薬物治療と寛解のレベルについて | kyupinの日記 気が向けば更新

薬物治療と寛解のレベルについて

今日のエントリは、
2人目の女性患者
「2人目の女性患者」その不思議な経過

の続きになる。他にも触れているかもしれないが、概ねこの2つを読むとあらすじがわかる。

彼女は、現在、初診後4年~5年くらい。経過は概ね良い方である。わずかな増悪時期はあったものの、決定的な悪化ではなく、症状の僅かな「ゆらぎ」といったところだ。

軽い人はともかく、ある程度の症状がある人たちは、「ゆらぎ」があった方がより高いレベルにまで改善しやすい。

その変化により薬物の変更の機会に恵まれるというのも大きいが、寛解や治癒は「茨の道を通らないと抜けられない人も多いのではないか?」というのも感じている。

彼女はルーラン4㎎だけで寛解状態にあったが、ある冬の日、病状が悪化するという事件が起こった。特に悪化の理由などなかった。今回はきちんと服薬していたのである。初診後2年~3年目に幻聴が再燃し、1週間ほど入院したのであった。

その幻聴は単に断片的に嫌なことを語りかけるタイプではなく、宇宙人がどうこう言っていたので、一刻も猶予できないタイプのものであった(参考)。こういう幻聴は奇妙な妄想に発展しやすいし、もしそうなったら寛解したとしても社会適応のレベルが悪化し仕事どころではなくなる。

僕はある時期から、何年、何十年と続いた幻覚を止める技術みたいなもの?は上手くなったが、そういう風に改善しない人もいるのは事実で、どのような背景のためにその相違が生じるのかまだ整理ができていない。

少なくとも10年くらい続いた幻覚が消失したと言うのはよく聴く。しかし、10年くらい続いた幻覚が消失した場合、急激な病状変化が生じ、普通その後の方がもっと大変である。(もちろんそうならない人もいるが、その方がむしろ少ない)

これはある種のホメオスタシスが崩れるためと思うが、もっと単純に言えば、ドパミン放出のあり方の変化のため、他の精神症状の悪化が生じるのではないかと思っている。幻覚を再現させないで、そのまま厳しい状態を過ぎると、高いレベルの寛解に至る。この話は長くなりそうなので今回は触れない。

そういう考え方から、幻覚が初めて生じた際に一刻も早くそれらを消失させるのは極めて重要である。そのために、大量処方や特別な際にはECTの使用も否定しない。(時間がかかると非常に拙いと言う話は過去ログでも良く出てくる)

彼女が入院した際に、デパケンRを600㎎まで増量し、ベゲタミンBやリスパダール液、またトロペロンの筋注を行なっている。最も幻聴に有効だったのはリスパダールだったが、体重増加の副作用が大きすぎるため、その後ルーランに戻し、他の併用薬でバランスをとる方針にした。

急性期、リスパダールのたった0.5㎎でかなり有効だった。「お前が宇宙人だ!」などと幻聴があったらしい。

その後、しばらく、

ルーラン4㎎
デパケンR 400㎎


の処方を続けたが、この処方では、冬の悪化が確実に避けられるとまでは言えない。冬を過ごしてみないとわからないが、なんとなくそう思われたのである。

ある年の秋に、ラミクタールを追加することにした。真の目的はデパケンRを中止するか限りなく減量することであった。ベースの薬はできるならラミクタールにしたい。理由はいくつかあるが、ラミクタールはフィットすれば、統合失調症の人の認知に対し改善効果が大きいことがわかってきていたからである。(ラミクタールは統合失調症の人が学業を続けることや就労などの面で好影響を与えることがある。)

もうひとつの理由は減量である。彼女に限れば、デパケンRは体重増加にはマイナスになっている。(もはや体重増加はないが、デパケンRを中止すればおそらく減量できる。デパケンRを残していると減量は難しいと思われた)また女性であることを考慮すると、催奇形性の点でラミクタールはデパケンRに比べ圧倒的に優れている。そこで少しデパケンを減量し、ラミクタールを追加してみた。

ルーラン4㎎
デパケンR 200㎎
ラミクタール 25㎎


ラミクタールは目元を爽やかにする。表情を改善する薬はいくつかあるが、エビリファイの表情改善とは一風変わった印象がある。(エビリファイは特に目元がかなり良くなるが、ラミクタールは顔つき、頬の輪郭、表情全てを自然にする)

この処方で無事、その冬を乗り切れたのであった。

この処方は3剤であるが、抗精神病薬はルーランだけなので、今風に言えば単剤処方である。この辺りのことは精神科医と一般の患者さんの考え方にはギャップがある。

この処方は一見して、正三角形かあるいは二等辺三角形の頂点にそれぞれの薬が位置しており、しかも全て自由度が高い薬なので、1つの完成形である。これで寛解すればシンプルで良い組み合わせと思う。(参考

