謎の器質性精神病① | kyupinの日記 気が向けば更新

謎の器質性精神病①

もうかなり前になるが、

頭がおかしくなりそうで、どうして良いかわからなくなる。罪悪感でいっぱいになり、物忘れが酷くなる。動悸がして気が狂いそうになる。簡単なことも頭に入っていかない。集中力がない。自分の噂をされていると思い込む。

という奇妙な訴えで初診した青年がいた。

少し前に近所の内科に受診するとデパスを貰ったらしい。その時は少しだけ良くなったと思った。また彼によると、高校2年の頃から対人緊張が強く、よく自分の噂をされていると思っていた。最近、過呼吸とパニックを起こして何度か救急車で搬送されたという。

長い病歴で、うちの病院に初診するまで、他の病院でパキシル20㎎、ソラナックス0.8㎎を処方されている。

その後、パニックはなくなってきたが、強迫観念や人の表情が1日中、頭に焼きつくことがあった。また頭の中で「自分の声でない声で、いろいろ言われている感じがする」という。しかし内容までははっきりしない。

人とすれ違うと、バカにされているんじゃないかと思ったりしますね。

その後、リスパダールを0.5㎎追加されている。リスパダール0.5㎎を飲むと眩暈がしたのですぐに自分の判断で中止したという。

うちの病院に初診後はそれまでの治療を尊重し、慎重に様子を診ていたようである。(処方変更もほとんどしていない)

複雑な病状である上にたいした改善がなく、埒があかないため、ある時期から僕が診察するようになった。このような複雑なタイプの患者さんは、外来婦長の計らいで僕と主治医が代わることが稀にある。(初診後、約40日目頃。一応、この日を新たな初診とする。)

近況は、

1日、頭の中で気分がコロコロと変わる。物忘れが酷く雑念が湧く。自生思考って言うんですか? それでも気が弱くなるのはパキシルを飲み始めて少し減った。人の顔色とか異常に気になりますね。人に会って話していると、敵意を感じるので、いつもナイフを携帯している。今の状態だと仕事が出来ない。就職活動はしていて、面接を受けるが落とされてしまう。パニックは収まっている。「死ね」とか否定的な考えが入ってくる。それが何度も繰り返される。今はドグマチールは服用していない。ソラナックスを飲むと良く眠れる。

僕が始めて診察した印象だが、対人接触性は保たれており、一見して統合失調症ではない。診察室では穏やかな印象であるが、外来事務の女の子によると、たまにすごまれることがあり、「あの人は怖い」という。そりゃ、ナイフをいつも携帯しているくらいだし、そんなこともあるかもしれないと思った。(これも統合失調症的な所見ではない)

リスパダール液を1ml寝る前に服薬し、自分で少しずつパキシルを減量するように指導する。

パキシル 20㎎(自分で漸減すること)
ソラナックス 0.8㎎
リスパダール液 1ml


パキシルを減量する際は、ショックを弱めるというか、緩衝させる色々な方法があるが、彼ならリスパダール液は少量であれば悪くないと思った。過去に服用したことがあるから。(リスパダール1mlは1㎎)

その1週間後
リスパダール液を服用すると思考停止が減った。考え事をしていて、それに対する声が聴こえた。そこまではっきりした声は初めてだったので驚いた。体は今はきつくはない。パキシルをやめて、自分という実感が持てた(パキシルは指示を守らず急激に中止したようである)。

1日ごとに気分がすごく変わりますね。元気だったり、落ち込んだり。でも、日常生活が困るほどではない。本人によると、パキシルを中止しリスパダール液だけを服用し始めて少しずつ良くなったという。眠剤と抗不安薬を変更する。

リスパダール液 1cc
デパス1㎎
ドラール15㎎


2週間後
リスパダール液は止めてしまったという。良く眠れる。今はドラールだけ飲んでいる。音が侵入してきても自分で抑えられる。(微妙な異常体験があるようである)

今まで、脳と体が離れてしまっていた感覚があったが、今は引っ付いている感じ。セロクエルを勧める。体と心が解体する感覚や離人体験があるらしい。

セロクエル 25㎎
ドラール  15㎎


更に2週間後
セロクエルを飲むと夜になると奇妙なことになる。誰かに抱きつかれたりする。聴こえたり、引っ張られたり。よく考えると、ドラールだけ飲んでも夜はそんなことがあった。いったいなぜでしょうか?と聞く。日によって体調がずいぶん違う。奇妙なイメージがぱっと浮かび、そのまま消える。レンドルミンとエビリファイに変更。

レンドルミン 0.25㎎
エビリファイ 3㎎


彼の訴えをずっと聞いていると、常に異常体験との一定の距離が保たれており、批判もできるし自我異和的であることがわかる。また、特に視覚面の異常体験が多い。診察時の対人接触も良好であった。統合失調症と診断するには、この内容だけでも不審点、満載である。

これはどう考えても・・
彼を統合失調症と診断するアホな精神科医はいないと思われる。


異常体験の性質は器質性所見を備えていると言えた。当時、とりあえず正体は不明だが、器質由来の精神病と考えていた。(本人にもそう説明する。)

彼に「貴方は統合失調症ではない。これから統合失調症になることもありえないでしょう」と言うと、痛く感激しずっとこの病院に通うと言う。しかし、これだけ奇妙な所見があれば統合失調症と同じくらい大変である。どこかでウルトラCくらい出ないと。

このような診断の告知で感激されるのは、精神科医から見ると痛し痒しである。(本質は実はそこにないと言うか・・)

過去ログには統合失調症は告知しないと書いているが、今までこれだけ精神科医をしてきたのに告知したことは1度もない。しかし、他の病院で統合失調症と診断されている人がそうではない時、否定的な告知はする。

元々、統合失調症はグレーゾーンだから告知しないわけではなく、統合失調症と確信しているからこそ告知しないのである。これはもちろん、統合失調症の一般的なイメージがあまりよくないことも大きい。


統合失調症は早いうちに治療がうまくいくと社会復帰も可能だし、そこまで深刻な精神疾患ではなくなりつつある。これは過去ログも参照してほしい。

(続く)

一連のエントリ
1、謎の器質性精神病①
2、身体と精神の分離した感覚②
3、情報の混乱と器質性幻覚③
4、脱出④

参考
周りで笑い声がすると・・
統合失調症の発病の謎
器質性うつ状態と広汎性発達障害
1人目女性患者さんについて
薬物治療と寛解のレベルについて