書きたいことや書きたい気持ちが、内からどんどん湧き出てきます。

そういう時はただ、その気持ちに従って、書いていこうと思います。

 

長い話になりそうなので、分けて書くことにします。今日は、その①。

 

 

ここに来てくださってる方の中には、ご存知の方もいると思いますが・・・元夫Gは、薬物依存になり、最終的に家に帰ってこなくなったのが、直接の離婚の原因でした。その後Gはリハビリ施設に行き、以来ずっとクリーン、一度もドラッグはやっていませんが。

 

マリファナに始まるドラッグは、ものすごく若いころから始めたらしいのですが、私と出会ったことで、全ての悪癖を断ち切って、真新しい人生を歩みたくて、頑張ってたんだそうです。だから、私はそんなこと夢にも知らずGと結婚し、Gが再びドラッグの世界に入り込んでしまうまでは、何も知らずに『普通の』生活をしていました。

 

 

依存症は、世間では絶対悪のように言われることが多いですよね。とくに薬物依存は。

でも・・・・・、ドラッグにしろ、アルコールにしろ、賭け事にしろ、暴食にしろ、・・・・その依存症になってる真っ只中の人にとっては、それがなくては死んでしまうほどの、命の支えなんだと、思うことがあります。

 

Gはよく、「俺の人生で、最大の過ちが二つある。ひとつは、若い頃、ドラッグに手を染めたこと。もう一つは、〇〇(私)のもとを去ったこと。」と言うんです。「もし時間を巻き戻せるなら、この二つは絶対にやらない」、と。まあ二つ目は過ちかどうか知りませんが(笑)。

でもその一つ目の過ちを正すことは、たとえ時間を巻き戻せたとしても、難しいのではないかと思うのです。。。

 

前にもすこし書きましたが、Gは貧しいシングルマザーのもと、プロジェクト(低所得者団地)で生まれ育ちました。

 

Gがよく、昔の友達を思い出した時に、こう言うんです。

「あいつ、生きてるかな~・・・」って。

 

普通、「あいつ、元気かな?」じゃないですか? でも違うんです。「生きてるかな?」って。

あと、街でバッタリ、幼馴染に何年かぶりに会ったりすると、

「おぉぉぉぉぉぉぉ!生きてたか~~~!!!」

ってお互い抱き合うんですよ。「元気だったか~!」じゃ、ないんです。

 

でもGと一緒にいる中で、その理由がだんだん分かってきました。

彼らは、物心ついた時にはすでに、過酷な環境の中にいるんです。貧乏で、周りには酒浸りや、ドラッグやってる人間がうようよいて、近所で銃声が聞こえることもある・・・・そんな中に身を置いて生活してるんです。

 

そんな彼らにとっては、ドラッグは非常に身近なものなのです。手を伸ばせばあるんです。近所のお兄さんがやってるんです。たとえどんなに厳しい親の元で育ったとしても、そんな世界しか見てなければ、苦しみから抜け出すには、そこへ行くしかもう道が無いと思い込むでしょう。我々、客観的にみて、「他に選べる道がいくつもあるじゃないか?!」「そんな中で育った人の中にだって、まっとうな道に進んだ人だっているじゃないか?甘えるな!」と、言うかもしれません。でも、その人間にとっての選択肢の有無は、その人間にしか分からない。我々が外から見て、とやかく言えるものではないのです。

 

Gのこの例は、比較的わかりやすいかもしれませんが、どんなに裕福な人であっても、客観的にどんな恵まれた環境にある人であっても、その心の中の苦悩は、ほかの誰にも測り知ることはできません。その人が、その苦悩の中で見つけた唯一の光が薬物だったとしても、誰にそれを責めることができるでしょうか?

 

 

最近、薬物依存がよく話題になってますよね。テレビなどでも、いろんな厳しいコメントを耳にします。でも・・・・・・・

 

そもそも私たちは、薬物依存症患者の行動の是非を、ましてや、その行動に至った心の是非を、裁定できる立場にあるんでしょうか・・・・?

 

 


薬物依存② 家族として
薬物依存③ 達成と歓喜
薬物依存④ 責めるという過ち
薬物依存⑤ 人は変わる
薬物依存⑥ 間違いだらけの常識
薬物依存⑦ 憎むより感謝
薬物依存⑧ 説教なんてクソくらえ
薬物依存⑨ 結果はある意味どーでもいい
薬物依存⑩ もっともっと病