リエゾンでのせん妄 | kyupinの日記 気が向けば更新

リエゾンでのせん妄

総合病院のリエゾンでは、「せん妄をなんとかしてほしい」と言う依頼が多い。自然と高齢の人に何を処方するか?ということになる。

「せん妄」は意識障害の1形態であり、一般の精神科外来で診ている疾患群とは質的に異なる。

まず、リエゾンでせん妄ないし、急性に出現したように見える認知症症状を見たら、それを惹起している内科系薬物を中止または漸減することが1つの方法である。特に内科や外科系でしばしば処方されているテルネリン、ポラキス、ロートエキス、H2ブロッカー、抗ヒスタミン薬などは、せん妄や可逆性の認知症の原因になっている。これらを中止するだけで精神症状が改善することがある。(リエゾンで他科の病棟に行った時、内科外科の処方を見た瞬間、0.5秒以内にどの薬が悪いのか判別できるのが理想。しかし、ジェネリックのオンパレードだと、ワケがわからないのが難点である。)

しかし、これは長年飲んでいる薬でもあり、容易に中止できないこともある。だいたい内科医などは、ずっと飲んでいる薬がこの期に及んで、せん妄や認知症を起こしている原因薬だとは信じていないようにも見える。だから僕は処方変更を提案せず、そのまま治療することもある。

リエゾンはまず、内科医や外科医との円満な人間関係を保つことが重要である。あいつはやりにくい奴と思われると、リエゾンもしにくい上、患者さんのためにもならない。精神科医は精神科医らしく、あまり他科の治療に操作的にならず、でしゃばらない。どうしてもこの処方ではダメだと思う場合、自分の病院に転院させて治療することも考慮する。

またローカルな点では、「できるだけその病院の薬局にある薬でなんとかすべき」という制約もある。数年前まで、抗うつ剤は新しいものだと、デプロメールくらいしかなかったが、最近はパキシルも置いてあることが多い。ジェイゾロフトはまだまだのような気がする。

一方、抗うつ剤でも古いタイプのものは意外にある。トフラニール、トリプタノール、ルジオミール、レスリンなどである。個人的に、うつ状態の治療のためアナフラニールのアンプルとアナフラニールをぜひ置いてほしいと思うが、思うようにはならない。

リエゾンのせん妄は、抑肝散だけで片付けば最高である。これで良くなる人が意外に多いが、一方、全然効かない老人も少なくはない。初診で抑肝散だけ処方して、全く効果がない場合、バカ丸出しであるが、安全策を取ったので仕方がない。基本的に抑肝散(ツムラ54)は便利な薬だと思う。

穏和な薬物としてグラマリールも可能性のある薬だが、効くのは効くが抑肝散に比べて断然効果的というほどの差がない。またかえって悪化させているケースもあるのでやはり人による。

精神科医が関わらない場合、せん妄に何を処方されているかと言うと、内科医や外科医はセレネースの注射剤を少しだけ使って凌いでいるようである。これはこれで全く間違った選択肢ではない。セロクエルなどを扱えるような内科医はそんなに多くはないと思うが、医師の年代にもよる。セロクエルが薬局にない場合、処方しようにも処方できない。

また、老人に対するセロクエルは思っているほど安全ではないというのもミソである。FDA(アメリカ食品医薬品局)は非定型抗精神病薬の老人への安全性について数年前に警告を出しているが、全くその通りだと思う。この警告が出た時、アメリカという国は凄い国だと思った。

セロクエルは一時的なせん妄に対し、漫然と長期に処方すべきではない。(参考)。

その理由は、一時的な意識障害が長期に続くわけがないからである。

老人のはっきりしないせん妄様の精神症状に対して、可能性のある薬は実にたくさんあるが、抑肝散やセロクエル以外では、デパケンシロップなどもなかなか良い。特に非定型の妄想様体験があるケースである。

デパケンシロップは老人に処方する場合、鎮静的に作用する場合が多く、セロクエルやセレネース液を処方するよりずっと良いケースもある。その理由は、あんがい少量で効くしEPSが出ないからである。またセロクエルは糖尿病の老人に処方できないが、デパケンシロップにはそういう制約もない。肝障害がある時に避ける程度である。

