「よかったさがし」

ふっと幸せな気持ちにしてくれる「よかった」はまわりにたくさん転がっている。
それを見落とさない感性を養うために日々感じ、考え、学ぶことを怠ってはいけない。
その日がどうなるかは自分次第。

 またもや国政での議論が私たちの暮らしを直接脅かす事態がやってきそうだ。11月16日、米連邦議会下院は共和党の税制改革法案を可決した。個人的には税制の話は難しいと思っているタイプである。「あぁまた難しい税の話か」と流し見をしていたが、どうやら博士課程の学生である私たちにも大きな影響がありそうだ。この2日ほど学内はこの話でもちきりだ。全国紙にも連日各地の大学院生のオピニオンが掲載されている。


 日本におけるこの改革についての報道をみていると「法人税率を今の35%から20%に引き下げる税制改革…」などといった記述が目立つ。これは事実である。しかし、決して大きく取り上げられない部分に人々の生活へ直接影響する落とし穴があるのが常である。
 そのような意味で、今、アメリカの大学院生の間でもっぱら話題になっているのが「Section 117(d)(5)」がなくなるという点だ。この条項があることで、これまで大学院生の学費は課税の対象外とされてきた。それが破棄される。どういうことになるのか。
 

 これまでも紹介してきたが、アメリカの大学の多くは博士課程の学生の学費を免除し、さらに彼らを研究員や教員補佐として「雇う」ことで生活費に足る「手当」を支給している。このしくみのおかげで大学院生は最低限の「収入」を得ながら学位を取得できるしくみになっている。現在の税制のもとでは大学院生はこの「手当」が所得とみなされ、その額に応じて所得税を納める。対して改革法案後は「免除されている分の学費+手当」を合わせて「所得」とするという。
 

 私の例で考えよう。ペンシルベニア大学の学費は年間約360万円。私はこれが免除され、その上で年間約300万円の手当をもらっている。つまり大学は私に年間660万円使っていることになる。これまでは手当の300万円のみが所得とみなされ、私はそれに対する15%の所得税45万程度を毎年納めてきた。仮に今回の改革案が通り学費分が控除の対象とならなくなれば、私の所得は660万円ということになり、所得税率は22%にあがる。これまでの3倍近い145万が所得税としてとられることとなるのだ。実質300万しかもらっていないのに、である。これはつまり、月々12万で生活をしろということである。生活が成り立つか際どい金額である。貯金などとんでもない。
 

 お金をもらって博士課程に修学できること自体が贅沢な話ということもできる。しかし、格差の大きいこの国では、このような措置を導入することで裕福でなくても研究者を目指せるようになってきていたし、大学の国際的な競争力の源にもなっていた。今回の改革案は明らかな後退である。上院での否決をせつに願う。まずは、来週、デモに行く。
 

 アメリカには「ドリーマーズ(DREAMers)」と呼ばれる若者がいる。両親に連れられて幼い頃にアメリカに不法に入国し、そのままアメリカで育った子たちのことだ。自分ではどうしようもできなかった事情により不法移民という運命を背負った子たちだ。
 

 このようなドリーマーズに法的地位を与え、いずれは彼らが市民権を取得できる道筋をつくろうと、アメリカでは2001年頃から様々な議論がなされてきた。そもそも賛否が分かれやすい論点であることからなかなか決着がつかない中で、とりあえずの救済措置として2012年につくられたのがDACA(若年移民に対する国外強制退去の延期措置)だった。DACAは16歳になる前にアメリカに入国した31歳未満の若者で、犯罪を犯していないなど一定の条件を満たしたドリーマーズ対して、更新可能な2年間の滞在・就労許可を与えるものだった。DACAにも多くの欠点はあったが、少なくともこれによってのべ80万人の若者が国外退去を恐れることなく働いたり、学校に通ったりできるようになった。それまで「自分は存在してはいけない」と、自分がドリーマーズであることをひた隠しにしていた多くの若者にとって、DACAは希望だった。


 しかし9月初め、トランプ大統領はこのDACAを突如撤回するとした。具体的には、DACAの新規申請を受け付けないとし、また現在DACAの認定を受けている人の滞在許可の更新も10月5日以降は受け付けないとした。やっと条件を満たしDACAの申請ができると思っていた若者、今後もDACAの更新を通してアメリカで生活を築いていこうと思っていた若者の未来が一瞬で閉ざされた。


