交通標語チャイルドシート事件
損害賠償請求控訴事件
【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成13年(ネ)第3427号
【判決日付】 平成13年10月30日
【判示事項】 交通標語について複製ないし翻案の主張が認められなかった事例
【参照条文】 著作権法2-1
著作権法21
著作権法27
【掲載誌】 判例タイムズ1092号281頁
判例時報1773号127頁
事案の概要
1 本件は、交通安全のための交通標語「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」(Xスローガン)を創作したXが、Yらに対し、Yらが、Xの創作に係る交通標語と実質的に同一の交通標語を作成し、交通事故防止キャンペーンのためにテレビ放映された広告においてこれを使用したとして、XがXスローガンについて有する著作権の侵害を理由に、主位的に、損害の賠償を求め、予備的に、不当利得の返還を求めた事案である。
Yらが広告に使用した交通標語は、「ママの胸より チャイルドシート」(Yスローガン)である。
本件では、Xは、YスローガンはXスローガンと同一性があると主張し、Yは、交通標語であるXスローガンについては著作物性がないこと、及び、両スローガンには類似性がないことを主張した。
二 本判決は、交通標語の著作物性について、(1)表現一般について、ごく短いものであったり、ありふれた平凡なものであったりして、著作権法上の保護に値する思想ないし感情の創作的表現がみられないものは、そもそも著作物として保護され得ないものであること、(2)交通標語は、交通安全に関する主題(テーマ)を盛り込む必要性があり、かつ、交通標語としての簡明さ、分りやすさも求められることから、これを作成するに当たっては、その長さ及び内容において内在的に大きな制約があること、(3)交通標語は、もともと、なるべく多くの公衆に知られることをその本来の目的として作成されるものであること(Xスローガンは、財団法人全日本交通安全協会による募集に応募した作品であるこを、十分考慮に入れて検討することが必要となるというべきである、としたうえで、交通標語には、著作物性(著作権法による保護に値する創作性)そのものが認められない場合も多く、それが認められる場合にも、その同一性ないし類似性の認められる範囲(著作権法による保護の及ぶ範囲)は、一般に狭いものとならざるを得ず、ときには、いわゆるデッドコピーの類の使用を禁止するだけにとどまることも少なくないものというべきである、と判示した。
そして、本判決は、Xスローガンの著作物性については、「ボク」、「ママ」及び「チャイルドシート」という三つの語句は、チャイルドシートに関する交通標語において、使用される頻度が極めて高い語句であり、また、「・・・・・・よりチャイルドシートゝとすることは、ごくありふれた手法に属するとして、Xスローガンに著作権法によって保護される創作性が認められるとすれば、それは、「ボク安心」との表現部分と「ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」との表現部分とを組み合わせた、全体としてのまとまりをもった5・7・5調の表現のみにおいてであると判断し、Yスローガンは、「ボク安心」に対応する表現はなく、単に「ママの胸より チャイルドシート」との表現があるだけで、全体としてのまとまりをもった5・7・5調の表現がないことから、Xスローガンを複製ないし翻案したものということはできない、と判断した。
著作権法
(定義)
第二条1項 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
二 著作者 著作物を創作する者をいう。
三 実演 著作物を、演劇的に演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、又はその他の方法により演ずること(これらに類する行為で、著作物を演じないが芸能的な性質を有するものを含む。)をいう。
四 実演家 俳優、舞踊家、演奏家、歌手その他実演を行う者及び実演を指揮し、又は演出する者をいう。
五 レコード 蓄音機用音盤、録音テープその他の物に音を固定したもの(音を専ら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)をいう。
六 レコード製作者 レコードに固定されている音を最初に固定した者をいう。
七 商業用レコード 市販の目的をもつて製作されるレコードの複製物をいう。
七の二 公衆送信 公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。
八 放送 公衆送信のうち、公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う無線通信の送信をいう。
九 放送事業者 放送を業として行う者をいう。
九の二 有線放送 公衆送信のうち、公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信をいう。
九の三 有線放送事業者 有線放送を業として行う者をいう。
九の四 自動公衆送信 公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう。
九の五 送信可能化 次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。
イ 公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。
