バルセロナ旅行記
23日から30日にかけてスペイン・バルセロナに行ってきた。日本からロンドン経由の便ではるばるやってきた両親・弟とヒースロー空港で合流し、なんと4人での家族旅行!ここ数年間私が日本にいる期間が少なかったり、弟が部活をやっていたりでなかなか4人での旅行が実現していなかったのでこれはとっても嬉しい旅だった。今回は移動ばかりでせかせかしても仕方がないということで、少し贅沢ではあるが一週間バルセロナ滞在というプラン。ウィークリーマンションのようなところを借りてのんびり過ごした。
バルセロナはロンドンと比べても日本と比べても暖かかった。コートを着ているとちょっと暑いなと思う日もあるくらいだった。天候には恵まれ、雨が一度も降らないどころか毎日青空が広がっていてとても気持ちよかった。
イギリスでの生活も3年目に入り、「やらなければいけないこと」あるいは「やらなければいけないと思っていること」に追われ生活がやや無機質になっていたところの今回の旅。久しぶりに感受性のツボ(そんなものがあるのかわからないが)が刺激されたような気がした。ということで少しバルセロナの様子を綴ってみようと思う。

到着した夜。早速近くのスーパーで買い物。カゴにスーツケースのような取っ手とキャスターがついており、床を転がせるようになっている。
市場
アパートのすぐ近くにあったのがMercat de Sant Josep de la Boqueria。青果、海鮮、肉からワイン、ナッツ類まで様々なものが売られていたがどのお店も彩り鮮やかで活気に溢れていた。ただ歩いているだけでなんとなく心が躍る。もちろん我々くいしんぼ4人組が市場に行ってただ歩くだけなはずはなく歩くたびにどこかしらにひっかかって買い物をしてしまうのだが、イベリコ豚の生ハム、サケ、エビ、乾燥いちじくなどどれもとてもおいしかった。東京にも築地市場のような場所はあるがこのようにもっと身近に市街に市場があるのはとっても美味しく楽しい。
市場で売られるイベリコ豚!
ココア
日本ではココアと呼ばれるあの飲み物を英語ではHot Chocolate、スペイン語ではChocolate Caliente =温かいチョコと呼ぶが、スペインのココアはまさにその名の通りのものだった。液体よりは固体に近く、飲み物というよりはソースに近くといった感じのまさに溶かしたチョコレートなのだ。チョコレートファウンテンのもう少しどろどろしたものを想像していただければいいかと思う。チュロスというドーナツのようなものをこれに浸して食べるのがこちらでよくある「Churros con Cocolate」というものなのだが糖分も油分もたっぷり摂取できてしまう…(苦笑)と文句をいいつつそれなりにはまってしまい、今回の滞在で少なくとも3回は食べた。店によって形や味が少しずつ違うのもまた楽しい
バルサ
バルセロナといえば今年(もう昨年か!)クラブワールドカップを制したフットボールチームFCバルセロナ(バルサ)の本拠地。サッカー好き(なのかな?)の弟が絶対に行きたいと決めていたのがそのバルサのホームスタジアムであるカンプノウ(Camp NOU)スアジアム。絶対に買いたいと決めていたのがバルサのユニフォーム。残念ながら試合は私たちの到着前日が2011年最後だったらしく観戦にはいたらなかったがスタジアムは訪れた。このスタジアムは一般公開されているため試合をやっていない日でも中を見ることができる。入場料が学生でも16.5ユーロ(約1700円)というなかなかのお値段のためここは「チーム男性」に代表してもらいスタジアムをみてきてもらった。「チーム女性」は近くのカフェで休憩(笑)
壮大なスケールのスタジアムを目の当たりにし、実際に観覧席の上から下まで歩いてみて、ちょっとした展示なんかもあって、二人はご満悦だった。もちろんスタジアムに隣接するオフィシャルショップでユニフォームを購入。まさしくバルサフルツアー。

建築
バルセロナは建築の街ともよばれるが、今回の旅ではそういった建築に魅了された。
限られた時間の中だったが数多くの建築を見て回った。カタルーニャのムデルニズマやアール・ヌーヴォーに影響を及ぼしたといわれるリュイス・ドメネク・イ・ムンタネー作品の中ではバルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院を見学。ガウディの建築では最も有名であろうサグラダファミリア教会、カサ・ミラ(Casa Milà )、カサ・バトリョ(Casa Batlló)に加えて、郊外のコロニア・グエル教会地下聖堂とモンセラートの修道院の装飾まで見に行った。
ドミネクの作品もすごかったがやはりガウディは並外れていると感じた。
自然の状態に存在する幾何学の尊重・機能的合理主義の崇拝・遊び心の追求
この3つがガウディの建築の中に調和されて共存するのを実際に見たときにガウディの天才を垣間見た気がした。
今「エコ」や「ユーザーフレンドリー」といった言葉をよく聞く。一見新しそうなこれらの概念も100年前のガウディの作品の中に見いだすことができる。リサイクリング、リユースも然り。ガウディが使用済みガラスの破片などを装飾につかったのはまさにそれだ。
本当の使いやすさ、便利さっていうのは意外と近代化や産業化と無関係なのかなと思ったりした。ガウディの設計した家は電気機器は見られなかったけれど空調の工夫がしてあったし、自然光の取り込み方の工夫が豊富で、下手な現代のアパートよりよっぽど住みやすそうだった。時代を超えて通用する考え方やものというのはやはりある。ガウディの建築に関する考え方からは他の学問分野にも通ずるものがあり、どんな分野に携わる人間も学ぶべきことがあると思った。