ちょっと躁状態気味(それも症状性)の老人にデパケンシロップを処方すると、てきめん鬱転する人もいる。若い人と、利き味はかなり異なる。

もしリエゾンではないなら、ルーランも良い選択肢である(一般総合病院の薬局にはルーランはない)。ルーランはせん妄には意外に効く。僕の友人によると、老人のせん妄に対しルーランとセディールを組み合わせて処方すると、ルーランの副作用が軽減し結果的にルーランが少量で済むという。僕は、ルーランをせん妄に処方すること自体が少なく、そのような時にセディールを併用しない。少なくとも、効くならばベンゾジアゼピンよりセディールの方が老人への副作用を考慮するに優れている。セロクエルは老人には危険な薬であるが、ルーランはピンポイント系の薬なので、少量で処方するならまだ扱いやすいように見える。

老人へのセロクエルの難点は、たぶんMARTA系の薬であることが大きい。

MARTAということは、あらゆるレセプターに対し作用を及ぼしていることを示している。これがたぶん老人には悪く、生体としてのテンションを下げ、肺炎などへの抵抗力を低下させるのであろう。特にセロクエルは血圧を下げ気味になることも重要である。だから、漫然と長期投与することは良くない。若い人へのセロクエルは、老人へのリスクに比べ問題にならない。

やはりセロクエルは本来、統合失調症の薬であることを肝に命じるべきである。

MARTAといえば、ジプレキサもそうであるが、普通、せん妄にはジプレキサは使い辛い。その理由は、老人のせん妄にジプレキサを使った場合、合わない際に爆発的に興奮することがあり、またその後の対処も大変で、内科、外科病棟のナースのニーズに応えられないことがあるからである。(また家族も何が起こったのかとびっくりする上、心証もかなり悪い。)

またジプレキサは意外に老人にはEPSが出るし、誤嚥を生じ嚥下性肺炎を起こしたりしたら何にもならない。薬物としての重さはセロクエルに比べ断然大きいのである。

ただ、せん妄に全く無効ではなく、精神症状もあり全く食事と摂らないような老人には少量で劇的に良くなるケースもある。食欲を増し体力を上げるからである。それでもなお、ジプレキサは使い辛い薬である。(量が多くなると、抗コリン作用も目立ってくる)

現代社会の総合病院ではリスパダール液やOD錠も置いてあるところも増えている。せん妄に対し内科医や外科医により、リスパダール液やOD錠は結構使われている。これらはあまり長くなると、嚥下が悪くなり、流嚥が増え、いかにも抗精神病薬を飲んでいますよ、という外観になる。だから、リスパダールは短い期間、頓服的に使うならまだしも、長期的には不適切である。リスパダールを使うくらいなら、セロクエルやデパケンシロップのほうがずっと良い。

重要な点は、セロクエルの老人へのリスクはリスパダールの老人へのリスクとポイントがやや異なっていることであろう。やはりセロクエルは少し特別な薬といえる。

ただ、リスパダールは結構、強力なので、看護者のニーズに十分応えられるという利点はある。僕はリエゾンで、リスパダールを処方することは全くないわけではない。普通の対応では処遇の難しい人に液剤かOD錠を処方している。

問題は、せん妄に対する抗うつ剤の適否である。鎮静的な抗うつ剤はせん妄に有効であることが知られている。例えば、レスリン、テトラミド、ルジオミールである。

トリプタノールなどの古典的3環系抗うつ剤は、抗コリン作用を持ち、せん妄や認知症にいかにも悪いように見えるが、鎮静作用が強く、睡眠構成を改善するため、効かないベンゾジアゼピン系眠剤を大量処方するより少量で効くならずっと良い。(ただ、トリプタノールはQT延長など副作用の幅が広い欠点を持つ。)

要するにせん妄は安全に眠らせることができれば問題ない。感覚的にせん妄に対し抗うつ剤が処方し辛いのは、これらが本来、元気を出す薬だからであろう。鎮静的とは言え、抗うつ剤だからである。

抗うつ剤を選択するケースは、抗精神病薬が種々の制約で処方できない人たちである(特に糖尿病、EPS)。老人のせん妄に対し、最初から抗うつ剤を処方するケースでは、内科、外科のナースによく状態を見ておくように指導している。

結局、リエゾンはマニュアル的に教科書、論文通り処方するのとは少し異なっている。リエゾンの現場では、患者さん以外のいろいろな要素が混入しており単純なものではないからである。

だから、リエゾンは精神医学というより、よりトータルな精神医療と呼ぶべきものなのかもしれない。

参考
リエゾンは言葉遣いに気をつける
リエゾンをする精神科医の経験年数
2分以内に決断する
専門性について
J.F.ケネディ
ポケットベル
循環器内科
抑肝散でけいれん発作