統合失調症の薬物療法は、おそらく立体的になっており、X軸には抗精神病作用を持つ薬が位置する。そしてY軸はたぶん躁うつ病の薬が位置するのであろう(特にリーマス、デパケンR、テグレトールなどの古典的気分安定化薬)。

Z軸はいわば虚数の世界であり、この軸の薬が意外に重要である。広汎性発達障害などの治療はY軸とZ軸の治療を主体に考えた方がうまくいく。広汎性発達障害では、X軸の薬は副作用が出やすいが、自由度の高い薬だと良い場合もある。過去ログではシンプルな薬、ルーラン、エビリファイ、ロナセンはわりあい良いのではないかと言った私見を書いている。

Z軸に相当する薬は薬理作用が良くわからない薬物群である。過去ログでは、たぶんラミクタール、トピナ、春ウコン、エゾウコギ、バッチフラワーなどが入ると思うが、実はこれら以外にも有望な薬がいくつかある。ただし、まだアップしていないのでここでは触れない。

たぶん、統合失調症や広汎性発達障害では最終的にZ軸に作用する極端にエクセレントな薬物が出現し、寛解させる薬物療法が革命的にアップするような気がしている。

広汎性発達障害の人に機械的にX軸の薬を増やして行っても、幻覚や興奮に有効でないなら、空振りになり徒に増えるだけである。始末が悪いのは、病状悪化時には薬に弱い広汎性発達障害の人たちでも意外に体が薬を受止め、高用量の薬が服用できること。こうなるとハシゴが外された形になり後戻りができなくなる。(←減量が容易でなくなることを言っている。)

最初にX軸の薬に何を選ぶかが重要だし、YとZ軸の薬を併用して、抗精神病薬の量をセーブすることが望ましい。

さて、彼女の治療の話に戻る。

彼女はデパケンを200㎎まで減量しても、体重に関して当初期待していたほどは効果がなかった。たった3~4kgしか減らなかったからである。しかしこの処方で安定しているのは非常に大きいので、このまましばらく様子を見ていた。彼女は当初、専門学校に行っていたが、そのうちフルタイムの職種に就職したのである。

ある日の職場の感想など。

アミューズメントパークのような職場でアトラクションの切符係りをしている。連休の日には自分のアトラクションだけで1000人くらい対応するらしい。一般就労であり障害者枠で就労しているわけではない(彼女は障害年金を受けておらず、障害者手帳も持っていない。自立支援法だけである)。

朝はぱっと起きられないので、8時頃起きて支度して出かけ9時から仕事をするという。契約社員だが有給があり厚生年金や健康保険もあるらしい。問題がなければ1年ごとに更新される。額面は14~15万円で、手取り12万円くらい。(普通、このくらい働ける人は障害年金の対象にならない。精神障害者福祉手帳は本人や家族の希望で申請していない。)

彼女によると、集中力は元々ないという。前の仕事より体重は3~4kgは減っているけどまだまだ。以前よりより職場で人間関係が良くなっている。意欲が出て引きこもらなくなったらしい。(ラミクタールは外に出させる薬である。ひきこもりには有望な薬物。ラミクタールの過去ログを参照)

彼女の場合、引きこもっていても統合失調症なので、ブプロピオンは選択肢に挙がらない。

やがて、デパケンRはひょっとしたら必要がないのではないかと思い始めた。この処方でデパケンRを中止できたら非常に大きい。そこでデパケンRを半分の100㎎とした。

ルーラン 4㎎
ラミクタール 25㎎
デパケンR  100㎎


この処方は自覚的には差がなく、診察時の印象も変化がなかった。この処方は1錠ずつでシンプルであり、ひと目、バランスが良い。

ある夏の日。

とても暑いです。仕事は行っている。頭のポヤンも前より良いです。落ち込むことはほとんどない。字がいっぱい読めるようになった。頭は前より冴えている。集中力は続かないけど、新聞とか雑誌とかちょこちょこ読むようになっている。仕事は楽しい。夏休みが終わり、お客さんが減り仕事が楽になっている。特に平日はヒマですね。

デパケンRの200と100は・・

デパケンRは減らしてから感受性が鋭くなった。嫌な事があると嫌と思うし、以前は全く気付かなかったことに気がつける感じ。少し前向きになってきたかな?と思う。最近、運動をし始めた。プールに行って泳いでいる。携帯は、パケほーだいに入っているので8000円くらい。携帯ではマンガを読んでいる。

その後、デパケンRを漸減したが、ゼロになると一瞬、うつに落ち込むことがあるらしい。そういう言い方だったが、詳細は不明である。そこで再びデパケンRを100㎎まで戻し、その後、セレニカRに変え80㎎まで減量している。

彼女はたぶん今のルーランとラミクタールの量では、デパケンRは80か100㎎程度は必要そうなのである。(今のところだが)。ラミクタールを50㎎にすればデパケンRを極限まで減量(あるいはゼロ)も可能かもしれない。

