現代的幻視・幻聴と希死念慮は似ているのか? | kyupinの日記 気が向けば更新

現代的幻視・幻聴と希死念慮は似ているのか?

これはずっと以前からの謎であった。

しかしこのブログをずっと書いてきて、ようやく解答のようなものが出たような気がする。その意味では、ブログを書いてきて良かった。自分の考えが漠然としたイメージから、はっきりとしたものに整理されてきたからである。

過去ログのいくつかで、幻覚妄想がある患者さんの治療で「こういうのは時間がかかってしまうとダメなのだ」などと書いている(参考1参考2)。

僕はこの感覚がずっとあって、治療に時間がかかることは「非常に危険なこと」だと漠然と思っていた。実はこの考え方があるからこそ、かなり病状が悪い時期での大量処方やECTを否定しないのである。例えば、「3人目の女性患者」では、

トロペロン3Aを1週間継続して効果がなかった時、これは相当にヤバいのではないかと思い始めた。こういうのは時間がかかり過ぎると、予後が悪くなるのである。(中略)当時、既に幻聴、被害妄想は軽く2ヶ月を超えており、一刻の猶予もできないと思った。しかし、万策尽きかけていて、今後の見通しも立たない状況である。実は当時、発売前にエビリファイも処方している。これはもともと非常に親しい友人の治療のために特別に取り寄せたものだ。あまりにも打つ手がないので、この子にも処方してみたが、吐き気が酷すぎて続かなかった。本人も幻聴で大変だろうが、こちらも大変なのである。だいたい、この子以外にもたくさんの外来や入院患者を治療していかねばならないから。4月末頃は僕も精神的に追い詰められていた。ある時、ひょっとしたら、プロピタンの最高量かそれ以上を使えば幻覚妄想に効くかもしれないと思い始めた。

などと書いている。他の過去ログにも、似たような感じで急性期の幻覚妄想を消失させるためにかなりの量を使っているエントリもある。一刻も早く幻覚妄想を消失させるべきなのは、統合失調症でも躁うつ病でも変わりはない。またウェールズの人の非定型精神病性の破綻状態も同様である。

「幻覚妄想」などという深刻な事態に、少しずつとか、ゆっくりした治療を勧めるなんて、きれいごと過ぎて薬物治療の失敗の言い訳にしか聴こえない。(参考

しかしその中でも最も重要なことは、いわゆる現代風の器質性疾患(発達障害を含む)の幻覚妄想を一刻も早く消失させることであろう。このような患者さんはいったん幻覚(幻聴・幻視)が定着すると、消失させることが難しくなるからである。

過去ログで、幻視・幻聴がレキソタンを服用することで消失する患者さんの話が出てくる。レキソタンで急性ジストニアが出現することがあるので、全く薬理学的に説明できないことはないが、普通は説明できない(←意味不明)

このタイプの幻視・幻聴は、その患者さんが内因性疾患だったとしても、そのメカニズムによるものではないのだろう。つまりレキソタンで消失するような幻視・幻聴は、一般的な幻覚とは由来を異にしている可能性が高いのである。

しかしながら、このような幻視・幻聴が持続的に続けば、社会適応が悪くなるので厄介なのはかわりがない。QOLが低下していくからである。このタイプの幻視・幻聴はたぶん希死念慮の形成パターンと似ているんだと思う。

その視点では、例えば広汎性発達障害のあたかも統合失調症と見間違うような幻覚と持続的な希死念慮は生い立ちが似ているといえる。(定着のメカニズムが器質性のうつ状態の希死念慮と似ているという意味)

その伝導路というかパイプができてしまうので、消去が困難になるのである(参考)。

つまり現代風の器質性に由来する幻視・幻聴は、治療を急がないといけないのである。このように考えていくと、現代風の幻視・幻聴は、古典的な内因性の幻覚と、一見同じように見えても形成の経緯やその性質を異にしていることになる。

もちろん、内因性疾患の幻覚妄想はのんびり治療していて良いということにはならないが、内因性はあくまで内因なので、何十年経過していても一気に消失させることも可能だ(もちろん、確率的なものであるが)。

これは統合失調症の幻聴は器質に由来せず、あくまで機能的なものだからである。(参考

若者の器質性疾患に生じた幻覚妄想は初期の治療が非常に重要ということになる。その治療は急速に寛解させるべきであり、それらの異常体験が残遺した場合、社会的適応が悪いまま予後不良になりやすい。

しかし器質性疾患の人たちは薬に弱い人が多い上、同時に希死念慮があったりと症状が複雑であり、例えば幻覚・妄想だけ取ってみても抗精神病薬の大量を用いて抑えるのはけっこう難しい。むしろあまり使わないで治療した方が良い場合もありうる。

副作用を緩和しながら、急速に幻覚妄想を抑えるのは精神医療の点で、今までに語られていなかったテクニックを要すると思う。

精神病状態、薬物の反応性、アパシーの重さなど個人差も大きいからである。

まとめ
現代的幻視・幻聴と希死念慮は非常に似ている。


参考
希死念慮の謎
新興宗教と統合失調症の話
精神科医的発想とその治療方針について
治療イメージについて
薬が減ることよりは病状が良くなることが重要
子供の頃から希死念慮が続いている人
器質性うつ状態と広汎性発達障害