて頑固になる人が増えるのだろうか。

「年配の人を敬う」というのは、「多くの経験を重ね、心が豊かで人間ができている」という前提があるからであろう。私もずっとそう思って来たしそうしてきたが、ここ数年で考えが変わってきた。

 反面教師にして、私は社会や家族の老害とならないように生きていきたい。

「SMILE-UP.」などと、加害者側が言ったり会社名にしたりするものではないと思うが・・・。被害者達は、笑うに笑えない状態なのである。

 仮にジャニーズ側が被害者の要求通りの補償をしたとしても、被害者たちが受けた心の傷が消えることはなく、人生を元に戻せるわけでもなく、笑顔になることはない。

 被害者たちが加害者側から、「はい、笑って笑って!」と言われている感じがする。

 新語・流行語大賞の選考委員であるやくみつる氏がラジオに出演し、「大谷の、ちょっと遅かったかな。(中略)コーイケルホンディエ、こういう言葉大好きなんだよ。犬種…もうちょっと早めに出てたらねじ込みましたよ」と発言し、MVPに輝いた時に一緒にテレビに出ていた愛犬の犬種を入れられなかったことを悔しがったという。

「ねじ込みましたよ」って、やはり新語・流行語大賞は、社会での流行に関係なく、やく氏個人の好みでねじ込める仕組みになっていたのか。公平性や公正性がないことを選考委員自ら公言した。明らかになった今年も、主催者はやく氏を審査員にするだろうか。

 メディア業界は不正に対して追及するのか、それとも今まで通りに見て見ぬふりをして、大きな問題になった場合に追従して騒いで見せるだけなのか。メディア業界の体質がジャニーズ問題によってどう変わったか注目したい。

 電話アンケートや投票制などにして、年末くらいはメディアの不正無しで、国民みんなで楽しく一年を終わりたいものである。

 緊急避妊薬が試験販売されるという。望まない妊娠をする女性が結構いるようだ。

 世の中、すべてのことにおいて「自分のことや自分の物は自分で守る」のが当たり前のことであり、大前提であるはずだ。自分のことについては知らん顔で、他人に任せたり依頼したりするのはおかしなことだ。もちろん他人が善意で助けてくれることはあるが、自分のことは自分でやったり守ったりした上での期待の話である。

 銀行に行くと投資の勧誘をされるし、デパートに行くとほしい商品がたくさん並んでいる。営業マンなどは、日本に数十万人はいるだろう。世の中は誘惑だらけだ。しかし誘惑に負けたからといって、相手のせいにするのはおかしい。「いらないならいらない」、「嫌ならいや」と言うだけである。言わないと相手にも伝わらない。ただし断っているのに無理やり買わせたりやったりすると犯罪となるだろう。

 女性の望まない妊娠というのは、論理的には強姦(不同意性交等罪)以外にはないと思う。強姦ならば(無理やりならば)、すぐに警察に通報する事案である。「強姦以外の望まない妊娠だ」という人は、女性が自分の欲に負けたことを他人のせいにしているのではないだろうか。自分のことなのだから、強姦以外では女性自身に第一義的な責任がある。女性が行為(妊娠)を望んでいないのであれば、「嫌だ」と一言自分の気持ちを相手に伝えるだけでよい。。女性の意見として、「頼んでも避妊具をつけてくれない」というものを見たが、そうであればその時点で自分から断るのが当たり前のことだ。行為を断った後に男性が無理にやってきたら強姦となる。そもそも論を言うと、強姦ではないのに「望まない妊娠」という言い方自体がおかしい。そのようなことは現実にはありえないことで、矛盾した表現である。

 というのが今の私の考えであるが、世論を見ると、望まない妊娠が強姦以外だとしても女性が妊娠したら男性が悪いとなっているようだ。反対意見が1つも見つけられなかった。そうだとすれば、私の考えが不適切である可能性もある。「強姦以外でも男性に責任がある」という側のもっと多くの意見や専門家などの考えを詳しく読んでみたい。

 今年のNHK紅白歌合戦の初出場は、ごく一部で盛り上がった人やテレビ局が作りあげた人など、偽物(実力に乏しい一過性の見世物)が目立つ。大みそかは、いい歌だなあとしみじみ思えるような曲を家族で見たい。

 ここ十数年は、歌番組でテレビ局がジャニタレと坂道ばかり取り上げてきたために、昭和時代のように多くの良い曲が生まれる土壌ではなかった。歌謡文化にとっては空白の十数年と言える。ジャニタレや坂道の曲は、懐メロとして繰り返し聞くようなものではない。だから、紅白に出せる歌も昭和のものかキワモノしかない状態だ。

 テレビ局はいろいろな面で心から反省し、来年からは公平・公正に、そして謙虚に、番組作りを行ってもらいたい。そのためには、視聴率絶対主義の思考を変えなければ、絶対にできない。

 昨日の宝塚歌劇団の会見をうけて、今日の情報番組ではどのキー局も一斉に詳しく報じている。

 司会者やコメンテーター達は、「変えていこうという意思が感じられない」、「聞き取りを拒否する人も多く、みんなで隠そうとしている」などと批判をしていた。その通りだと思って聞いていた。

 しかし、そもそも第三者委員会による調査そのものをかたくなに拒否し、ごまかして終わらせられる「自主検証・自主提言」を、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」でやってしまったテレビ局がそれを言うかと思う。宝塚歌劇団会見に対するテレビ局による批判は、すべて自分たちに当てはまることだろう。

 ジャニーズ事務所も日大も宝塚も、少なくとも第三者委員会に調査を行ってもらった。テレビ局はそれすらもせずに、逃げ切ろうとしている。そして、他人の悪事を徹底的に批判することで自分たちを正義の組織のように見せて、国民や社会をだまそうとする。テレビ局は、他にはないレベルの異なる「悪の集団」だと思うが、私は間違っているだろうか。

 テレビ局は国民に情報をコントロールして伝える仕事なので、自分たちの悪行報道を世間から隠せる唯一の組織である。議員定数の削減など、自分たちが不利になる法案を作らない政治家たちと同じ構造だ。だからテレビ局と政治家はどこまでも悪くなっていける。どうすればよいだろうか。

1位 キム・ヨンジャが歌う「川の流れのように」

2位 門倉有希が歌う「大阪で生まれたおんな」

3位 チャンミン(東方神起)が歌う「Rusty Nail」