給食中、小学1年生がウズラの卵をのどに詰まらせ、ドクターヘリで病院に運ばれたが死亡が確認された。

 担任が児童の背中をたたくなどし、養護教諭らが心臓マッサージと人工呼吸を行ったという。

 このニュースを聞いて、私はわからないことだらけであった。喉にウズラの卵が詰まって肺に空気が行かない状態で人工呼吸をしても空気は肺に行かず、無意味な行為に感じるがどうなのだろうか。また、空気(酸素)がない状態が8分続くと大脳は復活不可能(死亡)になるのに、心臓マッサージでどうにかなるものなのだろうか。そして、ドクターヘリで病院に運んだとしても児童が気を失ってから病院について医師が措置をするまで最低30分以上はかかるだろう。窒息状態でのドクターヘリでの時間は致命傷になる感じがする。

 児童が窒息した場合、人工呼吸と心臓マッサージではなく、喉から卵を取り出すための措置をするのが適切ではないだろうか。詳しくはわからないが、後ろから両手で抱えて胃を強く押すなどの方法がいくつかあるようだ。また、掃除機を喉に入れて吸い出すというのも、餅をのどに引っ掛けた場合でもかなり有効な方法である。養護教諭とは、そのような教育も受けているのだろうか。

 またドクターヘリに医師が乗っていて、できる限りの措置をしながら運ぶのであればわかるが、一刻を争うので近くの病院かクリニックに救急車で運んだほうがよかったのではないだろうか(無ければヘリでも仕方がなかったと思うが)。

 どんな状態の場合でも、気を失ったらとにかく心臓マッサージ、とにかく人工呼吸という対処方法で本当に良いものなのだろうか。

 素人から見ると、今回の事案はどうも対応が終始的外れだったように感じたが、医師から見るとどうなのだろうか。

 大阪府の中学校で、休み時間に男性講師が3年生の男子生徒から体形をからかうようにアニメキャラクター名で2度呼ばれ、生徒の胸ぐらをつかんで押し倒し、左の脇腹や側頭部を殴った。 他の生徒が目撃し、別の教諭に訴えて発覚した。以前から、この講師は複数の生徒たちから悪口を言われ続けていたという。

 私が最初に違和感を感じたのは、周りで見ていた生徒たちは、講師に対するいじめ(悪さ?)を見た時には見て見ぬふりをし(他の教師に訴えず)、反撃行動には反応して他の教師に訴えているという点だ。全生徒がグルだったのだろうか。これまでも生徒たちによる講師へのいじめが続いていたということは、多くの生徒が知っていたことと想像されるので、この中学の生徒の多くが、善悪の感覚に問題がありそうな感じがする。このように育てた中学の教諭達と保護者達に原因があると思う(教育の失敗)。

 口で言っても、ふざけるだけの子供は、地域によっては結構いる。それが集団となったら手が付けられない。他の考え(きちんとした誠実でまじめな気持ち)を持ち合わせていないから、話して聞かせても注意しても、戻りようがない子供もいる(戻るものを持っていない)。理想ばかりを語る教師や教育学者たちは、まだ地獄を目にしたことがない人々であろう。

 校長は、出席停止にするのは基本的に拒む。教育力不足だと教育委員会から思われるからなのかもしれない。真剣に勉学に取り組もうとせず、話して聞かせても無理な生徒に関しては、すぐに出席停止にできる環境が必要だと思う。本来であれば、講師が教頭か校長に生徒達からの暴言が止まらないことを訴え、講師を他の仕事(担任のサポートなど)に替え、学校の教諭全員でこの問題について生徒達の指導にあたるのだろうが、この学校は講師が上司に相談できる雰囲気ではなかったのだろう。この学校は、生徒も問題ありだが、管理職にも問題ありの学校であったと推察される。

 事のてんまつは、講師と校長が謝罪をしたということだ。講師に悪口を言っていた生徒も、今回のことでもっと調子に乗るだろう。全校生徒たちも、何がよいか、どうふるまっていけばよいかを学んだ。恐ろしいことである。これが教育か。戦後すぐの学校であったら、全く問題にならなかった。悪いことをした生徒が教師から殴られるのは当たり前であったからだ。現代は、教師が生徒をたたくのが悪いのであれば、生徒に注意をしてもやめない場合は出席停止にして、家でじっくり何が悪かったのかわかるまで自分自身で考えさせて反省させるのも、よい教育だと思う。

 教師たちは、どこまでも生徒たちを好き勝手にさせ、気を使ってどんな言い分も認めていると、世の中にどんどん悪い大人が増えそうで、とても心配である。

 今日も各地で、高齢者による車の急発進で事故が起きた。奈良の東大寺では、79歳の運転手がブレーキとアクセルを踏み間違え、観光客をはねて死亡させた。

 今、自動車会社は自動運転やEVの開発に躍起だが、急発進(アクセルを一気に踏み込むこと)を防ぐ機能を開発してすべての自動車につけることが、最優先ではないだろうか。

 昨日スーパーの駐車場に行った時、運転席から顔だけ見えるようなとても小さくなったおばあさんが運転する車が、私の車の隣に駐車した。しばらく車内から見ていたら、ゆっくり車から降り、後部ドアを開けて、押す仕組みの小さなかご(小さな乳母車のようなもの)を降ろして、それを押しながら腰を45度ほど曲げてヨタヨタと店内に入っていった。これほどのお年寄りが車を運転していたことにとても驚いた。おそらく、とっさの判断や行動は不可能だと思うので、かなり前方で誰かが車道に飛び出してきても、ブレーキをかける暇もなくぶつかるだろう。日本では、このような人も車を運転することが可能でなので、免許制度を変えたほうがよいだろう。と言うよりも、変えなければいけない。

