前回 までの続き。




初・電話から数日間。

私と武藤さんは、携帯メールでやり取りをするようになった。

共通の趣味である、囲碁や棋界の話。

それから、楽器の話。

数少ない共通点の1つ、1つを確かめ合うように、私と彼はメールでの会話を楽しむようになっていた。



季節は、いつの間にか「秋」から「冬」へと移り変わろうとしていた。

武藤さんと初めて会ったのが、11月中旬。

目まぐるしく、だけれど確実に時は移ろっていく。

仕事から帰宅し、1人きりの部屋で武藤さんにメールの返信をし、焼酎のロックをベランダで飲む。

霞がかった夜空-----月を見上げ、私は「移ろい行く時の流れ」が、心底怖いと思った。


丁度その頃からだろうか。

私の中の「何か」が、静かに-------------けれど刻々と壊れ始めていったのは。




夜半。

携帯の着信音で目を覚ます。

眠気まなこをこすり、こすり身体を起こすと疎遠になっていた友人の名前がディスプレイに映っている。

「こんな時間に・・・」

文句の言葉を吐き、壁に掛った時計を見る。

時刻は午前1時を少し、過ぎている。

「もしもし・・・・・」

受話器の向こうから聞こえる友人・瀬野明日香の声が、静かな室内に響く。

「え?」

瀬野からの電話は、かつて付き合っていた---------------------生まれて初めて「恋人」として付き合った男性の、訃報を知らせるものだった。



末期のガンでね、もう長くないんだって。

だから、今度一緒にお見舞いに行こう。



そんな瀬野の声を聞きながら、私は記憶の糸の向こう-------------懐かしい人の姿を、ゆるゆると思い起こす。



11歳年上の、優しい人だった。

彼・伊藤芳信と付き合い始めたとき、私はまだ高校生だった。

きっかけは、夏休みクラスメートの家に遊びに行ったとき。

糊のきいた真っ白なシャツに、黒のパンツがよく似合っていた。

微笑うと笑い皺のできる、優しい----------けれど、目の奥にいつも鈍い光を宿していた。


16歳の私からすれば、27歳の彼は大人で。

相手になんてされないのだろう、友人の従兄弟だと聞いてもいたし、話してくれたとしてもろくずっぽ相手にしてもらえないだろうと思っていた。

夏休みが終わって、秋がきて。

学園祭の準備で忙しくなった頃、私と彼は街で偶然再会した。


『こんにちは』


今も、そう言って柔和に笑んだ彼の目が忘れられない。

ケーキでもご馳走するよと言う彼の誘いに応じて、私と彼は駅近くの喫茶店で向かい合わせに座った。


その時間。

あの季節。

あの瞬間から、私と彼の3年間が---------静かに始まった。


続く

指の運動にでも、1クリックお願い致しますニコニコ

人気blogランキング

はじめましての方も、二度目ましてのかたも、常連さん(・・・いるのか!?)もこんばんは。

当ブログ「オタコイ」にお越しくださり、有難うございますニコニコ


記事数が増えてきた事もあって、目次を作ってみました音譜

当ブログを歩く上でのご参考にでもして頂ければ幸いです。


------------------------------------------------------------


1.はじめまして

まずは、ごあいさつ星


2..自己紹介

これから登場するであろう人々の紹介虹



出会いからお付き合いに至るまでラブラブ


3.結婚式の招待状


4.シャボン玉


5.優しい人


6.揺らぐ、気持ち


7.揺らぐ、気持ち/2


8.止まる、時間~初・遭遇~


9.止まる、時間~初・遭遇2~


10.10%以下


11.すぐりさんからのメール


12.彼はキノコ~初電話の衝撃1~


13.彼はキノコ~初電話の衝撃2~


14.とりあえず、「オタカレ」の自己紹介


15.途切れたメール1



今のところの更新内容は↑の通りとなっております。

2006/12/11現在。

オタカレことヒロくんとは、仲良くやっております。

今後もまだまだまだ、続くとは思いますが、どうぞお付き合い下さいませ~音譜


1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング

男ゴコロを鷲掴みにする料理。

そんなモノがあるのかどうかは分からないけれど、私が過去に付き合っていた男性は典型的な母の味が好きだった。



肉じゃが

炒り鶏

豚汁

ほうれん草のおひたし

きんぴらごぼう



素朴で温かみのある料理に目がない人だった。

私は料理が好きだと自称している(笑)からか、はたまた両親共働き家庭に育ち、10歳くらいから夕食を作る習慣がついたからなのか、いつからか料理が好き、得意だと思うようになっていった。



