「事実無根なので、戦いま~す」(松本氏)

「今年もよろしくお願いしま~す」(中居氏)

 この二人と、裸の王様に祀り上げてきたテレビ局は、何とかならないものだろうか。

 中居氏は示談にしたので法的責任はないのかもしれないが、人としてやった事実は消えない。被害者が納得せず、今なお病んでいることを考えると、彼は道義的責任を果たさなければいけない。公共の電波を使って公の仕事をするならば、全ての責任を果たした後でやるべきであろう。

 殺人未遂もそうだが重大な犯罪においては、「示談」を無くしたほうがよい。金持ちならば犯罪ももみ消せる社会など、非常に良くない。

 テレビ局は、ジャニーズ問題もそうだったが、性犯罪についてもっと厳正な意識を持ったほうがよい。いつも実行犯をサポートしたり手を貸したりと、助長担当の役割を担ってきたように思われる。公正・正義の徹底、芸能人との癒着やなれ合い関係の禁止(不正・不公平の温床となる)、法令順守、局員全員に対するコンプライアンス研修(意識が本当に変わるまで週に一度は行う)等々、もしテレビ局自身も本当に自分たちを改善したいと思うのであれば、やらなければいけないことはたくさんある。まずはスタートを切れるかどうかにかかっているだろう。ジャニーズ問題ではテレビ局は逃げ切ってスタートを切れなかった。今度はどうか注視していきたい。私の予想では100%無理だと思う。当たらないことを祈りたい。

 4日夜、ニッポン放送で中居氏の番組がオンエアされた。フジサンケイグループは、覚悟を決めたようだ。他のテレビ局も沈黙を守っている。この体質についても、中居氏やフジの接待問題が解決した後にきちんと問い、改善させなければいけない。どこの局も、公正も正義もあったもんじゃない。

 まずは、次々にやめていったフジテレビの若い女子アナたちが、フジテレビの内情(パワハラ、セクハラ、モラハラ、いじめ等々)を全部弁護士に話すように説得することから始めるのがよいのではないだろうか。弁護士や学者、テレビ局と癒着のない出版社などを中心としたメディア浄化チームのようなものを作り、心ある関係者からできるだけ多くの証言を集めることが必要だ。テレビ局は芸能人の性疑惑に対していつも沈黙を貫くが、それは自分たちがいつも加害者の一味(実行犯のサポート役)になっているからではないのだろうか。

 各テレビ局にはジャニーズ問題では逃げられたが、今度こそ逃がしてはいけない。起訴を含めた法的責任と道義的責任をすべて洗いざらい公にし責任をきちんと取らせなければ(「ゴメンチャイ。今後も・・・」の言葉では意味がない)、国民は法や道徳を守ることがばからしくなり、犯罪が増え、社会はさらに混とんとしていくだろう。

 日本社会において、もっとも影響力があり最も悪質なものが政治家とテレビ局だと私は認識している。しかし、政治家に対してはメディアが批判をすることである程度ブレーキをかけられるが、テレビ局だけは批判をするところがまったくない。だから、どこまでもよどみ、際限なく不正や不公平、悪事をするようになる(できてしまう)。管理・指導、監督するところ(機関や部署)がないことほど恐ろしいことは無い。

 NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で、橋本氏が取り上げられていた。

 あの性格、キャラクターだと、周囲の人たちは大変だろうなあと感じた。ましてや、ずっと付き添って世話をするマネージャーは、やっていけないと思う。

 昨年、彼女のマネージャーが8人交代していたと話題になったが、番組を見て納得した。

 氷川きよし氏は、紅白で普通に演歌を歌った。個人的には「KIINA.」としてレーザーラモンHGのようないつもの服装で吠えてほしかった。彼の命をかけた覚悟を見たかったが、芸能界でうまくやっていくための作戦に切り替えたのだろう。

 まず彼は宗教をやめたほうがよいと思う。そうすることで謙虚で穏やかな性格になり、客観的に物事を判断したり安らかに毎日を過ごしたりできるようになる。彼の思いや行動も、世間に受け入れられ、みんなから親しまれる人になっていくだろう。攻撃的な態度(オウム信者のような反論)は敵を増やし、全員から嫌われていく。当たり前である。今までのままだと、彼は心が持たない。悪循環である。人は(特に日本人は)、優しくて朗らかで怒らない人、いい人が好きなのである。

