前回 からの続き。


この頃、私は「営業」の仕事をしていた。

長いこと販売・営業の接客業種に就いていたせいか、中小企業を訪問・新規開拓がメインのこの仕事はとても楽しかった。

「女」と言うだけで、嫌味を言うお客様もいたけれど、熱心に足を運んでいる内に契約がまとまる。その時の「嬉しい気持ち」は何にも変えがたいし、なにより自分のこなした数字が「結果」として給料に反映されるのが、私の負けず嫌い魂(笑)に火を点けた。



その日は雨で、車の運転中も視界がクリアにならず苛立っていた。

そんな時は~音譜

お気に入りのカフェでランチをして、のんびりするに限る笑。

四六時中、神経を張り巡らして「今月はあと○○○万円!」なんてやってばかりいたら、それこそまいってしまう(言い訳)。


静かな店内で少し遅めの昼食をすませたあと、ふいに携帯がふるえた。

「もしもし」

平日でお客も私一人だけ。

とは言え、店内で電話を取るのは非常識な気がして。私は小走りに店の外に出た。

「お久しぶりです。一ノ瀬ですが」

声の主は、結婚することになったご夫婦の奥様。

その声は柔らかで、暖かい。

「結婚式のことなんだけれど・・・」

当日はホテルを利用するのか、メイク道具を貸してくれてありがとう、それから当日の打ち合わせ等を簡単に済ませたあと、一ノ瀬さんは躊躇いがちに話を切り出した。



「私も、離婚を経験しているのは知っていると思うけれど」

「あ、はい」

少々間の抜けた返事をしてしまったことが、なんとなく恥ずかしくなる。

「今のカレと知り合うまで、私は何が幸せかをあんまり分かっていなかったけど、今も手探りだけれど」

静かな声音が鼓膜を震わせる。

「この人となら大丈夫。幸せになれる。そんな人がきっと・・・あなたにも現れるから」

軒先から、ポツン、ポツンと雫が落ちる。

咄嗟に、泣き出したいような・・・そんな気持ちになったが、一ノ瀬さんに心配を掛けたくなかったし、わけもなく泣くのが恥ずかしかったから、私はそれを飲み込んだ。

「そうですね、私も一ノ瀬さんの後に続けるよう、頑張りますよ~」

わざと声を張り上げて、殊更の様に明るく振舞う。


子供の頃から、本当に悲しいときも、泣きたいときも、親に心配を掛けたくなかったから、ずっとこうしてきた。

慣れてる。

そう言い聞かせながら、明るく、元気に電話を切った。



席に戻って、一ノ瀬さんの言葉を思い返す。

「何が幸せか、そうでないか」

暖かな言葉はそのまま、あたたかな雫になって、心の奥底にポツン、ポツンと落ちていく。



優しい言葉は、やさしい雨になって、ポツン、ポツンと落ちていく。



続く



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