 これを受けて、ペンシルベニア大学はじめ多くの高等教育機関は在学中のドリーマーズについてはDACAの認定を受けているかどうかに関わらず卒業まで守り抜くとした(ここでは割愛するがアメリカの私立大学にはそもそも不法移民も受け入れるしくみがある)。他にも更新手続きに関するアドバイスなど、当事者に対するサポート体制が緊急に敷かれた。そして今この瞬間も、なんとかしてDACA更新の期限を延長できないか、どうにかトランプ大統領によるDACA撤回を撤回(!)できないかと奔走している法律の専門家や政治家、活動家がいる。


 私も大学職員らを対象とした説明会で今回直接影響を受けたドリーマーズの体験談を聞く機会があった。どんなにがんばっても他の人と同じ機会を得られず、故郷に帰ることもできず、そして今回のような法律改正のたびに振り回されてきた彼女の話はリアルだった。法律は、より多くの人、とりわけ自分ではどうしようもできない環境に生まれ落ちた人を救済するものであってほしいと心から思う。

 

DACAに関する説明会は情報をもとめる学生や教職員で溢れかえった。

 

(SAITAMAねっとわーく11月号 PDF版はこちらから)

 アメリカ同時多発テロ(9・11)が発生した2001年に生まれた子どもが今年16歳を迎える事実をみなさんはどう受け止めるだろうか。かくいう私も当時12歳で、何かそれについてその時に考えたことを語れるわけではない。それでもあの日テレビで流れていた映像を覚えているし、その後2003年にアメリカがイラク戦争を始めた際には「いまどき戦争なんて始まらないよね?」と叔父に迫ったのを覚えている。叔父は「始まるし長引くと思う」と私に言った。あの頃がひとつの転換点だったという実感がある。

 

 ペンシルベニア大学での院生としての日々において学部生の世界情勢や安全保障に対する考えに触れる機会も多い。その度にある種の衝撃を受ける。たとえば、先日、北朝鮮の核実験やミサイル発射についての討論会を傍聴した。軍事力に頼らずに対話路線を追求するべきだと主張する学生でさえも、その主な根拠としてあげていたのは「アメリカの軍備は核兵器も含めて世界一で匹敵する国はないのだから軍事力行使の必要性がない」というものだった。保守派の学生は「北朝鮮はテロ国家だ」と言い切り「国際社会におけるルールを守れないのであれば軍事行使以外に道はない」と述べた。私は今学期、昨年同様に「科学技術と戦争」という授業をティーチングアシスタントとして教えている。軍事行動による一般市民の巻き添え被害(コラテラルダメージ)について、そしてそのような被害がなかなか公にならないことについて議論をした。「残念だけれどもしかたない」「正直まったくなんとも思わない」「必要悪だと捉えなければアメリカは戦争を勝ち続けられない」などといった意見が続出し、動揺した。

 

北朝鮮の核開発をめぐるディベートは白熱し、聴衆の中からも発言や質問が多く出た。

 

 現役大学生の多くにとって9・11は就学前の出来事であり、イラク戦争は物心がつくかつかないかのころに始まったことになる。デジタルネイティブ世代という表現があるが、彼らは対テロ戦争ネイティブ世代でもあるのだ。私と同じ30歳前後の若者は、2001年を境に空港での警備が異様に強化され、愛国心が煽られ、「正義のための戦争」というメッセージが「つくられていった」ことを覚えている。さらに上の世代になると、ベトナム戦争時の反戦運動の記憶が刻み込まれている。しかし今の大学生にとっては対テロ戦争をするアメリカは「常態」で、「21世紀版・世界の警察アメリカ」は国際秩序にとってなくてはならないもののようだ。

 

 アメリカの中から見える世界とは全く違う現実を生きている人たちが世界各地にはいる。対テロ戦争ネイティブ世代の想像力を養うことが当面の私の課題となりそうだ。

 

(SAITAMAねっとわーく10月号 PDF版はこちらから)

 例年夏休みになると私は大学院生であることを2か月強忘れ、ピースボートという古巣(!?)に戻ってフルタイムで「季節労働」を行う。今年の夏も、6月下旬から2か月間びっちり高田馬場にあるピースボートの事務局に通う日々を過ごしている。普段大学の世界にこもりがちな私にとっては現場感覚を取り戻すいい機会にもなっている。

 

 さてピースボートのある高田馬場だが、ミャンマー(ビルマ)人コミュニティがある街として知られており、ミャンマーレストランなどが多いことから「リトルヤンゴン」とも称される。それだけでなく、早稲田通りにひしめくラーメン屋に交じってインド料理やタイ料理、ベトナムサンドイッチのお店があったり、また語学学校がある関係で日本語を学ぶ国外からの若者が多かったりと、そもそも多様な街である。

 

