木箱ECTとサイマトロン | kyupinの日記 気が向けば更新

木箱ECTとサイマトロン

もう半年前くらいだろうか、院長会か何かだと思うが、ある病院の院長と話す機会があった。その時、偶然、ECT(電撃療法)の話になった。その院長は僕より15歳くらい年上で大学の先輩に当たる。彼の病院は今は麻酔医を置き、サイマトロンを使ってECTをしているという。ECTの機器はかつてはシンプルな構造であり、電源は一般家庭の交流波を直接使っていた。実はこの交流波(正弦波)というのがちょっと問題なのである。

サイマトロンはちょうどダイオードを通したようなパルス波になっており、そのぶん、パワーが低くなっている。パルス波ということは、家庭の交流波のように双方向に行ったり来たりしないわけだ。一般に、ECTの直後に生じる健忘などは、サイマトロンを使うことにより緩和すると言われる。サイマトロンは高価な医療用機器であり1台300万円くらいする。

かつてのECT機器は通称「木箱ECT」と言われている。(本当か?)僕は約7年前にこれを購入したが、18万か25万かそのくらいだった。ガッチリした木箱に入れられており、まさに手作りというか、レトロなアナログ的な雰囲気はあると思った。木箱ECTを買った理由は、病院にあったECTの機器が古くて使い物にならなかったからだ。

このような医療機器はたぶん1万円以内でできると思うのだが、買う人がほとんどいないと思うし、医療機器でもあるし、この価格なのはやむをえない。いまやサイマトロンの時代になっており、木箱ECTは買いたくても買えなくなっている。メーカーから言われたのであるが、メンテナンスはするが、発売中止になっているので、大切に使ってくださいとのことであった。

サイマトロンの良いところはパルス波なので脳の侵襲が少ないことと、与える電撃量がコンピュータで計算できることだと思われる。木箱ECTの場合、そのあたりがさっぱりわからない。普通、数秒施行するがそれ以外のパラメータというか、電撃量のトータルもわからない。たぶんサイマトロンは麻酔をして行うのを前提にしていると思われる。

その時に彼と話したことは非常に面白いものであった。彼によれば、サイマトロンは木箱ECTほどの効果がないのだという。その言い方だが、「木箱ECT。あれが一番」なんて言っているのですごく笑ってしまった。僕が医師になった当時、大学病院などでECT(木箱)をするのでも、可能なら麻酔するような時代になっていたが、その当時の学会発表でも、「麻酔を実施するとそうしない場合に比べ効果がいまひとつではないか?」という質問が実際にあった。

僕は「木箱ECT」と「木箱ECT+麻酔」の両方をしたことがあるが、僕の答えは「木箱ECT+麻酔でもあんがい効果がある」これが結論である。少し効果が下がるが実用に困るほどの大きな差がないと思った。結局、効果と言う面では、

「木箱ECT」≧「木箱ECT+麻酔」>サイマトロン

ということになるのだろう。つまりECTという治療法は脳と身体へのダメージみたいなものが大きいほど有効性が高いことがわかる。

その知り合いの院長は一度ルーマニアの精神病院を見学に行ったことがあるらしい。その精神病院はルーマニアの片田舎にあり、ユーティリティも乏しく施設的にも恵まれていなかった。その病院の医師からECTの器械(木箱タイプ)を見せられ「これが一番効くんだ」なんて紹介された。ただ彼によれば、その時の説明では、側頭葉にECTをするような手技で、日本とは少しやり方が異なっていたと言う。

その後、統合失調症に対してのECTの話になった。彼によれば、「統合失調症は結局は木箱ECTが一番効く。それも回数を重ねれば重ねるほどそれに比例して効く」なんて真顔で言っていたので、可笑しくてたまらなかった。ウケを狙ったわけでもなさそうなのが余計可笑しかったのである。(実は彼の病院ではうつ状態に対するサイマトロン治療がメインで統合失調症に対してはあまり実施していないらしい。)

この「統合失調症はECTの回数を重ねるほどそれに比例して効く」ということについて検証したい。

個人的に、この言葉は相当に的を得ていると思った。しかし「回数を重ねれば重ねるほど」というのが相当に可笑しい表現で、普通はそこまでしなくても数回でとりあえず落ち着くと考えられる。「際限なく重ねる」必要がないのがポイントである。

もうひとつ彼は面白いことを言っていた。かつてECTをかなりの回数実施した長期入院の患者さんたちの後遺症の調査を実施したことがあるという。その調査結果では「なにがしかECTで後遺症が出ている人は全然いなかった」というのである。

ここで「なにかECTで後遺症が出ている人は全然いなかった」という結果について検討したい。

この調査は覚醒剤中毒後遺症の患者さんが対象だったらしい。もともと覚醒剤中毒後遺症は統合失調症ではないが、同じような陽性症状が出現する。覚醒剤中毒後遺症は統合失調症のように慢性進行性の要素が少ないことが調査上の大きなポイントである。統合失調症の人を対象にしてしまうと時間が経っている場合、ワケがわからなくなるからだ。かなりの回数のECTを実施された患者さんに長期的に後遺症が出ていないなら、ECTはそこまで長期的な侵襲が大きくはないかもしれないくらいは言える。たぶん都市伝説で語られているほどではないのであろう。

ECTは相性が悪いと思われる人たちもいる(参照)また、ECTをかけた方がどうみてもメリットが高いという治療局面もある。また、この世の中にはECTでないと救えない人たちも存在する。(参考

ECTは現在はサイマトロンでかけるようになったが、このような機器がすごく普及しているわけではない。また一般の民間病院ではECTのためだけに麻酔を置けるほどの余裕がない。いわゆる「麻酔下のサイマトロンを実施しなくてはならない」という条件なら、全くECTをしないという選択肢しかとれない病院が大半なのである。

彼の話によると、サイマトロンだからこそ不十分に思われるような患者さんもいるという。こういう人は、木箱ECTを実施したらもう少し良い結果になるのかもしれない。

現代社会の精神科病院のECTは、問題視されるとしたら、その功罪よりも「告知」の問題だと思われる。ECTの効果やその副作用などをしっかり説明し、家族が同意していないと実施できない。裁判でも近年の医療事故関係のものは、告知の問題で司法判断されているものが多くなってきている。

参考
精神症状身体化の謎