統合失調症の発病の謎 | kyupinの日記 気が向けば更新

統合失調症の発病の謎

統合失調症について、回復期はずっと僕たちは診ているので、なんとなくイメージを掴んでいる。これは初診して継続して診ていれば、時間的な経緯を同時に経験できるからである。それに比べ統合失調症の発病の時期、つまり病気の発生する瞬間は僕たちは診ることができないので、未だに謎のままだ。

僕は長く精神科医をしているが、患者さんを初診で診始めて、それから統合失調症が発病してしまったという経験が1度もない。初診で診たときは、まだ統合失調症が発病しておらずそれからも発病しないか、最初に既に発病していたかのどちらかなのである。

中安信夫氏の「初期分裂病」という概念があるが、これはあまりにも精神所見があるので、あの時期のすべての患者さんが精神科に受診しないなんてことはありえない。

つまり、「初期分裂病」なんてものは存在しない。

これはちょうどあれに似ている。「タイムマシンは、将来にわたって実現しない」というもの。もし遠い将来、タイムマシンが完成したなら、やがてその時代で普及し現代にもたくさん時間旅行者が訪れるはずだ。ところが時間旅行者を僕たちが見ることはない。だからこそ、おそらく無限の将来までタイムマシンは実現しない。

もし初期分裂病なる病態があり、あれほどの所見があるなら、何割かの症状が揃っている曖昧な患者さんを頻繁に診てもおかしくない。しかし、そういうのが全然ない。しかも診ているうちに統合失調症に移行してしまうことも、ただの1度すらないのである。

だからこそ、おそらくそういう病態は存在しないのであろう。

以前エントリで書いた「3人目の女性患者」に出てくる子は生まれて初めての例になるかもしれないと思っていた時期がある。そんなことがありうるのだろうか?と思いつついろいろやっていたらすっかり治ってしまった。(意外にそう思っていたのが良かったりして。)

もう15年以上前の話だが、あるいきつけのお店に20代の男性店員がいて、よく話をしていたことがある。いつも笑いながら話しかけてきて、名前こそ知らなかったが、わりとよく知っている人だった。ただ彼は僕が精神科医であることを知らなかった。

ある日、1週間に1度ずつアルバイトで行っていた精神病院の病棟で目撃したのであった。

工エエェェ(´д`)ェェエエ工

お互いに指差して「いる~」という感じだった。実際、診察したら間の悪いことこの上なし。僕は学生さんくらいに思われていたし。

彼は既に統合失調症であった。数日前まで僕に明るく話しかけてきていたのに、この短期間にこの変化はなんなんだ、といったところ。お店に行っていて、いつも話していたなら統合失調症があればもちろんわかる。どうみてもその短い期間にそうなったとしか思えなかった。

院長に聞いたのであるが、彼は「○○先生は、僕が病気になるのがわかっていて、いつもやって来てずっと僕を見ていたのではないか?」と言っていたらしい。ほんの偶然なのであるが。

しかし、そういう風に思えるのも、わかるような気がする。たぶん、健康な時期と発病に至る移行期みたいなものはあるのだろう。ある瞬間に0.5秒くらいで移行するわけはないから。しかし中安氏が言っているようなものではないような気がしている。

だいたい初期分裂病の考え方であるが、あれを信じている人はすごく少ないと思うよ。少なくとも僕の大学にはあの考え方はほぼ存在しない。若い精神科医は知らないけど。僕の世代でそのような考え方をしている人はきっと30人に1人もいない。

だいたい、一度も診たことがないものを信用しろという方が無理。

参考
統合失調症の診断は・・