 この夏1年ぶりに戻ってきてみると、無視できない変化を感じた。「多文化度」が格段にあがっているのだ。コンビニの店員さんのバックグランドが多様だ、というようなレベルではない。街のあちこちで、多言語のお客さんを前提としたサービスが見受けられるようになっている。食堂の券売機が中文や英語などの多言語表示になっている、「英語OK」と看板のある(当然英語で)美容院がある、郵便局で職員が簡単な英語とゆっくりとした日本語で対応している…。そしてそれが、ユニバーサルデザインならぬユニバーサルサービス的に、日本語スピーカーにも当然のように受け入れられているということも新鮮な驚きだった

 

 先日、「ili(イリー)」という、スティック型の音声翻訳機を開発している会社にお邪魔し話を聞いたが、一番需要があるのは地理的にアジアからの観光客が増えているが人材不足などで現場の対応がおいつかない九州などの観光地だそうだ。現場の準備の有無を問わず多様な人が日本を訪れるし、必要に迫られながら必要な投資がなされていくことで、草の根・民間主導で社会の多言語・多文化対応は進んでいく。

 

 しかし今回高田馬場で感じたのは「観光客向け」だけではなく「その地で暮らす人向け」の多文化・多言語対応がうまれてきているということだ。「外国人」のためのサービスという意味での「おもてなしのニッポン」ではなく、日本人・外国人などと考えるまでもなく「ニッポンでともに暮らす」を実現できるかが試される時代がきている。「移民を受け入れなければ」「移民が増えたら…」という議論は昨今活発になされているが、現場ですでに起きていることにまずは目を向け、そこから学ぶことの大切さを改めて実感する。

 

この夏はピースボートの日韓交流の船旅にも参加した。洋上ではどちらがマイノリティになるでもマジョリティになるでもなくどちらもが過ごしやすい環境づくりの整備を試行錯誤した。

 

(SAITAMAねっとわーく9月号 PDF版はこちらから)

 2017年7月7日、ついに核兵器が法的に禁止された。核がこの世で初めて使われてから72年、世界の過半数の国々が核兵器にNOと言った。NOと言っただけではない。法的拘束力のある核兵器禁止条約を正式に採択したのだ。この条約により、核兵器の開発、実験、保有、移譲、使用また使用の威嚇が禁止され、さらにこれらの行為をいかなる形でも援助、奨励、勧誘することも禁止された。この歴史的な採択の瞬間に居合わせたカナダ在住の被爆者のサーロ節子さんは「核兵器は長く非道徳的だと言われてきた。今日、核兵器は非合法となった。」と力強く会場に向けて言葉を放った。

 

 「ヒバクシャ(Hibakusha)」という言葉を前文に含むこの条約が制定されることを、長年核兵器廃絶を訴えてきた広島・長崎の被爆者がどれだけ切実に望んできたかを、私は被爆者のみなさんに寄り添いながら目の当たりにしてきた。そしてこの条約を歓迎したヒバクシャは広島・長崎の原爆被害者にとどまらない。3月と6月から7月との2会期に分けて行われた核兵器禁止条約の交渉会議には、オーストラリアやタヒチの核実験被害者など、これまで核の被害を受けてきたヒバクシャも世界各地から集まった。私は彼らの声に改めて耳を傾けながら、核が、そして核を持つ国々が、どれだけたくさんの人の尊厳を奪ってきたかを実感した。だからこそ、核のない世界を実現するための確固たる一歩となるこの条約の制定を、私も心から歓迎する。

 

 私は3月の交渉会議にも7月の会議にも、一部ではあるが参加し、ヒバクシャのみなさんの発言や活動のお手伝いをしたり、各国からのメディアの取材の際の通訳をしたりした。そのような形で触れる条約締結に向けた議場でのイニシアティブの中で深く考えたことがある。それは誰が市民社会を牽引していくのか、という問いだった。今回の核兵器禁止条約の交渉会議では、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のメンバーを中心に、主に20代・30代の若いキャンペーナーらがリーダーシップを発揮していた。各市民団体の発言をとりまとめ、条約草案に対する意見を述べ、各国の国連代表部と地道な交渉を重ねていた。彼らは各国の外交官と並んで、交渉会議における主要プレイヤーだった。そのような彼らをみながら、チャリティやボランティア精神だけでなく、パッションをプロ意識と専門知識で装備しグローバルイシューに取り組む彼らこそが当事者の声を「受け継い」でいるのだと思った。

 

 「継承」とは記憶を受け継ぐことのみを指さない。今回の核兵器禁止条約のように、当事者のメッセージを具体的に形にしながらよりよい社会をつくっていくことも、「継承者」のありかたなのかもしれない。

 

(SAITAMAねっとわーく8月号 PDF版はこちらから)

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