前回 までの続き。
初・電話から数日間。
私と武藤さんは、携帯メールでやり取りをするようになった。
共通の趣味である、囲碁や棋界の話。
それから、楽器の話。
数少ない共通点の1つ、1つを確かめ合うように、私と彼はメールでの会話を楽しむようになっていた。
季節は、いつの間にか「秋」から「冬」へと移り変わろうとしていた。
武藤さんと初めて会ったのが、11月中旬。
目まぐるしく、だけれど確実に時は移ろっていく。
仕事から帰宅し、1人きりの部屋で武藤さんにメールの返信をし、焼酎のロックをベランダで飲む。
霞がかった夜空-----月を見上げ、私は「移ろい行く時の流れ」が、心底怖いと思った。
丁度その頃からだろうか。
私の中の「何か」が、静かに-------------けれど刻々と壊れ始めていったのは。
夜半。
携帯の着信音で目を覚ます。
眠気まなこをこすり、こすり身体を起こすと疎遠になっていた友人の名前がディスプレイに映っている。
「こんな時間に・・・」
文句の言葉を吐き、壁に掛った時計を見る。
時刻は午前1時を少し、過ぎている。
「もしもし・・・・・」
受話器の向こうから聞こえる友人・瀬野明日香の声が、静かな室内に響く。
「え?」
瀬野からの電話は、かつて付き合っていた---------------------生まれて初めて「恋人」として付き合った男性の、訃報を知らせるものだった。
末期のガンでね、もう長くないんだって。
だから、今度一緒にお見舞いに行こう。
そんな瀬野の声を聞きながら、私は記憶の糸の向こう-------------懐かしい人の姿を、ゆるゆると思い起こす。
11歳年上の、優しい人だった。
彼・伊藤芳信と付き合い始めたとき、私はまだ高校生だった。
きっかけは、夏休みクラスメートの家に遊びに行ったとき。
糊のきいた真っ白なシャツに、黒のパンツがよく似合っていた。
微笑うと笑い皺のできる、優しい----------けれど、目の奥にいつも鈍い光を宿していた。
16歳の私からすれば、27歳の彼は大人で。
相手になんてされないのだろう、友人の従兄弟だと聞いてもいたし、話してくれたとしてもろくずっぽ相手にしてもらえないだろうと思っていた。
夏休みが終わって、秋がきて。
学園祭の準備で忙しくなった頃、私と彼は街で偶然再会した。
『こんにちは』
今も、そう言って柔和に笑んだ彼の目が忘れられない。
ケーキでもご馳走するよと言う彼の誘いに応じて、私と彼は駅近くの喫茶店で向かい合わせに座った。
その時間。
あの季節。
あの瞬間から、私と彼の3年間が---------静かに始まった。
続く
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