急速交代型 | kyupinの日記 気が向けば更新

急速交代型

急速交代型の躁うつ病とは、病相(躁状態またはうつ状態)が年間4回以上出現する場合を言う。躁うつ病の中では珍しい病型であるが、頻度的にはそれでも5~10%ほどらしい。僕はうちの病院に来て6年半ほどになる。この話は前の病院を辞める数ヶ月前から始まる。

ちょうど今から7年ほど前、若い女性患者さんが初診で来院した。ちょうどこの時期、11月か12月だったと思う。主訴はうつ状態で朝からあまり動けないという、わりと単純な内容であったが、よく聞いてみるといろいろな点で普通のうつ状態と異なっていた。

まず高校生の頃から、2~4週間ごとにうつ状態と普通の状態を繰り返しているという。その普通の状態というのもよく聞いてみると少しだけ普通でない。例えば、少しだけ買い物が多くなってしまうとか。その程度が笑えるというか、微笑ましいんだけど、100円ショップで500円以上、たまに1500円を超える買い物をするようになるらしい。

これって、一見わかりづらいが、いわゆる双極2型の躁うつ病でしかも急速交代型の病型が十分に疑わしい。おそらく初発の時から急速交代型を呈しているのは珍しいのではないかと思う。こういう患者に何も考えずアモキサンなどを処方すると、大変なことになりかねない。つまり一気に躁転してしまうリスクがあるのである。初診ではテグレトールだけ処方した。こういうケースではうつ状態であっても迂闊に抗うつ剤は処方できない。しかし最近うつが深くなってきているので、このまま放っておいても、躁転してしまうような気がしていた。自然のバイオリズムはそういう風になっているからだ。

しばらく通院していたが、もう年末に近い頃に遂に躁転。それも夜中に家を出て行くとか、家族と大声で喧嘩するとか入院させざると得ないほどの躁転であった。閉鎖病棟では、裸で飛び回るような状況だったので、個室(保護室ではなくワンルームマンションのような感じ)に入れ、本人に説明して施錠した。こうせざるを得なかった。その状態で閉鎖の普通の部屋に入れておくと、レイプされたりする危険性もある。そんなことを僕は恐れた。なんと、その女の子は躁状態では幻聴も激しかったのである。普通、幻聴と言えば、統合失調症と思う人が多いだろうが、激しい躁状態では幻聴が出現することもある。当初1ヶ月は治療に難渋した。まず躁状態を抑えることが大切だが、それと同じくらいの決意で幻聴を止めなくてはならない。こういうのは時間がかかるとダメなのだ。1ヶ月ほどで、女子の慢性期病棟(療養病棟)閉鎖に移動できるほどになったが、まだ症状は落ち着いておらず退院には程遠い状態だった。

躁状態には気分安定化薬が処方される。一般に、気分安定化薬には、リーマス 、テグレトール、デパケンRがあるが、それに準じる薬剤としてリボトリールがある。急速交代型では、リーマスは有効性は低い傾向があり、デパケンRかテグレトールが適することが多い。この患者さんは当初テグレトールでなんとかしようと考えたが、その後デパケンRに切り替え事態が好転し始めた。幻聴には抗精神病薬を使用したが、セレネースの筋注などもある期間継続している。

女子閉鎖病棟に来た当時のことだが、病棟婦長が「あの子はもうダメですよ。きっとうちの病院にはまりますよ」などと言ったことがあった。僕は言った。「今のところ状態は良くはないけど、少なくとも病棟婦長がそんなことを言っちゃダメですよ。そんな風に病棟婦長が思ってるようでは、良くなるものも良くならない。」 その後、次第に躁状態も幻聴もおさまり、軽い躁状態が残る程度で翌年3月頃に退院することができた。入院期間は3ヶ月ほどだった。当時、その女子病棟の年配の女性患者ばかりの空間は、彼女を癒す効果が相当にあったと確信している。彼女の場合、デパケンRがとてもフィットしていた。デパケンRの優れた抗躁作用をあらためて痛感。

それから、まもなく僕は病院を移動することになった。このような内因性疾患の治療は自分が一番うまいと思っており、この患者と他数人、難しい患者は一緒に移動させた。数多くだとその辞める病院に失礼だけど、トータルで数人なら問題ない。だいたいあのような患者は、他の者には任せられない、などと思っていた。その年の5月~6月頃までほんの軽い躁状態が残っていた。その後、お約束のうつ状態。そのうつ状態の程度にもよるが、完全に放置というわけにもいかない。こんな時、チラージンSなどの甲状腺剤を追加するのが定石なのだが、それも甲状腺の検査値を見ながら細かいテクニックがある。またうつ状態に対して、一時的にセントジョーンズワート も使用したこともあった。

そんな風にしているうちに、その年の夏頃にはほぼ普通の生活ができるようになった。処方はデパケンRとチラージンSのみ。双極2型ぽい軽い躁エピソードがなくなると、うつ状態もほとんど目立たなくなった。そんなものなのかもしれないが。あと不思議なことに「過食」のような辺縁症状もすべて消失してしまった。数年前に、この患者さんはあまりにもうまくいったので、クローズドの学会(非公開)で発表もしている。

初診から7年経つ。この数年、昼はずっと働いており、服薬している以外は普通の生活をしていた。この7年、治療的に特別なことは抗うつ剤を1度も使わずに経過観察したこと。これがすべて。彼女は「僕が必ず治すと言ってくれたのでずっと信頼していた」と言うが、どうもその記憶がないし、だいたい僕はそのような安請け合いは普通はしない。何かの言葉をそう受け取ったのだと思う。ちょっと妙な感覚なんだが、彼女は確かに躁うつ病なんだけど、脳の疾患と言うより身体的な要因が大きいように思うのよね。うーん、うまく説明できない。

うちの自宅で週に1度アメリカ人を呼んで英会話教室を開いていて、いつも3~4人集まるのだが、彼女も希望したので毎週参加させていた。いつか外国に住んでみたいと話していた。彼女は双極性障害なので、プレコックス感もなく接してみて変なところは全然ない。英会話のメンバーは誰も気付かなかった。特に外人さん(女性)には、自宅のパーティーに呼ばれたりと、かわいがってもらった。

そして遂に今年、カナダ、アメリカに8ヶ月間行ったのである。その間、あちこちの町で仕事もしていたらしい。カナダから帰ってきた時、あんがいコンプライアンスが悪かったことを知り(つまりきちんと服薬していなかった)、これはひょっとしたら、完治しているのではないかと思い始めたのである。実は、この話には続きがある。

参考
急速交代型(その2)
デパケンR