脱出④ | kyupinの日記 気が向けば更新

脱出④

情報の混乱と器質性幻覚③」の続き。

手術後も、音を中心とした幻聴、見られている感覚などはっきりしない精神症状が続いていた。これはパキシルを再開したことも関係しているが、パキシルを再開しなくてもやはり良くはなかったと思われる。本人によると、見られている感覚は子供の頃からあったらしい。

彼は当時、興味深いことをいくつか言っている。

腫瘍を取って最も良くなったこと
① 頭が良くなった。
異次元空間だったのが、だいたい普通の空間に戻った。頭の回転は良くなったけど、まだ十分ではないですね。

② テレビがわかるようになった。
丸2年くらい全然わからなかったですし。

③ 音や幻聴が減った。
しかし、最近は人の顔色がとても気になっているんですよ。

今もACTHは69(pg/ml)(正常 7-56)少し高いが、コルチゾールは正常範囲内である。(7.9μg/dl)(正常4-23.3)

プロピタンはほんの少しだけ鎮静している。最近、体重が6~7kgは減った。毎日、天井を見つめていた時は、ホント、死のうかと思っていた。

術後4~5ヶ月目から、全身の関節痛が出現し始めた。これは全体のホメオスタシスの変化から来るように見える。術前にみられた一過性の糖尿病?は治っていると言う。とにかく、不安、イライラ、億劫感が酷い。朝からトイレに行くのすら面倒。歯も磨けない感じ。幻聴などはまだ我慢できる方ですね。

朝起きた瞬間から、音楽が流れていますよ。(笑)。それも子供の頃に聞いた曲。

彼によると、術後、断然、薬が効くようになったという。プロピタンはどこに効いているかよくわからんけど、頭痛には効いているみたいですね、という。

ツムラ41は、多少億劫さに効いているらしい。またパキシルの副作用の「痺れみたいなもの」に効いているという。プロピタンを飲みだして不眠が良くなっているのかもしれない。

術後、半年目
元気が出ないですね。幻聴はある。最初は遠くから聴こえてきて、男の人のオウオウという声。体は今も痛いですね。顔つきは前より良くなっているように見える。パキシルは音楽や幻聴の原因になっているようであり、せめてジェイゾロフトに変更するようにすすめる。

マイスリー    10㎎
ツムラ補中益気湯 7.5g
メイラックス   2㎎
プロピタン    50㎎
パキシル     10㎎
ジェイゾロフト  25㎎
ディオバン    80㎎(降圧剤)


その2週間後くらい
家の中に小さいおじさんがいた。幻視があったらしい。そのちいさいおじさんは1人ではなく、数人いたという。しかし自分に話しかけたりしない。それを見ても恐怖感もなかった。不思議ですね。

何をするのも全てが億劫です。これが取れれば、社会に出られるのに・・

睡眠は良くなったけど、熟眠感がない。眠いという感じもない。しかし満腹感は出てきている。前は全然なかったと言う。今は音楽とか幻聴はあまりない。前は一日中あったのに。今は幻聴は減ってきていて、幻聴がちょっとしたボケをかますのもない。(笑)ひょっとしたら、プロピタンが幻聴に効いているのではないか?という。

いろいろ症状が残っているが、顔が以前よりずっとスッキリしている。関節がまだ痛いらしいが、体重を減らすように助言する。一応、RA定性を調べたがマイナス。

パキシル     5㎎↓
ジェイゾロフト  50㎎↑
他、変更なし。


その後、デプロメールやトレドミンで試行錯誤していた。しかし、億劫感や神経過敏傾向、イライラ感、不愉快な気分が改善しなかった。極めて中途半端な状態が続いており、彼が僕になぜなのか質問しても明快に答えられないでいた。手術はとっくに終わっており、ホルモンも正常化しているのに、精神症状が遷延化しているのである。

ある日、医局で、

天才精神科医が聞いて呆れる!

と叫んだところ、女医さんが大喜び(←謎)。彼女によると、僕がそういう風にいうと、直後に患者さんが急回復することが多いらしい。

患者さんが良くならないのは、本人も大変だろうが、治療する方も凄くストレスなのである。とにかく良い方向に行っているよう思うし、いろいろ作戦を考えるから、もう少し待つように伝える。

術後2年目に、ラミクタールを投与することにした。これが決定的だったのである。

ラミクタール25mg隔日投与から2週間目には、何かにビクビクする感じがなくなったと言う。今までは部屋のドアを開ける際にもビクッとしていたらしい。しかし、億劫感は全然改善していない。不安感がなぜかほとんどなくなっているという。しかも幻聴がかなり減ったらしい。その後、ラミクタールを毎日25mgだけ服用するように指導する。