ロ その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続(配線、自動公衆送信装置の始動、送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、当該一連の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。
九の六 特定入力型自動公衆送信 放送を受信して同時に、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することにより行う自動公衆送信(当該自動公衆送信のために行う送信可能化を含む。)をいう。
九の七 放送同時配信等 放送番組又は有線放送番組の自動公衆送信(当該自動公衆送信のために行う送信可能化を含む。以下この号において同じ。)のうち、次のイからハまでに掲げる要件を備えるもの(著作権者、出版権者若しくは著作隣接権者(以下「著作権者等」という。)の利益を不当に害するおそれがあるもの又は広く国民が容易に視聴することが困難なものとして文化庁長官が総務大臣と協議して定めるもの及び特定入力型自動公衆送信を除く。)をいう。
イ 放送番組の放送又は有線放送番組の有線放送が行われた日から一週間以内(当該放送番組又は有線放送番組が同一の名称の下に一定の間隔で連続して放送され、又は有線放送されるものであつてその間隔が一週間を超えるものである場合には、一月以内でその間隔に応じて文化庁長官が定める期間内)に行われるもの(当該放送又は有線放送が行われるより前に行われるものを除く。)であること。
ロ 放送番組又は有線放送番組の内容を変更しないで行われるもの(著作権者等から当該自動公衆送信に係る許諾が得られていない部分を表示しないことその他のやむを得ない事情により変更されたものを除く。)であること。
ハ 当該自動公衆送信を受信して行う放送番組又は有線放送番組のデジタル方式の複製を防止し、又は抑止するための措置として文部科学省令で定めるものが講じられているものであること。
九の八 放送同時配信等事業者 人的関係又は資本関係において文化庁長官が定める密接な関係(以下単に「密接な関係」という。)を有する放送事業者又は有線放送事業者から放送番組又は有線放送番組の供給を受けて放送同時配信等を業として行う事業者をいう。
十 映画製作者 映画の著作物の製作に発意と責任を有する者をいう。
十の二 プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。
十の三 データベース 論文、数値、図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう。
十一 二次的著作物 著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物をいう。
十二 共同著作物 二人以上の者が共同して創作した著作物であつて、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものをいう。
十三 録音 音を物に固定し、又はその固定物を増製することをいう。
十四 録画 影像を連続して物に固定し、又はその固定物を増製することをいう。
十五 複製 印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい、次に掲げるものについては、それぞれ次に掲げる行為を含むものとする。
イ 脚本その他これに類する演劇用の著作物 当該著作物の上演、放送又は有線放送を録音し、又は録画すること。
ロ 建築の著作物 建築に関する図面に従つて建築物を完成すること。
十六 上演 演奏(歌唱を含む。以下同じ。)以外の方法により著作物を演ずることをいう。
十七 上映 著作物(公衆送信されるものを除く。)を映写幕その他の物に映写することをいい、これに伴つて映画の著作物において固定されている音を再生することを含むものとする。
十八 口述 朗読その他の方法により著作物を口頭で伝達すること(実演に該当するものを除く。)をいう。
十九 頒布 有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。
二十 技術的保護手段 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法(次号及び第二十二号において「電磁的方法」という。)により、第十七条第一項に規定する著作者人格権若しくは著作権、出版権又は第八十九条第一項に規定する実演家人格権若しくは同条第六項に規定する著作隣接権(以下この号、第三十条第一項第二号、第百十三条第七項並びに第百二十条の二第一号及び第四号において「著作権等」という。)を侵害する行為の防止又は抑止(著作権等を侵害する行為の結果に著しい障害を生じさせることによる当該行為の抑止をいう。第三十条第一項第二号において同じ。)をする手段(著作権等を有する者の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であつて、著作物、実演、レコード、放送又は有線放送(以下「著作物等」という。)の利用(著作者又は実演家の同意を得ないで行つたとしたならば著作者人格権又は実演家人格権の侵害となるべき行為を含む。)に際し、これに用いられる機器が特定の反応をする信号を記録媒体に記録し、若しくは送信する方式又は当該機器が特定の変換を必要とするよう著作物、実演、レコード若しくは放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像を変換して記録媒体に記録し、若しくは送信する方式によるものをいう。