海のある風景
バルセロナは海に面している。ホテルから海岸までは徒歩20分程度だったので滞在中2回ほど海岸沿いのレストランでお昼を食べた。魚介類のおいしいことおいしいこと。オリーブオイルとイカ、エビ、タコの組み合わせは絶妙!スペイン名物パエリアも海鮮がたっぷり入っていて素材の味がいきていた。
海岸沿いで新鮮な魚介類を食しながら改めて感じたのは海のある風景の魅力だった。ピースボートの船旅で海の虜(釣りをするわけでも潜るわけでもなんでもないが)になってから自分が海が好きだというのは知っていた。だが、その理由についてはあまり考えたことがなかった。もしかしたら海独特の開けた空間にその理由があるのかもしれないとふと思った。目の前に広がる大きな空間はそのまま心の余裕につながり、自分の感覚的時間の余裕にもつながる気がする。広い海を前にすると、日常のこまごましたことやつまらないことより、もっとスケールの大きく冒険的なことを考えたくなるのは私だけだろうか。

エビ!

イカリング!
電気:「ここは日本じゃなくてスペインだから」
滞在していたアパートではよくブレーカーが落ちた。何も電気を使っていなかった夜にさえ落ちていたのだからおそらく何らかの問題があったのだと思う。ただ、メンテナンスのおじさんに「ここは建物も古いしなんてったって日本じゃなくてスペインなんだから電気をたくさん一度に使えばブレーカーは落ちてしまうよ」と言われた。皮肉とも取れるかもしれないが私はそのコメントを真摯に受け止めた。節電と言いつつ必要な分だけ電気を使えることが当たり前となっている日本で、私も自然に「使える電気の量」より「使いたい電気の量」を先に考えていたと感じた。
この数日間で確実に電気の有限性を実感し、電気の使い方を考えるようになった(電気コンロを使うときはエアコンをきったり、電気ポットでお湯をわかす時は電気コンロを止めたり…)私たち。原発事故以降電力不足の影響が深刻な課題として日本でよく議論されるが、電力の供給が今までより少なくなると決めてしまえばそれ相応の技術開発や生活のしかたが必ずみえてくると思う
終わりに
「今日という日はもう二度とやってこないから」、一つ一つを楽しまなければと単純だけど忘れていたことを実感した旅だった。2012年しっかり一日一日を生きていかなければ。なんせ毎日が宝探しなのだから。
バルセロナはロンドンと比べても日本と比べても暖かかった。コートを着ているとちょっと暑いなと思う日もあるくらいだった。天候には恵まれ、雨が一度も降らないどころか毎日青空が広がっていてとても気持ちよかった。
イギリスでの生活も3年目に入り、「やらなければいけないこと」あるいは「やらなければいけないと思っていること」に追われ生活がやや無機質になっていたところの今回の旅。久しぶりに感受性のツボ(そんなものがあるのかわからないが)が刺激されたような気がした。ということで少しバルセロナの様子を綴ってみようと思う。

到着した夜。早速近くのスーパーで買い物。カゴにスーツケースのような取っ手とキャスターがついており、床を転がせるようになっている。
市場
アパートのすぐ近くにあったのがMercat de Sant Josep de la Boqueria。青果、海鮮、肉からワイン、ナッツ類まで様々なものが売られていたがどのお店も彩り鮮やかで活気に溢れていた。ただ歩いているだけでなんとなく心が躍る。もちろん我々くいしんぼ4人組が市場に行ってただ歩くだけなはずはなく歩くたびにどこかしらにひっかかって買い物をしてしまうのだが、イベリコ豚の生ハム、サケ、エビ、乾燥いちじくなどどれもとてもおいしかった。東京にも築地市場のような場所はあるがこのようにもっと身近に市街に市場があるのはとっても美味しく楽しい。
市場で売られるイベリコ豚!
ココア
日本ではココアと呼ばれるあの飲み物を英語ではHot Chocolate、スペイン語ではChocolate Caliente =温かいチョコと呼ぶが、スペインのココアはまさにその名の通りのものだった。液体よりは固体に近く、飲み物というよりはソースに近くといった感じのまさに溶かしたチョコレートなのだ。チョコレートファウンテンのもう少しどろどろしたものを想像していただければいいかと思う。チュロスというドーナツのようなものをこれに浸して食べるのがこちらでよくある「Churros con Cocolate」というものなのだが糖分も油分もたっぷり摂取できてしまう…(苦笑)と文句をいいつつそれなりにはまってしまい、今回の滞在で少なくとも3回は食べた。店によって形や味が少しずつ違うのもまた楽しい
バルサ
バルセロナといえば今年(もう昨年か!)クラブワールドカップを制したフットボールチームFCバルセロナ(バルサ)の本拠地。サッカー好き(なのかな?)の弟が絶対に行きたいと決めていたのがそのバルサのホームスタジアムであるカンプノウ(Camp NOU)スアジアム。絶対に買いたいと決めていたのがバルサのユニフォーム。残念ながら試合は私たちの到着前日が2011年最後だったらしく観戦にはいたらなかったがスタジアムは訪れた。このスタジアムは一般公開されているため試合をやっていない日でも中を見ることができる。入場料が学生でも16.5ユーロ(約1700円)というなかなかのお値段のためここは「チーム男性」に代表してもらいスタジアムをみてきてもらった。「チーム女性」は近くのカフェで休憩(笑)
壮大なスケールのスタジアムを目の当たりにし、実際に観覧席の上から下まで歩いてみて、ちょっとした展示なんかもあって、二人はご満悦だった。もちろんスタジアムに隣接するオフィシャルショップでユニフォームを購入。まさしくバルサフルツアー。