だが、前彼のお母さんの味には到底かなわなかった。

子供や旦那さまの帰る時間に合わせて作る料理--------------愛情のこもった「一品」に、勝てる筈はない。



そのまた前の彼。

離婚した旦那のお母さんは、カレーの具にカマボコ、チクワを入れる人だった。

スキヤキもまた個性的で、牛肉、白菜、糸コンニャクの他にもキャベツ、ピーマンを入れるような人だった。

お世辞にも料理の上手い人ではなかったが、家族のために作っていると言う点では、先に書いた前彼のお母さんと共通している。



「男の好きな料理ってなんだと思う?」

よく彼氏もちの友人と、このテーマで話す事がある。

女ゴコロ的には(私含むまわりの女友達)、オムライス、グラタン、パスタ、ハンバーグ等のパッと見た感じ、手の込んだモノが好まれると思っていたが、実はそうではなくて、男ゴコロ的には「温かみのある素朴な料理」「子供の頃から食べていた懐かしい料理」が食べたいのではなかろうか---。

最近はそう思うようになってきた。



現在お付き合いしている彼は、自他共に認める肉食獣。

昼食に、肉。

夕食に、肉。

ひたすら「肉」があれば、幸せな人でもある。

しかし、彼の健康を考えると魚、野菜もまんべんなく食べて欲しい---と、思ってしまう。

遠距離恋愛という事もあって、彼のために毎日ご飯を作ってあげることはできない。

だから、月に1度。

彼のアパートに遊びに行くときは、できるだけバランスの良い食事、できる限りの時間と手間をかけて、料理をするようにしている。


それでも母親の味には勝てないのだろうが、いつか私の料理が美味しいと、心から言ってもらえるように、頑張っている最中だったりします。


引き続き、1クリックお願い致しますドキドキ

人気blogランキング



前回 からの続き。





「僕は由樹さんを恋愛対象としては見ていませんから」




この言葉を聞いたとき、「なんて自意識過剰な男なんだ」そう思ったが、単純に考えれば私も武藤さんの事はそういうふうには見ていないのだけれども-----素直にそう感じた。

出会ってすぐお互いに強烈に惹かれあう。

そんな関係は確かに存在するし、否定もしない。

だが、少なくとも私は武藤さんの事は多少意識していても、まだ「恋愛感情未満」の気持ちしか抱いていない。




「恋愛は当分・・・・・と言うか、したくないんですよ」



口ごもりながらも、はっきりとした意思のこもった声音が、鼓膜をふるわせる。

安藤さんの奥さんに私をすすめられて、断りにくかったのだろう。

やっぱりな---思いながら、私はタバコのケースに手を伸ばす。



「誤解しないで欲しいんですが、由樹さんがだからダメとか、そういうんじゃぁないんです。強いて言うなら、女性が信じられないというか・・・」



じゃぁなんですか?

男なら恋愛対象になるんですか??

それはそれで個人的にはOKなんだけどなぁ・・・。


不謹慎な言葉が喉まで出掛かった。

そして頭の中に描いたあらぬ妄想を打ち消し、代りに「・・・何かあったんですか?」そう問うた。



「・・・今の会社に入社したばかりの頃、同期入社した女の子とお付き合・・・のようなものをしていたのですが」

すぐりさんから『30年間、彼女がいなかった』と聞いていただけに、少々面食らう。が、武藤さんの人の良さそうな、穏やかな外見と、清潔感を感じさせる外見とを考えてみても、30年間彼女がいないという図式は成り立ちにくい。

武藤さんに気取られないよう注意を払い、タバコの先に火を点ける。



「1年ほど経った頃に、他にも男がいるとカミングアウトされまして・・・。それ以来どうにもこうにも・・・」

「分かる・・気がします」

「え?」



なんとなくではあるが、私には武藤さんの気持ちが分かるような-----気がした。

私も過去に付き合っていた男に、二股をかけられていた経験がある。

『付き合ってくれ』

そんな言葉に、つい『あぁ、この人なら私の寂しさを埋めてもらえるかもしれない』淡い期待を抱いて付き合ってはみたが、交際期間中、私は一度も『好きだ』とは言ってもらえなかった。