「絶対」を持ってしまうところに、新興宗教の怖さ、危険性がある。

 紅白を見て、心に残ったもの。

① 司会3人の「あらためて・・・」。50回ほど口にしていた。あまりにも多くて、これが一番心に残った。いくらボキャブラリーがないからといって、同じことを何度も話してはいけなかった。

② 雑談後、歌手をステージに送り出してから曲が始まるまでの司会3人の沈黙。10秒ぐらい前を向き直立したままの姿が異様だった。トークでつなげればよかったのだが。カンペ無しにアドリブで話せる人も司会の中に1人いてほしかった。

③ 司会の伊藤沙莉氏のひじ上をたたく姿。誰かが話すたびにこればかりやっていたので、とても記憶に残ることになった。拍手をするような場面に限って、他の司会者のように手首あたりを軽くたたくふりをすればよかった。とても違和感があった。

④ 星野源氏の態度。様々な事情など、彼以外には関係がない。自分なりに信念があり、この曲での出演に不服があったのであれば、辞退するのがよかった。国民にとって一番大事な日の一番大事な番組で、自己都合でつまらないような暗い態度を見せてはいけない。関係のない数百万人に、不快な思い出を植え付けた道義的罪は軽くない。ギャラをもらっての仕事だったと思うが、どのような仕事内容を期待されての対価だったのか、彼は考えもしないのだろう。彼はプロではなかった。紅白で、真剣に全力で仕事をしなかった最初で最後の歌手になるだろう。

⑤ 桜坂46の歌詞が、自分たちの境遇をにおわせるものだった。この手法は華原朋美氏で懲りたと思っていた。自分(たち)のよくなかった過去の境遇を歌詞にして歌っても、聞く側としては実際の不幸話をいつまでもグダグダと聞きたくないことであり、楽しい曲やかっこいい曲を聞きたいのである。

⑥ MISIAの異常に伸ばすロングトーン。紅白の大トリが、毎年彼女の声量自慢の場になっている。曲は、声量があればいいというわけではない。彼女に声量があることは国民みんながもうわかったから、来年からは同じものはいらない。

⑦ 司会者のダンス。ウッチャンが司会をやっていた時も踊っていたが、ウッチャンや有吉氏のつたないダンスをぜひ見たいと思う国民が1人でもいるのだろうか。司会者のダンスだけではなく、紅白は、視聴者を無視して身内だけで盛り上がるコーナーが多すぎる(けん玉やドミノ、福山氏やMISIAの出演など。過去には巨大衣装対決やつたない寸劇など)。

 NHKで、「ドキュメント72時間」の年末スペシャルを延々とやっている。人の不幸や死の話には必ず食いつき、深堀して視聴者のお涙を誘おうとする。あまりにも意図的で露骨で、見ていてうんざりする。

 このブログでも何度も書いてきたが、人の死や不幸に対する涙は決して感動ではなく、ただ悲しくて涙が出るのである。葬式で泣いている人達は感動しているのではない(「感動」の意味を調べると「美しいものやすばらしいことに接して強い印象を受け,心を奪われること」とある)。そうして涙が出るような回が、「とてもよかった」、「感動した」と、年間上位に来る。NHKのあざとさに怒りを感じるが、視聴者も何を考えているのだろうか。テレビ局ごときに心をもてあそばれているのがわからないのだろうか。3日間観察する対象場所も、今年はお墓やがん病院の裏の台所など直接的になっていて、エスカレートしていることがわかる。

 ジャニーズ問題に引き続き、今は中居氏の問題についても、テレビ局は知らん顔をしている。テレビ局員って、政治家同様にずる賢くて無責任で、バレなければ裏で悪いこと(癒着や不公平)もするし、犯罪行為についても仲間であればとぼけて知らん顔もする。誠実さや正義がなく、本当に悪い人たちの集まりのように私には見えるのだが、この認識は客観的に間違っているだろうか。