二十一 技術的利用制限手段 電磁的方法により、著作物等の視聴(プログラムの著作物にあつては、当該著作物を電子計算機において実行する行為を含む。以下この号及び第百十三条第六項において同じ。)を制限する手段(著作権者等の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であつて、著作物等の視聴に際し、これに用いられる機器が特定の反応をする信号を記録媒体に記録し、若しくは送信する方式又は当該機器が特定の変換を必要とするよう著作物、実演、レコード若しくは放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像を変換して記録媒体に記録し、若しくは送信する方式によるものをいう。
二十二 権利管理情報 第十七条第一項に規定する著作者人格権若しくは著作権、出版権又は第八十九条第一項から第四項までの権利(以下この号において「著作権等」という。)に関する情報であつて、イからハまでのいずれかに該当するもののうち、電磁的方法により著作物、実演、レコード又は放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録され、又は送信されるもの(著作物等の利用状況の把握、著作物等の利用の許諾に係る事務処理その他の著作権等の管理(電子計算機によるものに限る。)に用いられていないものを除く。)をいう。
イ 著作物等、著作権等を有する者その他政令で定める事項を特定する情報
ロ 著作物等の利用を許諾する場合の利用方法及び条件に関する情報
ハ 他の情報と照合することによりイ又はロに掲げる事項を特定することができることとなる情報
二十三 著作権等管理事業者 著作権等管理事業法(平成十二年法律第百三十一号)第二条第三項に規定する著作権等管理事業者をいう。
二十四 国内 この法律の施行地をいう。
二十五 国外 この法律の施行地外の地域をいう。
(複製権)
第二十一条 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。
(翻訳権、翻案権等)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。
主 文
一 本件控訴を棄却する。
二 当審における新請求を棄却する。
三 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
(1) 原判決を、控訴人に対し連帯して金一〇〇〇万円を支払うよう、被控訴人らに命じなかった限度で、取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金一〇〇〇万円を支払え。
(3) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、交通安全のための交通標語(スローガン)を創作した控訴人が、被控訴人らに対し、主位的に、被控訴人らが、控訴人の創作に係る交通標語と実質的に同一の交通標語を作成し、交通事故防止キャンペーンのためにテレビ放映された広告においてこれを使用し、控訴人が、これにより損害を被ったとして、控訴人の創作に係る交通標語の著作権の侵害を理由に、損害の賠償を求め、予備的に、当審における新請求として、被控訴人らは上記交通標語の上記使用により控訴人の損失において不当な利益を得たとして、不当利得の返還を求めている事案である。
当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する(以下、当裁判所も、「原告スローガン」及び「被告スローガン」の語を、原判決の用法に従って用いる。)。
一 控訴人の当審における主張の要点
(1) 著作物の複製とは、既存の著作物を有形的に再製することをいい、多少の修正、増減、変更がなされても、当該著作物との間に同一性があるものを作成すれば、その複製に当たる。この観点からすれば、被告スローガンは、原告スローガンと比べた場合、多少の修正ないし変更がなされているとはいえ、これとの間に同一性があると解すべきである。
(2) 被控訴人らは、共同して、被告スローガンを使用して、テレビコマーシャル「母と子」篇(一五秒もの)を制作し、平成一〇年九月一日から同月二一日にかけて民放各局でテレビ放送し、これにより、一○○○万円を下らない利益を得た。
(3) 仮に、本件の損害賠償請求権が、不法行為による損害賠償請求権として、三年の時効により消滅したとしても、被控訴人らは、無断で原告スローガンを利用して、前記のような利益を受け、これにより控訴人に損失を及ぼしているものであるから、上記利益を、不当に利得したものとして、控訴人に返還する義務を負う。控訴人は、被控訴人らに対し、予備的に、上記不当利得一〇〇〇万円の返還を請求する。
二 被控訴人らの当審における反論の要点
(1) 原判決は、原告スローガンに家庭的なほのぼのとした車内情景が描かれていることから、これに著作物性が認められるとした。
交通標語でも、俳句に準じるような創作的な表現であれば、例外的に著作物性が認められることもあるであろう。しかし、チャイルドシートを題材にした交通標語である原告スローガンは、それが有する実用的目的のゆえに、表現において大幅な制約が内在する条件の下で作成されたものであり、もともと、そこにおいて表出され得る創作性は極めて少なく、したがって、著作物性の肯定されることは例外的にしかあり得ない性質のものである。家庭的なほのぼのとした車内情景が描かれているという程度のことで著作物性を認める、原審の考え方によれば、交通標語についても、原則として著作物性が認められるということになってしまい、不当な結果となることが明らかである。
(2) 交通標語は、公衆に周知徹底させることを意図したものであり、これに著作権を認めることは、公衆の一般的利益を害し、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ・・・・・・もって文化の発展に寄与する」との著作権法の目的にも反することになる。