当時は『酷い』と泣き叫びながら、相手の男をなじったが、今なら当然の結果だろうと、言える。


寂しさを埋めて欲しくて誰かと付き合ってみても、結局のところ自分の寂しさを埋められるのは自分しかいない。

付き合っている恋人に、100%の気持ちで向き合って欲しいのなら、自分もできる範囲の努力はすべきだし、自分というものを持ちながら-----変わっていくのも大切だと、私は思う。


打算で始まった恋は、しょせん打算で終わる。

短い前彼との付き合いの中で、私はそれを学ぶことができた。




「武藤さんと私とでは、当然ケースも違うし相手も違う。でもなんだか、分かるような気がします」




その時の会話の内容を、今も克明に覚えている。

武藤さんは「ありがとう」と、照れたように言って-----ほんの少し笑った。

その声の柔らかな響きに、私もくすぐったくなって、顔も見えない彼に笑顔を返した。


続く


引き続き、1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング







 どうも、はじめまして、武藤ヒロキ(仮)です。

 管理人さんからこんなカテゴリをいただいてしまったので、書いてみる次第です。


 とはいっても、何を書こうかなあ…。

 自己紹介とはいっても、何の「ヲタ」なのかはだいたい書かれてしまっているし…。


 そうだ、特技が何かってことを少し触れてみましょう。

(1)本文にも出てきたとおり、クラリネットが吹けます。(Bb管とバスクラリネットの計2本所有)

(2)音楽を耳コピできます。

(3)将棋で初段いただきました。

(4)キー打ちが速いといわれます(パンチミス多いけど)。パソコンのキーボードは「さばく」ものと自分では思っています。


 こんなところでしょうか?

 丁度今回のお話では私の迷言「由樹さんを恋愛対象としてみていません」発言が出ていましたが、この頃の私は異性関係を持つことに神経質になっていたと思います。新聞の社会面なんかに異性関係のトラブルが出るたびに「異性に関心を持つものじゃないな」などと思っていたのですが…どのようにしてこんな展開になっていったのか…それは由樹さんが電話が終わったあとの記事を書いてから少しずつ触れていくことにしましょう。


 というわけで、時折私も書くことがあるかと思いますが、ひとつよろしくお願いします。


 追記:三高ではありません。収入は高くありません(^^;




---------------------------------------------------------------------------------


と、ここまでオタカレこと武藤さんに書いてもらいました。

ケチを付けるわけではありませんが、やっぱり突っ込みは必要よね | 壁 |д・)

なんて天邪鬼なココロが疼くので、突っ込ませて頂きます(爽)。



彼は心のバイブル・J●B時刻表の他にも、日●新聞も愛読しております。

毎日毎朝毎晩、せっせと新聞を読んでいたりするわけなんですが・・・・・・・・・・・、その中でもストーカー絡みの事件を目にする度に「由樹ちゃ~ん。この男の人、女の人に関心を持たなければこんなことにはならなかったハズなのに~」そんなたわけた発言をしては、私のヒンシュクを買っております。


三高ではないと自称しておりますが、彼のふところ事情にはさっぱり興味がわかないので、なんとも言えません。が、彼は私と付き合うまでハーゲンダッツを知らなかった&食べたことさえなかった、貴重なヒトです(多分)。


生まれて初めて、鯛焼きを食べたのは23歳の秋。

ハーゲンダッツの味を知ったのは、31歳の初夏。


きっとブルジョワな家庭にお育ちになったのだろう・・・と、推測しておりましたがそういうわけでもないらしい。

取り合えず、何を食べさせても「美味しい~音譜」としか言わないので、助かってはいるかなぁ笑。


そうそう。

忘れてはいけない。

彼は、超・怖がりさんでもあります。


どれくらい怖がりさんなのかと言うと・・・。

私がうっかり寝言で「うるせー」なんて言った日には、「由樹ちゃんがコワイよぅ。(((゜д゜;)))ガクガク ブルブル だよぅ!!」

なんて具合に騒いで、さわいで・・・・・大変なことになります汗。


すみません。

突っ込みでしたよね??