 一般人が日常会話で話している言葉でも、お笑い芸人同士では手をたたきながら後ろにのけぞって大笑いする。

 今のお笑い芸人達は、「おかしい」、「おもしろい」と思う基準(笑うライン)が、恐ろしく低い。

 笑いながら話すお笑い芸人も非常に増えてきた。話術で人を笑わせられないお笑い芸人は、自分が笑いながら話すことで相手を「つられ笑い」させようとする。そこまでしてお笑い芸人をしたいのか。

 年末ということで、今晩は有吉氏の特番が4時間も放送される。ビートたけし氏や千鳥の特番も目立ってきた。有吉氏や大悟氏も笑いながら話すのが特徴だ。全盛期の若い頃のビートたけし氏は、まじめな顔をしておかしいことをたくさん言っておもしろかったが、今はおかしいことを話すことができなくなったため、(自分がおかしいと思うことを話す時には)笑いながら話すようになった。

 今年、中居氏や松本氏、フワちゃん、中丸氏など、テレビ局による過度な演出や売り込み戦法によってつくり上げられた砂上の楼閣、裸の大様たちは、事件を起こして崩れ落ちていった。今のほとんどのお笑い芸人達も、同じ道を歩まされているように見えるのである。

 おかしいことが言えないからなんでも全員で笑って雰囲気でごまかす。いい曲(数十年後の振り返り番組に出そうな曲)がないから大勢で踊って雰囲気でごまかす。視聴者を興奮させて番組を見るようにさせるため的外れなことを言うコメンテーターを使って炎上商法をする。お笑い番組も歌番組も情報番組も、本物が消えた。

 エジプトのピラミッド周辺で、昔の人の骨を掘り出して、調べたり展示したりしているが、そのようなことをやってはいけないと思う。

 現代の人も亡くなれば地中に埋葬するが、本人はもちろん家族や親せき、友人たちも、何千年後かに骨を掘り出されて、いろいろと調べられたり展示されたりしたくないだろう。家族や知り合いに見送られ、儀式(お葬式など)とともに埋葬されて静かに眠り、魂はあの世へと行く。それをかってに骨を掘り出して、いじくりまわしたり見世物にしたりしてはいけない。神をも恐れぬ悪行だ。

 日本も例外ではない。貝塚で発見された人骨は掘り出され、大学で調べられ、博物館で展覧会が行われる。ひどすぎる。まるで、自分たちの勝手な理屈で他人の骨を集めるプレデターだ。

 新たに4つの国が大阪万博からの撤退を表明した。

 国内や海外での宣伝の仕方が悪いのだと思う。宣伝の際には、あの気持ちの悪いばけもののようなミャクミャクを出さざるを得ない。あれをみて、海外の人が「行ってみたい!」と思うのだろうか。国内でも、近県以外の人は、わざわざ行ってみようとは思わないと思う。あのミャクミャクの衝撃、爆発力はすごすぎた。今からでも、公式キャラクターを変えたほうがよい。

 最近では、サンタクロースの恰好をした巨大なミャクミャクが寝転んでいる写真がでているが、たくさんの目玉周辺の赤色と帽子の赤色が重なり、気持ち悪さが余計に際立っている。これ以上のキャンセルを防ぎ、少しでもイメージを挽回するためにも、今すぐキャラクターを変えたほうがよいと思う。

 東京オリンピックでも、ロゴや国立競技場、開会式パフォーマンス等、あとから変更したものばかりであった。判断力について批判はされるだろうが、メリットのほうが大きいのであればやったほうがよい。

 松本氏へのインタビューを行った芸能レポーターが、突っ込んだ質問をせず核心をつかなかったことに、非難の嵐が起きているという。しかし記事を読むと、このレポーターは自分に対する批判への攻撃性が強いということも書かれていた。いったいどんな人なのか、ネットニュースに名前が出ていたので画像検索で彼の顔写真を数十枚見たら、気持ちのよいほど腑に落ちた。

 今、テレビで盛んに放送されている松田優作氏のCM内の「顔ってさ、やって来たこと全部出るよ」というセリフが思い出された。