双極2型の激鬱とECT | kyupinの日記 気が向けば更新

双極2型の激鬱とECT

彼に最初に会ったのはもうずいぶん前である。最初うちに紹介されて初診した時、間違いなく統合失調症と思った。初診日に入院。しばらくして僕が診るようになった。  

初診時は亜昏迷であった。家族によれば、電話がかかってきても家族に「出るな!」と叫ぶなど、奇妙な行動が見られていた。最初の頃にどのような治療をしていたのか、今はもう細かくは思い出せない。最近、このようなメモリー機能が落ちてきたような・・僕はもともとは記憶力が良いのだけど。

最初は非定型抗精神病薬で治療をしていたが、不思議なことに気がついた。たぶん、こんな人はなかなかいないと思う。急性期の症状、幻覚妄想が落ちついてくると、ほとんど統合失調症っぽさがなくなる。しかし、ジプレキサやリスパダールを服用させると、明瞭にそれとわかるのである。だから気色悪すぎて、リスパダールとジプレキサは処方できなかった。

しかし、なぜかセレネースの少量なら良いのである。セレネースの1.5mgで、ぴったりと幻覚妄想が消失し、他の症状、うつ状態が前景になる。次第にうつ状態の治療が主体となった。経過を観察していると、やがて軽躁状態も出現し始め、双極2型の急速交代型を呈してきたのであった。統合失調症なので、たぶん双極2型とは言わないのだけど、セレネースを服用している限りは双極2型の治療をどうするかになるのである。

しかし、この治療がとてつもなく難しかった。この人は、あらゆる点で応用問題になっていた。うつ状態は、亜昏迷を呈しやすく生産的なことは全然できない。仕事どころではないのである。この双極2型になっているのがミソで、乱暴な治療だと躁転するので良くない。躁転すると本人は元気になり良くなったと思うのだけど、仕事にならないのは同じなのである。

一般の人は、双極2型の軽躁状態だと、かえって仕事がはかどるように思う人もいるかもしれない。しかし、それは人や職種による。双極2型程度の躁状態でも、仕事はかなり雑になり、いい加減なところで放り出したりと、いくらかまとまらないからだ。もちろん、それでもあまり影響のない職種の人もいる。例えば、芸術家や自由業系の人たち、あるいは大学の教官などである。

いろいろ薬物を検討し、試行錯誤の末、うつ状態はプロザックでコントロールするようになった。確かゾロフトではダメだったのだが、どのようにダメだったか思い出せない。プロザックはニュージーランド製の正規品を使っていた。プロザックはSSRIなので、プチ躁転する確率が下がり長期的には良いのである。

僕は、彼の躁うつ状態のコントロールのため、できる限りのことをした。いろいろやっているうちにセレネース、プロザックなどの組み合わせで、いったん職場復帰することができた。この人の問題点は躁状態はたいしたことがないのに、うつ状態がかなり重いことであった。まさに激鬱。動けなくなり、仕事どころではないのである。

結局、退院してはうつ状態になって再入院というのを繰り返した。しかも激鬱になると、容易には気分は持ち上がらない。次第にわかったことであるが、激鬱になった時、アナフラニールを点滴しても、あるいはトリプタノールを225mg程度処方してもあまり反応がないのである。その激鬱状態を改善するためには電撃療法しか良い方法がなかった。

彼の場合、ECTをすれば、たいてい2回~4回で回復した。しかし初回からダブルでしなければならない。シングルだとまるっきり力不足なのである。たまに1回で劇的に改善することもある。そんな時は、相当に迷った。なぜなら、もう1回した場合、病状がぶり返すこともあったからだ。ECTは1回目はたいして改善せず、2回目か3回目でだいたい良くなると言うパターンが多かったように思う。激鬱のために入院歴は数回ある。

その後、躁転のリスクより、うつ転のリスクを避けるために抗うつ剤はトリプタノールを主体にした。ただ、セレネースは1.5mgだけ追加していた。ここまで、薬物でコントロールがうまくいかない患者さんも珍しい。ひょっとしたら、中の人が統合失調症だからかもしれない、などと思ったりしたが、統合失調症でもこんな人はなかなかいないって。

