前回 からの続き。
「僕は由樹さんを恋愛対象としては見ていませんから」
この言葉を聞いたとき、「なんて自意識過剰な男なんだ」そう思ったが、単純に考えれば私も武藤さんの事はそういうふうには見ていないのだけれども-----素直にそう感じた。
出会ってすぐお互いに強烈に惹かれあう。
そんな関係は確かに存在するし、否定もしない。
だが、少なくとも私は武藤さんの事は多少意識していても、まだ「恋愛感情未満」の気持ちしか抱いていない。
「恋愛は当分・・・・・と言うか、したくないんですよ」
口ごもりながらも、はっきりとした意思のこもった声音が、鼓膜をふるわせる。
安藤さんの奥さんに私をすすめられて、断りにくかったのだろう。
やっぱりな---思いながら、私はタバコのケースに手を伸ばす。
「誤解しないで欲しいんですが、由樹さんがだからダメとか、そういうんじゃぁないんです。強いて言うなら、女性が信じられないというか・・・」
じゃぁなんですか?
男なら恋愛対象になるんですか??
それはそれで個人的にはOKなんだけどなぁ・・・。
不謹慎な言葉が喉まで出掛かった。
そして頭の中に描いたあらぬ妄想を打ち消し、代りに「・・・何かあったんですか?」そう問うた。
「・・・今の会社に入社したばかりの頃、同期入社した女の子とお付き合・・・のようなものをしていたのですが」
すぐりさんから『30年間、彼女がいなかった』と聞いていただけに、少々面食らう。が、武藤さんの人の良さそうな、穏やかな外見と、清潔感を感じさせる外見とを考えてみても、30年間彼女がいないという図式は成り立ちにくい。
武藤さんに気取られないよう注意を払い、タバコの先に火を点ける。
「1年ほど経った頃に、他にも男がいるとカミングアウトされまして・・・。それ以来どうにもこうにも・・・」
「分かる・・気がします」
「え?」
なんとなくではあるが、私には武藤さんの気持ちが分かるような-----気がした。
私も過去に付き合っていた男に、二股をかけられていた経験がある。
『付き合ってくれ』
そんな言葉に、つい『あぁ、この人なら私の寂しさを埋めてもらえるかもしれない』淡い期待を抱いて付き合ってはみたが、交際期間中、私は一度も『好きだ』とは言ってもらえなかった。
当時は『酷い』と泣き叫びながら、相手の男をなじったが、今なら当然の結果だろうと、言える。
寂しさを埋めて欲しくて誰かと付き合ってみても、結局のところ自分の寂しさを埋められるのは自分しかいない。
付き合っている恋人に、100%の気持ちで向き合って欲しいのなら、自分もできる範囲の努力はすべきだし、自分というものを持ちながら-----変わっていくのも大切だと、私は思う。
打算で始まった恋は、しょせん打算で終わる。
短い前彼との付き合いの中で、私はそれを学ぶことができた。
「武藤さんと私とでは、当然ケースも違うし相手も違う。でもなんだか、分かるような気がします」
その時の会話の内容を、今も克明に覚えている。
武藤さんは「ありがとう」と、照れたように言って-----ほんの少し笑った。
その声の柔らかな響きに、私もくすぐったくなって、顔も見えない彼に笑顔を返した。
続く
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