QT時間延長 | kyupinの日記 気が向けば更新

QT時間延長

精神科患者さんの突然死の原因として、抗精神病薬によるQT時間延長が知られている。QTとは心電図におけるQ波~T波までの時間なのだが、これは心拍数に影響を受けるため、一般には心拍数で補正されたQTCで判定される。抗精神病薬でQTCが延長している場合、潜在的に突然死のリスクが高まる。QTCが延長しているとなぜ突然死が起こりうるかと言えば、torsades de pointesという不整脈が起こり心室細動に至ることがあるため。torsades de pointesはトルサード・ドゥ・ポワントとフランス語読みする。torsades de pointesは、「先端を撚る」と言う意味らしい。


最もQT延長を起こしやすい抗精神病薬として、セルチンドール(本邦未発売)という非定型抗精神病薬があげられる。おそらくこの薬物はなかなか本邦では発売されないと思う。旧来の抗精神病薬では、メレリル、オーラップなどが有名である。しかしコントミンも古典的にはQT延長を起こす薬物なのである。メレリル(チオリダジン)は、従来はわりと使われていた抗精神病薬であったが、2つの点で注意を要する薬物だった。メレリルは、QT延長などの心電図異常と網膜色素変性症という重篤な副作用が起こりうるのである。そんなこともあり、特に内科に詳しい精神科医がいる病院では、メレリルは全然処方されないような状況に至った。特に僕の県ではそんな傾向がみられた。わりと最近であるが、遂にメレリルは発売中止となってしまった。中止になった理由はこの副作用のためと思う。メレリルが突然発売中止になった時、メレリルを処方している人は僕の病院では1名もいなかった。メレリルは薬効としてはやわらかい薬で、僕は食障害などにも処方していた。メレリルは患者さんが身体的に感じうる副作用が少なく、広く神経症にも処方されていた。しかし、近年、非定型抗精神病薬が発売されて以降、相対的に価値が低下していたのである。メレリルと双璧と呼べる薬物としてオーラップが上げられる。オーラップ(ピモジド)はメレリルに比べ、はるかに有用な薬物なので、なかなか発売中止にはならないと思うしなったら困る。オーラップは、なかなかうまくいかない患者に奏功する可能性があるような、一風変わった爆発力のある薬物なのである。オーラップに関しては長くなるので、いつかまた項を変えて書きたいと思っている。他にプロピタン(フロロピパミド)もQT延長を来たすと言う人がいるが、調べてみるとあんがい資料、文献が少ない。僕が使用した範囲では、プロピタンのQT延長はそれほどではないと思っている。


普通、QTC延長を示すラインとして、440msecをQT延長といい、500msec以上の延長で危険とされている。セルチンドールやメレリルは平均QT時間を20msec程度延長させる。非定型抗精神病薬とQTとの関係については、リスパダール、セロクエル、ジプレキサではすべてQT時間を2~3msec延長させる可能性があるが、影響は極めて少ない。エビリファイも影響が少ない薬物とされている。QTのわずかな延長の臨床的意義はまだよくわかっていない。他の問題点は、抗精神病薬との併用薬のため、QT延長の副作用が強く出る場合があること。普通、風邪薬などと向精神薬はしばしば併用されているが、何に気をつけなければならないかというと、このような循環器系の副作用なのである。抗精神病薬は肝臓におけるチトクロームP450という薬物代謝酵素により代謝される。特に、CYP2D6、CYP3A4で代謝されることが多く、この酵素に関係する薬物は多いため、これらの併用でQT延長の副作用が強く出る場合がある。注意を要すのは精神科薬以外では抗真菌薬(イトリソールなど)や抗ヒスタミン薬、マクロライド系抗生物質などである。


向精神薬としては、3環系抗うつ剤ではもともとQTを延長させる作用があるので、併用ではもちろんリスクが高まる。これらQT時間の延長はかなり個人差があるように見えるので、やはり心電図をよく検査して注意するしかない。3環系抗うつ剤のトリプタノールもQT時間を20msecさせる可能性があるとされている。一般にSSRIに比べ、3環系抗うつ剤では循環器系に影響が大きい。SSRIについては、プロザック、ジェイゾロフト、パキシルはQTに対しての影響はないと言われる。デプロメールについても有意な影響はないとされているため、本邦で既発売のSSRIはQTに関してはほぼ影響がないと言ってよい。精神科で治療中の患者さんの突然死はそうそう起こるものでもないが、経験を積むとよくわからない死亡に遭遇する。たぶん循環器系の副作用が最も多くついで肺梗塞などの呼吸器系もあると思われるが、上の記載を見るとわかるようにやはり多剤併用が良くないと思えるのである。実際に、突然死を来たした患者さんの薬物を検討すると多剤併用になっている場合が多い。たぶん、このブログを見ている人は多剤併用と呼べるような人はほとんどいないのではないかと思われる。多剤併用の人は、精神症状もそれなりに重いからである。