最初ははりきって「さぁ、突っ込むぞ。どこからでも突っ込んでやるぞ。穴と言うあ・・・・・・・・・・・(自主規制)」なんて思っていたわけですが、彼の記事が当たり障り無さ過ぎてイマイチ突っ込めない爆。



ちなみにコレを書いている今日現在。

武藤さん宅に仕事絡みでお邪魔(と言うか居候に近い)させてもらっていたり。

タバコを吸う私に「早死にしちゃうよー」なんて言っておりますが、それもスルーの方向で。

また気が向いたら、何か更新してくれるとは思いますが、その時は生ぬるい目で見てやって下さい。



指の運動にでも、1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング




前回 からの続き。




携帯の画面に、武藤さんの名前を表示させる。

通話ボタンを押すだけで、武藤さんに繋がるのかと思うと緊張もするし、何を話したら良いのだろうかとも思う。

仕事中は『即断即決の人』と言われる私でも、プライベートでは決めあぐねる事柄も多々ある。それが当たり前か-----呟きながら、緊張紛らわしにタバコに火をつける。



「ふぅー・・・っ」

じりじりと燃えるタバコの先から、紫煙が舞う。

20歳を過ぎてから覚えたタバコは、すっかりクセになっており、この先よほどの事がない限り、禁煙は無理だろう。

壁に掛った時計を見ると、時刻は21時を過ぎようとしている。

電話をしないと言う選択もあるが、それではすぐりさんの顔も立たないだろう。

それに武藤さんが私に話し掛けてきたのだって、紹介者の安藤さんの顔を立てての事だろうし。それならば、おあいこではないかという結論に達し、私はやっと通話ボタンを押した。



数度目のコール音の後に「はい」と言う、事務的な声が鼓膜に響いた。

反射的に、仕事で電話をするような-----よそ行きの声で名前を告げ、すぐりさんから電話をするように言われた旨を伝えた。


「あぁ、それで」

抑揚のない声に気圧されてか、知らず返答に詰まる。

矢張り迷惑だったのだろうか、もう切った方が良いのだろうか。

迷いあぐねる私に、武藤さんは「そう言えば、由樹さんの吹奏楽以外の趣味は?」と聞かれたので、つい「趣味はー・・・囲碁です。二段なんですよ」と、答えてしまった。



数年前から、仕事で知り合った会社の社長さんにすすめられ、囲碁を習っている。

良い先生に付けたのと、性に合っていたのもあってか、わりかし早くに昇段できた。が、囲碁が趣味だと言うと大抵の男性は、オヤシ臭い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、ドン引きになる。


矢張りここは可愛く「趣味は~バードウォッチングです(意味無し)。小鳥のさえずりを聞くのがぁ、好きなの」とでも言っておくべきだったかと、早くも大後悔。




「えぇっ!そうなんですかっっ!!実は、僕も棋界に興味がありまして・・・。将棋の他にも囲碁もやってみたかったんですよ~」





・・・・・・・・思いがけず、共通項発見。





囲碁が趣味だと言ってドン引きしなかった男性に、それも囲碁にも興味があると言う男性に初めて巡り会えた瞬間でもあった。

驚きを隠せない私に、彼は最近の囲碁界の様子。

囲碁に関する本でどれが一番、オススメか等を語った。

すっかり気を良くした私と彼はその後、40分間ほど棋界の話で盛り上がった。



何となくではあるが、お互いの間に漂っていたぎこちなさ-----のようなものも解け、打ち解けた雰囲気になる。



「こんなに趣味が合う男性は初めてですよ」

「そ、そうですか・・・?」

「えぇ」


何気なく発した言葉に、武藤さんの声のトーンが落ちる。


なにか、誤解された----?