「好きな人と路上で偶然遭遇したら「命の出遭い」、嫌いな人と遭遇したら「ストーカー」」というジョークがあるらしい。

 今、吉本の松本氏による性暴力疑惑が問題になっている。女性の意に反して性行為に及ぶ際、①「言葉や力での直接的圧力」と、②地位や松本軍団の連携による断れない雰囲気づくり、仕事(がもらえる)やデビュー(させてもらえる)の思わせぶりなどによる「無言の圧力」があるだろう。

 合コンやナンパなどで性行為の目的がないということは、個人的には100%ないと思うのであるが、仮に松本氏が本当に女性とただ楽しく話をしたりお酒を飲んだりしたかったのであれば、お金もない無垢な素人を相手にするのではなく、普通にクラブやキャバクラに行って大勢の女性達と楽しく騒げばよいだろう。

 彼や彼のチーム仲間が語る目的やつまみ食いの説明は、私は信用できない。

 女子の卓球世界大会は、日本が中国に敗れ銀メダルに終わった。いつも通りの結果だったが、2-3での負けなので、内容的には以前よりもよかった。ただ、中国は半年後のオリンピックには、今回の反省点を克服して望んでくる。そうなると、日本も現状維持ではオリンピックで負けてしまう。

 対中国の試合で、日本団体メンバーの中で一番安心して試合を見ていられるのは、私は平野美宇選手である。昨年も世界ランク1位の選手を含む3人の中国選手に連続で勝つなど、強さと安定感(ミスの少なさ)、対応力は、ずば抜けている。早田選手は、パワーはあるが正攻法すぎて相手選手が対応しやすいし、伊藤美誠選手は精神的に不安定でミスが多くスマッシュなども入らなくなって自爆してしまう。張本美和選手は、国際試合における経験不足と新しい選手への対応力の低さがある(いつも試合をしている国内選手には勝てるが・・・)。

 そうなると、パリ五輪の対中国戦では平野美宇選手を2回出場させ、他の対戦で日本側が勝つためにダメもとで張本選手を中国のエースに当てるのがよいと思う。最も強い平野選手を1回しか試合に出さないのは得策ではない。

 しかし、オリンピックの卓球団体では、3人のうち1人がシングルスの2試合に出場し、残りの2人がダブルスとシングルスに1試合ずつ出場するというルールになっている。そうなると、オリンピックでは、平野選手と張本選手がペアを組むのであれば、やはり早田選手が2試合出るしかないのだろう。早田選手は、絵に描いたように弱い選手には勝てるが強い選手には負ける。当たり前のようだが、平野選手は強い相手にもすぐに対応してミスなく向かっていく。そこが彼女のすごい所なのだが・・・。オリンピックでの理想メンバーは、張本選手の代わりに伊藤美誠選手が出て、平野選手が2試合出場し、伊藤選手と早田選手がペアを組めば、対中国戦で勝機はあったように感じる。しかしそれは伊藤美誠選手が承諾しなかったであろう。

 まとめると、今回の世界卓球では対戦オーダー次第(平野選手を2試合に出す)では金メダルが取れたし、パリ五輪では日本が中国に負けて銀メダルに終わると予想する。金メダルを取れるか取れないかは、純粋に選手の実力のみで決まるわけではないのだろう。

 立憲民主党が、盛山文科大臣の不信任決議案を提出した。

 明日採決が行われるというが、自民党の議員数が多く結果はわかっているのに、なぜ採決を行うのだろうか。そもそも、なぜ否決されるとわかっている不信任決議案を出すのだろうか。政治家たちによる莫大な税金を使った壮大な茶番劇だと思う。

 すべての法案や審議等の結果は、国政選挙の結果(議員数)が出た投票日の晩に決まっているのである。それ以降の予算委員会や本会議での議論は全て無意味なことである。与党が、「このように決めました」と国民に一言発表して終わればよい。

 ごまかしの民主主義であってはならない。国会で行われる採決は、すべて国民による直接投票によるものでなければ、真の民主主義とはならないだろう。マイナンバーなどを利用して、選挙権のある国民すべてが、スマホやパソコンで採決する形にするのがよい。そうすれば、派閥や政策集団の圧力による非民主主義や政治家たちの不正、違法行為もなくなる。国政選挙も、選挙区制だと「お願い」や世襲制によって当選した無能で悪い人たちが国政に出てくるので、選挙活動を無くし、これまでの実績のみをNHKで知らせ、国民が5人だけ選べるようにするのもよいだろう。