建築
バルセロナは建築の街ともよばれるが、今回の旅ではそういった建築に魅了された。
限られた時間の中だったが数多くの建築を見て回った。カタルーニャのムデルニズマやアール・ヌーヴォーに影響を及ぼしたといわれるリュイス・ドメネク・イ・ムンタネー作品の中ではバルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院を見学。ガウディの建築では最も有名であろうサグラダファミリア教会、カサ・ミラ(Casa Milà )、カサ・バトリョ(Casa Batlló)に加えて、郊外のコロニア・グエル教会地下聖堂とモンセラートの修道院の装飾まで見に行った。
ドミネクの作品もすごかったがやはりガウディは並外れていると感じた。
自然の状態に存在する幾何学の尊重・機能的合理主義の崇拝・遊び心の追求
この3つがガウディの建築の中に調和されて共存するのを実際に見たときにガウディの天才を垣間見た気がした。
今「エコ」や「ユーザーフレンドリー」といった言葉をよく聞く。一見新しそうなこれらの概念も100年前のガウディの作品の中に見いだすことができる。リサイクリング、リユースも然り。ガウディが使用済みガラスの破片などを装飾につかったのはまさにそれだ。
本当の使いやすさ、便利さっていうのは意外と近代化や産業化と無関係なのかなと思ったりした。ガウディの設計した家は電気機器は見られなかったけれど空調の工夫がしてあったし、自然光の取り込み方の工夫が豊富で、下手な現代のアパートよりよっぽど住みやすそうだった。時代を超えて通用する考え方やものというのはやはりある。ガウディの建築に関する考え方からは他の学問分野にも通ずるものがあり、どんな分野に携わる人間も学ぶべきことがあると思った。

海のある風景
バルセロナは海に面している。ホテルから海岸までは徒歩20分程度だったので滞在中2回ほど海岸沿いのレストランでお昼を食べた。魚介類のおいしいことおいしいこと。オリーブオイルとイカ、エビ、タコの組み合わせは絶妙!スペイン名物パエリアも海鮮がたっぷり入っていて素材の味がいきていた。
海岸沿いで新鮮な魚介類を食しながら改めて感じたのは海のある風景の魅力だった。ピースボートの船旅で海の虜(釣りをするわけでも潜るわけでもなんでもないが)になってから自分が海が好きだというのは知っていた。だが、その理由についてはあまり考えたことがなかった。もしかしたら海独特の開けた空間にその理由があるのかもしれないとふと思った。目の前に広がる大きな空間はそのまま心の余裕につながり、自分の感覚的時間の余裕にもつながる気がする。広い海を前にすると、日常のこまごましたことやつまらないことより、もっとスケールの大きく冒険的なことを考えたくなるのは私だけだろうか。

エビ!

イカリング!
電気:「ここは日本じゃなくてスペインだから」
滞在していたアパートではよくブレーカーが落ちた。何も電気を使っていなかった夜にさえ落ちていたのだからおそらく何らかの問題があったのだと思う。ただ、メンテナンスのおじさんに「ここは建物も古いしなんてったって日本じゃなくてスペインなんだから電気をたくさん一度に使えばブレーカーは落ちてしまうよ」と言われた。皮肉とも取れるかもしれないが私はそのコメントを真摯に受け止めた。節電と言いつつ必要な分だけ電気を使えることが当たり前となっている日本で、私も自然に「使える電気の量」より「使いたい電気の量」を先に考えていたと感じた。
この数日間で確実に電気の有限性を実感し、電気の使い方を考えるようになった(電気コンロを使うときはエアコンをきったり、電気ポットでお湯をわかす時は電気コンロを止めたり…)私たち。原発事故以降電力不足の影響が深刻な課題として日本でよく議論されるが、電力の供給が今までより少なくなると決めてしまえばそれ相応の技術開発や生活のしかたが必ずみえてくると思う
終わりに
「今日という日はもう二度とやってこないから」、一つ一つを楽しまなければと単純だけど忘れていたことを実感した旅だった。2012年しっかり一日一日を生きていかなければ。なんせ毎日が宝探しなのだから。