そう思わないでもないが、社交辞令でもこれ位は言うだろうと思い直す。

しかし予想に反して、武藤さんは咳払いをすると---------------------、言いよどむ事無くはっきりと私に告げた。







「僕は由樹さんのことを、恋愛対象としては見ていませんから」


続く


・・・自意識過剰なヤツめ!!と思ったことは、言うまでもなく汗。

引き続き、1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング

前回 からの続き。




結婚式からの数日間は、駆け足のように過ぎていった。

仕事から帰宅し、自分の分だけの食事を作り、疲れた体を浴槽に沈め、泥のように眠る。

この頃から休日は、だらりと手足を伸ばし、ベッドの上から動かず---惰眠を貪る様になった。

多分「疲れているんだろう」気安く考えていたが、実はそうでなかった事に気付くのは、数ヶ月先のことになる。


「ただいま」

誰もいない部屋に向かって、ぽつんと言葉を落とす。

電気を点け、ストッキングを脱ぎ、スーツからジーンズと長袖のTシャツに着替えを済ませ、携帯を充電器の上に置く。

仕事帰りに同僚と食事をすませてきた事もあり、この日は少量の酒も入っていた。

もともと酒には強いほうではないが、友人や同僚と飲む酒は好きな方だ。夏場は生ビールに限るが、冬が近づくにつれ焼酎の湯割りを好んで飲むようになる。

友人らはこぞって「オヤジくさい」と言うのだが、好きなのだから仕方ない。


焼酎の瓶を出し、キッチンで湯を沸かし、コップに注ぎ-----簡単に湯割りを作る。

ベッドに腰を下ろし、1口、2口、舐めるよう湯割りを飲む私の耳に携帯のバイブ音が響いた。

「誰だろ・・・」

コップをベッドサイドに置き、携帯を手に取る。


メール受信を知らせるアイコンが、携帯の外部液晶に小さく映っている。

「中島さんかな?」

日に数度メールのやり取りをしている友人かと思いきや、関西在住の友人---すぐりさんからであった。

件名は『その後どう?』と書かれていたので、大方すぐりさんも武藤さんの事を気に掛けてるのがすぐに分かった(彼女は二次会には参加しなかったけれど、結婚式には参加していたので、安藤さんから武藤さんを紹介してもらった?事は知っている)。



内容を確認せず、私はすぐりさんに電話を入れた。

数度目のコール音の後に、すぐりさんの元気の良い声が聞こえた。




「こんばんは~」

軽い挨拶と近況報告の後に、すぐりさんは「安藤さんから色々聞いたよ。良かったじゃん、武藤さんみたいな、善良そうなお兄ちゃん紹介してもらえて」茶化すように、語を繋げた。

あっけらかんとした性格と、切り口の良い物言いが好ましい。

久しぶりに聞く心を許した友人の声に安心感を覚えつつも、武藤さんの名前に何故かドキリともさせられる。

「・・・紹介って言っても、ただ話しただけだよ」

「それが出会いってもんだと思うよ~。そうそう、安藤さんの奥さんから聞いたんだけど、武藤さんって○○○大出てるらしいよ。おまけに今は、税理士の資格試験の勉強してるらしいし」

「へぇー、そうなんだ」



○○○大の名前は、日本人なら誰でも知っているような-------有名大、所謂ところの六大学の一つである。

軽く受け流す風ふうに答えはしたたが、正直驚いた。



「勉強熱心なんだねぇ」

「そうだよー、勉強熱心で誠実そうで、まぁオタクではあるらしいけど、将来有望そうだし。ここはさ、由樹さんの歩く昼メロオンナの名にかけて、落としとけば~?」




すぐりさんは私の事を『歩く昼メロオンナ』と呼ぶ。

ちっとも有難くもないその称号を、彼女は面白がって言う。私からしたら、どのへんが「昼メロ」なのか問いただしたい気にもなるが、面倒なのであえてそれはしていない。



「・・・・・・・・・落とすってあんたねー」

「由樹さん、いい?考えてもみなよ。これから先、武藤さん以上の好物件の男なんてそういないよ??そりゃぁ、恋愛するのに学歴なんて必要ないけどさ、頭悪いより良い方がいいし、冷たい男より優しい男の方がいいじゃない」

「まぁね」

「ただウィークポイントを上げるとすれば、それは彼が30年間・・・オンナ無しで生きてきたってところぐらいじゃん」



初耳である。

確かに特別モテそうなタイプでもないが、モテないわけでもないような気もする。

私はそれをすぐりさんに伝える。



「そうらしいよ。私も安藤さんから聞いただけだから、本当のところは分からないけど」

「そっか」



すぐりさんの話を聞く内に、武藤さんは世間で言うところの「3高」であるらしい事がわかった。

高学歴、高身長、高収入。

そして性格も良く、人当たりもいいらしい。ただ、そんな----------好条件の男性が本当に世の中にいるものなんだな、でも「裏」がありそうで怖い気もすると、内心では思っていた。



