前回 からの続き。




結婚式からの数日間は、駆け足のように過ぎていった。

仕事から帰宅し、自分の分だけの食事を作り、疲れた体を浴槽に沈め、泥のように眠る。

この頃から休日は、だらりと手足を伸ばし、ベッドの上から動かず---惰眠を貪る様になった。

多分「疲れているんだろう」気安く考えていたが、実はそうでなかった事に気付くのは、数ヶ月先のことになる。


「ただいま」

誰もいない部屋に向かって、ぽつんと言葉を落とす。

電気を点け、ストッキングを脱ぎ、スーツからジーンズと長袖のTシャツに着替えを済ませ、携帯を充電器の上に置く。

仕事帰りに同僚と食事をすませてきた事もあり、この日は少量の酒も入っていた。

もともと酒には強いほうではないが、友人や同僚と飲む酒は好きな方だ。夏場は生ビールに限るが、冬が近づくにつれ焼酎の湯割りを好んで飲むようになる。

友人らはこぞって「オヤジくさい」と言うのだが、好きなのだから仕方ない。


焼酎の瓶を出し、キッチンで湯を沸かし、コップに注ぎ-----簡単に湯割りを作る。

ベッドに腰を下ろし、1口、2口、舐めるよう湯割りを飲む私の耳に携帯のバイブ音が響いた。

「誰だろ・・・」

コップをベッドサイドに置き、携帯を手に取る。


メール受信を知らせるアイコンが、携帯の外部液晶に小さく映っている。

「中島さんかな?」

日に数度メールのやり取りをしている友人かと思いきや、関西在住の友人---すぐりさんからであった。

件名は『その後どう?』と書かれていたので、大方すぐりさんも武藤さんの事を気に掛けてるのがすぐに分かった(彼女は二次会には参加しなかったけれど、結婚式には参加していたので、安藤さんから武藤さんを紹介してもらった?事は知っている)。



内容を確認せず、私はすぐりさんに電話を入れた。

数度目のコール音の後に、すぐりさんの元気の良い声が聞こえた。




「こんばんは~」

軽い挨拶と近況報告の後に、すぐりさんは「安藤さんから色々聞いたよ。良かったじゃん、武藤さんみたいな、善良そうなお兄ちゃん紹介してもらえて」茶化すように、語を繋げた。

あっけらかんとした性格と、切り口の良い物言いが好ましい。

久しぶりに聞く心を許した友人の声に安心感を覚えつつも、武藤さんの名前に何故かドキリともさせられる。

「・・・紹介って言っても、ただ話しただけだよ」

「それが出会いってもんだと思うよ~。そうそう、安藤さんの奥さんから聞いたんだけど、武藤さんって○○○大出てるらしいよ。おまけに今は、税理士の資格試験の勉強してるらしいし」

「へぇー、そうなんだ」



○○○大の名前は、日本人なら誰でも知っているような-------有名大、所謂ところの六大学の一つである。

軽く受け流す風ふうに答えはしたたが、正直驚いた。



「勉強熱心なんだねぇ」

「そうだよー、勉強熱心で誠実そうで、まぁオタクではあるらしいけど、将来有望そうだし。ここはさ、由樹さんの歩く昼メロオンナの名にかけて、落としとけば~?」




すぐりさんは私の事を『歩く昼メロオンナ』と呼ぶ。

ちっとも有難くもないその称号を、彼女は面白がって言う。私からしたら、どのへんが「昼メロ」なのか問いただしたい気にもなるが、面倒なのであえてそれはしていない。



「・・・・・・・・・落とすってあんたねー」

「由樹さん、いい?考えてもみなよ。これから先、武藤さん以上の好物件の男なんてそういないよ??そりゃぁ、恋愛するのに学歴なんて必要ないけどさ、頭悪いより良い方がいいし、冷たい男より優しい男の方がいいじゃない」

「まぁね」

「ただウィークポイントを上げるとすれば、それは彼が30年間・・・オンナ無しで生きてきたってところぐらいじゃん」



初耳である。

確かに特別モテそうなタイプでもないが、モテないわけでもないような気もする。

私はそれをすぐりさんに伝える。



「そうらしいよ。私も安藤さんから聞いただけだから、本当のところは分からないけど」

「そっか」



すぐりさんの話を聞く内に、武藤さんは世間で言うところの「3高」であるらしい事がわかった。

高学歴、高身長、高収入。

そして性格も良く、人当たりもいいらしい。ただ、そんな----------好条件の男性が本当に世の中にいるものなんだな、でも「裏」がありそうで怖い気もすると、内心では思っていた。



「と言うわけで、明日の夜にでも電話してみたら?ってか、由樹さんから電話あるからよろしく~って、安藤さんを通して伝えてもらってるから」

「えぇっっっっっ!?」


話の急速に過ぎる流れに、思わず声が高くなる。


「由樹さん。バツイチなのは消しようもない過去だから仕方ない。でもね、出会いも大切にしなきゃ♪一期一会って言うでしょう?」

「いや、あのね・・・」

「案外これがラストチャンスかもよ。お互いそう若くはないんだし、ここいらで幸せになっとこうよ。それじゃ、明日は頑張ってね~。おやすみー」



ディスプレイに『通話終了』の文字が浮かぶ。

早すぎる展開と、強引過ぎる話の内容に当惑を禁じえない。

全く気にならない存在なわけではなかった。

だけに、明日は何を話したら良いのだろう。また武藤さんの楽器語りを聞くのか、それとも明日はオタトークが炸裂するのか。

想像を巡らせてみるが、どれも実感がわかない。



軽く息を吐き、すっかり冷めてしまった湯割りを飲む。

トロリとした液体が喉奥を行き過ぎる。

ベッドの上に横になり、おせっかいな友人と---武藤さんの声の響きを思い返しする内に、私は意識を手放した。


続く


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