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2022年10月06日 23:14
この武道館コンサートを「卒コン」って書きました。
私はAKB48のヲタ活から卒業します。
それは、48グループのファンから卒業する、という意味ではありません。
最初は48グループのファンをやめる、と考えていました。でも今はそれとは少し違った感情が生まれています。
以前にもあったんです。
私は一時期HKT48と距離を取った期間がありました。
HKT48が、バラエティやお笑いに傾倒し、コンサートで面白くもない妙な寸劇をやったりしていた頃です。
その時も私は自分にとってのHKT48卒コンというものがありました。
それと同じように、私は素直に心から「良い」と言えなくなったAKB48から距離を置こうと思います。
自分の勝手な理想像をAKB48や48のグループに押し付けて、いつまでもファンを名乗ってグダグダと文句を言い続ける人もいます。
私はそういう人を見ると、「AKB48はお前の思い通りなんかにはならねえよ。イヤなら見るのやめりゃいいだけだろ。誰もお前に見てくれなんて頼んでないんだよ。グダグダ勝手にうぜぇこと言い続けてんじゃねえよ。」と感じます。
ならば、
私はAKB48を見るのをやめるしかない。
AKB48は私のものではなく、絶対に私の思うとおりにはならない。
なってはならない、のかもしれない。
きっとこのままだと、私はAKB48を素晴らしいと賞賛する回数よりも、文句を言ってしまう回数の方が多くなってしまうだろうと思います。
最大限、「良い」って言いたいと思っています。
でも、本心を偽って綺麗な文字ばかり並べても、それは自分にとって意味のないものになってしまう。
今、私はどうしてもDHのやり方に賛同できない。
今回のS席A席もそうですし、劇場公演の定員や入場のあり方、AKB48の方向性、など、他の48グループを見ていると「どうしてAKB48はこうなんだろう?」と感じる点がすごくたくさんあります。
どうして、今、18期を入れるのだろう。
もう少し17期を使っても良いんじゃないか。
ここで次の新しい期が生まれます、と発表してしまっては、ローンチしたての17期への新規感や期待感を削いでしまわないか。
それを直感した17期たちは、皆泣いていた。
それら様々なことを「おかしいんじゃないか?」と言い続けてAKB48が良い方向に変わるなら、言い続ける価値もあるかもしれません。
ですが、多分それはない、と感じてしまいます。
今のDHが新しく打ち出す施策には、私が賛同できるものがあまりにも見当たらないからです。
AKB48が「内輪受け」に向かっているように感じられてならないです。
運営も、ファンも、そしてメンバーまでも。
武道館コンサート3日目の「抽選でセンター」も、私たち従来のファンにしか面白くはないのです。
このコンサートが初めてのAKB48のコンサート、という新規のファンには、だから何?でしかないでしょう。
そもそも、抽選でセンターを決定して武道館コンサートのステージで披露することの、何が「面白いこと」なのだろうか。
センターは、ちゃんとした目的や意味があって選ばれてこそ、価値のある「センター」になるんじゃないのでしょうか。
チーム曲のシャッフルもそうです。
そんなのメンバーとコアなファンにしか分からない。
てもでもの涙を、柏木と佐伯でなく岡田と村山が歌う、というのと何が違うのか私には良く分からないです。
抽選でセンターを決めるのが面白いことなのであれば、次の61stシングルは抽選でセンターを決めれば面白いことになるのでしょう。
それこそ、昔にやったじゃんけん大会で決めれば?
それは違うよ、って感じませんか。
AKB48のファンが減っていった理由は、いままでのやり方が飽きられたから、ではないのでしょうか。
そうでなく従来からのやり方は飽きられておらず今でも面白い、のであれば「単に今のメンバーに魅力がないから」ということになってしまいます。
私はそうは思いません。
今までの古いやり方を変えないから飽きられたのだと思います。
それを何故、曲もコンサートも劇場公演も「昔のAKB48」を追おうとするのでしょうか。
10年前には流行っていたが今は客の減った飲食店は、流行っていた頃の店の作りと、同じメニューに戻せばまた同じように流行りの店になるのでしょうか。
違う。
新しいものを試行錯誤して、新しい魅力を作り出すしか再浮上の方法はない。
昔のものを模倣したら、絶対に昔のものには追い付けない。
昔のものを超えるには、新しいものを作るしかない。
AKB48は、今まで見たことがなかったものや、
今まで誰もやらなかったものをやってみせる、
というのが面白さでありサプライズだったのではないのでしょうか。
あの頃の曲調。 あの頃のやり方。
いつまでもそれにしがみつこうとする、
運営。
ファンも。
メンバーですら。
私には、現実と未来を見るのが怖くてドアを閉めて引き籠もりになり、これが面白いんだと自己暗示のマスターベーションを繰り返しているだけにしか感じられないのです。
だったら「1830mの夢」のDVDをいつまでも見ていればいい、と本当にそう思います。
違う。
そうじゃない。
千葉恵里がいる。
小栗有以がいて、山内瑞葵がいる。
徳永羚海がいるよ。
坂川陽香がいるじゃないか。
できる。 やれる。
新しいAKB48、は絶対に作れる。
だけれど、こうも思う。
私の主張は本当に正しく現実を捉えているのだろうか。私の主張は本当にAKB48を良くするものなのか。
それは私にも分からないのです。
それであれば、AKB48に対する文句をこれ以上垂れ流しても意味がないし、それを続けたくはないです。
だって、私は他の人が書いたAKB48批判の文章よりも、AKB48が楽しい!というブログを見る方が好きだから。
運営に対する不信感がある。
自分に対する猜疑心もある。
ステージで笑って踊るメンバーの姿だけが、
真実で正義だ。
彼女たちは頑張っている。
それは本当に間違いなくて、それを武道館で見続けていて、どうしようもなく悲しくなる。
彼女たちの努力が、結果に結びついて欲しいです。
私は「AKB48が好きだ」と言えた。
少し前までは本当に躊躇なくそう言えた。
今、それが揺らいでしまった。
ならば、今のうちにやめよう。
AKB48を嫌いになりたくない。
今のAKB48にも、今の自分にも、嘘を言いたくない。
武道館3日目の下口ひななのように、心から素晴らしいと感じるものが消えてしまわないうちに。
だから決めました。
AKB48とは距離を置いて、自分の口を閉じようと思います。
さようなら、AKB48。








