前回 からの続き。




長い睫を濡らし、すんすんと声を漏らしすすり泣く姉の姿は、身内の贔屓目とやらを抜きにしても美しく思えた。

そんな姉とは対照的に、祖父の容態を心配しつつも、姉に対しての劣等意識が先に出る自分が、心底汚らしく感じた。


母と祖母は並んで椅子に腰掛けており、何やら真剣に話しこんでいる。

私は息を整え、姉と義兄に「遅くなってごめん」と小さく詫びた。

ジーンズにトレーナー姿の義兄は、姉の肩を抱きながら「じいちゃん意識はしっかりしてるみたいだし、大丈夫だよ」そう言って、柔和に微笑った。


姉より2つ年下の義兄は、10年以上ものあいだ姉に片想いをしていたらしい。

長いこと姉を見続けてきた義兄は、姉の弱さも、脆さも---総てを容認し、受け入れている。



「由樹、明日は友達の結婚式があるのよねぇ」

唐突に、母が口を開いた。

「できれば出席した方が良いんだろうけど・・・」

「うん」

一ノ瀬さんの結婚式に出席したいと思う反面で、急に容態の悪くなった祖父が---矢張り心配であると、素直に思った。

口に酸素を吸入し、濁々とした眠りの中に意識を沈める祖父の姿を視界に認め、明日の結婚式出席を辞退しよう。そう、決めた。

「離婚してから、おじいちゃんにも心配かけ通しだったし・・・明日は欠席、するよ」

一ノ瀬さんの優しい笑顔と声が、脳裏を過ぎる。が、弱々しくベッドの上に身体を横たえる祖父から、今は離れていたくない。

口唇を引き結び、大丈夫と答える代りに---曖昧に微笑う。

それがこの場所には酷く不似合いで、自分でしておきながら滑稽だと思った。



----------------------------------------------------------------


結婚式の場所提供者(一ノ瀬さんご夫妻は、友人宅でのホームパーティー形式の式を挙げられるので)を務めるご夫婦---、安藤さんの奥様・早苗さんに取り急ぎ電話連絡をした。


病院内と言う事もあり、長くは話せなかったが「そういうことなら仕方ない。もしおじいさんの具合が良くなったら、二次会からの出席も可能だから」と、仰ってくれた。


結局、病院内で一晩を明かし---祖母に頼まれて実家に着替え、下着、おにぎり等の買出しを頼まれ家と病院とを往復している内に、真昼から夕方へと時間が過ぎていった。

そうして、祖父の容態が何とか安定し、医師から「もう大丈夫ですよ」そう声を掛けられたのは、19時を過ぎた頃だった。

母が「もう帰っても大丈夫だよ」と安堵した様を隠さず、言った。


病院を出て、部屋に帰る頃には20時30分を過ぎていた。

隣県の安藤さんご夫妻の自宅まで、少なく見積もっても2時間はかかる。

身体も疲れているし、出来ればこのまま休みたい。

時刻も遅いし、非常識かもしれない。

けれど、一ノ瀬さんご夫婦にと思って買ったワインだけでも手渡したくて---。


数分間の逡巡の末に、急いで着替えを済ませ、ワインを持って車に戻る。

お祝いの気持ちだけでも、伝えたい。その思いだけで、私は車を走らせた。


続く


オーストリア アウスブルッフ貴腐ワイン【R11-569】
1クリックお願いいたしますドキドキ
人気blogランキング