今日のNHK「あさイチ」は、中学校内で男子生徒が女子生徒を繰り返し盗撮していた問題についてであった。ゲストの女性2人は興奮気味に、男子生徒ではなく学校(の対応)を非難し続け、悦に入っているようだった。学校で子供が起こす事件は、すべて学校が悪いことになる。国家間でもそうだが、反論してこない相手、攻撃すれば他の人からほめられそうな相手を選び、集団を作って感情に任せて思いきり罵り攻撃することは、ストレスを発散したり自分をえらく見せたりできて、快楽を生むのだろう。

 学校の先生方は、盗撮をしていた生徒の味方であるはずがなく、守ろうとも思っていない。本音を言えば、そのようなみんなに迷惑をかける生徒には学校をやめてもらいたいと思うだろう。では、なぜ盗撮をしていた生徒に対してゲストや番組が言うような厳格な対応を学校がとらないのかというと、他の生徒への影響など様々なこととのバランスを考えてのことである。話を大きくすることで、関係のない数百人の生徒達が受ける大きなショックや受験などへの影響、「盗撮学校」という目で社会や地域周囲から見られる悲しみと失う自信や誇りなど、多くの大切なことを考えての対応であろう。教育の場であるため、警察に突き出せばよいというわけにもいかず、盗撮をした生徒たちの更生についても当然考える。様々なことへの影響や効果を考えず、「犯罪を犯したから起訴」と短絡的なことはしないのである。教師はいろいろ考えているのである。加害生徒に対しても、保護者や家庭、地域と共に継続指導をしたり関係機関との連携を図ったりするということである。学校教育に対する素人ゲストは、あまりにも無知で一面的な感情論を無責任に国民に刷り込むことはやめたほうがよい。近所の道端でおばさん同士が立ち話をしているのとはわけが違うのである。

 今朝の番組を作るにあたって、NHKはどれほど広く取材をし、客観性や真実を大切にしたのであろうか。学校で働く教員たちの生の声は、一つでも聞いたのだろうか。マスコミだからって、何をいつまでもやってよいというわけがない。

 ほんとうに学校って可哀そうな所である。

 小学校の職員室から、からかい・ひやかし・嘲笑・陰口や悪口をなくすためには、女性教員を極力減らせばよい。このような行為の犠牲になる教員は少なくなく、若い教員の中には耐えられずにやめていく人も複数人見てきた。しかし教員の様々な仕事における効果やバランス上、実際に女性教員を無くすることは適切ではない。だから、これらの行為が小学校の現場では長く存在し続けているともいえるのだが。中学校の職員室のことはわからないが、中学は男性教員が多いので、小学校ほどこのような幼稚で陰湿ないじめは多くはないのではないだろうか。

 これらの行為をたくさん見てきたが、行うのは100%女性教員だったからである。男性教員でこのようなことをする人は私の経験上では一人も見たことがない(数百人中)。

 最近、様々な職種において、「強制的に女性を〇割にしよう(国会議員など)」、「女性限定採用(国立大学教員など)」ということを見聞きするが、その前にやらなければいけないことがある。「悪い意味での女性らしさ」を職場に蔓延させてしまうと、大変な状況になるだろう。仕事の性格上、以前から女性の社会進出が進んでいた小学校をみれば、どうなるかがわかる。

 津波対策でもジェンダー対応でも、何か新しいことに取り組もうとする時には、経験の豊かな者が「想像力」を働かせ、それに基づいて事前に皆で対策を練ることが賢明である。

 人格的にも能力的にも優れている立派な教員が次々にやめていき、実力がなくハッタリと勘違いのクズ教員だけが生き残っていく。

 

 論理(考えや議論の道筋)は、いくらでも作ることができる。よほど国語が苦手か思考力が極端に劣っているということがない限り、それなりの筋は一人一人が自分の経験や知識量、経験、性格、価値観、好みなどを基に構成する。したがって筋が通っていれば良い意見や主張だというわけではない。論理の構成においては、適切性(法律や社会常識などに照らして)、蓋然性、道徳性の三つが、特に日常生活や家庭生活においては重要となるだろう。

 絶対に変えたくない自分の結論を最初から持っている人と、話し合い(論理のやり取り)をすることほど、むなしくて無駄なことはない。

 韓国の調査船が竹島周辺で海洋調査活動したことについて、日本政府は抗議したと発表した。北朝鮮が弾道ミサイルを発射した時や中国が領海侵犯をした時にも、「強く抗議した」と日本政府は国民に訴える。

 日本政府は、どこを向いてのだろうか。日本政府による日本国民への「強く抗議したアピール」は、わけがわからない。日本政府は国民に対して当たり前のことはもう言わなくていいから、だまって相手国に対して厳しく抗議したり国連の場で違法行為について訴えたり制裁を加えたりなどすればよい(少しでも抑止になるようなこと)。日本国民からの非難だけを回避できればよいというよう形式的儀式的な発言には、もううんざりである。

 女子バレーの古賀選手がブラジルを破った後、イタリアとの決勝に向けて「明日は楽しんで試合したい」と語った。

 このセリフを口にして勝ったスポーツ選手はほとんどいない。少なくとも私は1度も見たことがない。このセリフを口にした選手やチームは、終始相手のペースで、ミスや自爆を繰り返し実力も出せずにコテンパンにやられて終わってきた。言い方を変えれば、何の競技であれ金メダルを取れそうな日本人スポーツ選手は、試合前に「楽しみたい」などと間違っても言わないだろう。集中し真剣で本気だからだ。