彼女はまだ若いので、結婚して妊娠・出産するような状況になれば、そういう方針で行こうと思っている。今リスクを冒すのはそれだけの価値がない。

治療を失敗して予後が悪くなり、患者さんが障害年金を受けるような事態になるのは、日本経済の視点でかなりの損失である。毎月、何がしかの障害年金を生涯にわたり支給し続けることになるからである。(税金や社会保険料を支払っているのと、障害年金を受けているのでは大変な違いである)

その点で、精神科医の社会への貢献はかなり大きい。うちの病院に勉強に来ている若手精神科医やうちの病院の女医さんも同じ意見である。

過去ログではECTのために救われ、その後もずっと就労し障害年金も受けず、税金まで支払っている人がいる(例えばこの人)。僕の過去ログの友人もそうである。

ECTに関連するエントリでは素人ならともかく、精神科医と思われる人が以下のようなコメントを書いている。

■電気痙攣が必要不可欠な場面などそうそう無いと思うのだが・・・
今時「一刻も早く電気痙攣療法をしないと致命的・不可逆的ダメージが脳に残る例がある」といった内容を書くのもどうかと思う。辛抱強く多彩な薬を使いこなせばなんとかなるんだし、年配の精神科医は未だSzの「早発痴呆」という迷信に未だにとらわれているのだと思う。メジャー大量とか電気痙攣とか体にやさしくない乱暴な治療に安易に頼ることが平気なのはそのせいだろう。「外傷性ストレス記憶の蓄積が慢性進行性(早発痴呆)の様相を招く」という発達障害者の記憶処理特性への認識の甘さが根本にあるのか・・・?。テンカン発作という病的症状を惹起して治す必要があるほど切羽詰まった状況など、症状の華々しさに惑わされなければ精神科領域では皆無に等しいと思う(心臓や呼吸が止まる病気じゃないのだし)。あの時電気痙攣を選択しなかったから患者が致命傷を負ったなんて例は私の経験上ない(むしろ腕が未熟な時に電気痙攣に頼り過ぎたのを反省する)。確かに治療者・援助者・看護者にとっては「お手軽」「効果がスピーディ」「劇的な改善を一時的にもたらす」電気痙攣は魅力的(かつ修正型だと儲かる)けど、その場しのぎに過ぎないので今では必要性を感じません(腕が未熟だった2年目くらいまでは積極的に使っていたが却って薬物療法の工夫努力を放棄することに結びついた)。自殺の危険には「その場しのぎ」が極めて有用なことも確かですけど、それ以外でkyuqapin氏が喧伝するほど今の精神科治療に必要かな疑問ですね(先に触れた通り効果が「一時的には」劇的な悪魔的魅力に惑わされて辛抱強い薬物調整努力を放棄しかねない)。神田橋など腕のいい医師はもはや何年も使ってないようだし、テンカン発作を誘発するという侵襲性から考えると現況乱用されすぎだと思う
amyosin 2010-09-30 07:17:13 >>このコメントに返信


このamyosinさんという精神科医の人は過去ログでもコメントを残しているが、上の記載を見る限り、真の精神科医っぽくはない。てんかんをカタカナで書くなんて何なんだ。つまり今は精神科医をしているが、かつては小児科か内科をしていたような感じである。また精神科病院ではなく、クリニックで仕事しているような医師ではないかと推測する。特にECTの記載は受け売りっぽく、いろいろなECTの場面を経験しているかどうかも疑わしい。また果たして、このブログのECTのエントリを読んでいるかどうかも不明である。精神科医は、このようになるから、最初から精神科医をしなくてはダメなのである。

また神田橋先生について、
神田橋など腕のいい医師はもはや何年も使ってないようだし・・

という話も、決定的に彼がECTを否定しているようには見えないという話を過去ログに記載している。

元々、ECTはオカルトでもなんでもなく、有効性の面でエビデンスのある治療法であるし、むしろ否定的な論文の方が稀ではないかと思う。また禁忌とされる病態も意外であろうが非常に少ない。こういうコメントを精神科医が書くから精神医療が誤解されるのである。

救える可能性のある患者さんの1つの治療選択肢を放棄するのは精神科治療として失敗である。だいたい、サイエントロジーが混入しているような精神科医って洒落にならないと思うし、ECTを治療法として否定するなんて、真剣にその人の治療を考えていないと思う。

僕はこの1年で、ECTをかけた人は2名だが、ともに広汎性発達障害の人である。(過去ログでは近年は薬が進歩していることもあり、ECTまで実施する人は非常に稀になっていると書いている)。

特に、amyosinさんがおそらく専門としている広汎性発達障害の人ではECTをすべき局面自体が非常に稀である。しかし、そういう治療法をした方が良い局面もあるのである。ここ1年で実施した2名の患者さんは過去ログには記載がないが、もしamyosinさんがその治療経過を一緒に診ていたのなら、唖然を通り越して、腰を抜かし、おそらくそのまま立てないと思われる。

(今日のエントリは、うちの病院に勉強に来ているドクターも見ていると思うが、たぶん苦笑しているのではないかと・・)

参考
統合失調症の寛解、就労、予後の謎
寛解のクオリティについて