(3) 仮に、原告スローガンに著作物性を認めるとしても、原告スローガンと被告スローガンとの間には、創作性のある部分において共通するところがない。したがって、両スローガンの類似性を否定した原判決の判断は正当である。
第三 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求には理由がないと判断する。その理由は、次のとおりである。
一 控訴人は、被告スローガンは、原告スローガンと比べた場合、多少の修正ないし変更がなされているとはいえ、原告スローガンとの間に同一性があると解すべきである、と主張する。
原告スローガンは、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」という交通標語であり、チャイルドシートの使用を一般に広めようとする趣旨で作成されたものである(〈証拠略〉)。これに対し、被告スローガンは、「ママの胸より チャイルドシート」という交通標語であり、原告スローガンと同趣旨で作成されたものである(《証拠略》)。両スローガンを対比すると、両者は、「ママの・・・・・・よりチャイルドシート」の部分において共通するものの、原告スローガンは、三句構成であるのに、被告スローガンは二句構成である、被告スローガンには、原告スローガン中の「ボク安心」に対応する語句が存在しない、原告スローガンでは「ママの膝(ひざ)より」となっているのに対し、被告スローガンでは「ママの胸より」となっているという各点で相違することが認められる。
原告スローガンや被告スローガンのような交通標語の著作物性の有無あるいはその同一性ないし類似性の範囲を判断するに当たっては、(1)表現一般について、ごく短いものであったり、ありふれた平凡なものであったりして、著作権法上の保護に値する思想ないし感情の創作的表現がみられないものは、そもそも著作物として保護され得ないものであること、(2)交通標語は、交通安全に関する主題(テーマ)を盛り込む必要性があり、かつ、交通標語としての簡明さ、分りやすさも求められることから、これを作成するに当たっては、その長さ及び内容において内在的に大きな制約があること、(3)交通標語は、もともと、なるべく多くの公衆に知られることをその本来の目的として作成されるものであること(原告スローガンは、財団法人全日本交通安全協会による募集に応募した作品である。)を、十分考慮に入れて検討することが必要となるというべきである。
そして、このような立場に立った場合には、交通標語には、著作物性(著作権法による保護に値する創作性)そのものが認められない場合も多く、それが認められる場合にも、その同一性ないし類似性の認められる範囲(著作権法による保護の及ぶ範囲)は、一般に狭いものとならざるを得ず、ときには、いわゆるデッドコピーの類の使用を禁止するだけにとどまることも少なくないものというべきである。
これを本件についてみると、まず、原告は、母親が幼児を膝の上に乗せて抱いたりするよりもチャイルドシートを着用させたがが安全であるという考え方を広めたいとの趣旨から、「ママの膝(ひざ)より チヤイルドシート」との対句的表現を用いたものであり(《証拠略》)、この表現の前に更に、「ボク安心」との表現を配置して、両者を対句的に用いることにより、家庭的なほのほのとした車内の情景を効果的に的確に表現し、これらを全体として五・七・五調で表現している。他方、「チャイルドシート」は、もともと、保護者が車内に同乗する幼児の安全を守るために着用させるものであり、また、幼児を同乗させる車内の光景としては、父親が車を運転し、母親が幼児を保護するのがその典型的なものとして連想されるため、幼児とその母親とチャイルドシートは密接に関連する題材であるということかでき、このことから、「ボク」、「ママ」及び「チャイルドシート」という三つの語句は、チャイルドシートに関する交通標語において、使用される頻度が極めて高い語句であると推認することができる。また、チャイルドシートの使用をめるに当たり、チャイルドシートを使用しない従前の状態との対比を明らかにすることにより、その効果を高めようとして、「・・・・・・よりチャイルドシート」とすることは、ごくありふれた手法に属する。このようにみてくると、原告スローガンに著作権法によって保護される創作性が認められるとすれば、それは、「ボク安心」との表現部分と「ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」との表現部分とを組み合わせた、全体としてのまとまりをもった五・七・五調の表現のみにおいてであって、それ以外には認められないというべきである。
これに対し、被告スローガンにおいては、「ボク安心」に対応する表現はなく、単に「ママの胸より チャイルドシート」との表現があるだけである。そうすると、原告スローガンに創作性が認められるとしても、それは、前記のとおり、その全体としてのまとまりをもった五・七・五調の表現のみにあることからすれば、被告スローガンを原告スローガンの創作性の範囲内のものとすることはできないという以外にない。
二 上述したところによれば、被告スローガンを、原告スローガンを複製ないし翻案したものということはできず、控訴人の著作権侵害に基づく損害賠償の請求も、不当利得返還の請求も、いずれも理由がないことは、その余の点について判断するまでもなく、明らかである。
三 以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求中当審において追加した新請求を除く部分を棄却した原判決は相当であり、上記新請求も棄却を免れない。そこで、本件控訴及び上記新請求のいずれも棄却することとして、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 設樂隆一 阿部正幸)