「と言うわけで、明日の夜にでも電話してみたら?ってか、由樹さんから電話あるからよろしく~って、安藤さんを通して伝えてもらってるから」

「えぇっっっっっ!?」


話の急速に過ぎる流れに、思わず声が高くなる。


「由樹さん。バツイチなのは消しようもない過去だから仕方ない。でもね、出会いも大切にしなきゃ♪一期一会って言うでしょう?」

「いや、あのね・・・」

「案外これがラストチャンスかもよ。お互いそう若くはないんだし、ここいらで幸せになっとこうよ。それじゃ、明日は頑張ってね~。おやすみー」



ディスプレイに『通話終了』の文字が浮かぶ。

早すぎる展開と、強引過ぎる話の内容に当惑を禁じえない。

全く気にならない存在なわけではなかった。

だけに、明日は何を話したら良いのだろう。また武藤さんの楽器語りを聞くのか、それとも明日はオタトークが炸裂するのか。

想像を巡らせてみるが、どれも実感がわかない。



軽く息を吐き、すっかり冷めてしまった湯割りを飲む。

トロリとした液体が喉奥を行き過ぎる。

ベッドの上に横になり、おせっかいな友人と---武藤さんの声の響きを思い返しする内に、私は意識を手放した。


続く


いつも有難う御座います(ぺこりっ)

引き続き、1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング

前回 からの続き。




ベットに寝転がり、武藤さんから貰った名刺をぼんやりと眺める。

『葛西ヒロ 愛称・ピロル』と書かれた文字の下に、携帯電話番号とメールアドレスが書いてある。

携帯番号、メールアドレスは、二次会の最中に交換したのだが、どうしても彼と、積極的に連絡を取ろうという気になれなかった。


私がバツイチ---離婚歴がある事は、安藤さんの奥様がそれとなく話していたらしい。

『まずは友達関係から始めてみたら?』

安藤さんの奥様の言葉が脳裏を過ぎる。だが、一度会ったきりの人---------それも特別話が合うわけでもないオンナからメールを貰ったところで、彼も鬱陶しいだけだろう。

そんな理由から、私の方からは連絡を取らずにいた。




--------------------------------------------------------------------------


「ふーん。あいっかわらず消極的だねぇ」

そんなに身構えなくても良いのに、勿体無い、もったいない。と、彼女は言葉を繋いだ。

コーヒーカップに視線を落とし、曖昧に笑みを返す。


昔から、恋愛に対して積極的になれない私の性格を、この年上の友人はよく理解している。

長い指先を机上で組み返し、それで----と話の先を促す。

「それでって言われても、なにもなんにもないよ?だいたい・・・」

「でもメルアド交換したんでしょ?それなのになーんにもしないなんて、勿体無い、もったいない」

私の言葉を遮るように彼女----------キョウコさんは一息にまくしたてた。


フォークを手にし、皿の上に載ったガトーショコラを一口大に切り分ける。

取り合えずとばかりにケーキを口にしようとする私に一瞥をくれ、キョウコさんは片手で髪をかきあげた。


キョウコさんとは、数年来の付き合いになる。

社会人になったばかりの頃、お互いの趣味を通じて知り合ったのだが、趣味意外にも多数共通する箇所が多く、会えばコーヒー1杯で何時間でも語り合える。

そう言った友人は貴重だと思うし、大切な存在でもある。


「だいたい、あんたは異性関係になると後手に回りすぎて損ばかりしてるじゃない。こう言っちゃなんだけど、あんたの今までの恋愛パターン見てると、男に告られて付き合うってパターンばっかりじゃない。それが悪いわけじゃないけど、何ていうのか・・・・・。こう、自分から当たって砕けるとかそう言うの全くないよね?ちょっと気になる男がいたり、今回みたいに紹介されてもボーッとしてばっかりで、自分から掴みに行こうとしないし」


