講演会「わが国の近代建築の保存と再生」 | とんとん・にっき

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武庫川女子大学東京センター主催 講演会シリーズ

「我が国の近代建築の保存と再生」

第11回「東京の近代建築」

日時:平成26年11月15日(土)午後1時~

会場:日本工業倶楽部会館2階大会堂

プログラム:

13:00~13:05 趣旨説明 岡崎甚幸(武庫川女子大学建築学科長、京大名誉教授)

13:05~14:45 陣内秀信 法政大学デザイン工学部教授

          「水の側から見た東京の都市空間の変遷と近代建築」

休憩(15分)

15:00~16:40 藤岡洋保 東京工業大学大学院理工学研究科教授

          「近代の建築を通して見る東京の歴史」

16:40~     閉会


趣旨説明:岡崎甚幸(武庫川女子大学建築学科長、京大名誉教授)

「わが国の近代建築の保存と再生」は11回目、4年目になりました。

今回はテーマを「東京の近代建築」にしぼりました。

次回は来年2月7日、「京都の近代建築」です。

陣内秀信さんは、ヴェネツィアに留学し、著書に「東京の空間人類学」があります。

藤岡洋保さんは、2回目の登場です。

今までは年3回だったが、来年から4回とし、

4回のうち1回を「シルクロードの文化と建築」にあてます。

第1回は来年2月28日、「世界遺産シルクロードとイスラーム建築」です。


以下、講演要旨メモ


講演:「水の側から見た東京の都市空間の変遷と近代建築」

陣内秀信 法政大学デザイン工学部教授

東京の水辺を1980年頃から歩き出した。


・東京はどこから出発したのか。

 外国人居留地が築地にできた

  築地ホテル館

  聖路加病院、トイスラー記念館

  明石小学校 戦災復興小学校

  築地教会(1927年)木造モルタル塗、ギリシャドリス式

 川沿いには料亭文化があった

  第1国立銀行(清水喜助)海運橋のたもとにあった

  橋のたもとのランドマーク、水に面してできた

  新橋ステーション ターミナル(終着駅)

   手前に掘割があった。現在のものはイメージ復元

   もともと船宿がたくさんあったが、立ち退かされた。

   

  日本銀行 コンドルの設計 ヴェネツィア風イスラムの影響

   大川と日本橋川の合流地点、永代橋のたもと

   参謀本部 イタリア人の設計

  堀に面して洋風の建築が建つ

   司法省、東京裁判所、エンデ&ベックマン

   三菱一号館、一丁ロンドン

  皇居の内堀に面して建つ 海外にはない例

    角地建築 コーナーにドームを載せる

    帝国劇場 横川民輔

    第一生命館 渡辺仁

    明治生命 岡田信一郎

   

  日本橋川

   第一国立銀行

   澁澤栄一邸 辰野金吾設計

    東京をヴェネツィアのような街にしたい

    ビザンチンとゴシック様式

  「芸術にあらわれたヴェネツィア」平川? 中村マモル 早稲田

    書物からヴェネツィアに憧れを抱く 東京のベニス

 

  浅草 12階「凌雲閣」  名所

  水辺の空間  山の辺、水の辺、あるいは両方

  日本橋のたもとにいい建築が建てられた

   「帝国製麻社屋」 辰野金吾 大正4年

   村井銀行、白木屋呉服店

  旧常盤橋 石造

   日本銀行(明治24年)辰野金吾

  万世橋ステーション 煉瓦造の構造体が残っている


・水のまちの記憶

  久松座→明治座  橋のたもとの劇場

 次第に西側に光が当たり、東側は寂れていく

 1960年代までは川に船がいっぱいいた。

 東京オリンピックを最後に…。

  東京証券取引所(昭和2年)横河民輔

  三菱倉庫(昭和5年) 野村証券

 数寄屋橋  朝日新聞社、日劇

 三吉橋 築地川


 ニコライ堂 聖橋(山田守) 東京最後の渓谷

 お堀の近代建築 ランドスケープとしての価値

  軍人会館3・11
 水場バス ヴェネツィア以上の水のネットワーク

  両国駅 ステーション(終着駅)

