脱皮の時 ~スタートラインに祝福を!~ -21ページ目

No.2-19 “想い”以上の“計画性”が問われる

面談では、仕事内容に対してかなり厳しく突っ込まれたというが…。



「それで利益を上げられるのか、不景気で販促費を抑えることろが多いなか需要はあるのか…その辺りをかなり突っ込んで聞かれました。でも、実際すでに仕事が動いていたので…。世間が必要としている、需要があるん仕事なんだ、ということを説明することができた」。



起業に際し、借り入れを検討している人たちに、自身の体験を踏まえてメッセージをくれた。



「これから始めようとしている人にとって、事業説明や運転資金計画などはしにくいと思う。ないものを説明も計算もできないから、つい一般論を用いてしまって、説得力がなくなる。だから、少しでも動いてみること。仕事を派生してしまえば、経費の額など少しでも見えてくるので」。


「もうひとつ、これは、私が思ってることなんですけど、融資は主に設備投資に関するものの方が通りやすいんじゃないかと思いました。あとは、この仕事にはこれがどうしても必要なんだと、そして急いでいるんだと、それをしっかり伝えることです」。



ところで、今回の融資申請を経て、何か感じたことはあったのだろうか。



「難しい言葉を並べて、もっともな説明はいらない。私自身、手元に届いた事業計画書に記入・計算するために考えた時間は2時間。それでちゃんと審査に通りました」。


「つまり…“想い以上の計画性が問われる”ということ。面談でうまく話せないっていうのは、自分自身のなかでの計画がうまく立てられていないから。 申請する時点で経営者になってないといけないと思います。【新規創業支援】っていう言葉を、安易に考えてはいけない。新たに事業を興す人誰にでも貸してくれるわけではないので…」。



ネットで情報を得たり、一般論を引用することなく、先に仕事を派生させ、その実体験から計画を立てていくことで、相手をしっかり納得させていく。否定的なことを言われても屈することなく、きちんと論理立てて説明していくこと、それができることが経営者としての第一歩となる。


No.2-18 国民金融公庫とのやりとり

さて、いざ独立を決めた彼女。


まずは資金の準備に入ることになる。自己資金をかき集め、それをもとに国民金融公庫から借り入れをした、と言うが・・・。申請許可は、難なく下りたのだろうか。



「ネットで申し込んだら、すぐに面談日の連絡が来て…すぐに面談が行われて…。必死で書き上げた事業計画書を持って行ったのに、事業内容の話ばっかりで、まったく触れてもらえなかったのは、ちょっと残念でした(笑)」。



面接までは早かったものの、その後、3週間経っても何の音沙汰もなく、不安だったようだ。



「恐る恐る連絡してみたら、まだ結果が出てないので結果が出次第連絡しますって」。



結局、その数日後に入った電話でいくつかの質問に答えた後、直ぐに融資が決定したらしい。



「 “もしかして、忘れられてたんじゃないの??” な~んて、今でもちょっと思ってるんですけどね(笑)」。



どちらかというと、人の印象にばっちり残る、存在感のあるタイプ。そんな彼女が、忘れられていた??。まあ、真相はナゾのままであるが・・・。


何はともあれ、融資決定連絡後は、担当者の配慮により、急速展開。



「翌日、朝一番から、書類にサインして捺印してを繰り返し、ふらふらになりながら手続きしました。まさに、怒濤の一日!」。


No.2-17 たくさんの出会いをもらった時間だった

出版の仕事、営業の仕事と、駆け抜けてきたこの時間。それは、彼女にとって、どんな意味を持つのだろう?



「すべてが今に通じてる。必要な経緯だった。振り返ってみたら、そう思えます」。



取材で出会った多くの経営者は、今も付き合いが続いている。話を聞くことがなければ、経営を身近に感じることはなかった、かもしれない。神戸で開業することにはならなかった、かもしれない。営業の経験は、もちろん、これからの自分を支えていくだろう。



「独立してみたら、会社や経営者の重みが少し分かった気がしてます。必死の想いがまるで違うんだと」。



社員のときの口癖は、「どうしましょうか?」。最終判断はゆだねる、ことができた。今は、自分が判断するしかない。その重さは、独立して初めて知ったことのひとつ、だ。



「レストランメニューのデザインを受けたとき、なかなかオーナーに提出できなかった。自分でOKって自信持つのって、こんなに大変なんだと、そのとき思った」。



会社にいれば、側にいる人に、「どう?」と聞ける。「いいんじゃない!」と言ってもらえる。今までは何気なく感じていたやり取りが、ない! 自分で判断するしかない。自分で自分にOKを出すのは、意外と難しい。 独立するとはそういうことだった。



「会社にいたときは感情的だったけど、社長の気持ち、あの頃の社長の気持ちが今は分かるようになったかも。感謝・・・かな(笑)」。


No.2-16 自分を受け入れ必要としてくれる場所で

ただ、独立・起業した今でも、彼女は特にその形に強いこだわりは、持っていない。



「私は、自分の思った通りの動きをしたい。組織のなかで、それができるなら、それでもいい」。


「今でも、自分を受け入れ必要としてくれる会社があれば行きます。ただ、それがないから、今は自分でやってるんです」。



そこには、さっき彼女が言っていた「これといってやりたいことが決まっているわけではない」ということも、大きく作用しているのかもしれない。



「デザイン1本で、とか、写真1本で、とか、英会話1本で、とか…。何かひとつの専門職で生きていきたいわけじゃないから、業種で仕事を探すことはできない。だから、可能性を感じられる魅力的な会社が自分を必要としてくれるなら、そこで与えられる仕事をします」。



この仕事しかできない、ではなく…自分が必要とされる環境を与えられたなら、彼女は本当になんでもやってのけてしまうだろう。


自分の立つべくステージが見えたなら、やるべきことに向き合い、それをしっかりと自分のものにしていく。きっと、彼女にとって一番大切なのは、どんな仕事をするかよりどんな環境にいるか、なのだと思う。


No.2-15 何をしたらいい…?

身内の手術をきっかけに退職の道を選ぶことになった彼女だが…。しばらくして、自分の道を考え始めることになる。



「これといってやりたいことが決まってるわけではなかったから…。何をしたらいいのかがわからなかった」。



もしかしたら、常に自然の流れのなかで次の展開を得てきた彼女にとっては、初めての空白時間、だったのかもしれない。何がしたいのかがわからないまま、動けないまま、ただ時だけが過ぎていった。


そして・・・自分で考え、最終的に導き出した答え。それが、独立・起業、という道だった。



「独立したいとか、起業したいとか、思ってたわけではないんです。でも、どうしても入りたい、と感じる会社にも出会わなくて。“独立したい!”ではなく、“それなら自分でやってみよう”って」。