昔から、仕事や趣味ごとでは積極的に人と関わろうとするのに、こと恋愛---------異性絡みになると、どうにも尻込みしてしまう傾向が強い。

自分でもよく理解しているつもりなのだが、つい受身になってしまう。

受身でありたいと、思ってしまう。

それは言い換えるなら『本質的なところで臆病』だからかもしれない。

拒まれてしまったら、どうしよう。

嫌われたら、どうしよう。

動くより先に、そう思ってしまう。


傷つくこと、傷つけられることが何より臆病な私は、キョウコさんに反論する代わり、苦笑いのみを返す。

口の中に、ガトーショコラの独特の苦味が広がっていく。


「せっかく安藤さんとかいう人が紹介してくれたんでしょう?だったら友達くらいにはなっておけば?」

「そう・・・だねぇ」

煮え切らない様子の私に、キョウコさんは盛大な息を吐く。

「連絡取る、とらないはこの際どっちでも良いんだけど・・・。紹介してもらった人ってどんなひと?」


キョウコさんの問いに、二次会で会ったときの彼の姿を思い返す。

「・・・背が高くて、細身で色白の眼鏡した人」

「そんな抽象的なのじゃなくて」

「うーん」


腕組みをして考える風を装う私に、キョウコさんは「趣味とか・・・そういう話はしなかったの?」と、再度問うてきた。

「趣味。多分、ゲームとかかなんじゃないのかなぁ。あの人オタクさんみたいだし

「はぁー!?」

キョウコさんの素っ頓狂な声が、狭い店内に響き渡る。

他の客の咳払い、視線に、私たちは身を縮こませ小声で話はじめる。

「オタクって・・・マジで?」

「うん。安藤さんの奥様にも聞いたんだけど、彼●●●っていう有名なゲーム・・・・・・世間ではギャルゲーって言われてるみたいなんだけど、そういうのが好きみたい。後は」

「まだあるの?」

「クラリネット吹いたりとか・・・・・」

「クラリネットねぇ」


コーヒーカップのふちを指でなぞりながら、キョウコさんは「取り合えず、今回は残念でしたってところだね」そう、口にした。


この時、私と武藤さんの間に「恋」とやらが芽生える確率は10%もなかったように思う。

私も恋愛に関しては不器用な方だったし、彼もまた---そうであったらしい。


店内に流れる季節外れのラブソングが、やけに遠くに聞こえた。


続く

1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング

前回 からの続き。




「こんばんは、初めまして」

優し気な雰囲気をふんわりと醸すその男性は、見た目を裏切らないやさしい声を落とした。

細いフレームの眼鏡を中指で押さえながら、安藤さんの奥様に前もって私の話を聞いていたこと、料理上手で面白い人だときいていた事とを、ゆったりとした語調で話した。


「こんばんは、由樹と言います」

遅まきながら名前を名乗り、軽い挨拶を交わす。

武藤ヒロキと名乗るその人は、現在は都内近郊に住んでおり総合職に就いていると言った。

私も今は契約社員というかたちで以前務めていた会社で営業職に就いている、実家が中部地方なので住まいも中部-----安藤さんご夫妻の隣県に住んでいると、軽い自己紹介をした。


促されるがままに、ソファーに腰を下ろす。

身長・151cmの私より、武藤さんは30cmほど背が高い。


『昔から背が高くて、優しい雰囲気の男の人に弱いなぁ』


ぼんやりとそんなことを思う私の隣で、武藤さんは名刺入れの中から1枚の名刺を取り出した。

「私、こんな物も持っておりまして・・・」

至極まじめな顔をして、名刺を手渡そうとする。

慌てて受け取った名刺を見て、愕然とした。


・・・・・・・・・・・・・・・・すっかり忘れていた。

この場にいるメンバーの大半は、新郎のご友人。

武藤さんは、安藤さん夫妻とも面識はあるらしいが、彼もまたオタクさんであったらしい。

よくよく名刺を見ると、彼のHN(ハンドルネーム)と愛称の文字が可愛らしく躍っていた。






『葛西ピロキ 愛称・ピロ』





この時の私の気持ちを率直に表すのなら、真っ先に「(((゜д゜;))) ガクガクブルブル」の顔文字が浮かぶ。

27歳の私より2~3年上と思われる男から、オタさん名刺を貰ったのだからビックリ仰天である笑。

しかも愛称は『ピロル』これで怯えるなと言う方が、無理な相談でもある 。



どうして愛称が『ピロル』なのかも気になったし、突っ込みたい気持ちもあったが、それ以上に話題を逸らしたかったので、HN(ハンドルネーム)の件については聞かないことにした。



内心では暴風雨警報、波浪警報-------------非常ベルが鳴り響いていたが、持ち前の「外面」の良さを活かし「ありがとうございます音譜」と、笑顔で応じた。


私も中・高生時代は、こんな本 こんな本 にまで手を出していたのだから決して人のことは言えない。

コミケ会場と呼ばれる場所に足を踏み入れたこともあった。だが、男性のオタさんとは交流を持ったことがないし、私が好んで読んでいたジャンルはいわゆる「腐女子」向け。ゲームの知識も何も全くない。

