前回 からの続き。
ベットに寝転がり、武藤さんから貰った名刺をぼんやりと眺める。
『葛西ヒロ 愛称・ピロル』と書かれた文字の下に、携帯電話番号とメールアドレスが書いてある。
携帯番号、メールアドレスは、二次会の最中に交換したのだが、どうしても彼と、積極的に連絡を取ろうという気になれなかった。
私がバツイチ---離婚歴がある事は、安藤さんの奥様がそれとなく話していたらしい。
『まずは友達関係から始めてみたら?』
安藤さんの奥様の言葉が脳裏を過ぎる。だが、一度会ったきりの人---------それも特別話が合うわけでもないオンナからメールを貰ったところで、彼も鬱陶しいだけだろう。
そんな理由から、私の方からは連絡を取らずにいた。
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「ふーん。あいっかわらず消極的だねぇ」
そんなに身構えなくても良いのに、勿体無い、もったいない。と、彼女は言葉を繋いだ。
コーヒーカップに視線を落とし、曖昧に笑みを返す。
昔から、恋愛に対して積極的になれない私の性格を、この年上の友人はよく理解している。
長い指先を机上で組み返し、それで----と話の先を促す。
「それでって言われても、なにもなんにもないよ?だいたい・・・」
「でもメルアド交換したんでしょ?それなのになーんにもしないなんて、勿体無い、もったいない」
私の言葉を遮るように彼女----------キョウコさんは一息にまくしたてた。
フォークを手にし、皿の上に載ったガトーショコラを一口大に切り分ける。
取り合えずとばかりにケーキを口にしようとする私に一瞥をくれ、キョウコさんは片手で髪をかきあげた。
キョウコさんとは、数年来の付き合いになる。
社会人になったばかりの頃、お互いの趣味を通じて知り合ったのだが、趣味意外にも多数共通する箇所が多く、会えばコーヒー1杯で何時間でも語り合える。
そう言った友人は貴重だと思うし、大切な存在でもある。
「だいたい、あんたは異性関係になると後手に回りすぎて損ばかりしてるじゃない。こう言っちゃなんだけど、あんたの今までの恋愛パターン見てると、男に告られて付き合うってパターンばっかりじゃない。それが悪いわけじゃないけど、何ていうのか・・・・・。こう、自分から当たって砕けるとかそう言うの全くないよね?ちょっと気になる男がいたり、今回みたいに紹介されてもボーッとしてばっかりで、自分から掴みに行こうとしないし」
昔から、仕事や趣味ごとでは積極的に人と関わろうとするのに、こと恋愛---------異性絡みになると、どうにも尻込みしてしまう傾向が強い。
自分でもよく理解しているつもりなのだが、つい受身になってしまう。
受身でありたいと、思ってしまう。
それは言い換えるなら『本質的なところで臆病』だからかもしれない。
拒まれてしまったら、どうしよう。
嫌われたら、どうしよう。
動くより先に、そう思ってしまう。
傷つくこと、傷つけられることが何より臆病な私は、キョウコさんに反論する代わり、苦笑いのみを返す。
口の中に、ガトーショコラの独特の苦味が広がっていく。
「せっかく安藤さんとかいう人が紹介してくれたんでしょう?だったら友達くらいにはなっておけば?」
「そう・・・だねぇ」
煮え切らない様子の私に、キョウコさんは盛大な息を吐く。
「連絡取る、とらないはこの際どっちでも良いんだけど・・・。紹介してもらった人ってどんなひと?」
キョウコさんの問いに、二次会で会ったときの彼の姿を思い返す。
「・・・背が高くて、細身で色白の眼鏡した人」
「そんな抽象的なのじゃなくて」
「うーん」
腕組みをして考える風を装う私に、キョウコさんは「趣味とか・・・そういう話はしなかったの?」と、再度問うてきた。
「趣味。多分、ゲームとかかなんじゃないのかなぁ。あの人オタクさんみたいだし」
「はぁー!?」
キョウコさんの素っ頓狂な声が、狭い店内に響き渡る。
他の客の咳払い、視線に、私たちは身を縮こませ小声で話はじめる。
「オタクって・・・マジで?」
「うん。安藤さんの奥様にも聞いたんだけど、彼●●●っていう有名なゲーム・・・・・・世間ではギャルゲーって言われてるみたいなんだけど、そういうのが好きみたい。後は」
「まだあるの?」
「クラリネット吹いたりとか・・・・・」
「クラリネットねぇ」
コーヒーカップのふちを指でなぞりながら、キョウコさんは「取り合えず、今回は残念でしたってところだね」そう、口にした。
この時、私と武藤さんの間に「恋」とやらが芽生える確率は10%もなかったように思う。
私も恋愛に関しては不器用な方だったし、彼もまた---そうであったらしい。
店内に流れる季節外れのラブソングが、やけに遠くに聞こえた。
続く
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