そうこうするうちに、休職期間の期限が迫ってきた。もう治療し始めて1年半~2年くらい経過していたからである。彼は、会社復帰した時のパフォーマンスが良くなかったので、このまま仕事に復帰できない場合、会社は退職させることにしていたようであった。実際に、会社の上の人が来て、僕にそう言われた。その言われた日は、ちょうど彼は入院していたのである。

あと、1ヶ月しかなかった。最後の1ヶ月で会社へ復帰できない場合、彼は退職になってしまう。彼は能力が高いが、もう既に発病しているので、このまま退職になるのは非常にまずいと思った。これは僕が思うだけでなく精神科医なら誰だってそう思う。それに、彼にはまだ小さい子供たちもいたからだ。もし退職になれば、経済的にも困窮するであろうことは間違いなかった。

彼が激鬱であった時、僕に言った。「先生、助けてください」

統合失調症で幻覚妄想などが活発にあるならともかく、彼が困っているのは双極性でも激鬱状態である。たかが双極性障害ごときで、退職なんて許されない。

長考の末、僕は悪くなった時のみ、外来でECTを1クール行うことにした。これだと激鬱になっても入院せずに数日で回復するし、調子が回復すれば電撃療法をした日にも出勤できる。内服薬はもちろんトリプタノールである。(150mg)

そうして、なんとか休職の期限に間に合ったのである。

急速交代型は年間4回以上のエピソードが必要であるが、彼の場合、1年目はきれいに3ヶ月ごとに計4回のうつエピソードがあった。教科書どおりである。僕は当時何を心配していたかと言うと、うつ状態が重すぎて、ECTが不調に終わるような場合であった。その際に1ヶ月とか2ヶ月とか入院になれば、それこそ退職になりかねない。

毎回のうつエピソードの時にそういう心配をしていたが、いつも4回までには回復させることができた。ただ、1回だけかなり反応が遅くて、ずいぶん心配したが、やっと4回目に回復したというのがある。

ただ、このような維持療法的なECTがいつまで続くのだろうか、という不安感はあった。僕は、このようにECTをトータルで100回以上続けても、全く後遺障害は出ないと思う。これは僕もそう思うし、ある先輩のドクターがそのような調査をした時に、変な後遺症が残っていたなんて人は全然いなかったというのも聞いた事があった。(この話はとても興味深いのでいつかエントリで挙げたい)

だいたい、統合失調症であれ、躁うつ病であれ、ECTでしかコントロールできないという人が存在する方がおかしい。治療法としての行き詰まりみたいなものに疑問というか「自分に対する怒り」のようなものを感じていた。

僕は退院後もいろいろな試行錯誤を続けていた。そして遂に、ECTをしなくて良い彼の躁うつのコントロール方法を発見したのである。

彼は、トリプタノール150mgにデパケンRとビタミンB6とエゾウコギ(免疫改善系の生薬)を併用すれば、ECTを要するほどの激鬱には落ち込まなくなるのである。これらの薬はいずれも重要であるが、エゾウコギだけはちょっと意味不明なので、なくても良いかと思っていた。あるとき、彼がエゾウコギをやめていたらやや落ちてきたので、これも補助的に効いているようなのである。

結局、退院後にECTをしたのは計4クールか5クールだけであった。その後ずいぶん経つが、今も彼は元気に会社で働いているよ。

彼は、近年、次第に使われ始めているサイマトロンでは難しかったと思う。理由は2つある。1つは、サイマトロンは古典的電撃療法よりもキレが落ちること。彼は、どうしてもダブルでしないと効果が出なかった。ぬるいサイマトロンでは何回必要だったからわからない。もう1つは、サイマトロンは麻酔が前提なので外来だけで済まず入院治療で行わざるを得ないことがある。

彼の場合、高学歴であるが、あのまま退職になっていたら、生命予後とか疾病予後はともかく、社会的予後が相当に悪かったと思う。退院後は会社内で、全くの閑職ではなく、もともとの才能が生かせる研究所に配置転換をしていただくことができた。彼は、少なくとも統合失調症に関してはほとんど欠陥症状がなかったからだ。この点でも、彼は恵まれていたと思う。

この話には、もう少し続きがある。読者の人にはそちらの方が参考になると思っている。機会があればアップしたい。

参考
木箱ECTとサイマトロン
単極性、双極性の激うつ対策本部
精神症状身体化の謎