ポケットベル | kyupinの日記 気が向けば更新

ポケットベル

以前、総合病院に勤めていた時、精神科病床はけっこう多かったが、なんと精神科には夜、当直医がいなかった。病院トータルでは、内科、外科、救急外来を始め、何人か当直をしているので規則的にはこれで良かったらしい。もし精神科にも当直が必要であったなら、みんな死んでいたか、辞めていたと思う。なぜなら精神科は入院患者と外来をたった4人でやっていたし、時には引継ぎの関係で、2人と言う時もあったからだ。


毎日平均、新患が4人来る精神科外来なのである。こんな環境で1ヶ月を4人で当直を廻していたら当直しっぱなしだ。そんなわけで精神科は常にオンコール体制だった(いつでも呼び出される状態)。これはこれで大変なわけであるが。当時、まだ携帯電話は普及しておらず、みんなポケットベルを持っていた。まだ携帯電話は重くて大きく、また使用料金も高い時代だった。ポケットベルは、誰が自分にかけたかわからないが、とりあえず病院しかありえないので病院に電話をかけてみる。病院に電話をかけて指示で済むならばそれで終わり。もちろん病院に戻らなくてはならないこともあった。


どうしても病院に戻らなくてはいけなかった時は、あまり良い思い出がない。一度など、ずいぶんと遠くの競馬場に彼女と出かけていて、1レースが始まったばかりの時、ポケットベルが鳴りそのまま帰ってきたことがある。その時は、僕の患者さんが麻痺性イレウスを起こしているということだった。もちろん、僕が帰らなくても総合病院なので内科医がなんとかする。僕が帰ってきたところで、仕事は何もないことが多いのである。しかし、そんなことはともかく、主治医が競馬場にいるんじゃダメでしょ。普通。


総合病院で他科と持ちつ持たれつになっている場合、こんなところがダメなのである。オンコールでは日々、あまり休みになっていない。あと、臨床心理士の超ハイレベル勉強会みたいなもんに出ていたら、保護室に患者さんが火を放って大急ぎで帰ったことがある。ポケットベルは時々誤作動が起こる。電気店内とか、時には原因不明のものもあった。慌てて電話すると、誰もかけてませんなどと言われる。


いつもオンコール状態で最も良くないのは、深夜に精神科の患者が来ること。救急外来は普通、内科医や外科医がしており、精神科の患者さんが来た時に対応できない場合もある。そんな時に精神科医師に電話をかけてくるのである。ちょっと不思議なのは、こんな時、精神科医は断る人が多いこと。僕は当時若かったので、機敏に動くことは当然と思っていたけど、皆が断ると自分ばかりになってしまうじゃない。ある時、何でいつも僕なのかと聞いたら、「△△先生に電話をかけたら、なんで寝てる時に電話かけて来るの?と怒鳴られました。」と救外の先生の半ば泣き声。この感覚、とても精神科医らしくて笑ってしまう。「断固、断る」と言った人もいる。まぁ当時は精神科救急外来の概念自体がないに等しかった。だいたい、夜中に出て行っても給料はビタ一文出なかったし。ならば、給料をもらっている当直医が朝まではなんとかすべきという言い分は一応あるにはある。


しかし、こういう精神科と他科の関係が、ひいては精神科入院患者の不利益になるのである。僕が、当時リエゾンで他科の患者を積極的に廻っていたのは、こういうこと避けたかったのが大きい。他科との関係が悪くなると、精神科の患者さんに内科、外科的疾患が合併した時、紹介し辛くなるのである。その結果、早くすべきであった対処が遅れる。総合病院に入院しているのに他科の対処が遅れるというのが最悪と思うのである。統合失調症の患者さんがひどい興奮状態で、なんとか入院させて朝45時に帰ってきたというのが何回かある。そんな日も朝8時半から外来なのである。一時期外来を9時に始めていたことあったが、あまりにも午前の診察が終わらないので8時半に戻した経緯もあった。


こういうのはまだいい。問題は覚醒剤や犯罪者系の患者。深夜に救急外来に出かけていくのはいいが、運が悪いとこっちが刺されかねない。よくわからんのだが、刑務所を出所してその日に連れてこないでほしいと思う。何かあると言えばあるのだが、別に精神科に入院するほどではないし、ボランティアから「あんたこの人を帰して、どう責任取りますか」などと、診察した精神科医が怒鳴られる所以はないと思うのである。意味不明の患者やそのやりとりから、刺されそうになったことがある。しょちゅう出て行くことはどうしてもリスクが高い。精神科医の感覚では、いつも診ている人に刺されるならまだしも、その日会ったばかりのわけわからん人に刺されるのは本当に犬死と思うのである。