 とにかく、今の偽善的民主主義の政治では、不正や不適切行為、違法行為、嘘、詭弁、責任逃れ、ハッタリ、傲慢な態度など、人間が行うであろう考えつく悪い行いをやりつくす国会議員たちが、日々莫大な出演料をもらって茶番劇を毎日繰り広げているだけである。一日もこんなものを見るのはいやだ。明日にでも、政治の仕組みを変えてもらいたい。

 だれがやるの? それが当の本人である国会議員であるという、これまたうまくできた仕組みになっている。

 ためいきしか出てこない。

 卓球の伊藤美誠選手が、世界選手権団体で勝ち、「やっぱ楽しい」と語った。

 違うって言うのがまだわからないのだろうか。弱い選手と試合して楽に勝った時に、結果として「楽しい」と感じるだけである。これは全ての選手がそうであろう。

 これまで早くに負け続けて五輪個人や団体出場を逃してきたが、それらの試合も、やっぱ楽しかっただろうか。負けたから楽しくなかったはずである。

 私の個人的な感覚としては、弱い者をいためる快楽、いじめの楽しさに類似した性癖が彼女の中に感じられる。

 真剣な試合で、「試合を楽しみたい」、「楽しかった」などという歪んだプライドを捨てない限り、弱い選手に勝つことはできても、日本代表や中国選手に勝って世界一になることはできないと思う。試合中に相手選手をバカにするように笑ったり、先輩選手をからかって大笑いしたりすることはやめ、卓球に対して謙虚に、誠実に、真剣に卓球に向き合ってもらいたい。名前負けしないように、彼女が早く変われることを願いたい。

「セクシー田中さん」の原作者が自殺した件で、日本テレビが非難に耐えられなくなり、ようやく社内特別調査チームを設置することを本日発表した。

 第三者委員会ではなく、身内で調査をするということは、ほどほどにガス抜きをし、いいとこどりのつまみぐいでごまかしますよ(本当にまずいことは調べたり発表したりしませんよ)と宣言しているようなものであろう。ジャニーズ問題の時に、「社内調査」の味を占めたのだろう。愚かで気持ちが悪い。今回の問題で最もグレーな日本テレビが自分たちで調査のまねごとをしてごまかすくらいなら、やらないほうがまだよい。悪事に悪事を重ねてどうするというのか。悪事を働いた政治家に、自らの出処進退を決めさせる(そしてやめない)構造と同じだ。政治家とテレビ局は、本当に似ている。

 しかし、日本テレビによる社内調査を、マスコミも専門家も国民もだれも止めず、よって実行にうつされ、ほどほどの内容を発表し、許され、終わるのだろう。ひどすぎる。一人の命がなくなっているのである。茶番はやってはいけない。もうこれ以上悪いことはしないでだまっていてほしい。

 日テレは、この問題について言い逃れとお願いのコメント以外はだんまりを決め込んだり、遺族に対して慇懃無礼に繰り返し形式的なお悔やみを伝えたりしている。それが遺族にとってどれほど怒り心頭なことなのかもわからないのだろう。日テレは重要なことについて、話したり動いたりしてはいけない。それが最低限の人の道であろう。

 

 松本疑惑について、「昭和では当たり前だった(だからまっちゃんは悪くない)」という。

 確かに昭和の時代は、パワハラ、セクハラ、モラハラなどが多かった。しかし、大企業の社長や校長、関東の一流芸能人などは、素人相手にセクハラなどするような夜遊びはしなかった。昭和の時代には、ハラスメントをやる人は多かったが、まったくやらない人や被害者も当然たくさんおり、感覚的には3対7くらいではないだろうか。やる人はやったが、やらない人はやらなかった。

 やらない人が多かったということは、やはりそれらの行為が悪いことだとみんながわかっていたからであろう。しかし、「赤信号、みんなでわたれば、こわくない」で、自分が思ったようにやりたい、威張りたい、他人を征服したい、すっきりしたいと思う人々が、みんなやっていたのだと思う。いくら昭和の時代だからといって、よいことではなかったのである。

 当時でも現代でも悪いことであったならば、「昭和で多くの人がやっていたから道徳的、法的に許される」という考えはおかしい。「昭和だったから」と言う理由でハラスメントや人権問題を茶化したり、あるいは「仕方がないこと」、「許されること」と認識したり流布したりすることは、反省や今後の社会の在り方からも、改めなければいけないことだろう。

 現在、昭和時代の人権侵害やハラスメントを茶化して笑うようなドラマが放映されているが、真剣に反省すべき問題をこのように扱うことで、人権侵害やハラスメントに対する国民による認識を「軽いもの」、「形式的なもの」にしてしまうことは覚悟したほうがよい。

 テレビ局は相変わらずである。やはりジャニーズ問題の時に、各テレビ局が第三者委員会による社内検証を拒否したことが、ターニングポイントであった。

 ミスワールド(国際的なミスコンテスト)に、トランスジェンダーが参加してもよいのだろうか。

 参加可能であるが途中の審査で不合格になる場合、どのような理由があるのだろうか。