その1ヵ月後。
億劫ではあるが、少しは良い。ラミクタールは億劫感に効きますねという。コンビニで働き始めた。お金がないので、時給の高い夜に仕事をするようにした。長時間仕事をすると、かなりきつい。体力が落ちていると思う。

その後ラミクタールを50mgまで増量。
本人によると、増やしたからと言ってそこまで良くはないらしい。ラミクタールを増やすと不眠になると言う。ベンザリンくらいを追加してほしい。仕事に行くようになったが、思うように体が動かないし、いわれたことがすぐに頭に入っていかない。全然、キビキビしていないと言う。また簡単な計算も間違う。リフレックスを追加してみる。

その後1ヶ月目
リフレックスは少し効いていると言う。でもラミクタールが最も効いている。あれは別格ですという。(当時100mg、その後200mgまで増量)

前に比べるとずっと楽に仕事ができる。ハルシオンは2錠ないとダメですね。ラミクタールはやや不眠傾向になる。リフレックスを飲み始めて、大幅に食欲が減った。先生の言っていたことと逆ですね(笑)。

体重は今でも減少が続いていると言う。

その後、ラミクタールに加えトピナも併用している。ラミクタールとトピナの併用はほとんどしないが、このような器質性の精神所見が重い人では、たまに併用する人がいる(併用はたぶん2~3人、普通どちらかが良い人が多い。もちろん、どちらも合わない人もいる)ラミクタールはかなりの量を処方しているが、トピナは少量である。トピナを併用するとリラックスでき、職場で接客の際に楽に対応できるという。

彼の場合、ラミクタール、トピナ、リフレックス(15mg)の併用で、幻聴、幻視、複雑な違和感、アンヘドニア様体験は完全といって良いほど消失している。あたかも生き返ったようだという。仕事面でもアルバイトが続けられるようになった。

ラミクタール、トピナ姉妹の光り輝くような効果と言えた。遂に、ウルトラCが出たのである。

リフレックスは複雑な薬理作用を持ち、意欲に対しての効果が大きい。セロクエルに似ている部分もわずかにあるが、彼の場合、リフレックスの抗精神病薬的な作用も貢献しているように思われる。リフレックスを服用し始めて、大幅に体重が減少し始めたのは特筆される。

ある日、
「今は幻聴も幻視もないが、別にあってもかまわないですよ」と言うので2人で大笑い。彼にとって幻聴はそこまで大変で重大な症状ではないらしい。

彼の場合、高校時代頃の症状まで全て消失し、神経過敏、易疲労感など、仕事に支障がある精神症状まで回復している。つまり、今の彼の精神状態は、出生後、物心ついてから最も良いようなのである。最も健康に近いと言える。

これも、決定的な破綻を契機に急激に精神障害が回復したケースだと思う。このようなパターンは過去ログにも同様な患者さんが紹介されている。

補足とまとめ
彼には当初から種々の器質性と思われる多彩な幻覚妄想がみられているが、全ての病期を通じ、大量の抗精神病薬でなんとかしようとはしていない。なぜなら、効果的ではないことが明白だからである。

こういう人に、例えばリスパダール12mgを投与すると身体的にも精神的にもガタガタになりかねない。

特に腫瘍が発見されてからは、悪あがきをせず、ホメオスタシスの回復を待ち、主に抗てんかん薬で治療をするような経過になっている。こういう疾患はそういう方針のほうがうまくまとまりやすいからである。

しかし彼の場合、手術後のスランプが1年以上続いていた。あまり先が見えなかったのである。この時の主治医の苦悩を想像してみてくれ。

原因を取り去ったのに劇的な改善がない。本人は良くならないことに不思議さを感じたであろう。実はそれまでの疾患の歴史が関係している。だからこそだが、精神科医はある程度の経過説明も必要だし、病状に寄り添うようなアドバイスや励ましも必要なのである。(僕のようなタイプの精神科医でもこんなことを言う)。

彼の治療経過を見るとわかるが、精神科医は焦らず見守ることも重要である。きっと精神科医はある種のセルフコントロールが必要なんだと思う。精神科医は精神的にタフでないとやっていけない。(診断、治療の力量が必要なのは当たり前)

そういう点でも、「患者さんは主治医以上には良くならない」という意味も理解できるような気がしている。

この言葉は深いのである。

(これで一連のエントリはおわりです。)

一連のエントリ
1、謎の器質性精神病①
2、身体と精神の分離した感覚②
3、情報の混乱と器質性幻覚③
4、脱出④

参考
リウマチの人は統合失調症になりにくいという謎
アトピーによる精神病状態
寿命が7日縮んだ日
器質性妄想とトピナ
治療イメージについて