  浅草松屋 東武ステーション 屋上遊園地

 隅田川の橋 モダン東京の水辺空間

  プロムナード 川沿いを歩く 自由空間 桜を復活

  向島料亭街


 東京湾への夢 紀元2600年1940年 日本万国博覧会

 30間堀を埋めた シネパトス(1952年完成)土浦亀城

  アーバンコンプレックス、三原橋地下

 柳橋 1960年まで水と接していた船宿から水辺に出られた

 1960年代 水辺の喪失

 水の都市の価値の再発見

  水辺のいい例として 万世橋 みかんぐみ設計








講演:「近代の建築を通して見る東京の歴史」

藤岡洋保 東京工業大学大学院理工学研究科教授

ここでは幕末から1960年代までの近代建築の歴史を、

その時々に作られた建築で辿ります。


・江戸から帝都東京へ

 不平等条約、治外法権を認めざるを得なかった。

  列強とは対等ではなかった。

  対外的には条約改正を、国内的には富国強兵を。

 西洋的な国家になるということ、「国民国家」になること。

  国境線、国民に一体感を持たせること。

 一体性の意識。ナショナルアイデンティティ。

 交通、憲法、警察、軍隊、教育文化、国語。

  これらに対応した各種多様な建築が必要に。

 最初は擬洋風。洋風のモチーフ、和風の技術。

  「お雇い外国人」

   新橋ステーション

   銀座煉瓦街

   参謀本部


・帝都としての整備

  銀座煉瓦街 ウォートルス設計

  官庁集中計画 ドイツ人エンデ&ベックマン

   実現したのは司法省と裁判所だけ

  市区改正計画 道路、河川、鉄道、病院、上下水道

  都市計画法と市街地建築物法

  「上地(じょうちまたはあげち)」

    江戸には武家地があり、新政府には好条件。

  土地利用の変化

  「地租改正」

   利用権重視から所有権重視へ

   資本主義体制へ大きな変換、土地が商品となる


・西洋建築の導入

 工部大学校の設立 6年制、入試も授業もすべて英語

  造家学科、イギリス人ジョサイア・コンドル

  当時24歳、辰野金吾と2歳しか違わなかった。

・歴史主義

 過去の様式を適用して立面を整える設計法

 過去の建築様式に頼った

  官庁、博物館など 古典

  教会 ゴシック

  劇場 バロック

 コンドルは歴史主義の建築家、それを日本に伝えた。

  上野博物館 煉瓦造2階建て、インド、サラセン様式


・明治・大正時代の建築

 宮殿建築、記念建造物、中央駅、忠剛銀行、官庁

 教育施設、銀行、オフィスビル、デパート、等々

 丸の内オフィス街の整備 一丁ロンドン

 上流階級の住宅 対外的には洋風、私的には和風

 庶民の場 歓楽街

 地下鉄は上野と浅草を結ぶ


・新しい建築デザインの展示場としての博覧会

 アールヌーヴォー

 セセッション

  過去からの分離、直線的、平面的、グラフィカルな装飾

 表現主義


・関東大震災復興事業
  耐震耐火に優れた鉄筋コンクリート造が一挙に普及。

   「復旧」ではなく「復興」をめざした

  区画整理事業

   道路をグリット状に作り替え、

   地権者に新たに敷地を割り当てる

  復興小学校

   東京市立小学校117校すべて鉄筋コンクリート造で作り変えた

   52の小学校の横に小公園を設けた。例:泰明小学校

  中央卸売市場築地本場(1934年)

   建設当時世界最大の市場

  商店建築 道路が舗装された

  官庁建築 首相官邸、文部省の2つだけ


・郊外住宅地の開発

  中産階級の台頭と中流住宅

   分譲地に独立住宅を建てるという新しい住まい方

  住宅改良、生活改善が叫ばれた

   家族本位と首府労働の軽減

   中廊下型と居間中心型

  分譲地開発

   新町分譲地(大正2年)世田谷桜新町 183区画

   田園調布 大正13年

  同潤会

   アパートはすべて賃貸、鉄筋コンクリート造

   特徴として、生活関連施設がついていた

  多様化するアパート 高級

   野々宮アパート(1936年)土浦亀城

  当時は、東京市の住民の8割は借家だった


・モダニズムの導入 1920年代に西欧で成立した

 合理主義を基盤に新しい美学、最新の構造技術

  例:東京中央郵便局(1931年)吉田鉄郎

 日本趣味の建築、俗に帝冠様式

  不燃構造の建物に、瓦の勾配屋根を載せる

  例:東京帝室博物館(1931年)渡辺仁

・アール・デコ

 1925年のパリ万国博覧会で登場

  平面性を重視、直線的

  例:旧朝香宮邸(1933年)

・戦前のオフィスビルの代表例

  三井本館、明治生命、第一生命


・戦災復興

  敗戦直後の状況 住宅不足

  貸家業は衰退していた

 戦災復興院の設置

  「都営高輪アパート」日本発の壁式鉄筋コンクリート造

   鉄筋コンクリート造4階建(1948、49年)

・公営住宅の建設

  1955年(昭和30年)住宅公団設立 寝食分離

  1950年(昭和25年)住宅金融公庫法公布

   借りるものから所有するものへ


・技術の進歩と建築

 戦後、ビルブームが始まる

  機能、技術、民衆がキーワード

 1963年高さ制限の撤廃

  容積率制が導入された 超高層ビルが可能に

 建物の区分所有制が導入された

 東京オリンピックの意味

  1960年代の大規模地下街の建設

  例:国立屋内競技場(1964年)丹下健三

  大量の人間を上手くさばける動線


・東京は、2度の大きな災害、3度の不連続な局面があった

  江戸の遺産を喰い潰した


「武庫川女子大学東京センター」ホームページ


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日時:平成26年11月15日(土)13:00~

会場:日本工業倶楽部会館2階大会堂
講演会参加証




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日時:平成27年2月7日(土)13:00~

会場:日本工業倶楽部会館2階大会堂

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「京都は洋風建築の宝庫だ」

石田潤一郎(京都工芸繊維大学大学院教授)

「京都発―再生をめざす都市と建築の変革」

中川理(京都工芸繊維大学大学院教授)

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日時:平成27年2月28日(土)13:00~

会場:日本工業倶楽部会館2階大会堂

プログラム:
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山内和也(東京文化財研究所 文化遺産国際協力センター 地域環境研究室長)

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深見奈緒子(早稲田大学 イスラーム地域研究機構 招聘研究員)