 心構えが、「楽しみたい」では勝てないのである。集中力や平常心(冷静沈着)、(正確でしつこい)闘争心などから逃げ、(心の底では)負けて早く楽になりたくなった時、あるいは不安な気持ちをさらに高めるためにハッタリをかましてみせる時に、この「試合を楽しみたい♪」が出るのである。

 明日のイタリアとの決勝戦の勝敗は、すでに決まった。

 

〈追記〉1-3で日本が負けた。日本チームは試合を楽しめたであろうか。目標をそこにしてはいけないんだけどなあ・・・。日本はイタリアから1セットとる力はあった。ということは、やりようによってはイタリアに勝つこともまったく不可能ではなかったということだ。日本は心構えが間違っていた。

 根拠と論理が適切ではない人(例えば100人位の一般人の前や複数の学者の前ではまずくて言えないような根拠や蓋然性の低い論理、わがままな論理を言ってくる人)と話し合っても、時間の無駄である。また、話し合う前から絶対に変えない自分の願望を持っている人と話し合っても無駄なことであろう。

 そのような人に限って、おかしな点を教えれば次から自己中なことを言わなくなるだろうと思い、我慢をして一度話してみても、最後には「わからないけど」と言い、次に続けてこれまでの自分の主張を繰り返してその人自身の結論としてしまう。何の意味もない。

 NHKのドラマ「虎に翼」の主人公である寅子は、相手の言葉尻を捉えてその部分を集中攻撃する。相手の真意を曲解して文句を言い、相手を悲しませる。自分ができない理想を振りかざしたり、「自分はできる」と胸を張って嘘を言う。寅子が友人や家族であれば、周囲は本当に大変だと思う。勘違いが甚だしい「やるやる詐欺」のように見えてしまう。

 このような「やるやる詐欺」的人物は、他の分野にも結構いる。スポーツ選手の中には、手をたたいてボールを要求しておいて相手コート外に打ったりまともに相手ブロックに打って自爆したりなど、ここぞという場面ではいつもきめきれずにチームメイトからいまいち信頼されず、その結果選手同士の疑心暗鬼を壮大させてチームのまとまりを作らせなかったり人もいるし、政治家たちは選挙の際には街頭演説で立派な一般論を言うが、実際には無理なことばかりである(政党政治だからということもあるし専門性や能力の問題もある)。テレビ局も、・・・。あれ、あそこは初めから「やる(第三者のみによる社内調査など)」とは言わないか。

 TBSドラマ「アンチヒーロー」が終わった。出演者達の表現力に引き込まれた。

 あらためてドラマの主演は、本末転倒(演技がうまいからではなく売るための主演)の旧ジャニタレではダメだと思った。

 女子バレーのオリンピック出場が決まった。

 トスの位置が不正確で、無理な体勢からアタックして取られ、相手に強打を打たれて負けるパターンの繰り返しだった。相手が迷うような時間差やブロード攻撃、バックアタックなど使わずに相手の高いブロックにむかって思い切り打つしかできないことも多かった。相手のアタックはスピードも速いが、打つ場所も日本選手がいない所に打ってくる。しかし日本選手は、相手のブロックがなくて思いきりアタックが打てる場面でも、相手チームの選手の真正面に打つため、取られてしまうことも多かった。サーブを失敗する選手も決まっているので、その選手の時には代えてもいいだろう。ライン際のコート内に落ちるボールを見逃すことも多く、迷ったら取るほうがよい。攻撃に自信が無いのであれば別だが・・・。とにかく欠点ばかりが目についた。本当に1億人以上いる中でのトップの十数人なのだろうかとがっかりしながら試合を見ていた。もちろん弱い相手には簡単に勝つが、上のチームとの力の差はあきらかだ。

 監督も選手達も、目標はオリンピックへの出場だったようだが、それは適切であり、自分たちは出場枠を獲得できるかどうかのレベルだとわかっているようだ。

 しかし国民の一人としては、オリンピックで3位以内に入れるくらいの実力をつけてほしいとも思うのである。今回のパリオリンピックにはもう間に合わないが、次のオリンピックに向けて自分たちの欠点を毎日8時間ぐらい練習したら、1年位で弱点ではなくなるだろう。そして2年目からは、背の低い日本選手が背の高い海外選手のブロックに向かって運に期待して思いきりアタックするのではなく、新しい攻撃もたくさん生み出して多くの攻撃(フォーメーション)をチームとして身に付け、3年目にはそれらのスピードと確度を極めるために毎日それらに6時間時間をかけ、4 年目には男子相手に勝てるように実戦練習をしてもらいたい。背が低くパワーもないという弱点を持つ日本選手たちは、これらを身に付けて、ようやく背が高くパワーもある上位の海外チームと試合らしい試合ができるのではないだろうか。アメリカや中国と同じような練習をしていては、絶対に勝てない。

 それから、もっと広く選手を招集して鍛えたほうがよい。世界大会やオリンピックになると、前回の試合で負けた選手と同じ顔ぶれの選手たちが招集され、やはり同じような負け方をしている。これほど日本には人材がいないのだろうか。期待できそうな中高生を集めて、若いうちから国として育成していくことも必要だと思う。