それに今は、その手のジャンル本からもコミケ会場からもすっかり遠ざかっている。


晩秋。

周りにはコスプレしたお兄さん、高そうなシャンパンをラッパ飲みする同年代と思われる男性、ゲームに興じるおじ様、そしてオタ名刺片手に営業スマイルで応じるオンナが1匹。

不可解な光景ではある。


だが、武藤さんはそんな私の心中など知る由もなく。

結婚式では趣味のクラリネットの演奏をさせて頂いたこと、曲目についてなどを少々熱っぽく語った。

私も学生時代には吹奏楽部に在籍していたから、曲目の話、楽器の話などでひとしきり盛り上がった。

視線を少し上向ければ、眼鏡の薄いレンズ越しの目とぶつかる。その度になんとなくドキッとさせられたのだが、それは単に仕事以外で異性と話したのが久しぶりだったからに違いないと、さして深く考える事もなく片付けた。




薄いカーテン越しに広がる空を横目に見れば、半欠けの-----------満ちてもいない月が、声もたてずに笑っていた。


続く


※彼のHNは「葛西ピロキ」ではありませんので、あしからず笑。

1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング

前回 からの続き。




安藤さん宅の最寄り駅に車を停め、そこからはタクシーでの移動になった。

駅から徒歩30分程の閑静な住宅街に、安藤さん宅はある。

メーターの真横にある時計に目を止める。

時計は22時30分を少し過ぎたばかり。


行きがけにこれ位の時間になると伝えてはあっても、やはり気が引ける。

携帯を鞄から取り出し、安藤さんの携帯に電話を入れる。


「遅くにすみません。もう近くまで来ているのですが・・・。遅くに申し訳ありません、ワインを置いたらすぐに帰りますから」と、口早に伝えた。

それに対して安藤さんは、新郎新婦は明日からの新婚旅行に備えてもう帰宅してしまったが、私によろしくと伝えておいて欲しいと言っていたこと。

こちらは朝まで騒いでいるから、遠慮せずに来てほしい。と、気さくに応じて下さった。


行きがけに、安藤さんご夫妻のお子さん用にと思い頂き物の洋菓子の詰め合わせを持ってきたのは、正解だったかもしれない。

朝まで騒いでいるとは言っても、矢張りこの時刻にお邪魔するのは失礼だ。


タクシーが煉瓦造りの一軒家の前に、到着する。

窓から漏れる灯りと何人かの人影を視界に認める。

料金を支払いタクシーを降りると、冷たい夜風に身震いする。

空を見上げると、半欠けの月が浮かんでいた。



-----------------------------------------------------------------


出迎えて下さった安藤さんのご主人にワインと、洋菓子の詰め合わせを手渡し、促されるがままにリビングに上がった。

何人かは完全にできあがっていてソファーに身体を横たえ、もう何人かはゲームに興じていた。

「こんばんはー!」

やたらとテンションの高い男性が、気さくに挨拶してくれる。


---酔ってるんだろうなぁ。

思いはしたものの、タチの悪い酔っ払いではなさそうだ。

その男性に求められるがまま(?)握手を交わし、スキンヘッドの男性とも何故か握手を交わし、なにかのゲームキャラとおぼしき服装をした華奢な男性とハグまでしてしまった。


安藤さんの奥様を探したが、リビングに姿はない。周りの参加者に聞いてみたところ、寝室で子供たちを寝かしつけていると聞いた。

コスプレをしている男性、食い入るようにゲームをしている男性、そして「最近の萌え」について熱く語り合う男性の姿を見て---------私は遅まきながらに気が付いた。






あー・・・・・・・・・・・この人達って世間では、オタと呼ばれる人たちなんだ(°Д°;≡°Д°;)




そう言えば、新郎のはゲーム好きだと聞いた事がある。

だとしたら、ここにいるメンバーの大半は新郎のご友人方なんだろう。

なんだかトンデモナイ所に迷い込んでしまったような気になって、知らず小さくなってしまう。


オタさんに対して偏見は無い。

世の中ドライブや水泳、ビリヤードが好きな男性もいれば、ゲームが好きだったり、アニメが好きだったりする男性だっている。

ワイングラスを片手に、そんなことを思っていた私の前に、温和で優しそうな雰囲気を醸した、1人の男性が近付いてきた。


続く


1クリックお願いいたしますドキドキ

人気blogランキング